Ⅰ
晴れのち曇り
花を摘んで華道部に向かう途中、ひい様の事を思い出す。
余程のことがない限り、頭を下げることのない彼女をそこまで追い詰めたのは、息子である紫炎である事は明白。
そのツケを毎回支払わされてるのは、彼の長女であり、ひい様の孫である華月。
紫炎と瓜二つの顔、違うのは肉付きと背丈。表情や話し方もそっくりだから、余程の付き合いがないと見分けられない。そして何より、彼女は殆ど表舞台に立たない。身代わりも、年5回あれば多い方だし。
身体が弱く入退院を繰り返しているが、最近は落ち着いてきてると聞いてたけど、彼による心労でまた倒れたのかなぁ、とも思う。
当主としての自覚の足りなさに、ため息しか出てこない。
そして彼曰く、ほぼ赤の他人の私を頼るのもおかしな話。先代当主の葉様に可愛がられていたというだけの私を、口煩い可愛くないガキとしか思ってないのだから。
それでも私をないがしろにできないのは、彼の妻である華が私と瓜二つの容姿と声をしているのと、その華が私を可愛がっていたからに他ならない。
どうしたものかと考えながら、廊下に飾ってある綺麗な生け花、華道部の作品を見つめる。
『華の命は儚い。それをいかに綺麗の咲かすかが我々の役目だ』
それは愛しい女性に対しても同じこと、と言外に言って、柔らかく微笑む葉様を思い出す。
(あの方くらいのおおらかさと人の感情に敏感であればなぁ。)
人間関係拗らせ選手権たるものがあれば、物の見事に優勝をかっさらうんじゃないだろうかと、妻に対する態度を思い出してさらに深い溜息が漏れてしまう。
「お花届けに来ました」
部室に入れば、綺麗な着物に身を包んだ、華道部部員の視線が一挙に集まる。
(な・・にかあったのかな?)
若干引き気味に、花を渡す。
と、ここまでは良かった。
「根垣さん、貴女も隅に置けませんね」
「・・・は?」
声を掛けてきたのは華道部部長。名前は・・・知らないけど、確か部で唯一の華道家の息子と関係を持ってる一人だったはず。
「あら、週刊誌を見ましたよ。松葉家の紫炎様とお付き合いをなさってるそうじゃないですか?
前にそういう方には興味は無いと仰っていたのに、ねぇ?」
まるで、私も彼女と同じ穴の狢と言わんばかりの言葉に、
「あんなハゲに興味などあるわけないでしょう?」
(ホント、あんなののどこがいいのか理解できない!)
間髪入れずに笑顔で答える。
瞬間部長の顔が歪んだ。
「あ、あ、あなたねぇ、自分が愛されているからって、言っていいことと悪い事があるのよ?!」
「愛されてはいませんが、悪態吐いても咎められたこともありませんね」
(咎めるだけの言葉もでなかったとも言う)
「な、な・・・!!」
「話はそれだけですか?では失礼します」
頭を下げてその場を去ろうとした時、奥から声がした。
「久しぶりに私と話していかないか?あやめ」
正月以来の声に、唖然とした。声変わりのしていない、男性にしては高い声。
なぜここに居るのか、ここに来たのはひい様だけでは無いのか?私に用があったのは、コイツだったのか?と。
だが、応える言葉は一つ、
「話すことなど何も無い」
冷めた声が響く、顔から表情すら向け落ちていることだろう。機嫌が悪いのが丸わかりなのはしょうがないことだと思う。
実際話しをしたい人物ではなかった。
「そんな冷たいこと言うな。今日は頼みがあってきたんだ」
入り口まで歩み寄り、笑顔で返される。
「ハゲの頼みは聞かないことにしている。それは昔から変わらない。
私に頼みがあるなら、土下座でもして赦しをこうてからにして」
いつもの調子と口調で返す。
周りの声など、雑音でしか無い。
そんな中、奥から出てきたおじさまと呼べる、着物を見事に着こなし、髪に白髪が混じっている落ち着いた雰囲気の人物に、キツイ口調で咎められた。
「最近の若いのは礼儀も知らんのか?」
(知った風な口を利く人だな、何も知らないくせに・・・)
彼にではなく、紫炎口を開く、
「保護者がいないと一人で来れないの?
それとも、久しぶりに運転する車の犠牲者を出したかった?」
「いや?出がけに会って、この学校に行くと言ったら、付いて行くと言ったから同乗させた」
「お気の毒に・・・」
(この人の運転技術を知っていたら、絶対乗らないだろう?華を乗せてる時ならいざ知らず・・・。
ある意味勇者だな、うん)
一人納得して立ち去ろうとするも、腕を取られ引き留められる。
「で、土下座すれば要件飲んでくれる?」
「紫炎!」
「えっ、嫌」
「貴様!」
無視されたことと、紫炎に対する態度が気に入らないのだろう、横から煩い。
「もう転校手続きとかしてるんじゃないの?」
流石にそれは無いだろうと思いつつも、尋ねずにはいられなかった。実際何度も、勝手にことを勧められたことがあるから。
巻き込める人間は、駒のようにしか思ってない節もあるし。
(まあ、彼の中で迷惑かけても許されてると思ってる人間は少ないし)
「うん、来週から水仙と同じ学校に行ってね」