3F:彼らの決意-2
『――と、ここで本日の東京競馬場メインレースGⅡ青葉賞の発走です。実況はラジオNK河本アナウンサーです』
《変わりまして河本がお送りいたします。ファンファーレの鳴り響く東京競馬場には3万人のお客さんが夢舞台への前哨戦を観戦にいらっしゃっております。
さぁ、ゲート前ではウォーミングアップを済ませた各馬が順調にゲートへ収まっています。奇数番号の馬が収まり、現在⑯のカイキイバラキまでゲート入りが済んでおります。最後に⑱番サザンピースが収まりまして……スタートしました!
⑤番サタンマルッコスタート絶好、他揃ったスタートとなりました。
さて何がいきますか。おっと、おっとぉ? ポンと出たサタンマルッコがそのまま行くかと思われましたが今日は前へ出ない。
これを見て①番スティールソードがハナを奪った形。
続いて内へ寄せた⑯番カイキイバラキその後⑧番ホウユウアオゾラ今日は前目に位置を取るようです。
少し切れて⑫番、一番人気のマイザーアカウント、並んで⑪番カイキブルドッグ、③番マネテルマミライ、②番グリンアンセム追走、内⑤番サタンマルッコ……おぉ。今日は乗り変わった横田騎手が制御できているように見えます。サタンマルッコ馬群の中で折り合いがついている様子。
その外⑩番ナンホースターマン、④番サトシギュウニュウ、その後ろに⑬番コロシアム二馬身切れて⑦番ファンフォーユー、⑥番アイドルフラッシュ半馬身追走、最後方⑬ワイルドカードといった体勢です。先頭から最後方まで12、3馬身といったところ。その他各馬中団に纏まって動いています。
各馬2コーナーを抜け向う正面へ差し掛かります。
先頭はスティールソード。二番手集団を3馬身ほど離しています。
それを見ながらカイキイバラキ、ホウユウアオゾラと続きカイキブルドッグ。ブルドッグの方が前に出てその後ろに一番人気のマイザーアカウント。その外グリンアンセム、マネテルマミライといった体制で先頭集団は落ち着いたようです。
1000mの通過タイムが61秒と少し。ややスロー気味の平均ペースとなりました。
先頭スティールソードは気分良くいけているのかどうか。
後方集団はかなり馬群が詰まっている。集団の先頭は⑩番ナンホースターマン、サトシギュウニュウ、⑱番サザンピースなどが外を通っていて、⑭番ジュウシィ、⑤番サタンマルッコなどが内で包まれている様子。
さぁ最後方の⑬番ワイルドカードが上がっていった。これをみてファンフォーユー、アイドルフラッシュなどもペースを上げていく。
レースが動いてまいりました。先頭が3コーナーに差し掛かり残り1000の標識を通過していきます。
前の方では依然スティールソードが先頭そして二馬身後ろにカイキイバラキこれに並びかけるようにホウユウアオゾラと、内にいたマイザーアカウントも外へ出してもう仕掛けに行っている!
後ろの方はファンフォーユーアイドルフラッシュなども上がってきて直線へ向きます。
さあ直線! 先頭はスティールソード、リードは3馬身――…………
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おいおいおいどーすんだよヨコタ君! 中団待機とキミがいうから大人しくしてたモノを囲まれっぱなしじゃねーか! ああもう前の奴も邪魔! さっさとどっかいけ!
ええいもういい行くぞ! もういいだろ! なにまだなのか!? おいおいもう400の標識超えるぞこんなんじゃ先頭まで届かないぞ! 期待してもらってるとこ悪いけど言うほど俺の末脚は切れないぞ!
チクショー! 前の連中もチンタラ並んでないでどっちかぶっこ抜けよ俺が前に行けねぇだろうが! 横の奴も横の奴だ、外に出すなりしやがれっつーの、言うほど内側の馬場よくねーよ!
早くあけ、前あけ、横もどっかいけ、あけ、いけ、アケ、アケアケアケアケ――
「マルッコッ!」
!!
―――ぁいたぁー!
よっしゃいったれオラアアアアァァァやるじゃねえかヨコタくぅん!
タイミングばっちりだぜぇ!
オラアアァァァ!
ウラアアアアァァァ!
うおおおおおおお!
あああああああおらああああ――…………
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…………――坂を駆け上がってまだ先頭! スティールソード後ろを大きく離した!
5馬身、6馬身!
⑬番ワイルドカードきている! マイザーアカウントは伸びが悪い!
200を切った! スティールソード独走!
二番手は内ラチ沿いカイキブルドッグ、グリンアンセム!
スティールソードだ、ようやく後ろの方が追い上げてくるが、スティールソードだ!
スティールソードだ! 逃げ切った! スティールソード、今一着でゴールイン!
二着争いは接戦!
カイキブルドッグ、グリンアンセム、馬群の中から猛追してきた⑤番のサタンマルッコ、この辺りが一団となって駆け抜けました。
一着は①番スティールソード。鮮やかな逃げ切りで王座決定戦へ名乗りを上げました!
二着争いですが、現在……電光掲示板にゴールの瞬間が映し出されておりますが……これはどうでしょうか。最内を突いて駆け上がった⑤番のサタンマルッコがやや優勢のように思えます。
お手持ちの勝ち馬投票権は確定までお捨てにならないようお気をつけください。
一着のスティールソード、鞍上の細原 文昭ジョッキーは今年重賞初制覇。嬉しい嬉しい一勝を愛馬の晴れ舞台への切符と共に手に入れました!》
「ご覧のように一着はスティールソード。二着以下は確定まで暫くお待ちください。二着は三頭の争いのようです。②番グリンアンセム、⑤番サタンマルッコ、⑪番カイキブルドッグ、この三頭です。直前のオッズでは一着①番スティールソードは9.5倍の4番人気。
馬単が1-2ならば78倍。1-5ならば235倍。1-11ならば26倍と、場合によってはかなり高額配当となりそうです。それではレースの総評を竹中さんにお願いしたいと思います」
「はい。えぇーまずスタートは⑤番のサタンマルッコがいいスタートを切りましたね。
あぁ今日もハナを奪うのかなぁと思って見ていたらそのまま横田ジョッキーが下げたものですから。私ビックリしちゃましたね。
しめたと思ったのか①番スティールソードの細原ジョッキーが押して出していったと。この馬は前走なんかで見せたように前目の競馬が得意なものですから、ハナを切るのに迷いは無かったんでしょうね。
そのまま比較的ゆったりした抑え目のペースに持ち込んで……えぇ、1000mの通過が61.5秒ですから、これは3歳戦のトライアルであることを鑑みてもやや遅い、余裕のあるペースと言えるでしょう。結局他の馬が鈴を付けに行くでもなく淡々と流れたので、直線で脚を残していたスティールソードがリードそのままに突き抜けたといった所ではないでしょうか。
だとしても直線での伸びは見事でしたねェ。最後の200mくらいは流していたので、本番への予行演習として最高の形で終えられたのではないでしょうか。本番は相手が強いですが、今日見せたこの馬の実力ならば十分チャンスがあるのではないかと私は思いますね。
人気のマイザーアカウントはちょっと精細を欠きましたね。今日は前目の競馬でしたが4コーナーでカイキブルドッグらの仕掛けに遅れたせいで外に出さざるを得なくなっていましたした。これで脚を使ってしまったのか、そもそも距離が少し長かったのか、前走で見せたような鋭い末脚を発揮できなかったようですねェ。これはもう暫く様子を見ながら使っていくことになりそうですね。
カイキブルドッグは、この馬は元々切れる足というよりはいい足を長く使うタイプの馬で、今日みたいに前が止まらないような競馬ではちょっと苦しい位置でしたねぇ。それでも着争いに縺れ込んだ辺りにこの馬の自力を感じますね。もっと向いた展開ならば実力を発揮できていた、のかもしれません。
グリンアンセムはカイキブルドッグが通った後ろを抜けて並びかけたまではよかったんですが、そこから先がカイキブルドッグ同様抜け出せませんでしたねぇ。ゴールした後もまだ伸びていましたから、脚を余していたのでしょう。ややスローペースとはいえ2400mでこの展開の中脚を余しているのですから、本質的にもっと距離が長くてもいいのかもしれませんねぇ。
それからサタンマルッコですか。直線に入っても馬群が捌けずじっと我慢していたんですがね、前が空いたところから一気に弾けて飛んできましたね。しかし直線の位置取りが悪かったんでしょうねぇ、あの位置からでは二着争いがやっと、というよりよくぞ二着争いに参加したなと驚く所でしょうねぇ。しかしまた微妙な着差で……あ、着順でた?」
「はい。電光掲示板に着順が表示されております。1-5-2で確定です。一着①スティールソード、二着⑤サタンマルッコ、三着②グリンアンセムとなっています」
よぉし!
「払戻金についてはまた後ほどと致しまして竹中さん。嬉しそうですね」
「いやーよかったよかった。あんなこと言ってダービー出れないなんて格好付かない所だったよぉ。前言は取り消しませんよ、この馬がダービー馬です。
それでぇ……サタンマルッコですね、私はこういう言う事聞かない馬に乗り代わりはどうかな、と馬柱を見た段階から思っていたんですが、レースぶりを見るにどうやら横田ジョッキーはあの難しい馬を手なずけていたように見えましたねぇ。
進路を塞がれて400mの所から追い込んでの競馬ということで、今までのサタンマルッコには無いパターンで。道中も折り合っていたように見えましたので、まぁこれは皆さんがどう思うか次第ですが、これまでとは別の馬になったと考えた方がいいと思いますよ」
「竹中さんウッキウキですね」
「そりゃもう浮かれますよ。ダービー本番じゃ青葉賞組は走らないなんて言われてますけどねぇ、もうここらでスッパリ断ち切ってもらいたいもんですよ。スティールソードもサタンマルッコも実力は十分。本番では頑張って欲しいところです。いやー楽しくなってきたなぁ!」
「以上、馬券をしっかり取ってニッコニコの竹中さんでした。
払戻金についてお知らせいたします。単勝①番スティールソード――……」
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「マルッコ」
本馬場からの帰り道、地下馬道。カツンカツンと蹄の音を響かせながら計量室へ向かう道すがら、横田は股下の相棒へ声をかけた。
僚馬は不機嫌そうに「ブルルッ」と唸った。態度からも背中からも、敗戦に対する不満が感じ取れる。"負け"が分かる馬であることはゴール板を過ぎた後、一着のスティールソードへ絡みに行った事からすぐに分かった。首を上下して睨みつける様はまさにチンピラのそれであった。ここへ戻ってくるにも態々下馬して引っ張ってきたほどだ。
「俺だけでも、お前だけでもダメなんだ。競馬は、GⅠは、ダービーは」
生活の中にそういう個性がある、それはいい。
だがレースにおいて、それはダメだ。不純である。無駄がある。スマートではない。横田友則はそう定義する。
「お前がお前のペースで逃げを打てば、だいたいの馬には勝てるはずだ。だけど、次のレースはそうじゃない。それだけじゃあの馬に絶対勝てない」
それは今日の敗北を与えられた相手ではない。
「必要なレースだったんだ。お前の末脚を知るためにも。調教ではなく、命を削って走った2400mの最後の2F(1ハロン≒200m)。それを俺達は知りたかった」
計量室の明かりが、地下道の薄暗闇の中から現れた栗毛の馬体を照らし出す。
出迎えてくれた小箕灘とクニオ、それからオーナーのサダハルに頭を下げつつ飛び降りて鞍を外す。クニオが何某か声をかけてきているのが分かったが、耳に入らなかった。
目を覗き込む。普段は友愛と愛嬌に満ちた漆黒の瞳が怒りに満ちていた。鼻息も荒く耳も絞られ今にも噛み付きそうな形相。
気のいいこの馬が己の敗北に怒りを覚えているのだ!
「マルッコ。俺に任せろ。
俺なら今日のようにお前より速く、お前が進むべき道を示してやれる。お前より確かにラップを刻むことが出来る。俺とお前で勝つんだ。ダービーを」
横田は言い放ち背を向けた。間もなく行われるレース後の計量へ向かうためだ。
言うまでもなく、人とのサラブレッドとの間に共通の言語は存在しない。人間の言葉を理解していると思っての行動ではなかった。己の内から湧き出た、猛る相棒に対する謝罪と宣誓だった。
「次は勝つぞ」
俺が勝たせる。お前が勝たせろ。
当たり前だ。相棒のいななきが背中を叩いた。
人馬の手応え通り、電光掲示板の2番目には⑤の数字が浮かんだ。三着との差はハナ差。
テレビ東京杯青葉賞の二着までには日本ダービーへの優先出走権が与えられる。
つまり。
彼らは優駿の門を叩いたのだ。
話の根幹に絡む馬の名前はある程度考えてあるんですが、モブの馬の名前考えるのが結構面倒でした。
リアルと違って冠がなかなか使いにくい
物好きな方からのモブ馬名を募集しています^p^