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1F:彼の出会いと彼らの出会い

2019/12/6 改訂

 牧場ゆかりのスタミナ血統の牝馬に、かの三冠馬ゴールドフリートを付ける。誰に尋ねられたって、文句などあるはずもない配合だと中川貞晴(なかがわさだはるは胸を張るだろう。


「80万~80万~他にありませんか~」


 オークショナーが告げる無常の言葉。

 これはなんであろうか。サダハルの脳が急速に色を失い灰色に染まっていく。

 種付け料だけでも500万したのだ。それだけの金となれば、地方の零細牧場からすれば大きな危険を伴う額だ。

 妻の制止を振り切った、門外漢の息子の小言も切って捨てた。ここが勝負だと命を張った、乾坤一擲の金の玉が、80万? 80万?

 喉の奥から呻き声が漏れた。まるで波間に立たされているかのように足元が揺れる。赤字どころの話ではない。行き着く先は破産だ。緩やかな死だ。


 結局この日、中川牧場よりセリに出された一頭の仔馬は希望価格未満として生産者買戻しとなった。





「あら、マルちゃんも帰って来たのね」


 そんな気がしていたのよ。

 妻ケイコの声を脳が認識した時、サダハルは自宅兼牧場事務所のソファーで天井のヤニ汚れを鑑賞していた。長年に渡る喫煙で完成された一大絵画は、しかしサダハルの感情になんら訴えかける事も無く、煙であったころのようにそこで漂うだけであった。


 虚ろだ。


 どこをどのように戻ってきたかは定かでない。現実として家に居るからにはどうにかして帰ってきたのだろう。馬を連れて。


「……そうだ、馬」


 フリートの仔。種付けに500万円した。

 サダハルの記憶が現世と接続された。茫然とした足取りで足が馬房を目指す。あけっぱなしの厩舎へ足を踏み入れれば嗅ぎなれた寝藁と馬糞の匂いが鼻を突いた。三番目の馬房にその幼駒はいる。


「ンヒ?」


 人の気配を察知して栗色の毛並みが顔を出した。つぶらな夜空のような漆黒の瞳が不思議そうにサダハルを見つめている。そして瞳と瞳の間、額に位置する部分には誰が見ても見紛う事の無い、見事な見事な真ん丸の白い星があった。(星、馬の顔にある白斑の呼び名の一つ)

 幼駒らしい頼りない四肢。見栄えのするはずである栗毛の馬体はどことなく毛艶に精細を欠き、憚らず言えば実に貧乏くさい風体だった。

 その貧乏臭さが嫌われて安値が付いた。

 サダハルは膝から崩れ落ちた。三冠馬というフレーズが持つブランドに目を狂わせされていた。成功こそしていないが長年馬産に従事した人間であるという自負がある。

 その己が告げるのだ。たしかに、貧乏くさい仔だ、と。


「お前よぉ、マルッコぉ。せっかく父親と同じ栗毛に産まれたんだから、もっと金持ちが擦り寄ってくるような雰囲気だしてくれよぉ。じゃなきゃお前みたいな貧乏っちい馬が売れるわけないだろぉ?」


 鼻先を撫でながら語りかけられた何様かつ今更な言葉に、マルッコと呼ばれた幼駒は目と耳を吊り上げた。


「ブヒッ!」

「うわ! いってぇ! おめぇ噛むこたねぇだろ!」

「ンビイッ!」

「貴方。そんなこと言われたらマルちゃんだって怒るわよ」

「あぁ? 馬が人の言葉を分かるわけねぇだろケイコ」


 サンダルを引きずる音に顔を向ければ、長年連れ添った妻が幼駒とのやりとりをけらけら笑っていた。


「あら? そうかしら。マルちゃんはお利口さんだから、私達が何を言っているのか分かっている気がするわ」

「んなワケねェーだろぉ。だったらなマルッコ。お前見てくれだけは可愛いんだから、そこら歩いてる金持ちに媚売ってこい。きっとその中からお前の新しいオーナーも見つかるぞ」

「ヒン」

「ほら。貴方の言ったこと馬鹿にしてる」

「鳴いただけだろーがよ。あぁーもう、どうすんだこれからぁ! アテにしてた金も入らないんじゃ、いよいよ牧場畳むしかねぇんだぞ!?」

「そうねぇ。マルちゃんのお母さんも死んじゃったし、牧場に残っている馬ももうマルちゃんだけだものね。そうなったら寂しいわね」

「寂しいだけじゃ済まねぇぞ。フリートを種付けするのにだいぶ無理しちまったから借金だってある。俺ももういい年だし、お前を養わなきゃいけねぇってのに」

「別にパートでもなんでもしながら暮らしますよ。牧場を整理したら二人で畑でもやりながら暮らしていけばいいじゃないですか」

「おめぇ、それでいいのか?」

「えぇ。結婚する前からいつかこんなことになるんじゃないかって思っていたもの。そんな事気にしていたら、零細牧場の息子となんか一緒になったりしませんよ。でもね」


 哀愁漂うサダハルとは対照的にケイコは飄々としていた。ぐずる幼駒の首筋を撫でながら「この仔が全部なんとかしてくれるんじゃないかしら。なんだかあたし、そんな気がするわ」と、内容に反して何某かの確信めいたモノを感じさせる口ぶりで告げた。


「なんとかってのは何だよ。稼いでくれるってのかいコイツが」

「ええ。たくさんレースにでて、いっぱい賞金を稼いでくれるわ、きっと」

「んなわきゃねぇって……」


 はぁー、とサダハルは深い溜息を吐いて項垂れた。その肩を幼駒がスピスピ鼻をならしながら突っつく。鬱陶しげに押し返しながら


「分かったよ」


 まだまだ体高の低い幼駒を見上げる顔は諦念に塗れていた。己の無能さを突きつけられたばかりだ。やはり妻ほど楽観的にはなれない。だがそれでも、確かに前を向いて顔を上げていた。


「こいつが走るところ、見届けてやろうじゃねぇか」

「牧場はマルちゃんの走るとこ以外、畑にでもしちゃいましょうか。きっと少しは食費も浮くわ」

「自転車操業これに極まれりだわな」


 サダハルとケイコは顔を見合わせて笑った。

 やがて宣言どおり中川牧場は規模を縮小し放牧地の半数を畑に転用。少ない操業資金の中、唯一飼育していた幼駒の育成に専念し、ついに地方競馬である羽賀競馬所属、小箕灘厩舎へ入厩させたのだった。一人息子の大学受験よりも手がかかったと二人は笑う。


 入厩後もマルッコと呼ばれていた幼駒がいつでも戻ってこれるよう、放牧地は残されたままだった。




-------




「おーいマルッコぉ。そろそろ戻るぞー」


 座間 邦夫は沖へ向かって声を上げた。すると海面から顔を出している不気味な三角がこちらを向いた。よくよく観察すればそれは馬の顔だった。

 "沖で泳いでいる馬"は呼ばれる声に誘われ、ざぶざぶと砂浜へ上がり、湿った身体をぶるりと震わせ水気を切った。晩秋にさしかかろうとも九州はまだまだ暑い。濡れたままの馬体であっても、いくらもすればすぐに乾く事だろう。


 かつて中川牧場で暮らしていた幼駒は、いまや立派な競走馬へ成長していた。相変わらず貧相に映る420キロの馬体は零細牧場の委託量、即ち飼葉の量を物語り、父親譲りの栗毛もどこかくすんでいる。されども眼差しは愛くるしく額の丸と人好きする性格が触れる者皆を和ませた。

 クニオもこの馬の愛くるしい見た目にヤラれて担当を申し出ていた。その時はまさかここまでのクセ馬だとは思っておらず、単に可愛い馬の担当になれてラッキーくらいに考えていた。

 可愛い馬ではある。たぶん頭もいい。では競走馬としてはどうだろうか。勝てなかった競走馬の末路を知るクニオはそのことが心配でならなかった。


「お前も来週にはデビューかぁ。ちゃんと走れんのかぁ? お前がまともに走ってるとこなんて見たことねーぞ。マルッコ」


 サタンマルッコ。愛らしい見た目に反してそう名付けられた馬は、頭絡と手綱を取り付けられながらクニオの言葉に欠伸で答えた。

 その眼差しが沈み行く夕日に向けられる。

 遥か遠く、水平線の彼方を見つめるように。




--------



《各馬スタートそろったスタートになりました。

 前を行きますのは①番のミラカネムルっとその外を猛然と⑤番サタンマルッコ凄い勢いでハナを切っている。鞍上タカハシ騎手手綱を抑えているが全く止まらず2馬身3馬身……これは完全にかかってしまったか暴走気味だ。

 後続は①番ミラカネムル③番アスタコンコン、④番ナナカイ②番ホエールマシーン追走、最後方⑥カスタネットプランといった体制で⑤番サタンマルッコだけが4コーナーを回って一周目のスタンド前を通過していきます後ろとは20から25馬身。


さあ2周目の1コーん? んん? 何故かサタンマルッコが脚を止めた息が上がったか?

サタンマルッコが外ラチ沿いへ走っていくのを横に見て後続が追い越し1コーナーへ。


 どうやら故障ではない様子ですが何が、と思ったら猛然と追走をはじめました。


 先頭は①番ミラカネムルから③番アスタコンコン1馬身後方から④ナナカイ②ホエールマシーン外からペースをあげて⑥カスタネットプランがいったそしていつのまにかサタンマルッコも居る! 向こう正面先頭から後方まで殆ど差が無く馬群は一塊となっておりますが、ここで再びサタンマルッコ先頭に立った模様。3コーナーにさしかかり、なんと後続を突き放し始めている!


 さあ残り200を切った4コーナーを回りきりサタンマルッコ独走、リードは5馬身はある、未だ脚色は衰えずさらに後続を突き放し、今……ゴールイン! 間をあけて⑥番カスタネットプラン、③アスタコンコンと入線していきます。


 勝ったのは⑤サタンマルッコ。驚きました。暴走逸走なんのその、サタンマルッコです》



---------



 この馬、強いのではないのか?

 調教師小箕灘こみなだ すぐるは我が事ながら信じられない思いで居た。

 3戦3勝。全てのレースを5馬身以上の大差をつけて勝ってきた。それも、レース中は常時騎手と折り合わずムチすら反応が無い、おおよそまともに走ったとは言えないような状態でだ。

 勿論、結果だけを見れば疑いようもなく強い。1勝すらできずに消えていく馬が数多くいるなかで、地方競馬とは言えどデビューから無傷の3連勝をあげているのだ。しかしそれらがまやかしに思えるほど、サタンマルッコはふざけた馬だった。


 そもそも預けられた経緯からして中々ない。

 付き合いのある中川牧場から珍しくオーナーブリーダーで馬を預かる。それ自体は珍しいだけで少し驚いたで済む話なのだが、その際付け加えられた言葉には度肝を抜かれた。

 曰く。金が無いから委託料を半分にまけてくれ。餌は半分でいいから。レースに勝ったら不足分以上で補填する。

 気の弱いところのある小箕灘は取りすがって頼み込んでくる中川を相手に結局断りきれなかった。


 ともあれそれは外の話。預かった馬もまたとんでもない癖馬だった。


 まず、調教で走らない。押せども押せどものんびりと走る。ムチで叩こうものなら騎手を振り落とす。普通、この一事をもって競走馬生命は終わるものなのだが、生産者兼馬主の中川氏に再び泣きつかれ、仕方なしになんとか走らせようと試みてきた。しかしこの馬が思ったとおりになったことはこれまで一度として無かった。


 人間が嫌いなのかと思えばそんなことは無く、むしろ騎手以外には猛烈に人懐っこい。それが腹立たしく、もどかしさを掻き立てるのだが、叱ったところでけろっとした顔をしてこちらの毒気が抜かれてしまう。くりくりっとした目と額の白いまん丸の星が織り成す愛嬌は、憎たらしいほど効果的に作用していた。


 厩務員のクニオの話によれば、馬場では走らないくせに散歩で出かける砂浜では自主的に走り回るのだという。そのせいか小柄な馬体は少しずつ逞しく成長している。調教では全く動かないクセに。まるで自分の身体の育て方を知っているかのようだ。

 あと、どうやら夜中に馬房を脱走して飼葉を盗み食いしている疑いがある。小賢しい事に犯人、いや犯馬は証拠を残しておらず、人が居ない時間を狙って犯行を働くため目撃者も存在しない。


 中々どうして調教師としての面目を潰してくれるおかしな馬だ。

 実際、この馬に対して手も足も出ていないのだから、調教師として役に立っていないことは渋々ながら認めなくてはならないとは思っていたが。


 経験上どう考えても勝てるわけない馬だと思う。競走馬として生きていける馬ではないはずだ。しかし勝っている。むしろ強いのではないかと思わされている。全くもって常識が通用しない。ここまで来ると最早底知れない何かを感じずには居られなかった。


「中央のレースに出したい?」


 夕焼けの中川牧場。窓ガラス越しに放牧地だった柵の中に野菜が実る奇妙な景色を眺めながら、小箕灘は生産者兼馬主の中川に中央参戦の旨を語った。


「ええ。出走条件も満たしているし、この馬ならいけるんじゃないかと思うんですわ」


 小箕灘の提案に馬主の中川は奇妙な面持ちになった。


「いやそら、いけるんなら行ってほしいけども……勝てます?」


 経営状態の悪化が深刻であった中川牧場だが、マルッコの勝利のおかげで一息つくことができていた。賞金こそ高いが馬質(競走相手の強さ)の上がるJRAよりも、前走の様子から無難に勝ち上がれる羽賀競馬で使ったほうがよいのではないか、中川の脳裏にはそんな考えが過ぎっていた。


「勝てます。というか、私は思うんですが、この馬ひょっとして、とんでもなく強いんじゃないかと」

「やーそーいってもらえっと嬉しいけどね。ゴールドフリート産駒の成績みてるとさ、あんま期待できないんじゃないかってさぁ」

「マルッコは違います」


 自分はそこまで気が強い方ではない。小箕灘はそう思っていた。

 予感がする。ここで己が意見を曲げてしまったら、あの訳の分からない馬は一生日の目を見ないと。

 曲げてしまった何かの力があの馬運命さえをも歪めてしまう。そんな思いに駆られていた。

 妄想であるかもしれない。いやきっとそうだろう。だけど。


 小箕灘はらしくもなく凄みを利かせて馬主へ言い募った。


「手続き諸共含めて、3月中に中央の条件戦へ出馬します。この時期ですと出馬はくじ運次第ですが、とにかく手当たり次第に行きます。芝でもダートでも、マルッコなら必ず勝ち上がります。見ていてください」

「お、おぉ……じゃあまぁ試してみましょか。けど、ご存知の通り経営が一杯一杯なんですわ。二度負けたらこっち戻すってことでいいですかね?」

「問題ありませんわ。なにせ――」


 馬に対してトレーニングで貢献できないのなら。

 大言壮語も吐いてやろう。それであの、訳のわからない馬が走る舞台を手に入れるのなら。それこそが調教師としての仕事だろう。

 最早スグルは魅了されていたのかもしれない。夢を見ていると言い換えても良い。サタンマルッコという、競走馬の枠組みで語るには少々規格外すぎる正体不明のイキモノに。



「マルッコはダービー獲る馬です」




----




 幾度かの出走除外を経た3月の3週目。阪神競馬場第5レース3歳未勝利戦にサタンマルッコの姿はあった。その姿は競馬専門チャンネルで放送されており、羽賀の中川牧場では牧場長とは名ばかりの半農夫サダハルが固唾を呑んでテレビ画面を見守っていた。


「そんなに緊張するんだったら見に行けばよかったじゃないですか」


 そわそわと落ち着かないサダハルを見かねて、温めのお茶を出しながらケイコが言った。先ほど熱々のお茶を出した所熱いと怒鳴られたからだ。そういう態度から、この気の小さいところのある旦那の精神状態がまともじゃないことを察しており、そこまで気になるんだったら旅費などケチらず気の済むようにすればよかったのだと、言わずとも良い事をつい口にしてしまった。


「うるさい! テレビの音が聞こえないだろう」


 案の定うるさがられる。そんな態度も慣れた物だ。長年連れ添った旦那の態度に肩をすくませ、隣に腰掛けた。居なくなると居なくなったで寂しがるのだ。


「中央のレースの賞金は未勝利だって400万を超えるんだ。ぜんぶがぜんぶウチのもんってワケじゃあねぇが、オーナーブリーダーでやってりゃ半分は取れるんだ。200万つったら一年くらしていけるぞチクショウめ……」


 サダハルはイライラと何度もボタンを押し間違えながら、テレビの音量を上げた。


『さて第五レースパドックの様子を見ていきますが……何やら渋滞しています』


 テレビからは女性アナウンサーの声が流れる。しかし常ならぬ戸惑いを含んだ声音だ。


『①のサタンマルッコでしょうか。周回に従わず足を止めているようです』


 声ならぬ呻きをケイコは聞いた。側の旦那が喉か胃かどこかから出した音であるらしい。


『あ、今二人引きになりましたが、ああ……微動だにせず。竹中さん。①番サタンマルッコ微動だにしていませんね』

『すごいですねぇー。調教師の先生ですかね、あんな斜めになって思い切り引っ張ってるのに微動だにしてませんよ。えぇ。長年競馬見てますけどねぇ、こんなの初めて見ますよ。首が強いんですかねぇ?

 馬も何してるんでしょうねぇ。イレ込んでいるだとか怯えているとか、そういう風には、えぇ。ちょっと見えないんですけれども。

 ねぇ、向こうの音マイクとかで拾えないの? あぁ中継できる?』


「ハ、ハハハハ。そうだそうだいいこと言ってるぞ竹中ちゃん。うちのマルッコはなぁ、最強なんだ! ワハハハハ!」


《こちらパドックの国立です。①番のサタンマルッコですが、現在『マルッコォ! 歩くんだよォ! ここぁ羽賀じゃねーんだぞ!』は外側に寄せられて、その内側を各馬周回しておりま『クニオェ! もっとリキいれろリキ! いくぞぉ、せーのぉーフンッ!』す。

 サタンマルッコは、なんでしょうね。何か見てますか? あ。スマホ見てますよ。パドックに来てるお客さんのスマホをじーっと見つめていますね》

『もしかしてポーズきめてるんでしょうか』

《あ! 『おわー! バカ野郎急に動くな!』今動き出しました! 斉川アナの言うとおりかもしれません! ちょうどこう、お客さんがカメラ下ろしたタイミングでこう、スッといきましたね、はい》

『なんだか大変な事になっているようでしたね。それでは改めまして竹中さん。各馬のパドックでの様子を窺ってまいりましょう』


「あらあら。小箕灘センセもクニオ君も顔真っ赤にしちゃって大変ねぇ。マルちゃんも無事に走ってくれればいいのだけれど。ねぇあなた」


 ケイコは急に静かになった夫を見やる。

 サダハルは下唇を噛んだ憤怒と悲哀の表情で白目を剥いて気絶していた。

 うるさいし、レースが終わるまでこのままにしておこう。ケイコはそう決めて画面に視線を戻した。



--------



「それでは阪神5Rの模様をお届けいたします。実況はラジオNK河本アナウンサーです」


《阪神5R3歳未勝利戦1600メートル芝。パドックではある意味大暴れした①番のサタンマルッコですが、どうやら枠入りはすんなりいった模様。各馬続々とゲートインし、最後に⑯番ハピネスハネルヨが収まりました。係員が離れて今……スタートしました。


 ややバラバラっとしたスタート、⑦番ミヤノステートあたりダッシュがつかない。


 スーッと上がっていったのは白い帽子内①番サタンマルッコ。

 おお、猛然と駆けて行き先頭に立って尚行く。鞍上高橋義弘騎手が手綱を引いているが尚も抑える気配が無い。これはかかり気味か折り合いがついていない様子。これを見て⑪番ナカノシンコウ⑯番ハピネスハネルヨは外からやや控えた形。


 二番手集団は先頭から3馬身ほど切れて④番ファッショネス⑪番ナカノシンコウ。

 外から位置をあげつつ人気の⑨番スティールソード外目を追走②ゲットダウンですが先頭のサタンマルッコがぐいぐい差を広げてあっという間に10馬身ほど差を開けて一頭だけ3コーナーにさしかかっています。高橋ジョッキーは手綱を引くも意味を成さず暴走気味。

 大逃げ、大逃げと言ってよいでしょう大逃げで残り800を通過。差は開き15馬身と場内はややどよめいております。


 二番手集団は先頭が変わらず④番ファッショネスその外を、あぁ手が動いている②番ゲットダウン横田騎手抜きにかかって4コーナーの中間ですが前は果たしてどうなのか。

 後方集団が一気にペースを上げてきたが先頭①番のサタンマルッコとの差は10馬身ほどあるように見える。後方集団は届くのかサタンマルッコは粘れるのか一足先にサタンマルッコだけが直線へ入る!


 さあ各馬追い始めた。追い始めますが、なんと、差が、縮まらない!

 サタンマルッコまだ先頭。サタンマルッコ脚色がいいサタンマルッコがまだ先頭リードは7馬身。坂を上るがまだ息がある! いやこれは伸びている! サタンマルッコリードを保ったまま! 縮まらない! 後方は④ファッショネスが二番手その外からスティールソードが伸びているが、前との差は縮まらない!


 残り200を通過! これは、なんということでしょう! どういうことだ!

 サタンマルッコだ!

 大勢決した! 周りには何にも居ない!

 どこからどうみても、これは、サタンマルッコ!


 今ゴールイン!

 二着入線には⑨番スティールソード、1馬身ほど空いて三着争いは④番ファッショネスと⑯番ハピネスハネルヨか。外⑯番ハピネスハネルヨがやや体勢有利か。

 お手持ちの勝ち馬投票権は確定までお捨てにならないようお気をつけください。


 勝ったのは羽賀競馬からJRA初参戦の①番サタンマルッコ。勝ち時計は1分33秒1。上がり3F36.1。勝ったサタンマルッコの鞍上高橋ジョッキーは今年JRA初勝利となりました。

 終始折り合わずの競馬で押し切り。圧巻の内容でサタンマルッコが勝利を収めました》






「勝ったのは①番サタンマルッコ。直前のオッズでは13番人気の78.4倍。二着は1番人気⑨番スティールソードまではすんなり掲示板に表示されています。

 さて、ということだったのですが、阪神5R。如何でしたか竹中さん」

「やーあーすごいもの見ちゃいましたねェ。勝ったサタンマルッコの勝ち時計が1:33.1。

 これは現3歳馬が走った去年の朝日杯の勝ちタイム1:33.0に肉薄するタイムでありますから、勿論それだけで立派な時計な訳ですけれどもね。何より道中で見せた瞬発力。それから鞍上と喧嘩しながら最後まで脚を残していたスタミナ。道中大差が開きかけましたが、あれはかかっていたサタンマルッコを見て、潰れると見た後ろがペースを落とした結果の差であったように思えます。

 800通過が45秒で1000通過が57秒。マイル戦としてはままある時計ではありますが、この時期の馬がやれるかって言ったらまぁー大したものであると言えるでしょう。これは今年のクラシック戦線に面白い存在が名乗りを上げたと思って良いんじゃないですかねェ。

 それに二着に敗れはしましたけれどもね。⑨番のスティールソードなんかも1.34.5で走ってるんですよ。こちらも3歳の未勝利戦で見せるパフォーマンスじゃないんでね、先が楽しみな馬と言えるでしょうねェ。阪神競馬場でこのタイムなら普通勝ちますよ。ただ相手が悪かったとしか言いようがありませんねェ。

 これは期待しちゃいますねェ。この時期ですから皐月賞は間に合わないにしても、勝ち上がればダービーにはいける訳ですから。

 史上初の地方所属馬によるダービー制覇。そんな夢を見させてくれる、圧巻のレースでしたね」

「ありがとうございます。ちょうど掲示板も確定したようです。一着①番サタン――」




------------




◆阪神5Rのパドックwwwwwwwwwww



1 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxL0

馬引き顔真っ赤wwwwwwwwwww



2 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx/0

まずどこの番組か家



3 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxK0

ミドリチャンネルだろ?

竹中が初めて見るとかいってるけどこれ相当だろ

てか馬引きのおっさんの顔が必死すぎて草生えまくる



7 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxt0

みれねーから詳細はよ



10 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx40

スッ、じゃねーよwwwwwww



11 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxu0

スッwwwwwwwwwwwwww



13 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxf0

国立wwwwwwwwwwwwwスwwwwwwwwwww



15 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxQ0

声むっちゃ入ってる



16 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxr0

パドックの男アナウンサーと斉川アナの温度差がわろける



23 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxL0

>>7

阪神5Rの未勝利戦のパドックで1番のサタンマルッコが静止芸

そのせいで大渋滞

馬引きの厩務員と調教師っぽいおっさんが全力で引くもビクともしない

おっさんsさらに息む→顔真っ赤

かとおもったら突然スッと歩き出しておっさんsすってんころりん

コントかよとおもった



43 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxe0

てかなに本当にこの馬スマホ向けられてポーズとってたの



46 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

(サタンマルッコが堂々と写っている画像)

やったぜ

だんだんびびって手振れやべぇ



50 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx30

>>46

お前wwwwwwwwwwwwwww



51 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxt0

>>46

威 風 堂 々



57 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxs0

>>46

目可愛いなおい



63 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

>>51>>57

いやまさか足止めるとは思わんわ

愛着湧いてきたし単複応援馬券やわ

1マソでゆるして












95 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx40

本馬場だと普通だな



96 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxt0

別にイレこんでるとかそういう訳ではない馬なのか



110 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

ゲートも普通に入った

たのむわー勝ったら焼肉



111 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxo0

>>110

お前当たったら焼肉どころじゃねーだろ

①とか70倍とかついてんだぞww



116 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

普通に出た



117 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxs0

サーッwwwwwww



118 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxj0

スッといってサーッ!



119 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxu0

サーッ



120 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

うわだめだもろがかり



121 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxi0

大逃げだ



122 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxt0

おい追えよ



123 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx70

あしのこしてる



124 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxb0

あれこれかつんじゃね



125 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

ファーーーーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwww



126 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxt0

おいwwwwwwwwwwwwww



127 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxd0

勝ったwwwwwwwwwwwwwwwwww



128 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx40

勝ちおった



129 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxx/0

勝つのかよ!



131 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxs0

実況興奮してG1みたいなこと言ってたぞ



134 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxW0

サンキューマッル(的中馬券の画像)

てかこの馬強くね?



138 名無しさん@競馬板 20NN/03/NN ID:xxxxxxxy0

パドックのせいで印象悪いけどレースだけ見てると強く見えるな

ただなんだこの父ゴールドフリートから溢れ出る駄馬臭というかネタ馬臭は



本作は小箕灘調教師の知り合いの中央所属厩舎の空き馬房を間借りている、という設定で進行しています。そんなことできるのかどうか詳しい資料がJRAのHPになかったので想像でかいてます。


地方所属の調教師がJRAのトレセンに馬房を持つことは出来ないと思うので、そのへん詳しい方居たら教えて欲しいです。(たぶん知り合いの調教師に馬房を借りるか、JRA札幌や福島みたいに普段は地元でトレーニングして、レース前はトレセン近場の牧場で生活するかだと思うんですが……)


2018/8/20追記

結構前から分かっていた事だったんですが、地方競馬にて勝利した馬は中央のレースに参戦する場合、地方競馬時代の獲得賞金が本賞金として計上されるため、(架空の競馬場ですが)羽賀で三戦三勝しているサタンマルッコは佐賀競馬の賞金準拠でいくと200万ちょっとの獲得賞金ですので、未勝利戦には出られないようです。

となるとこの後の展開が色々めんどくs、困った事になるので、本作中では厩舎の入れ替わりやそのたもろもろで未勝利からスタートしたということにしておいてください。

そのうち直そうかなあと思ってたんですが、話の本筋的にどうでもいいのでそのままにしておきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 邦夫が女体化してクニコになったのは笑った。なろう書籍化はそう言うことするよね
[気になる点] 完結したという事で改めて読み直していたのですが >これは現3歳馬が走った去年の朝日杯の勝ちタイム1:33.9を上回るタイムでありますから、 とありますが、ここの現3歳馬の朝日杯タイムは…
[良い点] 書籍化おめでとうございます! 絶対買います!この日を迎えられて奇跡の様です! ありがとうございます!! [気になる点] 「現3歳馬が走った去年の朝日杯の勝ちタイム1:33.9」 この時の現…
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