表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/66

4F:夢の終わり-5


 ダービーに限らず、GⅠ開催の日は競馬場の空気が違う。

 それは人の多さから来るものであったり、普段見かけない出店のせいであったりと様々だが、形容するならば"祭りの雰囲気"そのものだろう。

 ここに、その空気にアテられてしまった男が一人。

 サタンマルッコ生産者兼オーナーという肩書きで関係者席の石像となっている中川貞晴その人である。

 大歓声が展覧席のガラスを叩いた。トラックでは第8Rの出走各馬がゴール板前を駆け抜けていた。遠めにも見て分かる着差の決着だった。


「あなた! ねえあなた! 見てこれ、当たったわ!」


 よそ行きの婦人服に意気も高々なケイコが的中した馬券を見せながら貞晴の肩をバシバシ叩く。貞晴はされるがまま身体を揺らし、あーとかうーとかゾンビのような呻きを返すばかりだ。

 久しぶりの外出をすっかり楽しむ気マンマンのケイコと正反対に、貞晴は朝方から緊張しきりだった。別にあなたが走る訳でもないのに、とケイコは呆れる事しきりだが貞晴に言わせればそういうモノではないらしい。


「ねえあなた。そろそろパドックに向かう時間よね」

「パドック……い、いい。俺は客席でいい」

「もー何をビクビクしているのよ。よその牧場の方と挨拶しなくちゃいけないでしょ?」


 日本では競馬は賭博としての側面を強調されがちだが、フランスやイギリスなどではレジャーないしは社交の場としての面も強く持つ。GⅠのオーバルパドックの真ん中でなにやら人が集まっているのを見かけると思うが、アレは日本で発露された社交の形だ。

 気の弱い貞晴としては、妙にきらきらしたやんごとなきご身分の方々と肩を並べるのは遠慮したいところだった。


「なぁ、本当にいかなきゃだめか?」

「行くの。胸を張りなさいよ。マルちゃんは世代の頂点を決める18頭のうちの1頭なのよ。子供の晴れ舞台にしょぼくれて隠れてる親がどこに居ますか。ほぉら!」

「あぁわかったよ行くよ。行くから離せよ」

「それにさっき当たった馬券も交換しなくちゃ」

「幾ら取ったんだよ」

「3連単47万円」


 貞晴が吹いたのは言うまでも無い。



-----



「調子はどうだよ」


 競馬場の地下馬房に顔を出した小箕灘は、クニオに訊ねた。


「センセイが一番知ってるでしょ」

「それもそうだな」


 しかしなんだな。こいつ、意外と正装が似合うじゃねえか。

 クニオの意外な面に驚きつつ、本日の主賓に目をやる。


「ヒン」


 よぉ。とでも言うかのようにマルッコは小箕灘に嘶いた。

 この期に及んでジタバタしないと決めていたが、やっぱり心配なものは心配なので足元を診る。

 迷惑そうにするマルッコを宥めすかしながら、蹄鉄や足の具合を確認する。


「センセイも落ち着きませんか?」

「お前は随分余裕じゃねえかよクニオ」

「だって俺、引いて歩くだけだし」

「お前結構大物だな……一応二人引きで周回する予定だが、オーナーはたぶんまともに歩けねぇから俺とお前で引くことになりそうだ」

「あはは。まぁあのオーナー、すぐ緊張しますもんね」

「そう言ってやるなよ。俺だって人のこと言えねぇんだから」


 膝が震えちまって。見せると、クニオはマルッコに目をやり、遠くを見つめた。


「そういや中央のデビュー戦の時も二人引きでしたね」

「ああ。阪神でやったやつか。あんときゃ酷い目に遭ったな。しかし懐かしいな。まだ二ヶ月しか経ってないってのに」

「あの頃、今日の日をこんな風に迎えるなんて思っても見なかったですよ」

「俺は、ちょっとは思ってたぞ」

「ほんとにぃー?」

「お前だって知ってるだろ。オーナーに啖呵切った話」

「それは聞いてますけど、今日こうやって、いよいよパドックに出るぞーみたいな場面、想像できてました?」

「……まぁ、出来てなかったな」

「何か俺も、イマイチ今が現実って感じしなくて。もしかしたら俺達は羽賀の馬房にいて、皆で昼寝かなんかしちゃってて。皆で同じ夢を見てるんじゃないかって」

「マルッコがダービー出走か。ずいぶん都合のいい夢だな」


 二人は顔を見合わせて笑った。



-----



「さて。いよいよ日本ダービー出走各馬のパドック周回が始まったようです。パドック解説はお馴染み、竹中さんでお送りいたします」

「よろしくお願いします」

「それでは順番に見ていきましょう。

 ①番ヤッティヤルーデス。508kg、国内での前走がないため馬体重の増減は記録されておりません。現在のところ7番人気となっています」

「んー……ちょっと元気が無いようにも見えますが、馬体のハリ、トモの造りなんかはいいものを感じます。外国の馬ということでね。環境が大きく変わった中でもこの落ち着きですから、実力を十分発揮出来る状態にあるんじゃないでしょうか。返し馬あたりで闘志に火が付けば、えぇ。この絶好枠ですからチャンスあるんじゃないでしょうかね」

「②番ラストラプソディー。474kg、マイナス4kgです。現在のところ2番人気です」

「いやぁ見違えました。皐月の時は余裕残しだった訳ですが、トモのハリ、それに気合の入った周回してますよ。馬体も絞れてガッチリしてきましたね。十分実力を発揮できる状態にありますよ」

「③番ストームライダー。498kg、プラス2kg。1.4倍の圧倒的一番人気に支持されています」

「相変わらず凄い身体付きしてる馬ですねぇ。惚れ惚れします。前走皐月賞であれだけ激しいレースをしてからのプラス2キロが実に頼もしく感じます。山中厩舎渾身の仕上げといったところでしょうかね」

「④番オーダナテンプク――……」



「⑯番サタンマルッコ。470kg、プラス6kg。現在14番人気です」

「この馬は栗毛の割にはパドック映えしない馬なんですがね、これがどうして今日はよく見えますよ。今日は集中して周回してますね。なんでしょうかねぇ、この馬が当たり前のことをしているだけで物凄い驚きがあります。発汗も見られずイレ込み等は問題なさそうですねぇ。非常に。非常にいい状態なんじゃないでしょうか?」

「続いて⑰番シルバーシックル――……」




「さて、パドックでは騎乗号令がかかり各馬へジョッキーが駆け寄っているところですが、竹中さん。ここでいつものようにパドックの総評をお願いします」

「はい。ではまず③番ストームライダー。皐月賞を勝った時はちょっとチャカチャカしてたんですが、今日はどっしり構えて落ち着いていますよ。馬体に関しては文句の付け所がありません。人気に応え得る、完全な仕上がりと言って良いでしょう。

 次に⑥番スティールソード。青葉賞の時ほどではないのですが、あれはあの時が良すぎたと言ってよいもので、今日が決して悪いという訳じゃありませんよ。状態は良好、好走が期待できるんじゃないかと思います。

 それから②番ラストラプソディー。馬っぷりに磨きがかかってますねぇ。雄大な馬体をぎゅっと凝縮したような鋭利さを感じます。展開次第では逆転もあるんじゃないでしょうか。

 さてそして私の本命。あえて今日本命とか対抗だとかそういう言葉を使ってこなかったのですが、それはこの馬のためだったんですねぇ」

「竹中さん、嬉しそうですね」

「はい。私の本命、⑯番のサタンマルッコです。パドックでも何とも怪しい雰囲気を醸し出してますよ。この馬は色々と変なところがある馬なんですけれどもね、今日はどういう訳だかやけに集中しているじゃありませんか。元から能力は十分だと思っていたんですが、これはひょっとすると、とんでもない物が見られるかもしれませんよ」

「竹中さんはスタジオでもサタンマルッコの頭からの馬券で予想していましたね。自信の本命といったところで結果はいかに」

「ふふふふー」




-----



「それでは日本ダービー、本馬場入場です。実況は馬場園アナウンサーです」


《晴天に恵まれました東京競馬場。芝、ダート共に良の発表。

 まさに晴れの日を迎えるのに絶好の日和でありましょう。

 世代を一強と言わしめた皐月賞馬の二冠への挑戦。

 これを阻む者が現れるのか、それとも並み居る強敵を倒して二冠を手にするのか。


 第NN回日本ダービー。それでは出走各馬の本馬場入場です。


 今年も、世代の頂点を決めるレースがやってまいりました。

 20NN年生まれ8032頭の頂点を争う、世代の優駿18頭をご紹介いたします。




 名前は偶々。フランスから来た秘密兵器。

 ルーデスさん家の一番馬。誰もやらなきゃ俺がやる。

 1枠①番ヤッティヤルーデス、海馬英俊!




 奏でる音色は歓喜に染まるか。

 父ラングランソナタのラストクロップが捧げる狂詩曲。

 1枠②番ラストラプソディー、川澄翼! 




 歓声に包まれてこの馬がやってきた。

 二歳チャンピオンは三歳になっても強かった。

 最早実力を疑う者は無いでしょう。

 ただ一頭だけが持つ三冠馬への挑戦権。

 竹山牧場英知の結晶。血に刻み込まれた優駿の軌跡。

 さあ嵐を引き連れて!

 2枠③番ストームライダー、竹田豊!




 決して楽な旅路ではなかったでしょう。

 想いを繋ぎ、たどり着いたる優駿の門。

 成れば全てがひっくり返る。

 2枠④番オーダナテンプク、田島歩!



 打たれても打たれても耐えぬき繋いだこのレース。

 重賞は取った。残るは栄冠唯一つ。

 直線勝負の末脚一気。炸裂するなら今日ここぞ。

 3枠⑤番カタルシス、後藤正輝!




 切り裂き駆けた府中24。

 父より継いだ鋼の魂。

 嵐を切り裂く剣となるか。

 3枠⑥番スティールソード、細原文昭!




 ドイツが生んだ名優の仔。

 世代を制してその名を示さん。

 4枠⑦番イイヨファイエル、下田撤兵!




 ハナ差で掴んだ皐月賞出場。クビ差で繋いだ日本ダービー。

 進化を続けた強者の細胞が今日は勝ち取る優駿の栄冠。

 4枠⑧番ゲノム、池園勇美!




 歩んだ道のりは誰よりも長く。

 急がば回れ。行けば分かるさ。

 5枠⑨番グルグルマワル、熊田敏也!




 苦戦の続く世代戦。

 名前に夜を冠せども。明けない夜など存在しない。

 行くは夜の向こう側。

 5枠⑩番ナイトアデイ、福岡祐一!



 世界を制したステッキが特別な一日に魔法をかける。

 6枠⑪番ホーリディ、アンドリュー・クワセント!




 2歳札幌で見事に魅せた豪脚一閃。

 強く短く大地を踏みしめ、

 6枠⑫番アスノスタッカート、澤沼修治!




 結束が生んだ約束された夢舞台。

 鋼の絆に国境は無い。

 7枠⑬番コーネイアイアン、イデラート・ホックマン!




 重賞二勝の北の韋駄天。

 海と山と黄金を携えて。

 7枠⑭番マリンシンフォニー、山平金次!



 説明不要のいぶし銀。人馬一体、

 7枠⑮番メイジン藤田!



 正体不明の栗毛の怪馬。

 羽賀から来た(アイツ)

 8枠⑯番サタンマルッコ、横田友則!



 鞍上海老名は年男。

 銀の鎌を振りかざし、取るはダービー唯一つ。

 8枠⑰番シルバーシックル、海老名外志男!




 苦節二十年、初めて掴んだ夢舞台。

 8枠⑱番ヘルメスアイコン、久留米栄吉!




 以上、出走18頭のご紹介でした》

難産だった……

個人的に本馬場入場の時のポエム実況は結構好きです。

評価くださった方ありがとうございます。とっても励みになりました。

明日は更新が少し遅くなります。15時くらいになるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ケイコ婦人強すぎ笑 サダハルはこの奥さん捕まえたことで運使い果たしてるだろ。マルッコが来てくれたのはケイコ婦人のおかげだな。 [一言] それぞれの人間模様も面白いです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ