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第六話 酒 (R15)


 王都には、北から南へと4本の川が流れている。

 左京には王都の境を為す東川と、中央に物流のために引かれた東運河。

 右京中央に西運河、そして王都の南西角を掠めるようにして流れる西川。


 先輩たちの言う「良いところ」が軒を連ねる繁華街は、東川の両岸に沿って伸びている。


 家出していた間……と言うより、今も絶賛家出中のアレックスがねぐらにしているのも、この東川沿いであり。

 暮らすうち少年は、ひとつの事実に気がついた。


 己の容姿が、人並優れていることに。

 説法師の倍率と共に、王都でも一・二であろうと言われていることに。

 

 不夜城、色町、花柳の巷。

 お勤めの傾城に出入りの少女、夫を引っ張り戻しに出てきたご婦人方……およそ女人の間では、三月も経たぬうちに評判を博していた。

 

 いつどこにあっても、目が光っている。気が抜けない。

 まさかニンジャ・諜報の技術を持っているわけでもあるまいにと、ため息をつくアレックス。

 出待ち・追っかけ……そうした概念の存在など、まだ知る由もなかった。

 

 女だけではない。男からは「調子に乗るな」、「俺の女に粉をかけた」などと訳の分からぬことで絡まれ凄まれ。

 片っ端から当て身脚払いにて川に投げ込めば、舞うを踏むに似るその姿にまで黄色い悲鳴が上がる。

 仕方無いので男共から得た「ファイトマネー」を用いて住居を転々とする日々。時には金を出してそこらの料理屋に一泊することもあった。

 すると「気風かねばらいの良いにいさん」と、また評判が上がる。 

 

 迷惑で仕方無い、女など何が良いのか、先輩連中はなぜもてたいとやかましいのか。

 道場に出ようと早朝花街を歩めば、仕事を終えた姐さん方から秋波を送られ。

 帰って来れば、同伴出勤やアフターに励むきれいどころから声をかけられる。

 男の腕に身を寄せているのに、なぜちょっかいを出すのだ。ほら、こちらを睨んでいる。喧嘩にでもなったら、彼の財布はこちらの物になってしまうのに。

 

 そうしたわけで、一人暮らしを始めて半年もせぬうちにアレックスは、「脅し付ける」技術を身につけていた。

 絵画か彫刻を思わせる、完璧な造形の持ち主である。

 それが死神の如き一瞥をくれれば、顔に自信の遊冶郎も慌てて目を逸らす。

 あるいは焔の如く霊気を噴き上げれば、腕自慢の好漢ごろつき共も道端に唾を吐き捨て強がるのが精一杯。

 


 「おいアレックス、お前……仮にも近衛小隊長の家柄だろうが。馴染み過ぎだ」

  

 剣を握っては健全な体育会系……すなわち血反吐塗れの顔で勝負根性汚く食らい付く修羅の仔が、川を下る竿を取っては 投げられる誘いを涼しい顔で聞き流す。

 道場ではまさに野生の獣、重心低く地を擦るように馳せるものが、肩をそびやかしアゴを上げて闊歩しているのだ。

 

 初めてウォルターと呑みに来た時には、地理に詳しいとて先に立ったものが。

 三度目ともなれば、同じ先頭に立つのでも一党のボスが腕利きのボディーガードどもを引き連れているかのように振舞っているのだから。

 少年の物覚えの早さと来たら恐ろしいばかり。

 


 「兄君は、フィリップさんは何も言わぬのか?」


 「責めが負える範囲で振舞えとのみ」

 

 父の名代として入門の挨拶に同行して後、それが兄から受けた言葉であった。

 




 「フィリップ君、アレックスの才はエルキュールにも劣らぬ。長ずれば近衛府の武術師範も狙える。いや、近衛小隊長の家格とその容姿、王室にある殿下がたの侍衛も夢では無いぞ」


 挨拶の場に居並んでいた高弟のひとり、まさに近衛武術師範からの評価である。


 殿下がたの侍衛……それはつまり、従五位下。薄緋うすあけほう

 己がその官位に就くのは、それを身に着けるのは、早くとも40代半ばのはず。

 弟では、中流貴族の三男坊では、決して就けぬはずの地位。


 言葉を失うフィリップから目を転じた男が、ひときわ声を高くした。

 

 「励めよ、アレックス。兄上と共にヴァロワの名を高めることができるのだ。天はその可能性をお前に授けたのだから」

 


 その言葉は、アレックスだけではなく己にも向けられたものであると。

 武術の才に恵まれぬゆえに指揮統率と事務周旋に活路を切り開こうと苦闘していたフィリップは明察し。

  

 「ありがたい言葉を伺いました。道を誤らぬよう、兄弟ともども一層よろしくお願い申し上げます」


 頷く先輩の、武術師範のまなざし。

 官途を歩むフィリップにとって、それは何度目の物思いであったろうか。



 帰り道のこと。兄フィリップはアレックスにウォルターの侍衛を命じ、コクイ・フルートとふたり別行動を取っていた。

 そしてその晩に出たのが、「責めが負える範囲で振舞え」のひと言であった。

 

 「東川沿いに暮らしていると言ったな。許す。が、何かあった場合は私かコクイさん、ウォルター小隊長殿を頼ること。他家からの申し出を直接受けることまかりならぬ」


 

 兄の言質に自由を満喫し、花街に適応していたのだけれど。

 アレックスにはどうしても馴染めぬものがあった。


 酒。


 「早いうちから親しむと背が伸びなくなる」と言われ、控えてもいたけれど。

 挨拶や何かの機会に口をつけても、何がうまいのか分からなくて。

 天真会が経営する「クラブ」を訪れたこの日も、その苦さに首を傾げるばかり。



 「坊やには早かったかしら」


 置いたとたんに奪われた、蒸留酒のグラス。

 子供扱いには敏感な年頃、その碧眼に怒りの色を灯したところで。


 「ごちそうさま。奢ってくれる男の人は好きよ?」


 行動の……不作為の意味を決め付けられて、考える暇も許されず。

 

 「お返し」


 今度は果実酒を注がれる。

 甘い……けれど、やはり妙な渋みとえぐみが舌を刺す。

 果汁をそのまま飲めば良かろうにと思うばかり。


 「無理することない。呑めなくたっていいの。無理して汚い呑み方をする人より、ずっと大人よ?」

  

 これが会話を楽しむ店かと、納得しかかったところで。

 その割には露出過多だとしかめた眉を見咎められる。

 

 「分かんないかなあ、綺麗な服を着たい気持ち」


 「それなら、何となく」


 「それに、ちやほやされたい」


 「分かるけど」


 「理解はできるけど、共感できない? それでいいよ、今は。だけど……共感できなくても理解はしてくれるかな?」


 もう少し話をしたいと思ったら、すっと席を立たれてしまった。

 何か機嫌を損ねたかと、つい腰を浮かしたアレックス。


 「姐さんばかりずるい!」と、ホステスたちに囲まれる。「アレックスさん、おとな(・・・)に騙されちゃダメだよ?」


 途端に言い合いが始まり、先輩連中が大笑いしていた。 

 年齢をあてこすっているとは知ったのは、少し後のことで。


 「アレックス、お嬢様方に酒を奢れ。そういうものなんだよ、そのうち分かる」


 この飲み会を企画した男、天真会に所属する浄霊師エクソシストの先輩であった。

 笑い涙を抑えつつ、アレックスに視線を向けていた。


 「兄さんが奢ってくれてもいいのよ?」 


 ホステスの突っ込みに、またひとりの先輩がすかさず口を挟んでいた。


 「いい思いしてるヤツに奢らせろっての。キレイどころに囲まれて。ああくそ、アレックス連れて来たのは失敗だったな」


 どこがコミュ障だか……と心中に呟いたアレックス、ふと気づいた。

 このノリ、道場とさして変わっていない。

 店の女性、あれだけ露出過多でありながら、女を意識させていない?

 これも何かの技なのか?

 

 「アレックスの歓迎会なんだから、連れて来なきゃ仕方ないだろ」  

 

 「歓迎会ってちょっと! じゃあ主賓の、それも子供に奢らせてるの?」


 「一番カッコ良い役を譲ってやってるのさ」


 なるほど、うまく言い抜ける。さきほどの姐さんと一緒だ。

 ならば自分も……と、数ヶ月の花街生活で身に付けた「それらしさ」を口にしてみる。


 「ええ、皆さん好きな物をどうぞ」


 「おいアレックス、とんでもない壜を開けられちまうぞ?」


 「それぐらいの持ち合わせはある」


 酒を知らぬアレックス。当然酒の値も知らぬ。

 だが売られたケンカを片端から買って勝ち続ければ財布が膨らむ、それが王国の武芸者であって。



 「うわ、こいつ! 自慢じゃなく天然で言いやがった! ちょっと待ていくら持ってる……てめえ! 決めた、俺も野試合に励むわ」


 遠慮なく覗き込んだひとりが、真剣な顔に変わった。

 場違いにも闘志を膨らませ始めるところを、天真会の先輩がいなしていた。


 「馬鹿お前、そのガタイと凶悪なツラじゃ逃げられるぜ。向こうさんもアレックスだから突っかかってくるんじゃないか」


 ……慣れている。花街に。

 天真会の何たるかを――少なくともこの業界に強いということを――アレックスは理解した。

 


 「いや、右京ならば俺の顔も知られていないし、馬鹿も多い」


 右京。

 左京に比べはるかに治安が悪く、だがそれゆえに「盛り場」も数多く、また広がっているとか。

 貴族からは魔窟のように言われているけれど……。



 アレックスのその視線を見咎めたものか。

 コクイ・フルートが慌ててグラスを下に置いた。


 「アレックス! 右京はダ」



 だがその叱声は、さきほど相方を務めてくれた姐さんに遮られていた。


 「右京なんて場末よ。いいおんな素敵な人(おかねもち)も、腕自慢の好漢おとこだって、集まるのはここ東川! 男を磨くならこっちよアレックス君?」



 さすがにアレックスも気づいた。

 天真会所属の先輩、ホステス。コクイ・フルートに兄。

 それぞれが何かの思惑で自分を「放し飼い」に――自由にさせるようで、柵を設け頸に鎖をつけようと――しているのだと。

  


 「これだけ素敵な女性たちを放っておいて他に行くなんて、考えられませんよ」


 飼われてなどやるものか。その思惑、必ず暴いてやる。いや、超えてやる。

 

 壁のあちこちに嵌め込まれている鏡面に、顔が映っていた。

 やけに余裕たっぷりの、冷たい嘲笑を浮かべていた。

 これが己の相貌であるかと、アレックスは小さな納得を覚えていた。

 


 姐さんの目が尖る。


 「そんな生意気は、これが呑めるようになってから言うものよ? 飲み比べに勝ったらいい事してあげる」


 「いい事」。例の件もあって、具体的にどうするのかは分かっている……つもりであった。もちろん興味もある。

 だがそれより何より、「勝負」と聞いては引けぬのだ。

 軍人貴族の家に生まれ、十代を迎えた男は。

 


 そして小さなグラスに注がれる、無味無臭の火酒。

 勝手違いの勝負は瞬く間に決着を迎えた。




 痛む頭を抱えて赴いたソシュール道場。

 リンの手元はしばしば狂い、型稽古だと言うのにアレックスは各所を打たれた。

 

 「悪いのはそっちでしょ? 二日酔いでふらついてるから当たるんじゃない」


 昨晩のことを面白おかしく吹聴するとは、ろくでもない先輩もあったものだ。


 「で、どうだった? 感想は?」



 「酒と女は訳が分からない。当分付き合いはゴメンだよ」


 女を馬鹿にするなと口にしたリン、その手元はまたも狂い。

 しかしその顔は何故かほころんでいた。


 

東川:鴨川

西川:桂川

運河:堀川

がそれぞれモデルとなっております。縮尺は約9倍、面積は日本の約80倍です。

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