第十二話 根っこ芋づる
二緯の盛り場に、妙な男どもの影がちらつくようになった。
何をするわけでもないが、柄が悪い。通行人を相手にちょいちょい絡む。店の払いを踏み倒す。
街の体感治安が悪化し、もともと悪い景気にさらなる翳りが見え始めた。
「あれぞ放免ですよ」と、ダヴィド・サレジオがため息をつく。
決定的な犯罪行為には至らぬ微妙な嫌がらせ、それが彼らの本領で。
「それも左京職組下のな」とジグムントが継げば、アレックスは舌打ちを見せていた。
放免(警察組織の下働きをする小悪党)にも派閥がある。
小さくはつるんでいる捜査官ごとに、大きくはぶら下がっている役所ごとに。
例えばアレックスが憎悪に近い感情を抱いている放免頭サイモンは、検非違使庁の組下である。つまり今回の件で非難するのはまさに「筋違い」。
いやそもそもこの二年、アレックスはサイモンと顔を合わせることがなかった。
どうもこちらの心を読んでいるように思えてならぬ、見透かされているようなその感覚が腹立たしい……と、その碧眼が尖ってゆく。
「この街では検非違使の組下を見かけない。どうなってんだいダヴィドさん?」
問われた青年、ひょいと背を屈めてから隣に視線を流していた。
見下ろされるのを嫌う少年のために。
「空いた縄張りを見つけたから入り込んだ、左京職の組下ならそう言うだろうね」
誰が縄張りから追い出したかなど、視線の先を見なくとも明らかで。
「自業自得……睨むなよ大哥、悪かった。でもよ、責任ってものあるだろ。街の住人を助けたからには最後まで面倒見なくちゃ。中途半端だと後で仕返される。かえって迷惑だ」
それは兄フィリップの言葉、「事を行うならば徹底しろ。事後の処理まで責任を持て」と同じで。
責任皆無の五男坊から言われるとは思わなかった三男坊、少しばかり深刻な気分にひたりかけたところで、奢ってやる約束を都合良くも思い出し。
連れ立って塒を出たは良いけれど、よりによってその矢先に絡んだ放免は運が悪かった。
これまでならば東川に放り込むか、せいぜいそこらの塀に叩き付けるぐらいで済ませていたアレックス、「ならば徹底してみるか」と考えを改めた直後だったものだから。
「なんだこの色男ども……」
顎を砕かれては、口上を述べ終えることもかなわない。
男伊達がそこまでされては、引き下がることもかなわない。
帰り道、アレックスの行く手には十数人の人影。
「尋常に勝負せよ! 我が名は……」
ご丁寧に家名まで口にして大人数で袋叩きにしようと言うのだから、武人の矜持も恥も道理もありはしない。
それでも名乗られたからには「我が名はアレクサンドル・ヴァロワ……」と返したところに、背後の人垣から悲鳴が上がる。
「なんぼなんでもこれは無いわ、のー」
その声も終わらぬうち、正面の武芸者はアレックスに打ち倒されていた。
ジグムントにダヴィドと3人で周囲を片付けつつ振り返ったところが、立っていたのは老人で。
その手に投網を提げていた。連中から奪ったものらしい。
「異能者を獣か何かと思っている。見逃せぬわの」
余計なお世話と噛み付くはずの毒気を抜かれたアレックス、問いの間も持たせることができなくて。
「天真会?」
「支部の代表。ま、世話人よの」
天真会ならば異能者のよしみや連帯感、手助けの理由としては頷けると納得しかけたところに。
「ヴァロワの名を、近衛小隊長の家名を口にしたのに獣扱いでは、お主も引き下がれぬであろ?」
左京職に対し、正式に抗議を申し入れることができる……やはり余計なお世話を、恩を売るつもりであったらしい。それも投網ではなく入れ知恵で。
くどい、あくどい、まわりくどい。いかにも老人らしい手口と思いきや、その動機は十五歳のアレックスですら半ば呆れる青臭さを帯びていた。
「お互い様よ、この街に住む者どうし。『貴公子ひとりに救われてめでたしめでたし』? それでは住人の心根が腐るゆえ、の」
そして芋づる式に集まった民衆が、芋づるの如くつながれた放免たちを引き連れて、左京職の官署を取り囲んだところ。たまらずひとりの役人が飛び出してきた。
年のころは三十前後、見るからに警察向きの固太りした上半身から怒鳴り声。
「己の間違いを認めては仕事にならぬ」そう思い込んでいるのが左京職だもの、さて何を言い出すかと一同耳を傾ければ。
「刑余の放免が貴族の子弟に対して非礼なる振舞いに出たのであれば、管理不行届きを認めよう。街の住人に対して迷惑をかけたと言うならば、その者を罰しよう」
案外素直で拍子抜け、左京職も良いとこあるじゃないの、いやこれぞ我ら民の力である……と、めいめい気を緩めたところに。
「だがお前たちの行為も許されるものではない。徒党を組んで官署を包囲するとは上に対して憚りあろう。騒擾、内乱を問われる前に解散せよ」
やはりお役所はお役所それも警察部門、であるはずが。
「なおアレクサンドル・ヴァロワよ。要求を通すため民衆を煽り頭数に物を言わせる、これが誇り高き貴族の行いと言えようか」
安い挑発、理屈の筋が見えて来る。
「周囲は見物人に過ぎない、官署に庇護さるべき民衆である。相違無いな? そして本件の責めを負うべきは左京職にあらず、放免を率いる私に責任がある」
王国男子、そこまで言えば話が早い。
「お前たちも聞いていたな? つまりこれはアレクサンドル・ヴァロワとわれ一人の問題である。いざ尋常に……」
結果は見えていたけれど。
アレックスが男の顎を砕くことは無かった。
左京は二緯五経に住まう人々も満足した。
「性根を見せてもらったの」
負けを認めた天真会の老人も、つややかな笑顔を見せていた。
次は数日内に「異世界王朝物語」を更新します。




