六章 暗殺者、初めての……
「うーん、無いわねぇ」
「ないな」
我ら『星空の滴』は、今は採取クエストの最中。
ほら、良くゲームである、薬草やキノコを採取する感じの依頼。あれをやっている。
今回探しているのは、キノコ。その名もクイーントリュフ。
なんでも今がシーズンで、見かけはしないが生えているとのことだった。
まぁキングとかクイーンとかは珍しい物なんだろうし、そりゃそうだろうな。
ちなみに、一個はとれたので現物がある。
黒くて大きなキノコ。外皮はシイタケなどに比べると固めで、濃密な臭いがする。
「ヴェロン、もう採られた後なんじゃないのか?」
「その可能性もあるわね」
大木を片手でどかしながら、ヴェロンがそう答える。
鍛え上げた肉体から察してはいたが、かなりのパワーだ。
「ミル、あったか?」
「……稽古しよう」
「何でだ!?」
「飽きた」
「おいおい……」
マイペースなミル。見た目は金髪に白い大人しい衣装だが、腰には細剣が。
レイピアとは違い、一応切ることもできる武器。
彼女は聖騎士志望らしく、実戦経験で修業を積むために団に入ったのだそうだ。
「ロンドはどうだ?」
「一つ見つけましたよ」
巨乳に目がいくけど、何とか我慢。糸目の彼女に微笑んで、持ってきていた袋に入れる。
「後三つだっけ。先なげーな」
「あと二つ、よ」
レアーナが袋に小ぶりのトリュフを入れて、うん、三つ目。
「……ん?」
気力で視力を強化。
遠く、木漏れ日が差す場所に……クイーントリュフが、群生してる?
「あら、ボーっとして。どうしたの? ホトリ」
「ほら、あの木漏れ日のとこ」
「……あ、トリュフがいっぱいあるわね」
全員で近づいてみると、確かにそれはトリュフだった。
「よし、とりましょ――」
近づいたレアーナを羽交い絞めにして、後ろに跳ぶ。
もぞもぞと地面が動いて、飛び出したのは――
「げ、クイーンボア!?」
「猪の魔物か!」
「の中でも、二番目よ。キングボアには劣るけど、凶暴性はクイーンの方が……」
という間にも、着地したこちらへ迫りくるボア。
手を組み替えて印を結んでいると、間に入ってきたヴェロン。
「おい、あんたそこは……!?」
「ふぬうううううっ!」
異常なほどの気力の高まりを感じ、刹那に筋肉が盛り上がったヴェロン。
クイーンボアの突進を、真正面から受け止めている。
……マジかよ。
「早く、とどめ……!?」
「魔術では無理よ! 巻き込んじゃう!」
「細剣でも無理……」「弓も……」
「……はぁ。おーい、ヴェロン。合図したら離れてくれ」
俺がやる方が手っ取り早いだろう。
ボアに近づき、真横から短剣を抜き放って刺す。
手を組み替え――
「今だ!」
パッと離れた瞬間――
「雷遁……避雷針!」
気力変化――雷。
強烈な電撃が一気にボアを揺さぶり、ボアを気絶させることに成功した。
「……クイーンボアを生け捕りに……」
「肉も高く売れるの。できれば、殺してくれないかしら」
「……分かった」
日本刀を抜き放ち、気力を漲らせ――刃を閃かせた。
クイーンボアの肉と、クエスト達成の成功金、そして大量のトリュフを売った俺達は、酒場で酒を飲んでいた。
「いやぁ、さすがホトリね! トリュフを見つけるだけじゃなくて、クイーンボアまで倒しちゃうし」
「そやねぇ。ホトリさんは、えろう凄い方なんやなぁって。手を組み替えるだけで、魔術をつこうてましたし」
「……」
「どうしたの? ホトリ」
「わり。今日は帰るわ」
俺は盛り上がる仲間達に背を向けて、歩き出す。
「どうしたのかしら、ホトリ」
「……あれね。多分、初めてだったんじゃない? 生き物を殺したの」
「アサシンでしょう、彼」
「暗殺者にも、初めてというのはあるのよ、ミル」
「それは……まぁ、嫌な事言いますけど、慣れやさかい……」
「……申し訳ないことを、させたみたいね」
ふらふらと自室に戻って、ベッドに倒れ込む。
……あの手ごたえ。
凄まじい切れ味に、むせ返る血の匂い。
どろりと流れる血が……うつろな、輝きを失っていく瞳が……俺を、見て……
「ぐっ!?」
こみ上げてくる吐瀉物を、寸でのところで堪える。
……気持ち悪い。
「おられますかー?」
ノックの音が響いた。ルナだけど、今は会いたくなかった。
けれども、扉は開く。
「……ど、どうなさったのですかぁ?」
駆け寄って、俺の額に手を当てる。
優しくそれを振り払って、ベッドに腰掛けた。彼女も、隣に腰掛けてくる。
「……殺しちゃったんだ」
「……何を、ですか?」
「生き物を。クイーンボアらしいよ……。俺の世界はさ、自分で殺さなくても、肉や魚が、他の奴の手から出てくるんだよ」
「……それは、わたくしも同じです」
「それをのうのうと食べてたくせに、いざ自分がやったら……寒気がして、たまらないんだよ。おかしいのにな。こんなことで心動かされないように訓練もしたのに、これじゃ……俺……」
気づけば。
震えていた俺を、ルナは抱き寄せ、太ももに俺の頭を乗せた。
甘い体臭、人の温かさ……。
まるで、全てを包んでくれているかのように……穏やかな気持ちになっていった。
「生き物を殺して、動揺しない人間など、おりませんよぉ。そういう訓練をなさっていたとしても、慣れていたとしても……苦しいものだと思います」
「……」
「……あのぉ、お嫌でしたかぁ?」
「……もう少し、このままで」
柔らかな女の子の膝。
年下の女の子の前で、みっともないことこの上なかったが、俺は泣いていた。
忍び八人衆が聞いてあきれる。ただのデカいガキだった。
けれどもルナは、馬鹿にせず、ただ、俺を撫でてくれた。
それが、当たり前であるかのように。