五章 事後承諾
それは……
「おい、ねーちゃん! 酒!」
「こっちにもビール! 後ワインも!」
「はいはいはーい!」
酒場だった。
店内を巡る店員。女性店員が愛想よくくるくると動いている。奥では無骨な男と見習いだろうか、若い男が一緒に調理などをしていた。
真昼間だというのに、酒を飲んでいる。
いや、平日なのに働いてなかった俺が言えることじゃないんだけど、まぁそれはそれとして。
「ここで何しようってんだ?」
「暇なんでしょ? 実際にどんな営みかみればいいんじゃにゃい? ってこと!」
「なるへそ」
「ほら、あの掲示板があるじゃん? あれがクエストボード。依頼を紙に書いて、それを貼るの」
整然と整理された巨大な掲示板の紙の群れ。
今、大柄な男がそれを取り、テーブルに戻って行った。
「……すぐ死にそうだな」
「ありゃ、どうしてそう思うの?」
「雰囲気」
「ほほう、流石手練れの暗殺者」
「だから暗殺者じゃねえよ! 近いけど!」
「じゃあなんていうの? 騎士ってがらじゃないと思うけど」
「忍者だ」
「ニンジャ? ああ、東の方のアサシンでしょ? やっぱり暗殺者だにゃん」
「……」
まぁ大きく区分するとそうだけど。
何も言う気になれず、俺は溜息を吐いて――飛来した木のジョッキを見ずに受け止めた。
「わお、さすが! ありがと、捕ってくれなかったらぶつかるところだったにゃん!」
「別にいいよ」
見れば、喧嘩が起こっているようだった。日常茶飯事らしく、誰も咎めるものはいない。
男女のつかみ合い。ただ、問題なのが、女の子の方がえらく華奢で、いかにも魔術師のような恰好をしていたのだ。力もなさそうだったし、けれども懸命に引っかいたりしている。
……うるさいことには変わりないけど。
「おーい、あんたらー。返すわ」
「ああっ!? ってぶげえええええ!?」
回転数を意識したそれは顎に激突し、脳震盪を起こして喧嘩していた男は倒れてしまった。
目を丸くしている少女を無視して、席に戻る。
「いよっ、鮮やか!」
「投げてくる方が悪い」
「ふふん、じゃあなんか頼む?」
「いや、酒は……」
「お酒以外もあるよん?」
「じゃあ、適当なジュースを……」
「奢らせてくれない?」
そういって、正面に座ってきたのは、さっきの少女だった。
赤い髪の毛。黒いとんがり帽子に高級そうなマント。目が大きくて人形のようだったが、ちゃんとした勝気な笑みが人間であることを伝えている。
「ありがと。肉弾戦じゃ勝てないから、助かったわ」
「今度はもめごとなんか起こすなよ」
「ええ、頭に血が上っちゃってたの。まだまだ修行が足りないわ」
……見た感じ年下っぽいけど、ロッタと言いアリスと言い、姿じゃ判別つかないからな。
同等を意識した感じで行こう。
「この子は天才魔術師のレアーナ・ウィザード・ティンスだにゃん。うちのお得意さん。魔力が回復するポーション買いに来るにゃん」
「ねえ、アナタ。うちのギルドに入らない? ギルド、『星空の滴』に」
「……あー。俺、本業は護衛やってんだよ。その合間でいいなら、別に」
「あら、じゃあ腕は立つのね? というか、ギルドカードは持ってるの?」
「なんだそりゃ」
「ふふっ、じゃあこっちに来て。測ってもらおうじゃない」
レアーナが歩いていく。
その後を追うと、カウンターにたどり着いた。
「この人、ギルドに登録したいんだって」
「はーい。登録料、三百ウェルン頂きまーす!」
レアーナが払っていた。さすがに止めた。
「待て待て、俺が払うわ」
「これはワタシの興味なの。アナタがどんな能力値をしているか、興味があるからね。投資は当然よ」
さらりと言い放ち、金を払ってしまった。
「はい。では、お名前をお聞きします」
「……叢雲滸」
言うと、オブジェかと思っていた青い球体が輝き、黒い滴がカードの上に滴り落ちる。
浮かび上がったカードに書かれてある文字は読めない。
けれども、レアーナも、覗き込んでいたフォメルンも、受付のお姉さんすら驚いていた。
あ、読める場所もある。
数字とグラフが書かれてある。
「なあ、俺字が読めないんだけど。説明してくんない?」
「……職業適性、盗賊、アサシン。クラス、アサシン。性格傾向、冷徹。マックス五十のパラメーターで、体力と運以外……限界寸前。体力は平均値、運は少し高いかしら。というか魔力もかなり高いじゃない」
「つまり?」
「どこにいっても、アナタは引く手数多よ」
「ていうか性格傾向の冷徹とかひどくない?」
「あら。冷徹はそういう引いた判断ができるから結構欲しがられるのよ、危険なクエストほど」
「……うーむ」
ガシッと受付嬢さんに手を握られる。
「お願いします! こんな能力の人、全くと言っていいほどいないんです! 在籍するだけでも結構なので……!」
「わーったよ。レアーナ、お前のところの一員になるよ」
「いいの?」
「護衛とかでいない時の方が多いだろうけどな。それでもいいなら、末席にでも加えてくれ」
「じゃ、遠慮なく。こっちよ」
俺の服の裾を引っ張って、仲間だろう。三人ほどいるテーブルに、彼女が腰掛けた。
一人は、胸元が大きい、弓を立てかけている女性。ニコニコしている。糸目気味だ。
一人は、筋骨隆々、マッチョマンな男性。やけに薄着で、ゆえに筋肉が目立つ。
一人は、もりもりと食事に夢中の小柄な女の子。白い、神官のような服を着ている。
三人はこちらを見る。言葉に窮していると、レアーナが口を開いた。
「副団長権限で、メンバーを増やすわ。クラスはアサシンの、えっと……」
「……叢雲滸だ。ホトリでいい」
「あら、やたら強い人を連れて来たじゃない?」
うふふと笑ったのは、なんとマッチョだった。
立ち上がると、二メートルはあろうかという巨躯であることが明らかになった。こええ。
「うふっ、あたしはヴェロン・スウェム。『星空の滴』の団長よ。クラスはファイターの上位、モンクよ」
「よろしく、ヴェロンさん」
「ヴェロンでいいわよ」
「うちはロンド・カグラ。よろしゅう、ホトリさん」
「おう、ロンドさん」
「うちもロンドで構いませんよ?」
「……ミルリール・シスター・アストレア。ミルでいい」
「よろしくな、ミル」
「にしても、。目が死んでるわね」
「だから会うやつ会うヤツ酷くね!? 俺別に普通じゃん!?」
「いや、目は死んでるわ」
やべ、泣きてえ。
こうして俺は、ギルド『星空の滴』のメンバーになった。
ということを、事後承諾もいいところだが、ルナに報告する。
彼女の私室を訪れた。
意外にも簡素で、それ以外は本が多くあったことくらいか。
……いい匂いがしたというのは、とりあえず黙っていよう。
「ギルドですかぁ」
「おう」
「良いと思います。ホトリさんの力はぁ、もっといろんなところで使ってこそ、だと思いますし。あぁ! こうしましょう。一日の終わり……いえ、クエストが終わったら、私にぃ、お話を聞かせてくださいなぁ?」
「話せばいいのか?」
「ええ。わたくしはぁ、こういう立場ですしぃ。いろんなところに行ってみたい気もするのですがー、世間知らずがでて行っても足手まといでしょうしぃ。冒険譚は読み聞かせてくれるだけで満足できるので、どうかお願いしますねぇ?」
「おう」
ニコッと笑う彼女に微笑み返し、俺はその場を後にする。
「ん? アリス、どうした?」
「……受け取ってください」
これは……日本刀?
え、なんで?
「貴方の剣術は、こういう形の剣を扱うのでしょう? それくらいわかります」
「いや、でも、これ……いいのか?」
「それで、一層姫様の護衛に励むのです。よいですね!? それと、私の稽古にも付き合ってもらいますから!」
照れくさそうにしながら、去っていくアリス。
……なんか、可愛いところもあるな。見た目らしく。