序章 腐っても鯛
人ってのは、平等じゃない。
凡人や凡愚というのもいるし、有能だったり天才だったり、またはギフテッドだとか。
それぞれ違いというものがある。
どれも個性。
「……よし、落ちろ……落ちろよ……!」
落ちろ落ちろ言ってる俺だけど、姿が見えぬ受験生に向けてだとかそんな陰湿的な事ではない。
単純にドロップ――ゲームでのアイテム出現について言及しているだけ。
アイテムが落ちる、と比喩されるので、欲しい素材やアイテムがでるように、「落ちろ落ちろ」と祈っているというわけだ。
「げっ。まーたレア武器かよ……」
レア武器、と聞くといかにもいい感じに聞こえるが、このゲームは違う。
レアリティの中にも段階がわけられ、実用的なレアは稀だ。虹色のハイパーレアの表示が出るまで、俺の狩りは終わらない。
……俺の名前は、叢雲滸。
職業は……ない。
ただのニートだ。
旧家、叢雲家の禄を食むパラサイト。
それが俺。
日がな一日ゲームに明け暮れ、運んでくれた食事を食べて、風呂とトイレ以外は外に出ない。
ビバ、引きこもり。
今日も今日とて、ネットでニュースを見ながら、コーラを飲みつつ、ネトゲをプレイ。
モンスターマシーンと化したPCはうなりを上げ、夏の熱気はエアコンで打ち消し、快適無敵。
「……いつまでしていいんだろうなぁ、こんな生活」
働かなきゃいけない。けど、働きたくなんかない。
一度働いてしまえば、恐らく惰性で働き続けることになるんだろうけど。
「ま、いっか!」
人間、ダメな環境に毒されてしまうと、這い上がるのは難しい。
今日も楽な道に逃げようと、ネトゲに戻った。
「……ん?」
なんか……光ってる? スマホか?
床を見ると、何か……うすぼんやりと部屋が輝き始めているのに気づいた。
「え、何これ!? え、何だよこれ!」
逃げようとするも、床に――足が埋まって行く。
ずぶずぶと、ずるずると。
深く深く、足をとられていく。
「うおおい!? なんだよこれ、ちょ、おい、だ、誰か! 誰か助けて! だれか――」
――――
七月三十日。午後二時十四分五十四秒。
叢雲滸という存在は、地球から――消えた。
序章 腐っても鯛
「――――ぁぁぁぁああああああああ――――っ!?」
落下の際に体を捻って着地する。
身の軽さと身のこなしには自信があるけど。ていうか久々に体を使った気がするな。
きょろきょろと周囲を見渡す。
「……」
周囲は薄暗い。
俺が落ちた時に輝いていた陣のようなものは、今消えたところだ。
視認。それと気配でわかる。
二人と……上にたくさんの動きがある。
ここは地下室なのか。日の光が差さないこの部屋は酷く埃っぽい。換気用の窓もないようだ。
ボッと、どういう理屈なのか、火球を浮かべる老人。その隣には、ライトブラウンのさらさらとした髪を持つ、白い少女が微笑んでいた。
「こんにちは~」
「こ、こんちわ」
とりあえず挨拶を返す。
すると、少し驚かれた。
「挨拶ができるんですね~。それなりに教育を受けた人間なのでしょうかぁ」
「誰だってするだろ、挨拶くらい!」
「おや、突っ込みもできるようですねぇ」
「君さ、俺を舐めてるだろ」
「いいえぇ。従者を召喚したのですが、一から仕込むつもりだったので、諸々手間が省けてよかったということでー」
「……召喚?」
何言ってんだこいつ。
「あのぅ、不愉快な視線を感じるのですが」
「で、ここどこなんだよ。君日本人みたいに見えるけど、西洋人だろ? ヨーロッパ? それともアメリカ? どこでもいいけど、さっさと俺を元の場所に帰してくれ」
「よーろっぱ? あめりか? それが、あなたの住んでいた国なのでしょうか?」
「……は?」
嫌な予感がする。
俺の予感が正しければ――この状況――
「ここは、ロギウス王国の王都、ロゼムですが」
「ロゼム? なにそれ」
「そこは知らないんですねぇ」
「まぁ興味ないし、ほらさっさと俺を元の世界に帰せよ」
そう、異世界召喚だ。
転生ではない。先ほどの言動などから察するに、こいつは俺を召喚したんだ。
召喚で来たのなら、送還できない道理はない。
けれども、少女は首を横に振った。
「できないですねぇ。あなたの住んでいた国が分かりませんし、多分別次元ですので。ヨーシャ、できますか?」
「姫様、恐れながらこの老躯では召喚するのがやっと。元の世界には戻せませぬ。それに、剣などを召喚して、別次元に閉じ込めておくことはできますが……次元の彼方に放り出されても良くて、どこに行くかもわからないので良ければ、いいでしょう。この老躯に鞭を打ち、この方を遥か彼方へ――」
「やめろやめろ!? 怖えよ!」
「とりあえず、お話だけでも聞きませんか?」
「悪徳商法みたいな切り出し方だな……」
「今ならこちらの洗剤もついてまいりますよ」
「え!? 普通にいらねえけど!?」
「冗談ですよー」
そう微笑む彼女に、ぐっときた。
何というか、どこか日本人っぽい異世界の彼女は……抜群に可愛かった。
百五十センチくらいだろうか。小柄な体躯は、ほんのり女性らしい。慎ましやかだが、成長が見て取れる。
髪はさらさらしていて長く、何というか……率直な感想だが、良い匂いがしそうだった。
「どうぞ、こちらへー」
「……」
帰れないなら仕方がない。
どうにかして生活を安定させなければ。
「なるほど」
事情というものは、一通り理解した。
喋りの遅さからもあったが、この姫様である彼女――ルナティア・メルト・ロギウスは非常にとろいらしい。
武術の訓練もしているようではあったが、芳しくなく、心許ないと思った兄により従者を召喚させたという。
「もちろん、俸給もお支払いしますよぉ?」
「給料もらえんのか」
「ええ。ですがぁ……」
「?」
「姫様!」
扉をあけ放ったのは――あれ? 誰もいない――
下に視線をずらして、ようやく発見できた。
小さい身長。まばゆい金髪に、尖った耳、青い瞳。ドレスに甲冑という不思議な格好をした童女がそこにいた。
背中には、大きな剣をしょっている。
「ここにいらっしゃったのですか。護衛というのは……」
「彼なんですよー? えっと、お名前は……」
「叢雲滸。ホトリでいいよ」
「ホトリさんというらしいですよぉ?」
「いやいやいや、怪しすぎます! ……ですが、肌の感じが失礼ながら姫様に似ていらっしゃいますね」
「それは思った。日本人っぽい」
「にほんじん?」
「俺の国の人間と言われても疑わないって意味だ」
「というか、貴方! 姫様になんて口の利き方を!」
早業だった。
剣を抜き放ち、少女が俺の喉元に剣を差し向ける。
しかし、それを手前で、奇跡的に白刃取りをすることに俺は成功していた。
「なっ!? わ、私の剣を……!?」
「寸止めする気なのは分かったけど、マジで向けんなよ! 怖いだろ!?」
「……筋は、いいでしょう。動体視力は中々のものです」
一歩下がると、再び剣を向けてくる。
「このような身元不明な輩に姫様の護衛が務まるとでも思いますか! 私直々に調べて差し上げます! 姫様を守るために、決闘です!」
「……えー」
「何なのですかその嫌そうな顔は!」
「君、その剣を振るっても重みに流されてないし、相当使い慣れてるだろ? 嫌だよ、俺は戦うのなんて」
「護衛がそんな気持ちでどうするのですか!」
「逆に喧嘩売っていくスタイルの護衛とか嫌だと思うんだけど」
「く、ああいえばこういう! 口だけは達者ですね!」
「わかったわかった。いつ戦うかは俺が決めていいか?」
「早いうちなら。……自分は、これにて失礼します」
完全に後ろを向いてから、俺は飛びかかった。
反応して後ろを向いたが、もう遅い。
完全に押し倒して、喉元に手を掛ける。
「ひ、卑怯者……!」
「いつ戦うか決めていいって言ったくせに? 早いうちが良いって自分が言ったんだよね?」
「くっ……! くそ、この……離せ!」
「もう襲わない? 戦わない?」
「……」
「そっか。腕をもらうけど、いいの?」
「なっ!? い、いだだだっ!? ほ、本気ですか!?」
「……」
俺は無言で、あと一歩のところで腕が折れるくらいまで腕を持って行った。
「……君じゃ俺を振り払えない」
「……その汚い思考、胆力、そして、人間離れした……この力。貴方は……一体……?」
「俺?」
人ってのは、平等じゃない。
凡人や凡愚というのもいるし、有能だったり天才だったり、またはギフテッドだとか。
それぞれ違いというものがある。
どれも個性。
俺こと、叢雲滸も、人と違うところがある。
それは――
「忍者だけど?」