1話 山本キャスリーンは絶世の美貌だけでは満たされない
山本がメインヒロインというわけではないです。(ヒロインは6人同格)
【美人】を思い浮かべるとどんな女性が浮かぶのか。
それも生半可なやつじゃない。
寧ろ自分の妄想力では創り出せない、綺麗な女性。
一目視界に入れれば最後、瞬きも忘れ視線を逸らす事も
そもそも自分が見ているこれは現実なのか?視覚が破壊されているのはないか?と脳が勝手に目の前の煌めきを疑い
恐怖さえ感じる圧倒的な美しさに口は無駄な開閉を繰り返し、声は音を奏でられなくなる程の美麗な容貌。
それがこいつ、山本キャスリーンだ。
どうみても【山本】って容姿じゃない。
だが、今はキャスリーンの相手をしないといけない。こいつが発狂した時の為に。
「はぁ……、なんて美しいのかしらね。完璧な輪郭。こんな美しい卵型があっても良いのかしら。完璧なオデコ。なんて円やかな曲線なの、この世にここまで完璧な丸みはないわね。そしてなんて完璧な双眸………」
暖炉で揺れる黄緑色の炎の前で、今日も今日とて繊細な細工の施された氷の手鏡を覗き込み、自分の頬を撫でながらうっとりと蕩けた視線で延々と賛辞を繰り返す少女。
確かに自賛の通り所謂絶世の美少女である。喋らなければな。
このキャスリーンは兎に角自分の容姿が大好きで、自分の美しさに異常な執着心を持っている。
故に、年ごろなら当然の些細な肌荒れ、もっと言えばうつ伏せで寝たせいで睫毛の角度が少しおかしくなった、程度の異変も決して許さない。発狂する。
そしてもう一つの特徴―――
。。。。。。。。。。
【3-2】の教室。
それは休み時間の事だった。
最近、棺桶の中で最強の敵聖光竜との死闘を繰り広げていた暗黒騎士の俺を庇い命を散らしたエルフの妻に思いを馳せ
弔いの意味を込めてノートの端に1人黙々、十字架と墓石に刻む言葉を描いていると
クラスメイトのカースト最上位、西条真理が毎度の事ながら目敏くそれを見つけて絡んで来たのだ。
「ぷっ!!! 何? クリスティーナちゃんのお墓? エルフなんだ? ぷくっ…あはははっ!!」
「てか平川さぁ、今時厨ニとかないわ~。何だっけ、ダークナイト?」
「ネタにもなんないし、ただただキッモい!」
「フン、黙れ……」
もう慣れてはいると耳はスルー出来ても腹の中はそうは行かない。腹痛。そっちの方が心配だ。
性格が大変宜しく無い西条だが見た目だけは優れておりベースが良い上、俺には良さが理解出来ないがファッションも派手で巧いらしく同性人気も高い為男女共から持て囃されている。
女王様のような振る舞いも『可愛いは正義』で許されるらしい。
人を馬鹿にして笑いを取ってもそれを褒め讃えて媚びる輩ばっかりだ。
俺は暗黒騎士だがこいつらみたいにそんな所まで暗黒面に堕ちたくはない。
「ていうか、真理ちゃんがこいつの横にいるとリアル美女と野獣じゃん」
男の癖に媚びた猫撫で声で西条に話しかける、クラスメイト兼サッカー部部長。
こいつの声の方が気持ち悪いぞ! と叫びたくなる。
多勢に無勢だから今は許してやるが。状況が悪い。
無駄に単騎で突っ込む程俺は愚かではないからな。
「え~、無理無理無理」
「冗談でもセット扱いとかマジやめ………」
「ぶっっっっっさいくね!!!」
脱色した髪をかき上げ嬉しそうに、それでもどこか下卑た笑顔を張りつけた西条がサッカー男の日に焼けた腕に絡に付いた瞬間
澄んだ声が教室中に響き渡った。
「誰が美女なのよ!?」
「ふぅぅぅん!!?? へぇぇぇぇぇ??? ぶっさいく! ブス!! ブース!!!」
……幾らなんでも語彙力が無さすぎるだろ、小学生男児か、この……、
声の主を探して上げた視線の先に背筋が震える程の、美少女がいた。
この高校の人間ではない。
一体どこから現れたのか。
陶器のような真白い肌。170cm近いであろうスラリとした長身、サラサラと揺れる長い黒髪は動作に合わせ青みがかった輝きを見せる。
長い睫毛に縁どられた切れ長の目元は目尻がキュと上がり、その中で輝く瞳は、クリスタルのようなライトブルー。
細い鼻筋に形の良い唇。
豊かに膨らんだ胸と括れの激しい腰。長い四肢。
言い知れぬ迫力と高貴な雰囲気。
―――その場に居た全員が、絶句する。
固まる俺たちを余所に、西条と距離を詰める声の主は頭の先から爪先まで彼女をじろじろと値踏みし
それでも綺麗なまま端正過ぎる顔を盛大に歪め崩した顔で、子供じみた語句を並べ立てて罵倒する。
「ブス!! 私よりもずーっとブスじゃない! ブス! ブス!!」
今までクラス1、いや学年1の美貌を誇っていた西条はその女性を前にした瞬間、月とスッポンどころかさながら月と土になり、目に見えて顔色が変わって行く。
徐々に硬直の解け始めたクラスメイト達がざわつき、不審人物の侵入を教師に伝えに行く者、向かい合う2人から距離を取って教室の後ろに移動する者、女性に見惚れたまま未だ固まっている者。
様々な変化を見せる中、俺はと言えば変わらず着席したまま立ち上がる事も出来ずにいた。
「な、なんなの……意味わかんないし」
「意味わかりなさいよ! 簡単な事でしょ!? アナタがブス、私が美しい、それもアナタよりずっとずぅぅぅぅっと美しいのよ!! それだけじゃない!」
珍しく気弱な震える声を放つ西条に対し、超絶美少女の口撃は止まない。
その容姿の完璧な整い方のあまり冷酷にさえ映る、そんな雰囲気を自ら壊すように震える拳を握り、ムキになって捲し立てる。
……こいつもしかして俺の事を必死で庇っているんじゃないのか?全然知らないやつだけども。
いやいや、暗黒騎士たるもの女に護られるとは……妻よ、お前の死を目の前にしても俺は未だ成長出来ていないというのか……っ。
屈辱と哀しみに顔が歪む。
「おい……良いんだ、その位にしてお………
「ま、真理ちゃん、頭おかしいんだよこの女!相手にしなくていーよ。すぐ先生も来るだろうし、それまであっちいこ」
己の誇りを護る為に立ち上がり、美少女をクールに宥めようとした俺の声は、西条の取り巻きの派手ゴリラ系女子の無駄にデカい声でかき消されてしまった。
後に続く数人の取り巻き女子に慰めの言葉を掛けられながら、西条が美少女に背を向けた瞬間。
「え………っ」
「ま、待ちなさいよ!」
ん?
様子がおかしい。
西条達は無視を決め込み、時折睨みを効かせるだけになる。
「な、なんでよ! こっち向いてよ、ブス……」
「ブス、ちょっとぉ………っ! こっち、向きなさい………っ。向いて………」
「う、…っく………」
ん?
あれ?俺の事を庇っていた筈では?
なぜ西条の方に食いついてるんだ?
立ったは良いが座るに座れなくなり、棒立ちの俺。
謎の侵入者はその超絶美少女顔を今にも泣きだしそうに歪め、華奢な肩をわなわなと震わせ顔を真っ赤にしながら今度は俺の方に迫って来た。
「わっ、私綺麗よね!?」
「えっ」
咄嗟の事で、というよりいざ目の前にすればその強烈な美しさに面喰い上手く声発せなくなっていた俺の反応で、遂には目に涙を一杯に溜めながら現実離れした美少女は駆け出す。
「嘘、嘘よ………っ!!」
嵐が去った後の教室。
「何だったんだ一体………」
呟く俺にプライドをズタズタにされた西条はもう絡む元気もない様子で、教師が到着した後すごすごと席についた。
それが、キャスリーンとの出逢いだ。
今になって思えば………
―――そう。こいつ、自分以外で美男美女と讃えられる者が大嫌いなのだ。その上プライドが高い癖にもの凄く単純で、この見た目のわりに精神年齢が小学生レベルなのである。
【この世に存在するありとあらゆる美しさを独占する】
それが女王である母親から湾曲して引き継いだキャスリーンの使命、だそうだ。
。。。。。。。。。。。
謎の美少女の登場に沸いた午前。
その噂は学校全体にまで拡がり、昼休みになってもまだまだ彼女の話題で持ち切りだった。
最もそこまで盛り上がったのは、校内でも有数の美少女西条が歯も立たない絶世の美少女にコテンパンにやられた、というセンセーショナルさがウケたからでもあるだろう。
教師を始め捜索が行われたが、件の美少女は校内から忽然と姿を消していた。
流石に落ち込んでいるのかすっかり大人しくなった西条が絡んで来なくなった為、久々に宿ではなく自分の席でHP回復をしていた時の事だった。
何気なく机に突っ込んだ手に、薄いざらざらとした紙の感触。
教科書ではない。
「ふん、またか……」
鼻で嗤い、腹の中の地獄の番犬を宥める。
。。。。。。。。。。
ある日の晩、俺は血の契りを交わした同士から離れ1人孤独な牢獄でパソコンに向かっていた。
それは勿論、日ごろ自身を封じているこの冴えない男の器から本来の姿を解放し身に架せられた使命果たすためだ。
―――俺の真の姿は此処にある。
【ファンタジー・ブーレイブ】(無料オンラインRPG)
『今どき2Dとかゴミだろ』『過疎ゲー』『クソグラ』等と愚者たちは喚くが、その無能さが為強大な力を前に……恐怖すらも感じられないのだろうな。
―――俺の真の名。
【ヴァーングレイシス騎】(ヴァーングレイシス騎士団長)
この世界の制約故、俺は名乗る事すら赦されない存在……。
左右の腕に刻んだ誇り(じゅうじかマーク)も断腸の思いで消滅させたにも関わらず、だ。
―――俺の真の強さ。
【レベル38】(レベルキャップ350、次のアップデートで400まで解放)
かつて、未だ力に目覚めていなかった幼い日々を過ごした田舎の村を、善良に見せかけた王の手下である血も涙もない盗賊に襲われ
そして、大切な物を奪われる
(貯めた小遣いを使い始めての課金で購入した超レアアイテムを誤って地面に置き、知らないやつに持っていかれる)
と云う深い哀しみの淵で絶望した過去を持つ
暗黒騎士、ヴァーングレイシス騎(士団長)の俺は、この凍てついた心を初めて許した仲間と共にダンジョンに向かったのだ。
「ヴァーングレイシス騎さん」
天使族姿の回復役が話しかけてくる。
名前は、『パンツ2枚目』
……しかし、惚れられても、俺には忘れられない女がいる……。
「騎士団長だが。で、ばんだ?」
誤字をしてしまった。
「なんふぁ?」
誤字をしてしまった。
孤独に慣れ過ぎたせいか……。
だが人の温もりも良いものだな……フン、ガラじゃないが……。
この温もりを憶えた今、孤独の侘しさこそが地獄だった様に思う。
「このダンジョン、レベル200はないとキツくないですか?」
「回復間に合わないと思うんですよね」
この天使族の女……、パンツ2枚目……、俺の事を心配して……?
そういえばお前の真白い翼の美しさに気が付いたのは今が初めてかもしれんな……。
もう俺は孤独じゃないのか……。そうか……。
「構わん」
良いだろう、この身が朽ちてもお前を、お前たちを、俺が護ってやる。
一度は闇に堕ちかけた事もあったが、その闇すら封じ込め力と変えて今こそ暗黒騎士の誇りを胸に覚醒しようぞ!
「や、そういう意味じゃなくて」
フ、お前は何時もそうだったな、猫耳ウィザードの……『紅蓮牛蒡』…何だ、読めない。
素直じゃない。不器用で、まるで全てを拒んでいた昔の俺だ……。
それでもいい、俺はお前の事も護ってやる。例えお前が拒絶しようとな。
「うわちょっ」
「お前アタッカーだろ」
「壁より前に出るな」
と上半身裸のハンター男『白ゴマおじさん』の声が聞こえてくる。お前と俺は……、認めるのは癪だが生涯のライバルだ。共に行くぞ!白ゴマおじさん!俺に続けぇッッ!!!
「リダ、蹴って」
お前は確か………、
―――【オーガの巣@5人募集PTから脱退しました】―――
パーティーから強制的に外された俺に掛けられていたバフの恩恵が消え、パンツ2枚目のパーティー全体回復も届かなくなった途端
襲い来る強靭な肉体を誇るオーガ(レベル280)の繰り出す鉄球滅多打ち攻撃に10秒も耐えられず即死。
村に強制送還された。
村に付いた瞬間個人宛のポストが輝く。
手紙が届いている事を知らせるその輝きにまた孤独となった俺は自然と吸い寄せられる。
一度味わってしまったあの温もりを、期待して。
気付けばオーガの攻撃で俺のノーマル装備は破壊され全裸になっているが、それでも誇りを忘れず剣を振り上げるモーションをキメてからポストを開ける。
それは読めない名前の猫耳ウィザードからの手紙だった。
モニターの前で若干涙ぐんでいた目元を袖で拭い、手紙マークをクリック。
紅蓮牛蒡 様より
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。。。。。。。。。。
と、いう事もあった程俺にはファンからの手紙が良く届く。
…どうせ何時もの、魔方陣にち〇この絵がかいてあるやつだったり、シンプルにキモい、と書いてあるやつだったりするんだろう。
「フン……」
だが蔑まれるのも悪くない。大切な女を護る事も出来なかった俺には、寧ろ………。
そんな感情の篭った鼻で嗤うこの音が周囲に聞こえていないと困るので、もう1度大きめ鼻を鳴らし
手紙を掴んで机から手を引き抜く。
「あれ!? 」
ご丁寧に朱色の封蝋まで施された手紙、何時もより妙に凝った出来に思わず気の緩んだ声が出てしまっていた。
次回、田中。