03 アンチエイジング
数日後、用意が整ったので尚紅に来てもらいたいと、私は賈妃を呼び出した。
伝えに行ってくれた子美は色々と嫌味を言われたらしく、疲れた顔をして帰ってきた。
謝ったら別にいいと言われたけれど、やっぱり申し訳ない気持ちになる。
かなり認知されてきたとはいえ、やっぱりまだまだ尚紅によくない感情を向けてくる人もいるのだ。
春麗の話では、どうも華妃のお化粧をさせてもらっているのが、睨まれる原因だという。
以前黒曜が華妃の許に渡ってきていたから、未だに彼女が皇后の最有力候補だとみる人も多いんだそうな。
華妃はとても立派な人でいつも笑顔でいるけれど、彼女も裏ではきっと嫌がらせとかされているに違いない。
断りはしたが、そういえば私も黒曜に妃になれと言われたのだ。
あの申し出を受けていたら、きっと今頃睨まれるぐらいでは済まなかったのだろうなと背筋が冷たくなる。
そして約束に時間から少し遅れて、賈妃が尚紅にやってきた。
侍女を六人も引き連れて、その上輿に乗っていたので私は驚いてしまった。
この距離の移動で輿を使っているのに、どうしてその華奢なプロポーションが維持できているのだろう。
不老不死の秘密よりも、よほどそちらの理由の方が知りたいと思った。
「それでは、賈昭儀こちらへどうぞ」
「わらわを呼び出したからには、何かよい方法が見つかったのでしょうね? 化粧師の」
序列が圧倒的に下の小娘に呼び出されたので、賈妃は不機嫌そうだった。
(睨んでる~、睨んでるよ~)
何でもない顔で迎えつつ、内心は冷汗だ。
いつもならマッサージはお妃様の房にお邪魔して施術させてもらうのだが、今回はそうはいかに事情があったのだ。
「わざわざご足労頂き、ありがとう存じます。まずはこちらで、お召し物をお脱ぎください」
私がそう言うと、賈妃は目を丸くした。
「顔を若返らせるのに、服を脱ぐのが必要なのか?」
「はい」
そのために、春の昼間だというのにわざわざ火鉢を用意したのだから。
尚紅の壁という壁には厚い布を張り、保温と外からの目隠しにしている。
昭儀の連れてきた女官達は、私を不審そうにじろじろと見つつ、彼女の服を脱がしていった。
女性の前で服を脱ぐことに抵抗はないらしく、賈妃は訝しがりつつもなんでもない顔をしている。
肚兜(金太郎が着ているようなあれ。榮の女性が着る非常にポピュラーな下着)と、腰に薄布を巻いた昭儀にを案内するのは、職人さんに作ってもらったばかりの新しい椅子だ。
木でできているが柔らかい布に覆われており、布の中には綿が入っている。
支点を変えれば傾けることができて、要は美容室にある倒れる椅子のようなものだ。電動ではないけれど、これでパックやマッサージの時によりやりやすく、受けている側もよりリラックスできるようなったと思う。
代わりに据え付けにするしかなくて、それでわざわざ、賈妃にこちらに来てもらうことになったんだけれど。
「まあ、ふかふかとして少し落ち着かないけれど、座り心地は悪くないわね。それで、どうするのかしら?」
賈妃は待ちきれない様子だ。
「では早速。女官の方々は私の手の動きを覚えて、湯あみ後に施して差し上げてください」
そう言って、私は寛いで座る賈妃の足を取った。
「失礼します」
そして、その足首から付け根にかけて、足の内側を手のひらで撫で上げる。
力は強くなくてもいいので、こうして足の下に溜まっている老廃物を足の付け根にある出口にまで流すのだ。
時間にして一分程度。終わったらもう片方の足にも同じ作業を繰り返す。
「くすぐったい。なんだか変な感じね」
そう言う割に不愉快そうじゃないのは、彼女が人に触られることに慣れているからだろう。高貴な女性は、身支度を全て周囲の女官がやるので、人に触れられることに慣れていることが多い。
(蘭花にやった時は、くすぐったがったけなあ)
久しぶりに、姉のことを思い出した。
私がこういった化粧に関係ない技能まで身に着けた原因は、そもそも姉に起因する。
今ではありがたかったなと感謝しているけれど、当時はどうして私がという気持ちがあったのも本当だ。
「次は腹部を」
そう言って、今度は胸の下から鼠径部にかけてを、下に向けてさする。
方向は上から下へだけ。円を描くように撫でても意味がない。
位置を横にずらしていって、お腹全体を撫でるようにする。
賈妃じゃ胃のあたりが少し冷たかったので、そのあたりを温めるように念入りに撫でた。もしかしたら胃腸が少し弱いのかもしれない。
冷えは女性にとって大敵で、いつどこでどんな悪さをするか分からないのが厄介だ。
「ふふふ、お腹を撫でられるのなんて久しぶり」
賈妃は先ほどとは打って変わって、穏やかな調子で言う。
横になっているので、少しうとうとしているようだ。
「そうですね。大人になると、あまり機会はないかもしれません」
何気なく相槌を打ちながら、今度は幼い頃お腹を撫でてくれた母のことを思い出した。
先ほどから嫌に日本の家族のことを思い出すのは、賈妃が私の母と同じぐらいの年代だからかもしれない。




