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02 緑茶の香り


 尚紅に戻り、自分がと言って聞かない春麗をなだめて、私がお茶を淹れる。

 小さな中国茶用の茶器に、注いだのは鮮やかな緑の液体。


 ―――そう、緑茶だ。


 榮国では基本的に、中国茶っぽい茶色いお茶を飲む。烏龍茶とかそういう、お茶の葉を発酵させたそれだ。

 なので見慣れないそのその色に、二人は揃って顔を引きつらせた。

 普段よく雑草茶を飲まされているので、今度は一体どこの雑草だと思ったのだろう。


「鈴音様、この色は……?」


 恐る恐るといった風に、尋ねてきたのは春麗だ。

 子美はというと、緊張した面持ちでお茶をじっと眺めている。

 その様子があまりにも可愛くて、つい噴き出してしまった。


「あはは。大丈夫、変なものじゃないです。雑草じゃない、普通のお茶ですよ」


「だってこれ色が……」


 そんなはずがないと、子美の顔に書いてある。

 あんまり不安にさせるのは可哀想だと思ったので、私は二人に先んじて自分のお茶に口を付けた。

 緑茶は烏龍茶と葉っぱこそ同じだが、その製法に違いがある。

 酸化を抑えるため烏龍茶は葉っぱを炒り、日本茶は蒸すのだ。

 このお茶は葉っぱを自分で蒸したので、味わいは日本茶とも少し違うけれど、それでも爽やかな香りが鼻を抜けていく。

 久しぶりの緑茶は自分で思った以上に郷愁を誘う味で、思わず俯いて黙り込んでしまった。 


 (日本にいた時は気付かなかったけど、私って結構緑茶好きだったんだなあ)


「鈴音様! もしやお体の調子が!? 早く吐き出してください!」


 勘違いした春麗が、背中を叩いて緑茶を吐き出させようとする。私は慌てて口の中の緑茶を飲み込んだ。


「ごほっ、だ、大丈夫! ごめんなさい故郷の味がしたから、懐かしくてつい」


 そう言って逃げると、春麗はすぐに手を止めてくれた。

 しかしその顔は、まだ疑わし気だ。このままでは侍医でも引っ張ってきかねない。

 私が城下から戻って以来、春麗は以前にもまして過保護になった気がする。

 出会った時を考えればその変化は嬉しいものだけれど、時々過剰になるのでこちらがびっくりしてしまう。


 (余計な心配かけないように。もっとしっかりしなくちゃね)


 そう自分に言い聞かせ、口元に笑みを作った。


「とにかく二人も、飲んでみてください。大丈夫、体に悪いものじゃないですから」


 しかし、二人はなかなか口をつけない。

 私の言葉に半信半疑なのだろう。

 どちらからともなくお互いに顔を見合わせ、先に口を付けたのは子美の方だった。

 よほど勇気が必要だったのか、彼女は勢いをつけて茶器を傾ける。

 火傷するから止めようかとも思ったが、よく考えたら淹れてから結構時間が経っている。茶器も小さいし、もう結構冷めていることだろう。


「んぐっ……ん? 意外に悪くないわね」


 子美の言葉に、私は嬉しくなった。

 その様子を見ていた春麗もまた、こわごわと、しかし優雅な手つきで茶器を傾けていく。


「これは……?」


 無表情であることの多い春麗の、目じりが少しだけ下がる。

 どうやら気に入ってもらえたらしい。

 嬉しくて、なんだかくすぐったい気持ちになった。


「これは、私の故郷でしていたお茶の飲み方です。葉っぱは一緒。お茶の葉を、発酵させず蒸して乾かしたお茶で、緑茶と言います」


「確かにおいしいですが、確かめたいことというのはこれのことですか?」


 春麗が首を傾げている。

 先ほど受けた相談と、このお茶に何の関係があるのかと言いたげだ。


「それはですね、このお茶に含まれているカテキンの抗酸化作用―――老いを食い止める力が関係しているのです」


「老いを食い止める?」


「じゃあまさか、不老長寿の妙薬だっていうの!? このお茶が!」


 子美がガタンと立ち上がった。

 言葉の選択が悪かったらしい。発音はマシになったと言われるけれど、やっぱりこういうミスがでる。

 でもまさか抗酸化作用の説明をしようとしたら、不老長寿に取り違えられるなんて思いもしなかった。

 科学の進んだ日本では不老長寿なんて夢物語だっていう認識があるけれど、この世界ではそうじゃないのだ。


「た、確かにこれを飲めば健康にはなるけど、不老長寿になったりはしないですよ」


 慌てて否定すると、子美ががっかりしたように腰を下ろした。


「なんですか意地汚い。あなた如きが不老長寿になりたいとでも」


 春麗が冷たく釘を刺す。


「はあ!? それ本気で言ってます春麗さん? 不老長寿の妙薬を見つければ、皇帝陛下から報奨金が出るのは間違いなし。先の皇帝陛下も、不老長寿を求めてわざわざ船団を仕立てて、蓬莱にまで送り込んだって話じゃないですか」


「昔の話です。大家はそんなことなさいませんよ」


 大家というのは現在の皇帝陛下―――黒曜のことだ。

 後宮に住む者達は、公の場でなければ親しみを込めて、皇帝を大家(ダージャー)と呼ぶことが許されている。

 普通、大家という言葉にはお父さんという意味がある。

 三十前の黒曜が、年かさの女官などにも大家と呼ばれている様子は、ちょっと面白い。


「まあまあ二人とも。兎に角このお茶には、肌の老化を食い止める効果があるので、賈昭儀のお悩みにはぴったりだと思います」


 賈昭儀というのは、先ほど肌の不調を嘆いていたご婦人のことだ。

 九嬪の頂点である昭儀の称号を賜っている彼女は、同時に黒曜の初めてのお妃様でもある。

 後宮は前皇帝が亡くなると同時に、皇帝の母以外全ての妃嬪が寺へ預けられて尼になるのだそうだ。だから皇太后を残して空っぽになった後宮に、最初に嫁してきたのは賈昭儀だった。

 その頃後宮がどんな風だったのか、私は知らない。でも幼い黒曜を思うと、なぜか胸が痛んだ。


「では、このお茶を賈昭儀に飲んでいただくのですか?」


 春麗の問いに、はっと我に返る。

 話の途中に、よく考え事をしてしまうのは私の悪い癖だ。


「あ、いいえ。これには他にも方法があって―――」


 そう言って、私は二人に緑茶のいくつかの利用法を説明した。

 どれも目新しいものだったらしく、春麗はともかくとして子美は子供のようにキラキラと目を輝かせた


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