よくもって三か月でしょうか
「よくもって三ヶ月でしょうか」
医師はそう母に告げていた。押し殺したような嗚咽が聞こえた。
少年は偶然、盗み聞きしてしまった。自分が死ぬかもしれないことを予想はしていた。しかしその言葉より母の嗚咽のほうがこたえた。
点滴瓶のぶら下がったスタンドを引きずりながら、待合室に向かって歩いていった。
「入院の方ですか?」
少年とはすこしばかり年上に思える女が声をかけてきた。
「ボランティアさんか、何かなの?」
逆に聞きかえした少年は、てっきり病院へボランティアと称して単位をとりに来るだけの大学生と思ってしまったのだ。
「そうじゃないわ。友達の見舞いにきただけよ。あなたがあまりに苦しそうな顔をしているので、声をかけただけです」
「そうなんだ。てっきり、善意の押し売りだと思った」
少年は女子大生の心を傷つけていることは、よく承知している。それなのにツイそんな言葉を発してしまった。
「ませた子ね。そんな風に言うのなら好きにすればいいわ」
女子大生は行ってしまった。
少年はつい六ヶ月前まではサッカーに夢中になってグラウンドを駆け回っていた。それが風邪を引いたのをきっかけに疲れやすくなり、熱がさがらなくなっていた。本人も驚いたが母はもっとうろたえて、入院することになった。病名は教えてもらえないが、検査の毎日が続いている。
寝てばかりいると足の筋肉が落ちると言われているので、気分のいい日はできるだけ院内を歩くことにしていた。時折、待合室で彼女を見かけることがあった。でも、あのとき以来声をかけていない。
病名は教えてもらえないが、おそらく白血病だろう。自分でもそう長くはないというのはわかるような気がしている。よくなってきているという実感がしない。
ああ、このままセックスも知らないうちに死んでしまうのかと思うとベッドのなかで張り裂けそうになる。母親の手前、病名は知らないないふりをしてきた。それが、ここへきて、なぜ自分だけがこんな辛い目にあうんだろうと怒りが体中をかけめぐる。
そんな苦悶の続くある夜、いつものように院内を歩き回っていたとき、廊下の角を曲がったところで彼女と鉢合わせになった。
「なんだ、おまえか。また、見舞いかい。結構なご身分で」
先に声をかけたのは少年のほうだった。
「何をすねてんのよ。」
今回は、ちっともやさしくない。少年はそう思った。
「あなたのような人のためにわたしがいるのよ。」
「それはどういうことなのかな」
「実は、私は癒しのロボットなのよ」
「何をバカなことを言っている。どう見たってロボットなんかに見えねえよ」
「じゃあ、ここを見て」
うなじにかかる長い髪を掻き揚げた。
そこにはLANケーブルの差込口のようなコネクターが付いている。
「嘘だろう?」
「じゃあ、ここへ手を入れてみて」
そういうとスカートをたくし上げて、ショーツの中に誘った。
「……」
そこにはなにもなかった。
「本当だ」
「だから言ったでしょう。癒しのために作られたロボットだって。あなたの心の中を読み取って癒してあげる、そのために作られたのよ」
しかし、少年は気弱に答えた。
「癒してもらっても僕はもうあと三ヶ月さ」
「そんなことわからないじゃない。勝手に自分の寿命を決めてはいけないのよ」
女子大生、じゃなかった癒しのロボットはいう。
「ボクが亡くなったら、キミみたいなロボットにしてくれないかな。そしたら、またサッカーができるもんな」
そう少年がつぶやくと癒しのロボットは笑い出した。
「それは可能よ」
「えっ、出来るの」
「そうよ、わたしだってそうなんだから」
少年はロボットでもいいから生きていたいと心の底から思った。