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(6)

「カズにぃ、ユズ喉乾いちゃった…」

「おっと、それはいけないね。ユズは何が飲みたいんだい? 俺が愛を込めて持ってくるよ」

「ん〜…ユズね〜…カズにぃの愛情たっぷりなら何でもいいよ?」

「わかったよ。じゃあ愛しいユズのために飲み物を持ってくるからもう少しだけ待っていておくれ」

「うん!」


柚季の希望により、朝食後からは"ユズ"と呼ばされることになった。

飲み物を取りに行かされることに比べればなんとも可愛い要望なので、全く問題ない。


「はい、ユズ」

「わ〜、ありが……ちょっとカズにぃ。私がレモン水好きじゃないの知ってて持ってきたでしょ!? 『兄』として最低だよ! 信じらんない!」

「え、ちょ…は?」


突然、ユズが甘える『妹』から普段の『柚季』に戻った。

変化に追いつけず戸惑う俺をおいて柚季の説教は続く。


「もっとちゃんと『兄』の何たるかを学んでよ! そんなんじゃ私の『兄』失格だよ!」

「え、え〜と…ユズ?」

「妹の好物と嫌いな物は把握しておくことは『兄』の常識! わかったらメモする! そして復唱! 早く!」

「あ、はい…えっと……『兄』は妹の好物と嫌いな物を把握しておくこと」

「そう。わかったらレモン水じゃなくて私の好きなジュースをちゃんと持ってきてね」

「…わかった」


おい、さっき愛情たっぷりなら何でもいいとか言ってたのはドコの何奴だ?

……いや、まぁ愛情なんて微塵も注いでいないんだけどさ。

ってか、柚季の好きなジュースなんて知らんぞ。


「あのさ、ユズ」

「ん〜、どうしたのカズにぃ?」


すでに甘える『妹』に戻っている柚季。

しかし、目は次間違えたら承知しないよ? と訴えてきている。

…訴えるっていうか脅してるっていうか。

まぁとりあえず聞けそうにないことはわかってほしい。


「う、ううん。なんでもないんだ。ただその…ユズの名前を呼んでみたくなったっていうか…」

「も、もうカズにぃったら…」


俺がそう誤魔化すと、ユズは照れたように顔を赤くして目線をそらした。

誤魔化すのすら難しいと思っていただけに、予想以上の効果があって驚いた。

…ともあれ、柚季の好きな飲み物がわからないという状況に変わりはないわけで…。


「じゃあ少し待っててね、ユズ」

「うん!」


俺は最終手段、父さんと母さんに頼ることにした。


「父さん、柚季の好きな飲み物って知ってる?」

「ん、う〜ん……よく飲んでるのはリンゴジュースだった気がするからそれじゃないか?」

「…ありがとう」


父さんからはリンゴジュースという回答が得られた。

母さんにも聞いて確信を得たいところだが……母さんに聞きに行くと、待たせる時間が長すぎて『兄』失格だと説教されかねない。

しかしリンゴジュースが不正解だとすると、2度も同じことを間違えるなんてともっと酷いことになりかねない。

……究極の選択か。

………。

………。

うん、考えてる時間が一番もったいない。

リンゴジュースで行こう。


「あ、カズにぃ…」


俺が持ってきたリンゴジュースを見て一瞬言葉に詰まったユズ。

気になる判定は……


「わ〜、ユズの大好きなリンゴジュースだ! ありがとうカズにぃ」

「ゆ、ユズのためだからね。こんなことなんでもないよ」

「えへへ〜…」


リンゴジュースを美味しそうにユズが飲む。

俺も緊張で喉が渇いたので、先ほど持ってきたまま放置していたレモン水に手を伸ばして…。

中身が空になっていることに気づいた。


「ゆ、ユズ。レモン水がなくなってるんだけど…」

「あ、それね。せっかくカズにぃがユズのために持ってきてくれたからって、頑張って飲んだの! 偉いでしょ〜?」

「……あ、あぁ。ありがとうユズ」


顔が引きつっているのが鏡を見なくてもわかる。

レモン水が嫌いだと、文句を言ってリンゴジュースを持って来させたのはお前だよな、ユズ?

そのお前がなんでレモン水を飲んだんだ?

頑張って飲んだ割には結構早く飲み干したみたいだけど、これはどういうことかな、ユズ?


「か、カズにぃ? お顔が怖いよ…? ユズ、カズにぃのニコニコ笑顔が見たいなぁ」

「ごめんよ、ユズ。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「か、カズにぃ。目が笑ってない! 目が笑ってないよ!?」

「そんなことないだろう? ほら、俺はユズが望んだ通りニコニコ笑顔さ」

「ご、ご、ごめんカズにぃ! 私、調子に乗ってました! 謝るから、許してカズにぃ〜……ぐすん」


ユズが泣きそうになりながら(というか後半は泣きながら)謝ってきたことで気持ちが晴れた。

…ここだけ聞くと俺がゲスみたいに聞こえるが、これまでの話を知っている人はきっと誤解せず受け取ってくれるはずだ。


「……ユズ、大丈夫」

「カズ…にぃ?」


頭を撫でながらユズに話しかけると、ユズが顔を上げた。

泣きながら鼻水は垂らさなくなったようで目元に涙が残っていることと、目元がほんのり赤くなっていること以外は普通の"柚季"だ。

不安そうな顔で見上げている顔も昔(と言っても4年前)と同じだ。

…成長してるだろとか野暮なことは言うなよ?


「ちょっと……どころじゃなく調子に乗ってたけど、俺はそれも"柚季"だって知ってるし、そんなことにいちいち本気で怒ってたら従姉妹なんてやってられないだろ? だから、もう怒ってないよ」

「か、カズにぃ〜……」


柚季が抱きついてきた。

……あれから少しは大きくなったんだから、こんなことを気軽にすべきではないと思うんだが…まぁ今の俺は柚季の『兄』なんだから、これくらいのことは許容してやらないとな。

俺はそのあと柚木が落ち着くまで優しく抱き返しながら頭を撫でていた。


明日になったら『妹』のユズに戻るかもしれないけど、それの面倒をみるのも『兄』の役目なんだろうな…。





……あ、ちなみに柚季は俺と1歳違いで中学3年生である。

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