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先生から促されて両親に尋ね、ようやくその話を知った俺は一週間後から始まる『兄』体験に不安を募らせていた。
誰が来るんだろう? 何をすればいいんだろう? 何をさせられるんだろう?
そもそも兄弟がいない俺に−−−
「お〜い、カズにぃ〜」
……そもそも兄弟がいない俺に『兄』を演じることなどできるのだろうか?
というか『兄』ってなんなんだろうか?
『兄』って−−−
「カズにぃってば〜」
……『兄』って必要なんだろうか?
誰だよ『兄職業法』とか言い出した奴。
国民の税金使って−−−
「カズにぃ、無視とかヒドくない!?」
「なんだよ、さっきからうるさいな! ちょっと考え事してるんだから話しかけんな」
「…ふ〜ん。へぇ〜。明後日から『妹』になる私にそんなこと言って良いんだ?」
「な、なんだよ」
「べっつにぃ〜。ま、カズにぃがそれで良いんなら良いんだけどね〜」
柚季はそう言うと店の奥…家の方へ入っていった。
途中、わざとらしく鞄から取り出して一枚の紙を落として行った。
拾えということなのかゴミだから捨てておけということなのかわからないが、後者であった場合はあとで説教せねばならない。
主に俺の気持ち的に。
いや、弟妹の間違った行動を正して、真っ当な道を歩ませることこそが兄姉の役割に違いない。
つまりこれは『兄』体験の一環なのだ!
なんだ、勉強するまでもなく『兄』について知ってしまったではないか。
なんと簡単なことだろう。『兄』とは妹に説教するだけの簡単なお仕事なのだ。
……さて、それで柚季が落としたのはどっちだ?
拾い上げて見てみると、「『兄』体験の目的・内容と注意事項」と見出しが付いていた。
……What?
両親から『兄』体験の話を聞いた時も、その翌日に先生に改めて話を聞いた時もこんなものは貰わなかったし聞きもしなかった。
柚季のイタズラか何かかとも疑ったが、学校名や校長の名の元に発行されており、日付が昨日となっていたので微妙なところだった。
本物であった場合のことを考えて、目を通す。
『 兄体験の目的・内容と注意事項
大和49年7月20日発行
覚西星高校校長 西田 仁志
大暑の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
この度、覚西星高校では『兄職業法』の導入に伴い授業のカリキュラムに『兄・姉』の追加がなされたことは生徒諸君、保護者各位の皆様も記憶に新しいかと思います。
さらに遅い連絡になってしまいましたが、今年度の1年生の夏休課題における職業体験の1つに『兄』が加えられました。
教職員による選抜の末、14名の生徒が今夏の『兄』体験をすることとなりました。
これが今年度からの施行となること・『兄』という職に就いている人物がまだ存在しないことなど様々な問題点を考慮した結果、対象の生徒および『弟・妹』となることに了承頂けた皆様には以下の事項を確認・注意していただきます。
1.『兄』体験の目的
(1)『兄』の心構え・心理状況を実施によって学ぶ
(2)『兄』という職業について考察し、自らの成長に結びつける
2.『兄』体験の内容
『兄』として弟妹に接する
3.注意事項
・『兄』という職業であることを理解し、可能な限り弟妹の要望には応えること
(ここでいう可能な限りというのは実行の可否と自死や自罰などの危険行為以外、法に触れる恐れのあるもの以外は絶対遵守ということを指す)
・弟妹に危害を加えるような行動は基本的に禁止とする
(本人が望んだ場合であっても、怪我を負わせる可能性がある場合は十分に配慮すること)
・弟妹の生活費等は弟妹側の負担とし、期間中に起きた事故などによる怪我等の治療費については国からの補助金が出るため領収書を控え、夏休み後に申請すること
(一定額以上の治療費等は事故などの原因・内容によるため、申請しても全額返金とはならない可能性もあります)
・『兄』の行動制限等の詳細は『兄職業法』に準拠するものする
(弟妹の皆様、並びに保護者の皆様から法に抵触していないか確認していただきますので、生徒のみならず弟妹・保護者の皆様も『兄職業法』を必ずお読みください)」
……以上である。
………………異常である。
ま、この後俺が『兄職業法』を調べて必死に覚えたのは言うまでもないよね〜……はぁ。




