(2)
そして悲劇は俺の知らないうちに進行していた。
あれは忘れもしない、5月のことだ。
義務教育化された高校に進学した俺は、中学の時とほとんど変わらない顔ぶれとの高校生活にだらけていた。
「はぁ…もっと刺激が欲しいよなぁ〜」と思わず呟く程に。
もちろん、新しく導入された『兄・姉』には驚いたが、正直なところどうでもよかった。
俺は一人っ子だし「弟妹の〜」とかいうニュースとか見ても、「へぇ…」くらいにしか思わなかった。
弟妹がいる奴は「お兄ちゃん(あるいは、お姉ちゃん)、年下の兄弟姉妹には優しくしないといけないんだって!」と言われ、渋々ながら弟妹の優遇を受け入れたりすることとなったようで、それを聞いて笑っていた……ナンテコトハナイデスヨ?
ぼ、僕は彼らに同情しましたし、精一杯慰めましたよ!
…と、とりあえず、そんな感じだった。
逆に兄姉がいる奴は甘やかされるかと思いきや、「お前は『もっと甘やかせ』とか『弟妹に対する待遇の改善を』とか言ったりしないよな? だって今でも十分満足してるもんな?」と脅され、無理やり頷かされていると聞いて俺は笑った………ナンテコトハナインデス!
僕は彼らの心のケアを徹底しました!
…………とまぁ、俺には関係ないので他人を見て笑うことができたのだが、それは刺激としては足りなかった。
あくまでも他人事だしね。
そんなかんじでダラけつつ過ごしたある日、職場体験の話があった。
なんでも、夏休みの間に自分のやってみたい仕事の現場に行ってみて…実際にやってみて将来について考えようということらしい。
俺の場合、家が今は珍しい落ち着いた雰囲気の喫茶店なので、それを継ぐことが決まっており、職場体験の必要性がない。
毎日というほどではないが手伝っているし、今更何を考えろというのだと言ってやりたい。
そういうわけで、話を大して真面目に聞いていなかった。
重要な、『兄職業法』の導入に伴う変更についても…。
それから運動会や定期試験といったイベントも過ぎ、夏休み一週間前となった。
「今年は部活で遊べる日少ないわ〜」「俺、大学受験に向けて予備校行けって言われてさぁ…」なんていった会話を聞きながら、今年も店で涼んでようかなと考えていた時だ。
「木下君」
名前を呼ばれて振り向くと、先生が俺に話しかけてきていた。
怒られるようなことをした覚えはないし、特に用があるわけではないはずだと訝しみながらも続きを待っていると
「来週からの『兄』の準備は進んでる?」
「……は?」
兄の準備とはなんだ? 俺は一人っ子だぞ?
来週からってなんだ? 夏休みだろ?
わけがわからず混乱した様子の俺に先生が確認してくる。
「えっと……『兄職業法』の話は知ってるよね?」
「え、あ、はい。まぁ知ってます」
「じゃあ、夏休みに職場体験をやるって話は?」
「知ってますよ。俺は親の後を継ぐつもりなので関係ないと思いますけどね」
「あ、そこか……なるほどなるほど」
「…いや、どういうことですか」
「あ、うん。職場体験の話の時に『兄職業法』の導入に伴って、何人かに『兄』を体験してもらおうって決まっててね。それをやる人を先生たちが選出するから、やりたくない人は事前に言ってねって話したんだけど……たぶん聞いてなかったんだよね?」
「あ………はい。すみません」
「次から先生の話はちゃんと聞くようにね? それでなんだけど、木下君に『兄』を体験してもらうことになってご家族と、あと木下君は一人っ子って話だったから親戚の方に連絡が入ってるんだけど……それも聞いてない?」
「え、それは本当に初耳なんですけど」
「う〜ん…帰ったら親御さんに確認してみてくれる?」
「わかりました」
「それでね、木下君にはその従姉妹の子を相手に『兄』を体験してもらうことになってるから、準備とか…の連絡も聞いてないんだよね……まぁとりあえず、頑張ってねってことで」
「え、ちょ、ちょっ」
「じゃあ気をつけて帰るようにね」
俺が呼び止めるのも聞かずに先生は去っていった。
そしてその一週間後、俺はアイツの『兄』を体験することになった。




