(7)
「……きて。ほら、起きてってば」
う……ん……。
「朝だよ。……もう、早く起きないと朝ごはん無くなっちゃっても知らないよ?」
無くなるって、そんなに食べる奴うちにはいないだろ…。
「ねぇ、起きてよ。 "お兄ちゃん"」
……ん? "お兄ちゃん"?
そういえば聞き覚えのない声だ。
寝ぼけているせいで柚季の声が別人のもののように聞こえている者だと思っていたが、今なら本当に別人なのだとわかる。
決定的なのは、柚季は俺を"お兄ちゃん"と呼んだことは一度もないことだ。
初めて会ってから4年間(4年間と言っても毎年お盆休みの時ぐらいなのだが)で一度もだ。
そうなると当然、一人っ子の俺を"お兄ちゃん"と呼ぶ人物などこの家にはいない。
つまり……俺の知らない人間が、今俺の部屋に……俺の腹の上に乗っかっているということだ。
その人物に気づかれないように、少しだけ目を開く。
……ホントに誰だよ?
「あ、やっと起きたんだね! おはよう、お兄ちゃん!」
気づかれないように気をつけていたのだが、バレてしまったらしい。
……まぁ普通わかるか。
もう隠す必要…というか意味がなくなってしまったので、覚悟を決めて目を開く。
「…あの、どちらさ−−」
そこでタイミングよく(悪く?)俺の部屋のドアが開かれた。
「カズにぃ、おは………」
ドアを開けて入ってきた柚季が、そこまで言って固まった。
俺の腹の上の人物も、いきなり入ってきた柚季を見て固まっている。
………心なしか気温が下がったような?
そんなことを考えていると、二人が同時にこちらを向いた。
「…お兄ちゃん、」
「…カズにぃ、」
……目が笑ってないっていうか、マジっていうか…なんで俺をそんな目で見るんだよ?
「「この娘だぁれ?」」
俺は二人を見て、一拍おいてからため息を吐いて……
「まず、お前が誰だよ」
未だにの腹の上に乗っている少女にそういったのは、まぁ当然だよね?
「あ…れ…。お兄ちゃん、私のこと忘れちゃったの!?」
「忘れたも何も名乗られた覚えもないし、そもそも俺は一人っ子のはずなんだけど」
「そうだよ、カズにぃの妹はユズだけのはずだよ!」
おっとぉ?
ちょっと待ってユズさん、あなたは私の"本当の"妹ではないですよね?
それに、俺が一人っ子宣言をした後で即座にそんなことを言われるとややこしいことになりそうなんですが…。
「ユズちゃん、あなたのお兄ちゃんは"カズにぃ"でしょ?」
「そうだよ。だからそういってるでしょ」
「ううん、違うよ。ユズちゃんのお兄ちゃんは"お兄ちゃん"じゃなくて"カズにぃ"でしょ?」
「だ・か・ら! ユズはカズにぃの妹だって言ってるじゃん!」
…おや? 何やら話が噛み合ってない雰囲気が……。
「あ〜もう、だからユズちゃんのお兄ちゃんは"カズにぃ"なんでしょ?」
「もう! だからさっきから何回もそういってんじゃん!」
……"カズにぃ"だの"お兄ちゃん"だのうるさい。
そんなことよりも、さっさと俺の上から退いてもらいたいんだが…。
腹の上に座っているだけではなく腕を一緒に挟み込まれているので、身をよじって腕だけでも抜こうとする。
「きゃっ! ちょ、ちょっとお兄ちゃん暴れないで〜」
簡単にバランスを崩した俺の上の少女がそう言いながら、落ちないようにしがみついてくる。
……顔が近い。
「あー!! ちょっとカズにぃ、何してんの! 早く離れてよ!」
「ユズ、俺は押さえ込まれて身動きが取れないんだから、コイツに言ってくれないか?」
「いいから、早く離れて!」
話を聞けよ…。
お前もしがみついてないで早くどけよな。
若干楽しそうにしてんのバレてるからね。
そのまま修羅場(?)が続くかと思われたが、ここで予想外の救世主が現れた。
「あ、美羽。ここに居たのか」
ユズが開けっ放しにしていたドアから顔を覗かせてそう言ったのは……和麻さんだった。
ん? 美羽って?
「あ、 "カズにぃ"」
俺にしがみついていた少女が和麻さんの方を見て言った。
……コイツの言ってた"カズにぃ"って(話の流れ的に)俺のことじゃないような気はしてたが、和麻さんのことだったとは…。
「え、兄さん!? なんでココにいるの?」
「ん〜…話せば長くなる…こともないんだが、とりあえず叔母さんが作ってくれた朝ごはんを食べないか?」
「えっと……うん」
「美羽も和樹くんの上から降りな。それじゃあ和樹くんが起きられないだろう?」
「美羽そんなに重くないよ!」
「重くなくても起きられないんだってば…」
「ふーん、だ! そんな意地悪なこと言うカズにぃなんか無視して、お兄ちゃんに甘えるんだもん!」
俺の上の少女…美羽が和麻さんから顔を背け、そして俺に抱きついてきた。
それを見た柚季が俺の方を睨んでいるんだが……美羽のことを睨んでるんだよな?
「…和樹くん、悪いんだけど美羽のこと頼んでもいいかな?」
「えっと、まぁそれは構わないんですけど…美羽って柚季の姉か妹ってわけじゃないんですよね?」
「うん。それについても、朝ごはんの後に、ってことじゃダメかな?」
「…わかりました」
「ありがとう」
和麻さんは頭を下げて、未だに俺の方を睨む柚季を連れてリビングへと向かった。
「えっと…美羽?」
俺が話しかけると、美羽が俺の顔を覗き込むように見てきた。
だから、顔が近いって…。
「なぁに、お兄ちゃん?」
「俺たちも朝ごはん食べに行こう」
「そうだね、美羽もおなかぺこぺこだよ〜」
「…うん、だからまず退いてくれないか?」
「うん、わかった」
美羽はあっさり頷くと俺の上から普通に降りた。
俺も解放された体を起こす。
ベットから立ち上がって、美羽と並んだところで気づいたんだが…。
「お前、小が−−」
「お兄ちゃん、なんか言った?」
笑顔を向けてきた美羽から殺気のようなものを感じた。
……和麻さんから話を聞くまで迂闊なことは言わない方が身のためか。
「い、いや、なんでもない」
「へんなの〜」
そんな会話の後、俺と美羽も部屋を出てリビングに向かった。




