有能な秘書官の憂鬱と策略
思いがけずウルリヒへと旅立って行ったアルベリヒ王太子に対し、ハヴェルン国内で誰が一番腹を立てているかと言われればそれは王太子付き秘書官ファンテーヌ・フォン・バイラル子爵令嬢であった。魔力持ちではないにも関わらず、現在の彼女は声を掛けるのも躊躇われる程の怒気を纏い触れれば雷が落ちるのではないかと魔法省職員からも恐れられていた。
年内にはシュヴァリエ公爵令嬢アナスタシアと、王太子付き専属魔法魔術師ニーム・エイナル・オブリー伯爵が婚礼を挙げる。その幸せの絶頂にある二人を見せて自身の身の固め方も考えられるよう、バイラル秘書官は国内外の王太子妃に相応しい令嬢・姫君をピックアップし非の打ち所がない数名のリストを作り上げそして更にこのリストに名の上がった女性達を、幸福な瞬間に向け準備を進めているであろうオブリー伯に招待客に入れられるかどうか話を詰めたかった。何故なら彼もまた王太子の妃選びには同じく頭を悩ます同僚であり、今回王太子と女性達が自然と顔合わせするのには最適な婚礼の儀の主役の一人であるからだ。
「あ〜、またその話か。だからそれは年明けにでも国中の貴族令嬢を招いて決めると言ってるだろう?」
アルベリヒは滅多に声を荒げない。ただ、この話だけは辟易しているようであった。
ーあんな事言ってたけど、決まらない決めるもんですか!ノラリクラリと言い訳をして逃げるか絶対無理な令嬢を相手に指名して先延ばしするに決まっている。だ・か・ら‼︎私が残業をしながらこうやって問題のない姫君方をリストアップしたのにっ!あんのバカ殿下、な〜にがっー
「いやな、フロレンツ迄奇襲が来たらしい。身重のミンナも気になるし、何より友好国の一大事だ。な?わかるだろう?」
ーだってゆーのよ!ー
「それにな、カリンがまた無茶してる様なんだあれはいかん、大事な妹分だしミンナに祝福を授けてくれた娘だ。それに、ガウス夫妻が自ら第二援軍に志願したらしい。エンケルが砦に入っているいま、援軍を指揮するのは一番弟子の俺しかいないだろう?」
ーあっちにはあんたより有能な第二第三王子殿下がいらっしゃるし、何より最悪なのがオーランド殿下があちらにまだいらっしゃること。これでお二人に何かあれば・・・ー
「あ、こちらにはまだお二人も姫君が残って居られるわ。じゃあ最悪なんとかなるわね。」
王宮の長い廊下を回想に耽り憤りながら歩いていた有能な秘書官はハタと気づき立ち止まると、うんうんと自分を納得させるように頷きそれまでとは違う軽やかな足取りで執務室に帰って行った。