優しさ
連投~
暗い闇の中に二人ぼっち。
俺と少年は向かい合う。
お互いに涙を流して、残酷な真実と、人為的な悲劇と、向かい合う。
「……じ、じゃあ。俺とアイビスが会ったのも偶然じゃなかったのか?」
少年は何も言わずに頷く。
「妙に俺への監視が強くなったのも?」
少年は頷く。
「あの日、全く知らない罪が着せられたのも――」
「君とアイビスを拘束する為さ。」
「な、なら!あれだけ大勢の人たちを殺すことになったのも、すべて仕組まれていたことだってのか!?」
もう、結果は分かっているのに、認めたくない自分が口を動かしている。
情けなく、惨めだった。
その真実の真ん中にいたのは自分だというのに……。
「あの日、オーキッドの国王は被害を最小限に抑えるために重要な貴族や騎士、それに商人や職人をシーダ街から王都に呼んで、シーダの町全体に内からでは破ることのできない結界を張っていた。当然、街の住民には断りも入れずに。それだから、街の中の住人が一人として助からなかった。――街を一つ犠牲にしたのさ、自分たちの利益のために。」
「……う、ううう。……ふ、ふざけん……な!!」
あの街にどれだけの人がいると思っていやがる!!
シーダの街は戸籍上でも五千人近く、住民票を貰えてない奴や旅人だって合わせれば六千人近くはあの日街にいてもおかしくはない。
それが、犠牲?それは、犠牲なんかじゃない。虐殺だ。許すことなんてできないほどの暴虐だ。
だけど……
「……それをやったのは……アイビスで、そもそもの原因は俺なんだろ?」
そう、俺のせいだ。
「アイビスを匿ったのは俺だ。あの時、街で匿ったりするのではなくそのまま国の目につかないような場所に逃げてしまえばこんなことにはならなかった。いや、最初から俺がアイビスを――」
「じゃあ、訊くよ?君はアイビスを助けて後悔しているかい?確かに君がアイビスを庇わなかったらこんなことにはならなかっただろうけど、君はそれで本当によかったのかい?」
自暴自棄に陥っている俺に少年は尋ねた。
言葉を遮り、決別するように。
「……後悔はしていない。」
俺は小さく答えた。
少年は小さく頷いて、
「うん、それじゃあ
――――アイビスと出会えて良かったかい?」
「……ああ、嬉しかった。」
彼女と出会えて、彼女と暮らせて、本当に楽しくて、嬉しかった。
そこに虚飾や見栄は混じっていない。
後悔なんて全くしていない。
「なら君は彼女のために生きろ。」
そう言って、少年は俺の額に左手の手のひらをピタリとつけた。
「今から君には僕の後を継いでもらう。僕の後継者として僕の能力を引きつでもらう。その能力は僕だって計り知れないほどに強力な能力だ、制御もせずに使えば本当に世界を一瞬で滅ぼせる。災害のように危険で、鋭い刃物ように触るもの全てを傷つける能力だ。そんな能力を僕は君に託す。……いや、この場合は押し付けるかな?」
「能力?」
俺は少年の顔を見て伺う。そこには泣いた後の腫れぼったい目つきと、優しい微笑みと、後ろめたさが映っていた。
「そう、僕が君と接触した目的だよ。今から君に渡す能力は世界の表と裏をつなぐ能力だ。恐らく、今まで君が成し得なかったこともこの能力を使えば容易にできる。君が守れなかったものも守れるようになるだろう。
――だから君は彼女を――アイビスを守れ。」
「は?どういう事だよ?」
「……アイビスは今捕まっている。あの日、君が拘束された後、アイビスも同様にオーキッドの連中が拘束した。」
「いや、でも。アイビスは確かに俺が殺した……。俺が殺したはずだ。」
「アイビスは死んでなんかいない。無理矢理、強制的にもう一度生かされている。確かに君はアイビスを殺した。しっかりとその生命の火を消している。だけど、彼女の亡骸は回収されて魔力を逆に注入することでロストとして、魔力を生み出す存在として生き残されているんだ。」
「え?そんなこと……」
「出来る出来ないじゃない。やったんだよ。彼ら人間は、死んだ生き物を強制的に復活させた。」
少年が今までにないほどに怒気を含んで告げた。
「もう、彼女にはアイビスとしての自我はないだろう。ただ生きているだけで、魔力を吸い取られているだけだから。だから、君が助けろ。」
その瞬間に少年の左手から黒い何かが溢れだした。激流のように溢れだすそれはスッと俺の体内へと取り込まれていく。同時に俺の頭の中に意味の解らない情報が流れていく。
『…………クロ………支配者…汝………マモリ……理ヲ………沌ヲ……セヨ。』
「な、なんだこれは。」
「この世の黒き世界の支配者よ。汝、世界を守り。その理を正し。混沌を調和せよ。」
少年が意味の解らない言葉を呟いた。
「今君に受け渡した能力の本来の説明だよ。昔から、世界ができるときから存在しているそんなコトバさ。まあ、君はこれを守らなくてもいいよ。使い方は君の自由だ。君がしたいように動いていい。もちろん、世界征服だってやらなくてもいい。だけどね、この世界は放っておくと人間たちの支配によって戦争が起こり、最悪全てが滅ぶ。君たちのような悲劇もいくつも作り出される。だから僕は君にこれを託した。」
気づけば、少年が俺の額に載せていたはずの左腕が跡形もなく肩口のあたりから消滅していた。
「……うっ。もう、貴方は」
「うん、間違いなく死ぬ。君に託した時点で、残りの寿命はもって十分ってところかな。」
両手を失いながらも彼は刺して何事もないように、死が近づいているの全く怖がっていなかった。
「僕はね、君に賭けたんだ。君のどうしようもないくらいの優しさと、罪に対する後悔、そしてそれらを覆すばかりの憎悪に。無理強いはしない。君の自由気ままに生きていい。どうせ僕はこの後死ぬから何かできるわけでもないし。でも、彼女だけは君が救え。君が名前を与えた彼女だけは君が助けろ。」
今度は少年の両足が同時に消えた。
まるで塵となって消えるかのように、音もなく、形を残さず、少年の体は消えていく。
「俺は……」
「まあ、深く考えなくてもいいよ。勝手に巻き込んだのは僕の方だから。それでも、君は悩むことにはなるだろうけどその時はゆっくり考えて大丈夫さ。君も僕同様に時間は多分、余るからさ。」
少年の胴体は半分の程消えかかっている。
「……いや。もう、考えるのは止めた。十分に考えてきた。俺は
――――戦う。
守るために。救うために。助けるために。」
何よりも、目の前の彼に報いるために。
「そうかい。それはそれで君の自由だ。うん、もうお別れかな?君とこうして話せて楽しかった。本当は、もっと楽しんでいたかったけど、君にもやることがあるだろうし、僕とはここでお別れだ。じゃあね、さようなら。」
「――最後にいいか?」
「うん?」
「…………ありがとう。」