悲痛より生まれる
「そう、君は一人の“ロスト”を助けた。今まで何体もの“ロスト”を狩ってきた君だったが、一人だけ――彼女だけは助けたんだ。」
人影は全てを知っているかのように話していく。
「正確には躊躇ったというのが正しいかもしれない。俺は彼女を殺すつもりでいたのだから。」
俺は人影の答えを否定してみたが、どうも否定しきれていないどころかむしろ肯定しているかのように声が弱くなるのが分かった。
「それでも、結果的には君は殺せなかった。“ロスト”でありながら珍しく人型であった彼女を殺せなかった。」
「……確かに。俺は殺せなかった。最初は人型だからとも思ったが、そうではなく俺が彼女に少しばかり同情してしまったからだ。」
「それから、君は“ロスト”を殺せなくなってしまった。」
「彼女たち“ロスト”が俺たち人間と同じ生き物だと分かってしまったからな。それはエゴだと思っていたが、どうやら俺は臆病者だったからだとそのとき知った。」
「君はとある任務で捕まえた盗賊を殺せなかった。どうせ処刑されるのに拘束して街に連れてきたこともあった。」
「俺は生き物を殺すことが怖かった。もし、自分たちと同じように考えて生きているのだとしたら殺されること以上の恐怖はない。それをしている自分が怖かった。」
「盗賊が処刑されるときも、どうにかして殺されないように助けたこともあった。それでも、処刑が覆らないと知った時君は声を上げて泣いた。」
「自分のやってきたことが正しいのか分からなくなってきたのもその時からだったかもしれない。俺はそのとき以来盗賊を見逃すようになった。」
段々と人影が形を変化していく。手足が鮮明に形どられ、顔の輪郭も定まっていく。
「君は段々と自分のしていることに罪悪感を感じるようになっていった。」
「俺は正義を掲げているだけで人殺しのそれと大して変りのないのかもしれないと思うようになった。だから、騎士団を辞めようかと悩んでいた。」
「そんな、ある日君はとある“ロスト”に遭ってしまう。そう、彼女に会った。」
「それが引き金だった。俺の価値観は全て崩壊した。」
「だから、君は匿った。彼女を守るために。彼女を殺さないために。」
「でも、それは到底不可能なことだった。盗賊ですら守れなかった俺が、人間の敵――“ロスト”である彼女を匿うことなんてできなかった。」
「彼女は見つかり処刑されることになった。」
「彼女は泣き叫んで抵抗して俺に助けを求めた。だけど、俺は彼女助けられなかった。必死に縋ってくる彼女の手をつかむことができなかった。」
「君も処刑されることになったから。人間の敵の“ロスト”を殺さずにあまつさえ匿ったから。特に魔装騎士団の団長である君を国家は許しておけなかった。そして、君は彼女と一緒に処刑されることになった。」
「だけど、彼女は……。」
言葉が濁る。その後のことはもう思い出したくもなかった。
「暴走した。君を助けるために。人型であるために知性が高く普段は理性で“ロスト”本来の力を抑えている彼女が初めて本気を出した。」
「……………。」
「そして、君以外のすべての彼女は殺しつくした。」
俺は目の前にいる人影だった少年を見た。
その少年は小柄で、容姿も普通で、黒髪黒目に俺と同じ金色釦の黒い服を着ていた。
少年は俺のことをしっかりと見据えている。しかし、その眼には悲しみが映っていた。
「彼女にとって君は恐らく特別だった。だって、彼女は初めて優しくされたから。」
「…………それは、優しさじゃない。俺の偽善だ。どうしようもなく臆病な俺のエゴだ。」
「それは違う。君だって気付いていたはずだ。人型の“ロスト”である彼女は人間と変わりないほど賢い。だから、彼女も君に捕まったときは死を覚悟した。だけど、君は殺さなかった。それどころか助けて匿って世話をして、家族のように迎い入れた。それは、君の優しさだ。」
「違う!!」
「違わない。」
「俺は優しくなんかっ――!」
「――だから、今でも君は恨んでいないんだろう?彼女のことを。後悔してはいないんだろう?彼女と遭ったことを。」
少年は俺の目を見てそう告げた。その少年の瞳に映る俺の顔は涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めていた。
「……君は凄く優しい。優しいから脆くて、臆病だ。しかし、君は弱くなかった。強すぎるぐらいに強かった。あの日の惨劇は決して君ひとりの責任ではないし、誰かのせいにしてしまっても良かったのに君はその罪を背負った。」
少年は涙をこぼしていた。
「彼女を殺して自分も死のうとしたんだろう?でも、君は死ねなかった。彼女が“ロスト”の力を使って君を死なない体に変えたから。そして、彼女は自殺した。君の家族や友人や仲間を殺した罪を償うため。」
少年は目を閉じた。俺の姿は見えなくなった。
「そして、君自身も罪を償うために捕まった。もちろん、死ねないから永遠に牢獄で過ごすという苦行を四年間受け続けた。」
少年は目元の涙を手で拭い、目を開いた。
「でも、この話には語られていない真実がある。だって、この話かなりおかしいからね。」
少年のその瞳には今までとは違い強い怒りの意思が浮かんでいた。
彼女は泣き叫んで抵抗してってなんかエロいですよね。
お粗末さまです。