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家族

作者: 牛を飼う男

 私の祖父が死んだ。

 通夜、告別式を終え、遺骨を墓に埋めた。もう7年も前のことだ。


 祖父は私にとても厳しい人だった。長男だったということもある。小学生であった私にとって祖父は苦痛の種だった。

 学校に帰れば祖父の部屋に連れて行かれ、一緒に勉強する日々が続いた。

 年により感情失禁が現れ始めた祖父は問題を間違えるたびに私を罵った。「この馬鹿が!!」、「こんな問題も解けんのか!!」、「お前何年学校におるんじゃ!!」。私は泣くわけにもいかず(泣けばさらに怒られるだろう)、じっと耐えていた。

 そんな祖父も勉強以外のことでは私に優しくしてくれた。だが、私にとって祖父のご機嫌をとることがすべてであり、その優しさを感じる事はなかった。そういえば祖父とゆっくり話したのはいつだっただろう?


 中学生になると、祖父のスパルタ教育はピタリとやんだ。それ以前に私は何かと家にいることを嫌がった。そのため嫌でも友達と遊ぶ事を選んだ。それがきっかけとなったのだろう、祖父が最後だといって私に面と向かって何かを言った。


 だけどそれは結局私の頭に残らなかった。ただ愛想笑いを浮かべるだけ。それだけで精一杯だったからだ。


 高校生になり、1年が過ぎた。祖父は痴呆を引き起こし家の中を徘徊するようになった。たまに私の部屋にも入ってくるので内心穏やかではなかった。

 母も祖父の扱いに疲れていた。部屋に糞尿をする。家の外に出ればケガをして帰ってくる。ときおり怒鳴り声が聞こえるかと思ったら、今度は泣き出す。

 父も仕事との両立でいつもイライラしていた。そのため祖父との喧嘩が耐えなかった。その声は私の部屋まで聞こえてきた。

 祖母はいつも呟いていた。・・・早く死んでくれと・・・。


 祖父は結局病院には入院しなかった。頑として家を動こうとしなかったのだ。月に何回か医者が診察に家に訪れるようになった。


 それからまもなくして・・・祖父は死んだ。朝祖母が起きて、祖父のベッドを行ってみると、体が冷たくなっていたらしい。

 祖父は死ぬ前の日、医者の診察を受け、注射をされていた。その注射が痛かったのか、大声で怒鳴ったらしい。そんなエネルギーのあった祖父が次の日ポックリと逝ってしまう。人間とはわからないものだ。


 坊さんのお経を読む声が聞こえてくる。祖母が泣き出した。私はその涙につられることはなかった。ただジッと祖父の生前元気だった写真を見ていた。


 遺体を火葬するため火葬場へと向かった。遺体が骨となるまで、祖母と父と母と妹の5人で待合室で待機することになった。


「フアァァァァァ!!」


 待合室に向かう途中、私は奇怪な声を聞いた。その声はどこかで聞いた事のある声だった。そういえば祖父の声に似ている。

 私は振り向いた。だが、そこに祖父の姿はなかった。


 待合室で私達家族は笑いあいながらお菓子をつまんでいた。親戚が周りにいるため大声は出せないが、心からほっとした様子だった。

「そういえばさ」

 急に妹が私の袖を引張った。

「ん?」

「じいちゃんの担当医っているよね?」

「うん」

「じいちゃんが死ぬ前日に医師が注射したってばあちゃん言ってたよね?」

「ああ・・・」

「私さ。その時じいちゃんの部屋の近くで勉強してたんだけどさ。外から誰も入ってこなかったけどなぁ?」

「・・・えっ? 誰も?」

「うん。母さんがうろうろしてたけどね」

「・・・お前がトイレに行ってたとき来たんじゃないのか?」

「なんだよ。アニキのエッチ」

 私と妹は「ははは」と笑った。そして私は理解した。

 母は嫁ぐ前は看護師をしていた。注射の扱いは慣れたものだろう。


 恐らく、死ぬ前日に叫んだ祖父の怒鳴り声は


 私が待合室に行く前に聞いた叫びと似ていたはずだ。




 あれは祖父の



 ・・・悲鳴だったのだ。



 私はお菓子をつまむと口へと運んだ。

 

 待合室に5人の家族の哄笑がこだました。




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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。祖父の存在が一家にとってどのようなものであったのか、共通して疎んでいた部分がどこにでもいる家族の闇を現し奥深かったです。  孫が冷静に祖父の死に際を推測していき辿りつくのが良く…
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