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Records of The Enpire

その瞳に映るもの ~Records of The Enpire

 アレクシア・ラングウッド地方空港のだだっ広いターミナルに、二人の女性の姿があった。

 一人はセミロングの黒髪を後ろで一本に束ねた、十代後半ほどの小柄な少女。

 もう一人は、少女のボディガードと思しき、スーツを着こみ、サングラスをかけた二十代半ばほどのショートカットの女性。

 二人とも、黒い髪と瞳を持ち、黄色系の肌。

その出で立ちは金髪碧眼で白い肌のウィオス人の多いここでは、いかにも異邦人という印象を与えていた。

 二人は会話もなくターミナルの中を歩いていた。と言っても互いを拒絶しているわけではなく、少女が興味深そうに周りの風景に夢中になってあちらこちらへと視線が泳いでいるのに対し、サングラスの女性が無言で付き従っているゆえに会話が発生していないだけというのが正しいだろう。

 少女はひたすら物珍しそうにキョロキョロあたりを見回していたが、急に何かを見つけたように一直線に駆け寄り、

「兄様!」

 そう声を上げた。

「明澄……」

 少女の呼びかけに反応したのは、少女の視線の先、ターミナルの中を歩いていた二十代前半といったところの男。

 服装は、いかにも頓着していないと言わんばかりに、洒落っ気のない地味な服装だ。

「どうしたんだ、こんなところで。待ち合わせの場所はここじゃないだろう?」

「すみません、空港なんてなかなか来ませんから物珍しくて……待ち合わせの時間までには、戻るつもりだったんです」

 たしなめるような男の言葉に、明澄と呼ばれた少女は苦笑いで答える。それに対し、男は呆れたような……それでいて慈しみを感じさせるような瞳で、少女を見る。

「ともかく……長旅、ご苦労だったな」

「ありがとうございます。兄様も、お変わりないようで」

「ま、見た目はな」

「……?」

 少女は男のその言いように僅かな違和感の覚えるが、何かいい問いかけが浮かぶわけでもなく。

 男はそんな少女の様子に気にも留めず。

「しかし……最悪のタイミングだな」

「……?」

「今、研究所はかなりゴタゴタしている。できれば、事前に来るのを止められればよかったんだが」

「……そう、なんですか?」

「ああ。詳しい説明は後でするが……」

 男は少し言いづらそうに言いよどむ。

 だが、上手い言い換えが見つからなかったのか、観念したように頭を掻きながら、

「今現在、この近辺は危険地帯と化している」

 そう、言った。


    *


 彼は、自分には何かが足りないと思っていた。

 苦痛と束縛を知り、そこから逃れた今。

 しかし何かが足りない。

 そして気づく。

 この空虚感は、

 それは、彼女がいないからだと。


    *


 北野明澄は、神術の名門・北野家の末っ子だった。

 兄二人に、姉一人。穏やかながら厳格な家庭で北野家の人間として育てられてきた彼女は、純粋に、真っ直ぐな子供として育っていた。

 そんな彼女が、ある日、北野家現当主であり、明澄の父である北野賢一から『お使い』を頼まれることになった。

『お使い』の内容は、北野家の保有する秘奥書を、北野家の人間として責任をもって、兄である北野知樹が勤務する研究所へ届ける、というもの。

 明澄はそのために、学校に公欠届けを出し、最低限の荷物とその秘奥書を持って、三度航空船を乗り換えて、ウィオス帝国の辺境であり実質上の植民地であるニューエッジ連邦国、そのさらに辺境の地であるノースアヴァラルド地方へやって来た……のだが。

「危険地帯って……どういう事ですか?」

 明澄は迎えに来た兄、知樹に案内され、護衛の女性と共に車に乗せられていた。そこで、明澄は改めて先程の言葉の真意を兄である知樹に問う。

 それに対し知樹は、

「ああ。現在この街の周辺に、俺の勤めている研究所から脱走した実験体が潜んでいる可能性がある」

「その『実験体』というのは……」

「人間をベースに作られた生体兵器……術式なしに魔術が使える生体兵器だ」

「人間……って、人間ですか!?」

「ああ。霊長目ヒト科ヒト族のヒトだ」

「……なるほど。だから、こんな本を……」

 明澄はそう言って自分の手元のバックを見る。傍目から見れば普通の小さなスーツケースだが、その中には厳重な術式封印や保護が施された上で北野の秘奥書が収められている。

「ああ。……人体改造について、かなりヤバイところまで踏み込んだあの本は、研究の進展に一役買うだろうというのが、ウチの所長の見立てだよ」

 北野家は、代々学術研究に秀でた家だった。

 そしてその研究と知識の積み重ねの歴史は、さらに様々な事象を解き明かしてゆき、整理し、他の名家の栄光の支えとなった。

 栄誉を求めず、ただ知のみを追求する。

 その歴史の中で北野家は、ありとあらゆる研究と、その記録を残してきた。

 もちろん人道にもとるような研究記録も、ごまんとある。

 今回明澄が運んできた秘奥書は、そのうちの一つだ。

 人の身のまま、人を越えるにはどうすればよいか。

 そのための研究と、その成果の結晶がそこには記されている。

 無論、具体的な方法も。

 その危険性から、この秘奥書には、本自体に北野の者の手から離れると内容が消失してしまうという術が掛けられている。

 本家の邸宅にある特級品の秘奥書は、この手の原始的なセキュリティシステムが仕掛けられているのだ。

 故に航空便などでは送れず、手荷物として北野本家の人間が手に持って歩かねば、本そのものの移動が不可能であった。

 たかだか本一冊のためだけに明澄がわざわざ此処に来なければならなかったのには、そのような理由があったからだ。

「だが、わざわざ持ってきてもらって悪いが、もう必要ないかもしれない」

「え……」

「今回のごたごたで研究はストップ……それに、この研究自体が前々から危ない橋を渡っていたものだ。今回の件であっさり潰されるかもしれん」

「そう、なんですか」

「研究員の細胞を使って人造人間を作り出し、それを兵器として実用化を目指す研究……常識的に考えてこんな研究が未だに続いている方がおかしいんだ」

「それは、確かに……」

 明澄も、今兄の口から直接聞かなければ笑い話だと言って信じなかっただろう。今だって半信半疑なのだ。

「ともかく、しばらくは情勢がどう動くかは全く読めない。おそらく、実験体が捕まるまでは」

「では、私の帰宅も……」

「状況次第といったところだな。可能なら明日、何人かの護衛を付けて送り返すことも考えている」

 その言葉でわずかに明澄の心は安堵を覚えるが、すぐに兄のことに思い至り、暗鬱な気分になる。

 ……自分の安全を保証されただけで、こんなに喜ぶなんて。

「それと一応、念のためだが、護身用に符を何枚か渡しておく。内容と、使い方を確認しておけ」

「護身用、って……」

 明澄が知樹から渡された和紙の束は、明澄も見慣れた『符』……自分たちが幼少の頃より慣れ親しんだ、魔術とは異なる技術体系に属する術、『神術』の発動を簡便に行うための儀式用の道具である。

「今ここでは、本当に何があるかわからん。念には念を……だ」

「わかり、ました」

 兄から渡された、その和紙の束。

 わずかな重みしかないそれが、明澄にはとても重たく感じた。


    *


 明澄たちの車が研究所に着いたのは、昼過ぎだった。

 山中にある物々しいゲートは、守衛と運転手の二、三言の会話で開いたが、こういう建物にありがちなように、建物に着くまではさらにそこそこの距離を要するのだった。

 ゲートを通過してからさらに数分の間、山道を車で登り、ようやく研究所の建物へと到着した。

「わぁ……」

 明澄が車から降り、見上げた研究所の外観は、質素とはおおよそかけ離れた威容を誇っていた。

 飾り気こそないが、その建築には惜しみなく資金が投入されたことが見て取れる。

 だが、その各所には所々生々しい破壊の跡が見て取れた。

 特に正面玄関の、自動ドア含めガラス張りだったはずの吹きさらしなどは、わかりやすい例だと言えるだろう。

「行くぞ。こっちだ」

 知樹は車から降りると、そう言ってさっさと行ってしまう。明澄も兄に遅れぬよう素早く後を追い、建物の中に入る。

 そんなぶっきらぼうな兄の態度に、明澄は唐突に昔のことを思い出した。

 ……そういえば、兄様は昔からああでしたっけ。

 姉である理佳や上の兄である学と違い、知樹はどこか明澄へは一線を引いていた。

 一線を引くというより、兄や姉が明澄に付きっきりで、知樹とはあまり話さなかった、というのが正しいだろうか。

 たまに話しても、どうにも知樹はこのようにぶっきらぼうでつんけんした態度を取ることが多かった。

 明澄は、そんな知樹が苦手であったが、ある時に、それが兄の不器用さから来るものなのだと気づいてからは、明澄は、そんな兄の態度を見るたびに。

 ……兄様だなぁ。

 と、そんな微笑ましさに似た感情を抱くのであった。

 そんな兄の後ろに付いて、ガラスのなくなった、歪んだ枠だけとなった正面玄関から建物の中に入る。

 見回すと、建物の中は、同様にいくらか損傷の跡が見受けられた。

 ドアがはまっていたであろう枠。衝撃波のようなもので抉られ、めくり上がった壁紙。そして、所々に被せられたブルーシートが生々しさをさらに際立たせていた。

 ……ひどい。

 一体この場所で何が起こったのか、と明澄が想像を巡らせていたとき。

「や、トモキ。今帰り?」

と、ウィオス語を話す女性の声が明澄の耳に飛び込んできた。

 声の方に振り向いてみれば、そこに居たのは白衣を着た金髪の女性。

「ああそうだ。今帰った」

 兄が自らの母国語で彼女に答えたのを見て、明澄は自分が翻訳魔術を起動していなかったことに気づき、慌ててポケットから手帳を取り出す。

 ページを捲り、そこに書かれてある魔術式に目を通し、魔術を『認識』。自らの意識を媒介に、精霊へ術を伝達し起動。同時に術を行使するために必要な魔力を精霊から集中させる。

 すると、

「ってことは、そっちの子は……運び屋さん?」

 翻訳の魔術式が適正に展開され、女性の使うウィオス語に重なって、頭の中に直接意味が飛び込んでくる。

「ああ。……紹介しよう、レイチェル。妹の明澄だ」

「はじめまして。北野明澄と申します」

 兄の紹介に、明澄は慌てて兄の前に出、小さくお辞儀をする。

「はじめまして、アスミ。私は知樹の同僚でレイチェルって言うの。レイチェル・フロックハート」

 対して、レイチェルと呼ばれた女性は人懐っこい笑みを浮かべ、手を差し出した。

「よろしくお願いします。レイチェルさん」

 明澄も彼女の手を取り握手。

「うん。こちらこそよろしく。……それにしても、ごめんね。研究所がこんなんで」

「いえ……まあ、運が悪かったと思って、諦めます」

「あはははっ。人間諦めが肝心だよね」

 邪気の無いレイチェルの笑みに、明澄は苦笑いで返す。

「でも、トモキたちの家も容赦ないね……こんな小さな子を運び屋にするなんて」

「人手が足らなかったそうだ。俺もあとで文句を言うつもりだよ」

「人手ねぇ……」

 そう言いながらレイチェルは胡散臭そうな目で明澄の手にしているスーツケースに目をやる。

「あ、あの……」

 しばらく無言。そして、唐突にレイチェルが一言。

「へぇ……いいにおいがする」

「いいにおい、ですか?」

「うん、ヤバそうないいにおい……なるほど、だから妹ちゃんじゃなきゃダメな訳だ」

 そう言って、愉快そうに――見る側からはどこか背筋が冷えるような笑みで、そう言った。

 その言動から、スーツケースの中のものが何かを正確に見抜いたようだった。

 ……封印から漏れ出る力なんてわずかなのに。

 その事にわずかながら驚きを感じる明澄。

「ま、この事件が片付いたら、どんなヤバイ代物だったか聞かせてね、トモキ」

「あいよ。……じゃあなレイチェル。」

 そう言って知樹はレイチェルに手を振り、目的地へと歩き出す。

「じゃねー」

 レイチェルもそれに応え、明澄はそんな彼女に小さくお辞儀をした後、早足で去っていく知樹の後を追った。


    *


 カツンカツンと、リノリウムに響く複数の足音。

 明澄も知樹も、しばらくは無言のままだったが、

「で」

 唐突にそう言いながら、後ろに振り向く知樹。

「何でお前が付いてきてるんだ」

 そして、そう言いながら知樹はびしっと指を突き出す。

 ――何食わぬ顔で付いてきていたレイチェルに向かって。

「だって、暇だし」

「仕事は?」

「ウチは7th(セヴンス)の封印処理を終えたから開店休業中。5th(フィフス)のチームは対策処理に大わらわだけど、参加しても邪魔っぽかったんで」

「ならチームメンバーと雑談でもしてきたらどうだ」

「連徹でまだ寝てる」

「何でお前はそんなに元気なんだ……」

「世界の神秘だよね」

「なら自分で解き明かしてこい狂魔術学者(マッド・マギニスト)

「種明かしをすると、実は私は作業中何度もお昼寝をしてたのでした」

「…………はぁ」

 知樹は無言でため息。

「お前の暇つぶしに俺らを使おうとするな」

「ち……バレたか」

「……今の流れで隠しきれていたと思う方がおかしいだろう」

「やあん。私の隠しごとが何でも解るなんて、それってひょっとしてプロポーズ?」

「どこをどう考えたらそこに行き着く!?」

「いよっし、ナイス反応。じゃ、多少は楽しめたんで私は行くね」

「…………さっさと自分の持ち場に戻れ」

「ん。寮でお昼寝でもしてくるよ~」

「そうしてこい暇人」

 疲れた顔でヒラヒラと知樹が手を振ると、レイチェルは会釈を返した後、心底楽しげに軽い足取りで元きた道を戻って行った。

 レイチェルの姿が見えなくなったのを確認して、明澄は素直に一言。

「なんか、すごい人ですね……」

「まあ、ここにいる奴はみんなどこかネジが飛んでるからな。大体あんなもんだ」

 ……ここにいる人は……

 明澄はふと気になり、訊ねてみることにした。

「兄様は大丈夫なんですか……?」

「さぁな。あんまり自信はない」

「えええ……」


    *


 書物の引渡しの儀式を終え、明澄は、今日は休むようにと言う兄の言葉に従って、女子研究員寮に貸し与えられた一室で体を休めていた。

 することもないので旅の疲れを取るために昼寝でもしようかと思っていたが、予想に反して一向に眠気は訪れない。

 仕方が無いのでベッドで寝転びながら兄から渡されていた符の検分をしていたところ、木製の戸を叩く硬質な音が静かな室内に響き渡った。

 ……来客ですか?

 兄だろうか、と思いながら明澄は符を懐に仕舞い、ベッドの脇で靴を履き、扉を開ける。

「はい?」

「やっほー、妹ちゃん」

 扉を開けたそこに居たのは、完全に予想外の人物だった。

「え……と、レイチェルさん? どういう御用で……?」

「突然だけど、研究所の中、探検したくない?」

 突然過ぎる申し出だった。

「え……」

 呆気にとられる明澄に、レイチェルはまくし立てるように続ける。

「いま暇よね? だから、暇つぶしになればと思って。面白いものいっぱいあると思うよ。それにそれに、お兄ちゃんの仕事場とか見たいでしょ? 見たいよね? よねっ?」

「え、でも、機密とかあるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。君は、トモキの妹でしょ?」

「はい。……それが?」

「なら、君は帰ってから、ここで見たものを見なかったことにできるよね?」

 その言葉の意味。

 それは、ここにあるものは決して世の中に出してはいけないものであるということ。

 そうなればここで働く人間全てが社会的立場を危うくするということ。

 そして……当然にその中には兄様も含まれるということ。

「……ええ、それは」

 さすがにそこまで思慮が至らないほど明澄も子供ではない。

 頷く明澄に、レイチェルは満面の笑みを浮かべると、

「オッケー。じゃあ問題なしだ。ではしゅっぱーつ!」

「え、あ……わぁ!?」

 置いてけぼりの明澄の手を引き、レイチェルはそう言って、さっさと歩き始めたのだった。


    *


 レイチェルの口車というか勢いに乗せられ、二人で並んで女子研究員寮の外に出、研究所に向かう途中。

 明澄はその突然の展開に頭が付いて行かなかった。

 ……無断で見学とか、いいんでしょうか。

 明澄が口外しなければいいとは言われたものの、外様である自分がそこまで信用されるというのも変な話だ、と明澄は首を傾げる。

 だが、きっと自分の考えているような理由ではないのだろうな、と、先ほど……というか出会ってからわずか数分間の間だが、その強烈なキャラクターを見て、明澄は直感していた。

 ……きっと彼女の中では何かしら筋の通った行動なんでしょう。

 明澄の想像もつかないほど複雑かつ遠大な思索か、逆に単純すぎる論理かは分からないが、ともかく多分一生かかっても理解出来ない類の思考の末に大丈夫ということになったのだろう、と明澄なんとなく納得。

 折角なのでこの機会に気になることでも聞いてみることにしよう、と明澄は前向きに考え直し、レイチェルに問いかける。

「あの……この研究所で起こっている事件のことなんですけど」

「うん、何かな?」

「今、どういう状況なんですか? 人間型の生体兵器が逃げ出してまだ見つかってないということだけは聞いているのですが……」

「そだね。今のところは、そこから進展なしだね。逃げ出して見つかってませんと。盗み聞きソースの不確定情報を足すと、今のところ異端監察官の人たちは街の周囲を探してるみたい」

「異端監察官……というと?」

「あれ、知らない? 異端監察委員会所属の監察官。帝国魔術省お抱えの実働部隊で、帝国の管理下にない『異端』の魔術士を滅ぼすための、対魔術士用の戦闘訓練を受けた物騒な人たちの事なんだけど」

「あ、名前だけなら聞いたことがあります。派手に大立ち回りをやったときにとか、たまにニュースで流れますよね」

「そだね。まあ私も直接見るのは初めてだし、そんなに深くは知らないんだけど……ま、魔術士犯罪専門の魔術士警察官、って言えば分かりやすいかな」

「警察官……ですか」

「ま、警察に比べれば結構過激な人たちみたいだけど……魔術士が暴走すると、被害は一般人の比じゃなくなるからね。仕方ないといえば仕方ない」

 それは確かに、明澄も思う。

 どのようなものかは知らないが、『生体兵器』と呼ばれるほどのものを止めるならば、軍の特殊部隊か、異端監察官のようなとんでもない人間を呼んでくる以外に対処できる方法はないだろう。

 魔術犯罪は、一度起きればその規模は凄まじいものとなる。一般人が大量の銃や爆薬を持ち出すよりも遥かに厄介な犯罪を、たった一人で、赤子の手をひねるかのようにやってのけてしまう。

 魔術のシステム化、汎用化が進んだ現代においても、魔術士は未だに人智を越える力を使う者であり、希少なスペシャリストなのだ。

 それを止められるのは、同様に魔術に精通した人間でなくてはならないだろう。

「で、まぁこの物騒な事態を収めるべく、物騒な人たちが街やら野原を駆け回ってる状態ね。しばらくは、監察主査官と巡視員は街の方に宿泊しているみたい。研究所には補佐官が残ってて、研究所で何か今回の事件について新事実が判明したときに連絡を取る役目とか聞いたな」

 さらに、主査官は実働トップで、今回の事件の捜査の指揮を執っている人だとレイチェルは続ける。巡視員は下っ端で、補佐官が名前の通り主査を補佐する役職だ、と。

「ま、上から順番に実力で並んでると思えばいいらしいよ。結構キッツイ実力主義みたいだから」

「……なるほど。それで、宿泊されている街というのはどのあたりですか?」

「空港よりも、もうちょいこっちに近いあたりかなー ともかく、監察官の皆様は5th(フィフス)……これは実験体のコードネームなんだけど、そいつが人間の集まる場所に行くか、それとも研究所から可能な限り離れようとするかの二択だと踏んでるみたい」

 ……5th……名前ではなく番号ですか。

 製造番号か実験プランの名称かは解らないが、そういうことなのだろう。

 おそらく生身の人間を改造したものであろうそれに付ける名前としてはあまりに無機質で、明澄は、その名称にどこか空寒いものを覚えた。

 だが、明澄はひとまずその感覚を心の中に押し込め、気になった点を聞き返す。

「研究所から遠くに離れるというのはともかく、人間の集まる場所というのは?」

「脱走した、ということは自我が芽生えたということ。一人の人間として自由に生きていたくなったのではないか、という推論に基づくものね。実際街の近辺で5thに行使されたと思しき魔力の残滓が確認されたらしいし、結構いい線いってる推理なのではないかと」

 ……人間になりたい、ですか。

 そこまで分かっていながら、何故平気で道具として扱えるのか、と明澄の思考はまた疑心に囚われる。

「ま、ちゃっちゃと捕まって片付いて欲しいもんだけどねぇ」

 まるで人事のように語る彼女に、明澄は違和感を感じずにはいられなかった。


    *


「はい、ここが5thにズタボロにされたエントランスです」

 研究所の正面玄関に到着してからレイチェルは大仰な仕草をもってそう言った。

 明澄にとっては二度目の正面玄関。その様子は先程見たものとさほど代わりはない。

「…………」

「正面のガラス張りの美しい玄関は全部吹き飛ばされ、大理石の床は衝撃でひび割れ、植木は鉢植えごと根こそぎにされた感じの、力技で飾り付けた超前衛的なデザインが光りますね」

「…………」

 レイチェルの説明に付け加えるなら、エントランスはさらに立ち入り禁止のテープやブルーシート、そして最初に明澄が見たときには気付かなかった、乾いて黒ずんだ血痕がさらにアクセントとして配置されている。

 そのまま、傷害か殺人の事件現場だった。

「妹ちゃん妹ちゃん。ここ笑うとこだから」

「笑えないです……」

 さすがにそんな光景をネタに出来るような強靭な精神力を明澄は持ち合わせていない。

「むぅ……んじゃま、とりあえずこの施設の概要をサラッと説明しようか」

「あ、じゃあお願いします」

「この研究所は地上三階・地下三階の建物だね。一階が応接室とか会議室で、二階がみんなのたまり場ことそれぞれの個人研究室。三階はお偉方の執務室とか」

「……地下には何が?」

「地下は、一階が資材置き場、二階が実験場、三階が大規模研究設備。だいたいヤバイものはこっちに全部詰め込んであるね」

『ヤバイもの』

 その言葉が何を指すか、明澄にはすぐに解った。

「ま、そんなんなので一階はいい感じにズタボロなのです。そこの会議室とか床から大穴開いてるしね」

 そう言ってレイチェルは奥の一室を指さした。

「…………」

『5th』と呼ばれる実験体がやったのだろう。

 この研究所から、逃げ出すために。

「では、次の場所に行きましょー」

「次って、どこですか?」

 ふふん、と少し自慢気に胸を張ると、レイチェルはこう言い切った。

「もっちろん、トモキの仕事場よ!」

 ……………………

 …………

 ……

「帰れ」

 訪ねて五秒。

知樹の個人研究室から、二人は速攻で追い返された。

「……まったく、あの堅物は。妹ちゃんが来たっていうのにそっけないんだから」

「あははは……」

 ……原因は間違いなく貴女です、とは口が裂けても言えない明澄だった。

「じゃあどうしようかな。次は……」

 レイチェルは少し考える素振りを見せ、そして、

「地下に行こっか?」

 本日何度目かのいたずらっぽい笑みを浮かべ、レイチェルは言った。


    *


 一階の隅、損傷のないエリアに、その階段はあった。

「例のドタバタでエレベーターは停まっちゃってるからね」

 そう言いながら先導して階段を降りるのはレイチェル。明澄はその後ろから無機質な階段を、靴で踏み鳴らしながらついて行く。

 正直、ロクでもない研究だというのは明澄には十分に伝わってきているし、わざわざ見ることもないと頭では理解していた。

 だが、知りたかった。

 ……兄様が、ここで一体何をしているのかを。

「着いた。地下三階。だいたい面白いものはここにあるよ」

 そう言いながら重い鉄製の扉を解放する。

 そこには、不気味なほど白い空間が広がっていた。

 真っ直ぐ続く廊下は、白い壁紙で白い床の廊下を白い蛍光灯が照らしていた。

「こっちこっち」

 廊下の左右には幾つかカードキーの付いた扉らしきものがあったが、レイチェルはそれらに目もくれず直進。

 明澄も遅れぬように付いてゆく。

 途中、建物の中央らしき場所にある十字路を右折し、大きな鉄製の扉を開けると、

 ――そこは、吹き抜けだった。

 正確には、設計者の意図しない形での。

 何者かの圧倒的な暴力によって、天井をぶち抜かれた場所。

「ここが、『アルタード』の調整室……この研究所の設立理由にして、主要研究課題よ」

 そして大小様々な機材の中でも、ひと際目を引くのは、幾つか並んでいる円筒型の水槽。

 そして、その中には――

「人間……?」

 明澄の目の前の水槽には、目を閉じた幼い少女が浮かんでいた。


    *


「これは……」

「実験体七番。通称7th(セヴンス)。私の研究チームの担当個体ね」

「7th……」

 ……そういえば、逃げ出した実験体の名前は5thって……

「女性型モデルの四番目の個体で、肉体の成長度は今のところ大体六歳ぐらいってとこかしら。女性個体の初の安定運用が見込めそうだったんだけど、今は5thの事件もあったし計画は凍結中。同じように暴走しないように、ジャマーを血中に混ぜ込んだりしてるね。あ、ジャマーっていうのは、改良して付け加えた部分を不活性化させたり、精霊とのコンタクトを集中して行えないようにするアレコレのことで、それを血中にぶち込むことで精霊との接続を限定して、扱える魔力量を低下させるって仕組みね」

「…………」

 心底楽しそうに、立て板に水を流すように話し始めるレイチェル。

 その内容は、とてもじゃないが、普通の人間が聞いていて気分のいい類のものではなかった。

 ――人間を、純粋に実験対象としか見ていない。

 明澄は、楽しげに語られる、そんな彼女の話を聞きながら徐々に気分が悪くなってくる。

 ……この人は――心底、自分の研究が楽しくて、それを得意げに話しているだけなんですね……

 対象が人間であるという禁忌など、どこ吹く風といった様子で。

「ま、5thが魔力封鎖液の中からどうやって逃げたかもわかってないんだから、ぶっちゃけ対策なんか打ち様がないってのが本音なんだけどね。ジャマーも気休め程度にしか効かないんだろうけど、ま、ないよりマシって奴かな。また暴れられて逃げられてもこま――」

「レイチェルさんは……」

 そして、明澄はレイチェルの言葉を中断した。

「ん?」

「こんなことをして……何とも、思わないんですか?」

 頭では理解していたことをあえて口にして問う。

 それは半ば、あてつけだった。

 どんな答えが返って来るかなんか解っていたのに、そう問うことで、彼女を糾弾しなければ気が済まなかったのだ。

 だが、明澄の予想に反して、その真剣な明澄の目を見、言葉を聞いたレイチェルは、あちゃーと頭を押さえ、

「……ごめん。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった」

 そして、心底申し訳なさそうな苦笑を浮かべ、そう謝罪した。

「え……」

 そんな彼女の態度に驚いたのは明澄の方だった。

 ……てっきり開き直られるとばかり思っていました。

 どうせ平行線なのに、我慢できずに言葉にしてしまった、感情的な言葉に、彼女は本当に申し訳なさそうに、

「そっか。君は本当に普通なんだよね」

「本当に……って?」

「知樹の妹だし、あんな本を持ってきてたから、てっきり壊れちゃってた子だと思ってた」

「…………」

「私はもうとっくに壊れちゃってるから、もう取り返しはつかないけど、妹ちゃんはそのままで居るのがいいよ」

「…………」

 彼女の言葉。それは、確かに一線を越えてしまった人間の言葉だった。だが、確かな優しさもあって……

 だから、明澄は彼女に聞いてみたくなった。

「じゃあ……ひとつだけ教えてください」

 明澄が、一番知りたかったこと。

「兄様は……壊れてしまいましたか」

「…………微妙な質問だね、それ」

「否定はできない、と?」

「本当のところは本人に聞かなきゃ解らないだろうけど……普通に考えれば、こんなところにいて正気でいようとしたら、ぶちきれて暴れだすと思うな」

 そういう人間も結構いたしね、とサラッと答えるレイチェル。

「じゃあ……」

「ま、多少は慣れたんだろうけど……知樹が研究に関して楽しそうにしてるところは、見たことはないよ」

「……!」

「それだけは本当」

「ありがとう、ございます」

 それだけ聞けたのなら、十分だった。

 ……兄様は、変わってしまっても、やっぱり兄様なのですね。

 それが解っただけでも、明澄は救われた気がした。


    *


彼は、ようやくここへ帰ってきた。

一度は逃げ出した場所。

本当なら二度と近寄りたくない場所。

「おい、お前! ここは一般人は立ち入り禁止だ」

「汚ねぇ身なりだ……乞食じゃねぇか? こいつ」

 だが、ここには彼女がいる。

 一緒にいなくちゃいけない、大切な彼女が。

 もはや、彼の思考にはそれしか無かった。

 ……邪魔なモノをみんな壊して、彼女を助けだす。

 力の使い方は解っている。さんざん『実験』とやらで使わされたからだ。

 そう。

 力を意識し、イメージ通りに叩きつける。

 ほら、それだけでうるさい奴らは簡単に、壊れた。


    *


 瞬間、研究所に居た魔術士は、全員がそれを知った。

 精霊の持つ力の揺らぎを感じ取る力。霊感とも魔術感覚と呼ばれる感覚。

 古くは第六感と呼ばれたそれが、その瞬間、大きな揺らぎを感じたこと。

 そして、それが。

「5th――?」

 モルモットの反逆の狼煙であったことを。


    *


 明澄が、どこか遠くで大きな力の揺らぎを感じた瞬間、今まで和やかだったレイチェルの雰囲気が豹変した。

「うそ……」

 レイチェルは一言だけそうつぶやく、一切の動きを停止。

 静かに、耳を済ませるように目を閉じ、そして、

「妹ちゃん! こっち!」

 直後、明澄の手をひったくり出口へ向かって駆け出した。

「え、ええ!?」

 事情を飲み込めていない明澄は、レイチェルの行動に全くついていけず、何も解らずにただ手を引かれながら、こけないように付いて行くので精一杯。

「一体っ……なんなんですかっ!?」

「詳しい話は後で知樹に聞いて! 今はとにかく走って!」

 扉を開け、階段を駆け上がり、一階に帰ってくる。

 二人して息を切らせ、一息ついてからレイチェルが再び早足で歩き出したとき、そこに、

「明澄!」

 息を切らせた知樹が駆けつけた。

「兄様? ってひゃう!?」

 と同時に明澄はレイチェルに背を押され、知樹の方に押し出される。

 知樹はまるで図っていたかのように明澄を受け止め、しっかりと抱きしめた。

「あの、兄様一体……」

 突然の二人の豹変ぶりについていけない明澄は、ただただ呆然とするばかり。

「私は万が一のために7thに付いてるわ。知樹は9thをどうする?」

「アレはまだ準備段階だ。危険もないし、万が一事故に巻き込まれても惜しく無いさ」

「了解。じゃあ、ちゃんとお姫様の側にいてあげなさい」

 明澄には全く与り知らぬ場所で交わされるやりとり。

 ……一体どういう事なんですか。

 ただならぬことが起こっていると……それだけしか解らない。

「言われなくともそうするさ。じゃあな……幸運を」

「ええ。幸運を」

 そう言ってレイチェルは白衣をなびかせ、再び地下に駆け下りていった。

「一体、何が……」

 明澄は頭がついて行かずに、思わずつぶやいた言葉に、隣に居た知樹が答えを返した。

「考えうる限り最悪に近いシナリオだ」

「……え?」

「5thが、この研究所に攻撃を仕掛けてきた」


    *


「5thだ!」

「襲撃ってどういう事だ!? 逃げ出したんじゃなかったのかよ!?」

 絶え間なく交わされる所内でのやりとりを聞きながら、異端監察委員会所属、監察補佐官であるエディ・ブロッケンは手早く戦闘準備を済ませていた。

 戦闘用に編纂した自らの魔術書。そのデータが全て詰まった個人魔術支援装置……通称PMAと呼ばれるその装置の電源を入れ、起動プロセスを手早く済ませる。

《魔術士エディ・ブロッケン 編纂(コンパイル)A・戦闘用途魔術書『秩序(システム)』 全術式をロード 支援待機状態》

 脳内にテレパスを応用した人工音声が響き、幻術を応用したデータウィンドウが視界に表示される。

 エディはその中から常駐魔術のうちいくつかを選択し、起動。

《『秩序』第三章一節一項 フィジカル・アシスト 同章二節二項 オーバーラップド・レジデント・ディフェンス 術式展開》

 基礎身体能力の向上。常駐型魔力防護壁の複数展開――

「――グランデ主査がいないなら、仕方がありません」

 主査には既に連絡はした。この研究所は機密保持の為、かなり街から離れた場所にある……車を飛ばしてもおそらく到着までは十五分はかかるだろう。

「十五分……稼いでみせましょう」

 ……やらなければなりません。『異端』のことごとくからこの帝国を守るのが、自分たち『異端監察官』の使命なのですから。

 その決意と共に、エディは戦場へと向かった。


    *


「5thの攻撃って……」

 三階にある応接室の一角。研究所の職員の半分ほどが避難していたそこで、明澄は知樹に問い返す。

「5thは逃げ出したはずでは?」

「帰ってきたんだ……理由は全く分からんが、ゲート近くで攻撃反応があった。おそらく警備員とやりあったんだろう」

「そんな……」

「今、監察補佐官と5thの研究チームの生き残りが抑えに向かってる……上手く行けば抑えられるはずだが……」

 兄の言葉には、確たる信頼はないようだった。

「……その人達に、なにか問題が?」

「5thは、どうにも、元来俺たちが用意していた制御用魔術式を解体する方法を覚えたらしい……そして、それに代わる制御術式の構築は、5thの脱走騒ぎの際に主要機材や主要データ類の大半が損傷し十全なモノとはなっていない」

「それって、つまり……」

「ああ」

 知樹は、その顔に僅かな緊張感を浮かべ、

「本格的に、マズイ事になるかもしれない」


    *


 ゲートから研究所まで続く山道。そこで監察補佐は待ち伏せをしていた。

 腕には、警備員から借りたパッヘルベル社製の突撃銃(アサルトライフル)……連射機能を備えた、軍で正式採用されている標準的なライフル銃だ。

 それを構えた視線の先には、ゆっくりと、だが確実な歩みで歩を進める5thの姿。そして、それに対峙する白衣を着た四人の男の姿。

 まだ二百メートル以上離れているはずだが、それでもエディのもとでも背筋が凍るほどの力のせめぎ合いを感じることができる。

 現在、まさにエディの視線の先において、5thの担当研究員が総がかりで制御術式を打ち込んでいる。

 そして、もしも万が一彼らが失敗すれば自分が5th狙撃し処分する手はずだ。

 ――どれだけ強力な個体でも、人間をベースにしている以上、不意打ちには弱いはず。

 研究員からのアドバイスに基づき、茂みに隠れ、常駐魔術として、隠蔽術式も同時展開している。動きさえしなければ、そこに魔術士が居るとは感じさせないはずだ。

 エディは、じっと戦況を見る。

 四人の研究員は、協力して幻惑や意識撹乱、魔術封鎖などを複合した大規模な制御術式を展開し、それによって5thを抑えこもうとしている。

 ――四人分の魔力ならば、5thと正面からやりあえるはず。

そう考えて打った手だったが、予想通り魔力量では四人が5thを圧倒できている。

 術の流れが5thを包み込むように展開。このままの流れで包み込めば、いくら魔力の化物といえども、封じきれるはず――

 だが、エディたちのその期待は、儚い期待に過ぎないと、知らされることになった。

「な――っ」

 もう一歩で封印が完了すると思った瞬間、力押しで、術式が引き裂かれた。

 魔力に押しつぶされたのではなく、術式そのものが分解され、その構成を失った……そうとしか表現しようのない現象が起き、5thを封じるために創りだされた術式は、あっさりと崩壊した。

 そして、形成の逆転から決着までは刹那。

 突然の出来事に戸惑う四人の研究員は、瞬く間に5thの手によってミンチとなった。

「くそ――!!」

 研究員の死を認識したと同時に、エディはPMAにアクセスし、攻撃態勢に移行する。

《『秩序』四章二節二項第二定義 エンハンスド・バレット ロングレンジシフト 術式展開》

 ライフルを構え直し、弾丸の飛距離と命中精度、威力全般を強化する魔術を展開。

《並列展開 『秩序』二章二節一項 シャットアウト 術式展開》

 そして、さらに保険として対象の術者の精霊との接続を切断する魔術を同時に展開。防護フィールドを無効化し、狙いを絞る。

 スコープなしの狙撃だが、魔術による身体能力強化と認識強化により、この程度ならばエディには十分当てられる距離だ。

 ……喰らえ!!

 引き金を引き、発砲。

 魔術によって強化された弾丸は、真っ直ぐ5thへ突き進み、

 ――いとも簡単に、消えたはずの防護フィールドに弾かれた。

「な――!?」

 ……弾かれた、だと!?

 魔力封鎖(シャットアウト)により魔術的な防護フィールドを無効化し、万が一再展開されたときのために、その魔術防護をも貫通させるべく弾丸の強化までしたというのに、それがいとも簡単に弾かれた。

 5thは、制御術式を解体と同じ方法で、魔力封鎖(シャットアウト)の術式を展開し終わるまでの僅かな時間で解体し、弾丸を防御する防御フィ

ールドを再展開したのだ。

 だが、そんな速度で状況を認識出来るなど、物理的にありえない……ならば、導きだされる結論はひとつ。

 ……まさか、初めから私に気づいていた!?

 隠蔽状態にあったにもかかわらず、5thは事前にエディの存在に気づいていたのだ。

「くそっ……化物が!」

《『秩序』第四章三節一項・パーソナル・ディフェンス 術式展開》

 エディは瞬時に臨戦態勢にあったPMAにアクセスし常駐防護術式に加えて通常防護術式を展開。

 直後にその場に殺到した5thの反撃の衝撃波をと直角に、横っ飛びで茂みに飛び込んだ。

 その背後を巨大な魔力により現出した衝撃波が駆け抜け、木々をなぎ倒し地面をえぐる。

 エディは飛び込んだ勢いのまま受身をとりながら一回転し、状況を確認。

 防護術式により展開された身体全体を覆う魔力の膜が、その余波だけで限界近くまで損耗したのを見て、エディは背筋が寒くなるのを感じた。

「かすめただけでここまで削られますか……なんてバカげた威力だ」

 紙の上で情報として敵の資料を読むのと、実際に敵に相対するのとでは、全く異なる。

 エディは、異端監察官の仕事を経てそれは分かっていたつもりだった。

 だが、

「生半可な覚悟では、敵わない相手ということですか」

 この一瞬で理解した。

 頭の何処かでは、『いつもの案件』とさほど変わらないつもりだった。

 だがこれは……この敵は、チンケな犯罪に手を染めた野良術士とは格が違う。比べることすらおこがましい。

 あれは、兵器だ。

「生体兵器……『アルタード』!」

 ……全く、なんという厄介なものを。

 こんなモノが制御され戦線に投入されれば、たしかに陸戦の様相はガラリと変わるだろう。一瞬やりあっただけでもエディは直感でそう理解した。

 ……ですが、

「人間に制御ができないのならば――」

 急速に距離を詰めてくる5th。

「ここで……スクラップにさせて頂く!!」

 対するエディは、再度ライフルを構え、

《『秩序』四章二節二項第一定義 エンハンスド・バレット》

発砲。

――そして、戦端は開かれた。


    *


 エディは5thの猛攻にジリジリと押されながら、戦闘は雑木林の中から、既に研究所のすぐ正面のロータリーまで移行していた。

 銃は既に弾を撃ち尽くし、破棄。現在は、PMAから攻撃術式を展開しながら5thと撃ち合っていた。

「この――ッ!」

《『秩序』四章一節三項 プラズマ・レイ 術式展開》

 エディは一瞬のタイミングをはかって、魔術により収束プラズマを5thへ照射。だが、あえなく防御され、弾かれたプラズマの奔流はアスファルトを()くのみ。

 直後、5thはエディに向け衝撃波を放つ。衝撃波はアスファルトを引き剥がしながら、障害の破壊を求めて殺到。

エディは防護術式を展開し、直撃を避けながらさらに持てる魔術の中でも貫通力に長けた物を立て続けに放ってゆく。

 だが、ひらけた場所では、防御手段を持たないエディが圧倒的に不利だった。

 回避に次ぐ回避。研究所脇に停めてあった車が衝撃波によりズタズタに引き裂かれ、並木が枯れ枝のように軽く吹き飛ばされる。

 綱渡りのようなギリギリの攻防を続けてきたが、一瞬の判断ミスにより、エディは衝撃に煽られ、態勢を崩してしまう。

「しまっ――」

 魔術によるリカバリーにも失敗し転倒。

 一瞬の間が生死を分ける戦闘において、この隙は致命的だ。

 瞬間の判断。エディは追ってくる5thに振り向き、

「くそぉ――!!」

《並列展開 四章三節一項 パーソナル・ディフェンス》

《並列展開 二章一節七項 フォーミュラ・ディスコネクト》

 防護術式を幾重にも展開しつつ、同時に5thの放つ衝撃波の無力化を試みる。

「うおおおおおぁああああ!!」

 獣のごとき5thの咆哮。それと共に衝撃波が殺到する。

 それに対し、エディは被弾寸前に衝撃波の無効化を試みるが、圧倒的な魔力の差で威力を半分も減衰しきれない。

「ぐ――っ」

 その攻撃をエディは防護術式で受ける……が、

 防護を抜かれ、顔を庇った両腕が粉砕骨折する。

 さらに衝撃波のままに身体を宙に持って行かれ、正面玄関から研究所内へと突っ込み、エントランスの受付台に叩きつけられた。

「か――――ぁ!?」

 あまりの激痛に、声を失うエディ。

 意識はなんとか持ちこたえさせたが、もはや戦闘出来る状態ではない。

 エディは通路からこちらに迫ってくる5thの姿を視認する。

「く、来るな……」

 ……トドメをさしに来た。

 そう認識したエディの頭は、一瞬で覚醒する。

 恐怖に染まった思考は、痛みも何もかも振り切ってクリアに。ただ、生存本能に従って、残るありったけの力を振り絞り――

「来るなぁあああああ!!」

 切り札を、切った。

《『秩序』四章最終節……グラビティ・クラッシャー 術式展開》

 刹那、5thの周囲に魔力によって高重力場が発生する。

 対象を高重力場によって圧潰させる重力系魔術の基礎にして奥義。異端監察委員会流に組まれたその術は、人体破壊に特化した特別型。

 ――対象を、いかなる手を使ってでも消去すべき時に用いる、最終手段。

「ぐ、が……」

 強烈な圧力は徐々に5thの周囲に展開されていたフィールドごと5thを捻り潰そうとする。

 ……だが。

「うううううううう……」

 獣のような唸り声。

 5thの上げるその声に呼応するかのように、魔力の流れが変わってゆく。

「がぁあああああああああああああああああああ!!」

 そして、咆哮。

 その瞬間、重力場を形成していた術式が、弾け飛んだ。

 そう表現するしかない現象により衝撃波が周囲に撒き散らされ、同時にエディの感覚から精霊を統御していた感覚が強制的に断ち切られた。

 そうして、エディの最後の一撃は、いとも簡単に破られた。

「あ……あああ!?」

《『秩序』四章一節三項 プラズマ・レイ 術式展開》

《同章同節同項 術式再展開》

《再展開》

 恐怖に突き動かされるかのようにエディは魔術を連射するが、そのことごとくが致命傷に至らない。

 そんなエディを、5thは煩わしそうに見ると、

「ば……化物――」

 勢いをつけてエディのもとに駆け寄り腕を構え、

「――ヒィイイイイイイイ!?」

 無様な悲鳴の直後。振り抜かれた衝撃と共に、エディ・ブロッケン監察補佐官の肉体は粉々に消し飛んだ。


    *


「補佐官までやられただと……」

 兄のそのつぶやきにより、明澄は自分の感覚が間違っていなかった事を確信した。

 霊感を通じて感じられていた存在のうち、片方が途切れたのだ。おそらく、補佐官に近い感覚を持つ人間の死という形で。

「くそッ……どういう事なんだよ、一体!?」

「奴の狙いはなんなの……もしかして、私たちへの復讐?」

「じゃあ、こんなところにいないで、早く逃げないと!」

「どこへ逃げるっていうんだ!? 周りは山、外へ出る一本道には5thが居座ってる! ……逃げたところで、俺達が狙いなら、逃げ切れるわけがない!!」

 同じく、応接室に逃げ込んでいた研究員たちにも不安の色が広がる。彼らも魔術士なのだ。補佐官の死は感じ取っていた。

 そして、依然こちらに近づいてくる5thの存在も。

「兄様……私たちは、一体どうすれば……」

 思わず、明澄が不安のあまりにこぼした言葉。それを聞いた知樹は、何かを考え始める。

「……兄様?」

 そんな兄の様子に、疑問を浮かべる明澄。

 そして、数十秒の後、知樹は顔を上げ、

「……よし。俺が奴を食い止める……補佐官が主査に連絡をとっているはずだ。主査が戻ってくるまでの時間を稼ぐ」

「そんな、無茶よトモキ! 奴は化物よ! それは奴を造った私たちが一番良く知っているはずでしょう!?」

 そんな知樹に対し、別の女性研究員が止めに入る。だが、知樹はそれを片手を挙げて制し、

「ああ。だが、それ故に奴の癖も良く知っているし、奴がどういうモノかも良く知っている。やりようはあるさ……明澄」

「は、はい!」

「お前はここにいろ。今からヘタに動いて流れ弾にでも当たって死んだりでもしたら、父様と母様に顔向けできない」

「はい!」

「だが、俺が万が一、5thにやられた時は、すぐに逃げろ。いいな?」

「……分かりました」

「よし。じゃあ行ってくる。この場は頼んだぞ、みんな」

「解ったわ知樹……気をつけてな」

「ああ」

その知樹の後ろ姿を見送りながら、明澄はただひたすらに、その無事を願った。


    *


 5thの移動予測コースからは少し離れた場所。そこに知樹はしゃがみこんでいた。

 ……大口を叩いたはいいが、実際に打てる手はそうはない。

 魔力同士の正面衝突では、とてもじゃないが勝てる相手ではないというのは、実際にやりあわなくても知樹はよく知っている。

 ならば。

「戦いは、騙し討ってこそ……か」

 学者の家に生まれながら、空軍のパイロットとなった戦闘マニアの兄の言葉を思い出しながら、知樹は頭の中で戦術を組み立てる。

 そして、組み上がった時点で知樹は白衣の中に束にして入れておいた和紙のうち五枚を引きぬいた。

「『北野』が奏す――」

 口にするのは、魔術とは異なる技術体系の下に組み上げられた言葉の流れ。

――それは、『神術』と呼ばれる、知樹たちの祖国の独自の術。

帝国で主に使用される魔術とは異なり、精霊や魔力をそれぞれ『神霊』『霊力』と呼び、詩の一節のような『(ことば)』と、特殊な墨で特殊な文字と模様の描かれた長方形の紙……『符』を併用することで術を発動させる。

「形代よ、焔を孕み、霊力(ちから)を宿し、我が身に代われ――」

 知樹はそう詞を(うた)い上げると、手にした符は人の上半身を象った形へと変化する。

「連なり五つ……形代よ――」

 そのまま知樹は同様の符を5枚展開。

 そして、

「さて……せいぜい付き合ってもらうぞ、5th」

 五枚の符を、宙に放った。


    *


 ……時間を食った。早く妹を助けに行かないと。

 そう焦る5thの前に、変わらぬ直感。

 5thは、その直感により、自らに敵意を持つ奴が側にいることを感じ取った。

「邪魔を……するな!」

 正面の十字路の影。そこに隠れている。

 三メートルを一気に駆け寄り、力を込め、

「消えろ――!!」

 十字路の陰に居た敵を消し飛ばそうと、腕を振り抜こうとした。

 瞬間――


    *


 ……かかった!

 一つ目の符が5thに潰される寸前。

 知樹は、(いち)符を通じてその光景を『見て』いた。

 そして、5thが限界まで接近したのを見て――

(いち)符『発破』!」

 知樹は詞を上げる。

 遠く離れた符には届かぬ声も、詞に宿った言霊は遍く存する神霊にその指示を正確に伝え、

 ――神霊の力を得て、符はその指示を実行する。

 爆音。

 そして振動を、知樹は感じる。

 ……よし、次!

 間髪置かず、知樹は自らの意識を、通路を迂回して回りこんでいた『(さん)符』に向ける。そして、それを一気に加速、5thに肉薄させ、

「続けて奏す――(さん)符『発破』!」

 その詞と同時に、同じく爆音と振動。

 5th背後、至近での、物理的な熱衝撃の解放だ。

 壱符と参符。どちらの爆発も直撃であったはずだが、知樹の魔術感覚は未だに敵が健在であることを伝えている。

 この程度では、防護は抜けない。そんな事は知樹も承知の上だ。

 だが、

「……食いついた!」

 知樹の思惑通り、5thは、さらに後方に配置しておいた符の内の一つを術者だと誤認した。

 ……知樹が操っている、人を象った符は、簡単に言えば術者の身代わりである。

それ自体に霊力を宿し、あたかもそこに術士が居るかのような感覚を相手に欺瞞する術である。

 使用者と全く同じパターンの霊力波形を放出しながら、任意かプログラムによって人間の歩行速度を再現しながら浮遊し、移動するこの術。

 これは、特にこのような遮蔽物の多い場所にあって、直接目を使わずに、直感に頼る戦闘で効果を発揮する。

 魔術士や神術士は術を使う感覚……精霊(神霊)の持つ場の魔力の流れを通じ、同じく術を使う人間の場所を感覚で察知することができる。

 だが、遮蔽物の向こうに、魔術士とほぼ同様の感覚を与える移動物があれば……直感でそれを魔術士と誤認せずにいられる術士は、果たして何人居るだろうか。

 知樹はその囮用の術に、さらに知樹は神術士の基本攻撃術の一つである『発破』を組み込んだ。

 これは5thに対し決定的な致命傷にはならないが、5thの精神と肉体を疲弊させる程度の威力はある。

 いわゆる『嫌がらせ』である。

 ――そして、短気で単純な5thは、これを無視することが出来なかった。

 その瞬間、5thは知樹の戦術の掌中に転がり込んだのだった。


    *


「敵……違う!?」

 5thは焦っていた。

 敵が、今までとは違う。

 見えない。どこにもいない。

 なのに、油断すればすぐ的確に爆発が身を焼く。

 威力はさしたるものではない。

 だが、その的確な動きに、5thはずっと側でこちらを見ているような錯覚に囚われていた。

 ……どこだ……どこだ!?

「ええいっ!!」

 見つけ、力をぶつけたそれはやはり紙切れ。

 苛立ちまぎれに手を振ると、放たれた衝撃波からその紙片は粉々に砕け散った。

 だが、瞬間。

「がッ!?」

 また、爆発。

 背後から瞬時に接近してきた紙切れが、爆発したのだ。

 爆発と共に感覚は途切れるが、敵はまた別の場所に増え――

 力をぶつけるだけの――戦いなどというものを知らなかった5thには、この嫌がらせにも近い一方的な戦闘は、想像を絶するストレスを与えていた。

「う……うわああああああああ!!」

 苛立ち紛れに力を開放する。

 だがそれは空を切るばかりで、5thを消耗させていくだけだった。


    *


 同刻。

 応接室の一角で、明澄は小さな違和感を感じていた。

「これは――」

 兄の身を案じ、ずっと知樹の感覚を追い続けていた明澄だったが、ふとその感覚に、ノイズが混じっていることに気がついた。

 複数の感覚……おそらく代わり身の類の符を展開したであろう兄の感覚と、荒れ狂うように渦巻く5thの行使する膨大な魔力。

 ……でも、それだけじゃない。

 神霊達は、明らかにもう一方向、別のベクトルに感応している。

 位置としては、自分たちの直下。レイチェルや他の魔術士たちの感覚に混じって、ハッキリと感じる脈動のような魔力。

 ――魔力を封じるとされる容器から脱走した5th。

 ――急場しのぎの改装は施したとはいえ、同様の容器に封じられていた7th。

 ――そして、5thの存在に呼応するような、力の流れ……

 それらの要素が、明澄の中で立て続けに直結し、

「うそ……」

 確証なき確信へと変わった。

「まさか、7thが――」

 次の瞬間、明澄は立ち上がり、部屋を飛び出していた。


    *


 知樹は、未だ5thを掌中に置き、時間稼ぎに徹していた。

 展開した符のうち、現在は()符を任意操作に切り替え、限定的に視界を共有。

 5thは、衝撃波を放って()符を追うが、知樹は()符を部屋内に逃がすことによって回避。

 5thはそれを苛立った様子で執拗に部屋の中まで追って来る。

 知樹は、5thが部屋の中に入ってきた瞬間を見計らい、

「重ねて奏す……()符『発破』!」

 爆発。

 振動と爆音と共に()符からの感覚が途絶え、次は背後に回しておいた()符へと意識を飛ばす。

 爆発に気を取られている5thの背後に一気に接近させ、

「重ねて奏す、()符『発破』!」

 これも、至近で爆破。

 爆風に煽られて5thが床に倒れ込んだことを、さらに続けて近くに回しておいた(ろく)符からの視界で知り、続けて符を特攻させる。陸符と共に、手近にあった(しち)符、(はち)符もまとめて5thの至近まで接近させ、

「重ね、連なり奏す! (ろく)(しち)(はち)符『発破』!」

 三枚の符をまとめて爆破する。

 通路越しにひときわ大きな爆音と衝撃を感じ、知樹は移動を再開する。

「……よし」

 そして、移動しながら爆破した分だけ符を追加する。

 (いち)から(じゅう)まで、自爆し欠番になった番号に順次符を追加し、展開してゆく。

「『北野』が奏す……()()(ろく)が依代よ、焔を孕み、霊力(ちから)を宿し、我が身に代われ――」

 ダミーが起動するのは五秒後。それだけの時間の間に可能な限り離れ、あくまで『自然に現れた』ように見せかける。

 配置も、廊下を移動しながら可能なかぎりバラけさせ、包囲するように。

「続けて奏す……(しち)(はち)が依代よ――」

 詞と共に同様の符が浮き、五秒の時間を開けた後に半自動で指定の通路を浮遊して移動する。

 そして、さらに待機させていた玖符を追い始めた敵の背後に拾符を回し――

 ……このままなら、いける!


 そう、少しだけ余裕を感じた瞬間、

 ――『叫び声』が、聞こえた。


    *


『―――――――――――――――――――――――――!!』

 明澄がレイチェル達の――7thの下へ向かい、非常階段から地下室に降り、廊下を走っていたところで、明澄の頭に、言葉にならない、絶叫にも似た意志が響いた。

 それと同時に明澄の身体は、知樹の戦闘とは質の異なる、破砕音と衝撃を知覚、そして眼前の通路から、凄まじい突風が吹きつけた。

「う――っく」

 思わず明澄は立ち止まり、両腕で顔をかばう。

 幾つか何かの残骸らしきものも飛んでくるが、幸いながら懐に入れていた防護符により、直接のダメージはなかった。

 三秒と経たずして風は止み……そして、明澄は知覚する。

 力の塊が、そこにあることを。

 明澄は急いで廊下を駆ける。

 十字路を右に。そのまま直進したそこには……紙切れのように引き裂かれた鉄製の扉。

 そして、果たしてその向こうに……彼女はいた。

 実験の為に生み出され、今まで実験道具とされ続けてきた彼女。

 たった6歳の、幼い少女の姿が。

「7th――」

 そして、少女の周囲には死体――そう表現すること躊躇われるような、

 肉片と血の海が、広がっていた。

「――ッ」

 そして明澄はその瞬間に理解する。これが、この場に居た人間たちだと。

「レイチェルさん……」

 明澄はその光景に、壊れていたけれど優しかった、あの女性のことを思い浮かべ、再び7thを見やる。

 返り血を浴びた、全裸の少女は、ところどころ肌に突き刺さったままのチューブの残骸を引きずり、虚ろな目で明澄の方を見ていた。

 ……いや、彼女が見ているのは私ではなく……

 5thか、と明澄が理解した、刹那。

「―――――――――――――――――――――――――!!」

 7thの口から、言葉にならない叫びが駆け抜けてゆく。

 身を裂くほどの、想い。

 言葉を知らない彼女は、言葉を発する術を持たない。

 ただ、叫ぶ。

 自らの祈りを。

 自らの、思いを。

 ――逢いたい――お兄ちゃん。

 そして、その叫びが、祈りが、明澄の心に突き刺さる。

 言葉にならなくとも、術士ならば精霊を通じて『想い』は伝わる――

「痛い……」

 明澄はその叫びを聞きながら思わず胸を抑える。

 痛いほど伝わる、寂寥、そして絶望と希望。

 苛烈なまでの、感情の波。

 ――お兄ちゃん!!

 その激情を前に、明澄の心のなかに、行かせてあげたい。という気持ちが溢れる。

 そして自問する。何故自分が彼女の前に立っているのか。

 彼女を止める権利も義務も、自分にはないのに。

 ……ああ、そうだ。行かせてあげればいい。そうすれば彼女は解放され、この悪魔のような研究も終わる。

 そうなればどんなにハッピーエンドだろうか。

「……でも」

 それでも口にするのは否定の言葉。

 彼女の応援が出来ればどれだけ楽だろう。

 彼女の前に立たなければ、どれだけ楽だろう。

 ……でも。

「私の後ろには、兄様がいます――!」

 感情の波と、矛盾の中で潰れそうになる明澄を、それでもこの場に立たせているのはたった一つ。

 奇しくも、7thと同じ。

 自らの、兄のために。


    *


『声』が聞こえた。

 懐かしい声。

 そして、哀しみに満ちた声。

 ――愛しい、妹の声。

 そして、気づく。

 訳の分からない敵に惑わされ、すっかり自分を見失っていた5thの心は、光が差したかのようにもやが消えていった。

 7thが、そこにいる。

 7thが、呼んでいる。

 ならば、行くしかない。

 そして、それ以外の選択肢はない。

 ――そして、5thの疾走が始まる。


    *


 その叫びは、知樹の脳内にも確かに届いていた。

 ……まさか、7thまでもが……

 明澄は無事か、レイチェルたちは……と不安が一瞬よぎるが、すぐに迷いを断つ。

 どのみち、事態を収拾しなければ妹が危険なのは同じこと。

 だからこそ、今、自分がやるべきことは、監察主査官到着までの間5thをこの場に釘付けにすることだと知樹は自分に言い聞かせる。

 だが、

(いち)符、(きゅう)符『発破』!」

 急に5thの動きが変わった。

 あの『叫び声』から、突然5thが爆発にも、周りの符にも動じなくなったのだ。

 爆発で煽られ、転倒はするが、起き上がりすぐに走りだそうとする。

 まるで、そんなことは些事に過ぎない、とも言わんばかりに。

 そして、今更ながらに知樹は理解した。

 あの『実験体』は、仲間を……きょうだいを助けに来たのだと。

 ……だが、どうする?

 このままでは、三分と経たずに5thは7thのもとへと辿りついてしまう。

 そうなれば、自分一人でこの場を抑えることはより困難になり、最悪明澄を危険に晒すことになる。

 ……それだけは、何としても避けなければ!

(さん)符『発破』!」

 だが、どうやって気を引き続けるか。

 生半可な魔術的攻撃は、5thの体内に埋め込まれたPMAによって自動展開されている防護フィールドにより致命的なダメージは期待できない。そして同様に、PMAの補助により幻術の類は自動でシャットアウトするように設定されている。

 それに対して、知樹が打てる手は――

 ……一つだけ、ある。

 危険な賭けで、成功するかどうかも解らない。だが、

「やるしかない……か」

 やらねば、妹が死ぬかもしれないのだ。是非もない。

「頼むぞ、神々よ――」

 ……罪深い俺達に、一匙の容赦と幸運のあらんことを……!


    *


「――――――――――――――――――――!!」

 再び、声にならない声。

 そして、衝撃波が7thの行く手を塞ぐ明澄に殺到する。

「『反射』――ッ!!」

 明澄は霊感を通じて伝わる殺気に無意識に反応。符を懐から引きぬき、即時起動の詞と共に宙に放った。

 その符は衝撃波に触れた瞬間、その周囲の衝撃波を反射し、敵にそのまま攻撃を返す符……だが。

「く――!?」

 敵の攻撃の威力が高過ぎたために、力を反射しきれず、その場で衝撃が全方位に、無秩序にばらまかれ、明澄の身体は衝撃に流されるままそのまま圧力に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「あぅ――っ!?」

 防護符により衝撃は最小限で抑えられたが、それでも華奢な明澄の身体には、それなりの痛覚とダメージとなる。 

 おそらく、反射の符を挟まなければ、床に散らばっている死体のように明澄の身体もミンチになっていただろう。

 ……一瞬でも気を抜けば、殺される。

 だが、同時に今の一撃で明澄は確信した。

 7thには、5thの持つほどの力はない。そしておそらくは、自分の全力と互角か、わずかに上だ、と。

 レイチェルが言っていた、安全装置が効いているのだ。

 ……ならば、私がすべきことは――

 思考は一瞬。理解は刹那。

 だが、感情を納得させるのに、数秒。

 そして、

「『北野』が奏す――」

 明澄は懐から、兄から渡された最大規模の攻撃神術の符を引き抜いた。

 ――明澄の実力では、7thを生きたまま無力化ですることは不可能だ。

 そして、ヘタに削り合って持久戦に持ち込めば、『符』と『詞』という制限を課された明澄よりも、反射的に力を放てる7thの方が有利になってしまう。

 だから、速攻で全力をぶつけ、削り切るべき。

 ……それでも、殺したくはありません。

 彼女(7th)には、何の罪もないのに。

 勝手な人間によって造られ、勝手にいじくりまわされて。

 ただ唯一、心を許した相手とも再会できず――

「――我求むるは火焔(かえん)の現出。炎熱を(まと)いし朱雀(すざく)が顕現」

 迷いは、詞を紡ぐことによって遮断。ただ、神霊達の息遣いを聞き、力を自分に集めることに集中する。

「ただ全てを灼く、炎熱の翼を(もっ)て――」

そして7thは霊力の流れに、明澄の殺気を感じ取ったのか、瞬時に膨大な力を集める。その発動は瞬間だ。

 対する明澄の判断は刹那。

「中断――『発破』!」

 右手に構えた符の詞を中断し、術名のみで発動可能な即符である発破符を一枚左手で引き抜き、投擲。

 7thの力が開放される寸前に爆炎と閃光によって7thの視界と思考を一瞬奪う。

 そして、

「再奏――」

 再び右手の符を7thへ向け、詞の再開を宣言。そして、

「――我が敵を殲滅せよ! 朱雀炎舞!!」

 明澄は、詞を上げ終えた。

 ――瞬間、地下空間は業火に包まれる。

 たった一人の少女を焼き尽くす、その為だけに。


    *


「……(しち)符『発破』!!」

 執拗に5thを爆破し、動きを鈍らせる。

 何とか彼が暴れまわったエリアにギリギリ押しとどめながら、知樹は手早く周囲に符を配置していく。

 形代を兼ねた任意操作型の発破符は同時に数が使えないため、通常の発破符を使用。学生時代に酔狂な兄に教わった無駄な知識を活かし、爆破力や設置の位置を大まかに計算しながら、発破符を配置していく。

 同時に、テレパスを使い、魔術士の所員に一般事務職員の誘導を頼みながら、速やかに作戦エリアから残っていた所員を残らず退避させる。

 そして、

《大丈夫だ! もうその一帯には誰もいない!》

 その連絡を受け、知樹自身も、魔術士に限るならば範囲内から所員が全員離れたことを感覚によって認識。

「了解だ。協力感謝する!」

 所員の一人に、テレパスで謝意を送ると、知樹は、5thから可能なかぎり距離を取った。

 そして、設置した発破符の全てを認識下におく。

 配置は、おそらく万全。

 ……付け焼刃の知識で、上手く行くかどうかだが――

 一瞬の逡巡。

 だが、知樹はそれを、どのみちやるしかない、と絶ち切り、

()(はち)(じゅう)符、及び二十一連『発破』!!」

 知樹は、配置した発破符、二十四枚をまとめて爆破した。

 破壊の対象は、今までのように5th本人ではなく、建物を支えていた構造物。

 知樹と5thの交戦によって破壊され、崩落寸前だった部分――そこを狙い、完全に破壊した。

 支えを失った大質量に残された結末は、たった一つ。

 ――倒壊。

 支えを失った地上三階の構造物の一角は、一瞬にしてコンクリートの岩雪崩となり、重力に引かれて一気にその高さを失う。

 地響きのような重低音を伴いながら、地面に吸い込まれるように建物はその姿を隠し、同時に大量の土煙をその場に巻き上げ――

 ――三階建て建造物の質量が、そのまま5thの上に落下した。

 崩落が収まり、砂煙が立ち込める中で、安全地帯からその様子を見届けた知樹は、一つ安堵の溜息をつく。

「……何とか上手くいったか」

 これが、知樹の決死の足止め策。

 小手先の術でダメならば、建物そのもので足止めする。

 結果として、知樹が予想していたよりも崩落規模は小さかったが、目標だった5thを巻き込むことはできた。

 だが、

「やはり、生きているな」

 その瓦礫の山の中に5thの力を感じ、知樹は再び気を引き締める。

 ……あの5thが、この程度で倒れるはずは、ない。

 知樹は慎重に瓦礫の山に近づき、懐から最後の切札を抜く。

 そして、知樹は最後の最後の賭けに出る。

「『北野』が、奏す――」

 知樹は、静かに、しかし力強く詞を上げ始める。

 この場に存在する神霊を全て支配下に置こうとするかのように、圧倒的な意志の力を込めた言霊を、周囲に響かせ、

「うぉあああああああああああああああ!!」

 轟音と共に、瓦礫の一角を吹き飛ばして地上に這い出でてきた5thの姿すら、些事に過ぎないと言わんばかりに、その目を閉じて。

「我らが祖神にして、智恵と雷の神よ――」

 ただ、ゆっくりと。その詞を、(あまね)く世界全ての神霊に届けようとするかのように。

()の怒り、(なんじ)咆哮(ほうこう)(もっ)て、我らが敵を誅滅せよ」

 そして、知樹の詞は、

「唸れ――『雷咆(らいほう)』!!」

 全身全霊を込めた一言により結ばれた。


 瞬間。光が辺りを支配した。


    *


 衝撃と閃光。

 建物の内側、未崩落部分から放たれた『雷咆』の一撃は、瓦礫の山ごと、強烈な熱量と破壊となって5thに襲いかかった。

 着弾の衝撃波が轟音となって周囲に撒き散らされ、神の咆哮にも似た光の暴発がその場を席巻した。

 雷撃はたっぷり五秒の間その場を灼き、そして、

 積み上げられた瓦礫は、熱量によって赤熱化し、衝撃波によってその大半が建物の外へと弾け出されていた。

「っはぁ――っはぁ……はぁ……」

 光が収まったとき、破壊をもたらした主は、激痛に喘いでいた。

 ――術の負担は、扱う力の量による。

 それは神術でも魔術でも変わらない原則だ。

 魔力……神術では霊力と呼ばれるそれを扱うには、少なからず神経系と、精神に負担を強いる。

 大規模な術ならなおさらそれに見合うだけの負担を強いられる。

「ぐ……うう」

 だから、知樹のこれは、切り札だった。

 その後の、ポテンシャルの大幅な低下というリスクを負った、賭け。

 ――だからこそ、彼の眼前で5thが立ち上がった時点で、もはや知樹には打つ手が残されていなかった。

「これで……!」

 腕を振りかぶる5thも、その姿は満身創痍。

 防護フィールドによっても防ぎきれなかった大出力の神術は、5thの体の各所に熱傷を刻んでいた。

 だが、生きていた。

 そして、未だ戦闘を続行する力を残している。

 対する知樹は、もはや戦闘不能に近い。

 振りかぶられる攻撃に対しても、もう回避は不可能。防御に回せるだけの霊力もかき集められないだろう。

 だが、

「いいや――」

 知樹が浮かべていたのは、会心の笑み。

「貴様の負けだ、5th」

 ――そして、決着は訪れた。


    *


 知樹の眼前では、二人の人影が重なっていた。

 一人は、実験体5th。

 そしてその背後には、

「……化け物相手によく持ちこたえたな、異国の」

 5thの胴体に貫通した腕の持ち主が――

「異端監察委員会・監察主査官――」

 黒い外套に、黒いスーツを着込んだ、魔術士殺しの魔術士が、

「エヴィオ・グランデの名に()いて感謝しよう」

 そこに、いた。

「っ――――はぁあああ…………」

 その名を耳で知覚した瞬間、知樹は張り詰めた糸が切れたように、焼け焦げた床にへたりこんだ。

「……あともう一歩、遅かったら……死んでいましたよ」

 知樹は、未だ頭の中で激痛がのた打ち回る中、何とかそれだけの悪態をついた。

 ――知樹があの場で捨て身の賭けに出た、最後の条件。

 それは、賭けに出る寸前に、遠方に監察主査官の存在を感じたからであった。

 万が一、自分が5th倒せずとも、主査官が間に合えば、こちらの勝ち。

 それが、知樹の打った……博打。

 そして知樹はギリギリで、勝ち取ったのだ。

「か――はっ!?」

「ん……未だ生きていたか、5tn」

「が……ぐ……ッ!?」

 胴体を貫かれながらも、5thはその手足を動かしながら、先程の一瞬で展開されていた魔力封鎖の術式を解体し始める。

「魔力封鎖をもその能力を以て解体するか――エディが敗れるわけだな――」

「セヴン……今、会いに――」

「悪いが処分させてもらうぞ、5th」

5thが何かを言い終わる前に、彼の頭部は主査官の一撃によって、真紅の飛沫を撒き散らし、散った。


    *


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 明澄は、どのくらいの間そうしていただろうか。

 術を発動させた痛みと疲労感に息を切らせながら、床にへたりこんでいた。

 それらがようやく収まってから、明澄は、自らの行為の結果を見た。

 研究設備は爆炎に沈み、業火に包まれた部屋の中央には巨大なクレーター。

 そして、クレーターの中央には、ひときわ異臭を放つ煙と、黒焦げになった―― 

「……っ!」

 そして自覚する。

自分がやったのだと。

この手で。この(ことば)で。

 7thを。

 人を。

 女の子を。

 たった6歳の。

 幼い子を――

「ひ、っく、あ……あああ……」

 体の震えを自覚すると、もうダメだった。

 明澄は、その場に立っていられず、両手で身体を抱え込みしゃがみ込んだ。

「う、うああああああああああああっ!!」

 うまく呼吸ができず、明澄は自分がどうなっているかもわからず、何も何もわからなくなっていた。

 明澄の目からは、堰を切った様に涙がこぼれ出し、歯は体の震えと同期して硬質な音を響かせる。

「あ……ああ……」

 感情が、明澄の思考を止めてしまっていた。

 恐怖とも呼べない、黒いナニカは、明澄の理性を押しつぶし、

「私……違う……私は……」

 その口からは、言葉にならない、意味のわからない断片だけがひたすらこぼれ出していた。


    *


 事後処理は、驚くほど迅速に行われた。

 所員や実験体の死体はグランデ監察主査官の指揮の下、異端監察委員会により速やかに回収され、建物も封鎖。

 研究自体も、帝国魔術省によって異例の速さで、内密に破棄が決定。研究所も近く取り壊されることになった。

「つまり、上は最初っからこの研究を潰したかった、って訳だ」

 北野知樹がその話を聞いたときに、つまらなさそうに呟いた、その一言がすべてを物語っていた。

「まさに、骨折り損のくたびれもうけ……ってか。ま、あの地獄から五体満足で生きて帰れただけでよしとするしかないが」

 身体は無事だったが、同時に癒えない傷も、確かに残していた。

「兄様……私たちのした事って、何だったんですか?」

 戦闘の後、明澄は心に深刻なダメージを負った。

 幸いながら精神への魔術介入処置による記憶操作によってトラウマは軽減され、後遺症は残らなかったが、それでも彼女の心には大きなしこりが残っていた。

「俺たちは自業自得。……明澄は、多分失われたかもしれない、沢山の人間の命を救ったさ」

「…………」

 目の前で、直前まで話していた人が惨殺された記憶。

 そして、自らが人を殺めた記憶。

 それらはハッキリと、明澄の心に突き刺さったままだ。

 だが同時に、明澄はこの痛みを忘れてはいけないと思っていた。

 今回のことは、覚えていなくてはならないことだと。

 ……こんなことが、二度と繰り返されないように。

「まぁ、辛くなったら逃げていい。それは子供の特権だ」

 明澄の帰り際、アレクシア・ラングウッド地方空港まで明澄を見送りに来た知樹はそう言った。

「いいえ、忘れません」

 だが、それに対し明澄は、ハッキリと言い切った。

「私は、こんな現実に負けませんから」

 明澄の心には、はっきりとその意志が芽生えていた。

 負けない、と。

「そうか。まあいい……お前が自分で考えてそう決めたなら、な」

 知樹はそんな明澄の姿を見て、どこか寂しそうな顔をして、それから冗談めかして、

「とりあえず、家に帰ったら、思い切り親父をぶん殴っていいぞ。お前がこっちに来ることになったのは、元はといえば親父のせいだしな」

 その言葉に、明澄も少し笑顔を浮かべる。

「……わかりました」

 そして、少しだけ名残を惜しむように間を開けて。

 そして、別れの言葉を口にする。

「兄様……また会う日まで、お元気で」

「お前もな。折角だから理佳姉みたいに上手いこと玉の輿狙ってみろ」

「あはは。素敵な人がいらっしゃれば、ですがね……それでは、また」

「ああ。じゃあな」

 そう言って二人は互いに手を振り、

 そしてそれから振り向くことなく、それぞれの行くべき場所へ向かった。


 こうして、北野明澄の『お使い』は、幕を下ろした。

 彼女の瞳に、決して消えぬものを刻みつけて。


END

ここまで読んでいただきありがとうございます。『瞳に映るもの』いかがでしたでしょうか。

 和洋並立する術と、それらとの相乗効果で発展した科学技術を持つこの世界。以後、この世界で進行する物語には以後『Records of The Enpire』という共通名称を当て、これからのんびり展開していきたいと思っています。

と言っても今作の続編を書くわけではなく、同様の世界観、前後する時間軸において同じくウィオス連合帝国各地で生活し、あるいは戦っているそれぞれの人々にスポットライトを当てた短編・中編などをボチボチ作っていく感じで。

すべてが本編であり、また、すべてが外伝である、そんな物語集を作れればなぁ、と。未だ構想段階ではありますが……

そんな感じで、よろしければまた次作が出たときにでもお付き合い頂ければと。

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