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ドリームワールド  作者: ジョン・ドゥ
0章 【開始地点/スタートポイント】
2/3

「ああ、ひどかった、もう二度とアイツの言葉は信用なんかしない……するもんか」


「そんなに言うほどだったのかい……」


机にへたり込むように顎をつけてもぐもぐと喋る彼に、あの惨状を見ればわかろうものだけどね、と苦笑いしながら白髪の少年はジョッキを呷る。見た目によらず実にいい飲みっぷりである。恐らくは命の恩人に対する礼儀として今日の代金がツアレ持ちという事も、ジョッキを干していく速さに拍車をかけているであろうことは想像に難くない。さても何とか逃亡に成功した彼らは、戦闘をしていたフィールドから最も近く、そして彼らにとってお馴染みの街――【ゼンドリクの街】の裏通りに乱立する安酒場にいた。


「酷いさ、サトリだって見てたろ?主催者は俺たちを置いてトンズラ。レイドは崩壊……唯でさえ補助職が最近減少傾向にあったのに、今回でまた5人ロストしちまったんだぜ?」


「うーん、聖戦でもフラグ討伐でも治癒職は引く手数多だからねえ。今回の聖戦、実は僕にも勧誘が来ててさ」


しつこかったよー、とサトリと呼ばれた眼鏡の少年も少し苦々しげに呻いた。回復スキルは基本接触、そして大規模戦闘には必須――そういった理由で本来は後衛職である筈なのに生存率の低い、そんな色々と矛盾したクラスである【治癒士/ヒーラー】として最前線で長く生き延びてきた猛者である白髪に眼鏡のこの少年は、やはり引く手数多なのだろう。


長生きできる【治癒士/ヒーラー】は二種類だ、戦闘自体をせずにただ生きるためだけにこの夢の世界で生活するだけの連中と、本当に力量のある一握りの人間――サトリは間違いなく後者の人間だろう。


「ああ、あれか……結局今回も敗北したらしいけどな、行かなくて正解じゃないか、サトリ」


「まあ、結果論としてはね。君だって今回のフラグに勝利できれば初覚醒できる、童貞卒業だ、って意気込んでたじゃない。ねえ、ツアレ?」


「それをいうなよ……」


片手にジョッキを握ったまま憮然とした表情でテーブルに顎を乗せたままの彼、ツアレとしては、今回の【覚醒標的/フラグ】撃破パーティーはある意味では最大のチャンスだった事は確かである。大体にして、事前情報のある【覚醒標的/フラグ】などという稀有な存在など早々あり得る存在ではない。今回の【ヴァランテッサ・アンタレース】は、極稀に湧出する既知のモンスターがステータス強化された存在、此処では"ボーナスフラグ”と呼ばれる存在であった。


これはステータスが多少強化されているだけでスキルは変わらず、従って基本的な撃破対策自体は変わらないという、フラグ戦にしてはかなり運がいい相手である。しかも【覚醒標的/フラグ】認定されているため熟練度も大量に入手でき、且つこの忌々しい夢から現実に一時的に"覚醒"すら出来るという、本来であればまさに良い事尽くめの一戦だったはずなのだ。覚醒経験者の半分はこの"ボーナスフラグ"の討伐で初めての覚醒を体験しているという事実が示す通り、ある意味ではコレを撃破できるかどうかが一つの線引きと成る。


今回醜態を晒した【戦士/ウォーリア】の男はもう未来はないだろう。『手を出すからには確実に仕留める』――それが暗黙の了解になっている"ボーナスフラグ"相手に、あれだけの醜態を晒した彼が招集するパーティに入りたがるプレイヤーなど居ないだろうし、うかつな行動で味方を危機に追いやる存在を好き好んでパーティに加えたがる物好きがいる筈もない。


「大体、サトリは一度"覚醒"経験済みなんだろ。だからそんなに余裕があるんだよ」


「一度の"覚醒"くらいじゃそんな心境の変化はしないよ。」


「いや、なんか気持ちに余裕がある気がする」


相変わらず苦笑を浮かべる目の前の少年――サトリは事実プレイヤーとしてはそれなり以上の存在で事は間違いない。"覚醒"を一度体験した奴は上級者の証――ここではそんな事を言われているほど、現実への"覚醒"を経験した人間は少ない。何しろその前に先ほどの連中の様に死んでいく連中が多すぎるのだから。


――"現実への帰還"、これこそがこの夢に囚われた人間達が求めて止まぬものであった。


ある日唐突にいつもと同じように就寝した人間が、そのまま昏睡状態に陥る――そんな病気があるらしい。『突発性昏睡症候群』、ヒュプノスシンドロームと名付けられたこの現象は世界中で確認され、人種年齢関係なく、全く同じように何の前触れもなく昏睡状態に陥っていく。この奇病の原因究明に、外科医師から精神科医まであらゆる分野の医師が東奔西走したが、結果は未だに分からず仕舞い。極稀に目を覚ます人間もいるが、大抵は前後の記憶を失っている事が多く、再び眠りに就くとまた同様の症状を来す。目を覚ますにしても覚ますタイミングは全くアトランダムで、規則性すら無い。一応は何らかの原因で脳が過負荷を起こした為に、それを癒すために身体が緊急避難として昏睡によるダメージ回復を行っている。記憶の混濁はその副作用であるという説明が為されているものの、ではその『何らかの原因』とは何かと問えば、どの医者も次にいう言葉は決まっている――『原因不明』と。


ツアレも恐らく現実ではその内の一人として扱われているのだろう、一度覚醒したサトリが現実でそう診断されていたということは、恐らくは原因を同じくしているツアレが同様の状態に陥っており、且つ現実でそう診断されているのは想像に難くない。既にこの世界に囚われてから一年半のツアレとしては、向こうに覚醒した時に浦島太郎になっていないかどうかというのはそれなりに心配な事物だったりするのだ。その不安を無理矢理打ち消すかのようにジョッキを呷って、更に追加を頼む。夢の中のくせに酔いはなんとなく回るのが不思議といえば不思議だ。


「一度覚醒した時って、どうだったんだ?」


「どうって……うーん、取り敢えずこっちで半年経った辺りだったかな。向こうでは4日しか経ってなかったよ」


他の人にも聞いたけど、多分こっちと向こうの時間は一定しないみたいだ――とサトリは言った。確かに聞いたところによると、それこそ一年以上此処に囚われた人間がやっとのことで覚醒してみればたった一夜だったと言う話もある。どうしてそんな現象が起きているのかはわからないが、何せ夢の世界に囚われるなんて特大異常に巻き込まれているツアレ達にとっては大した問題でもない。不可思議が一つや2つ増えたところで何という事もない、更に言えばそんな事を心配する前に現実に戻れるかどうかを心配しろと言う話でもある。


「あー、くそう、俺も今回で"覚醒"出来ると思ったのに……」


「覚醒方法は何種類かあるって言われてるけど、今のところフラグの撃破くらいしか確実な覚醒方法が無いからねぇ」


サトリが言うように、覚醒する方法には何種類か有る。一つは"聖戦"なる不定期に行われる強制戦闘で勝利条件を満たすことらしい。らしい、というのは未だにそれを成し遂げた人間が居ない為、全く憶測での情報しか存在しないのだ。最近では、聖戦招集イコール死亡フラグと言う本末転倒なイメージが先行しているが、実際はそここそが唯一の解放条件だとも言われている。聖戦は唐突に何人かの人間が強制的に招集され、指定の戦闘から生還することが第一条件とされている。それ以外に加える面子は自由、拠って先程のサトリのようにパーティの招集を受けることもあるのだ。そして全ての勝利条件を満たした人間は、曰くこの夢から永遠に決別できると言う事らしいが、これも噂の域を出ない。


もう一つがこの【覚醒標的/フラグ】の撃破である。ダンジョンに潜む所謂ボスモンスターやフィールドを徘徊するユニークモンスターなどがコレに当たるが、種類としては様々なものがいる。そして、確実に安全な覚醒が保証されているのはこの方法くらいだろう。目の前のサトリが実例だ、彼はこの世界の時間でおよそ二年前に、招集されたレイドボス戦でボスを撃破して生還したからこそ覚醒を果たしたのだから。


「死亡すれば覚醒できるって言う話もあるけどな、身体を張って確かめる気にはならないよ」


「そうだね、僕もそれは御免被るところだね」


そう言って二人で苦笑する。少なくとも、此処で死亡した連中は二度と此処では見ない。それが覚醒したからなのか、それ以外に何か合ったのかは誰にも分からない。そして、人間は誰しも困難だが確実な方法と、容易だがまるで確実性のない賭けであれば、確実な方を取るものだ――ましてやそれが命に関わることであるならば。


「そうだ、彼はどうなったのかな」


「彼……ああ、あの素人君か。取り敢えず上の部屋のベッドに放り込んである」


素人君と揶揄の色が混じった呼ばれ方をしたのは、フラグから逃走する時につい拾ってきてしまったあの短剣使いの少年である。やけに静かだと思ったら背負われたまま気絶していたらしく、処置に困ったツアレが自分の部屋を一晩だけ借りてベッドへ放り込んでおいたのだった。


「どうするんだい、あの少年は」


「どうしようもないだろ、目が覚めたら帰ってもらうさ――素人君に構ってる余裕があるわけでもない」


「……なんだか、落ちてきたばっかりのツアレに似てたね」


「バカ言うなよ――少なくとも俺はろくな経験も無いまま、フラグ戦に特攻するような馬鹿な真似なんかしない」


辛辣とも言えるだろうツアレの言葉に、少し静かな声で答えるサトリ。その声にツアレは噛み付くように否定する。少年を見た時に己が一瞬感じた感覚を指摘されたような気がしたのだ。自分が素人だった頃なんて思い出したくもない、あの頃は最悪だった。気付かずに顔をしかめているツアレを見て、サトリはサトリで胸中人知れず溜息を吐く。相変わらず隠し事の下手なこの不器用な友人は、わざわざ例の少年用に部屋を借りてまで一夜とはいえ保護している事自体が、相当に気にかけている証拠だということに気付いていないのだ。


「そういうならそうかもね。さて、と。ツアレはこの後どうするんだい」


一瞬、どことなく険悪になりかけた話に終止符を打つかのように、サトリが話の方向性を変えた。チラリと机の上に並んだ食べ物の残骸とジョッキの数を見たのを察するに、ツアレの金銭的理由を慮った事もあるのかもしれない。


「――もう時間が時間だしこのまま帰って寝るよ……少しは熟練値入ってると思うしさ」


「そっか、了解」


「サトリはどうするんだ?」


「僕も寝るつもり。それでさ、明日なんだけど」


「ん、何さ?」


「一緒に狩りに行かない?」


「狩りに?」


サトリからの提案に、暗い気分を払拭するかのようにジョッキを煽ろうとした手が思わず止まった。サトリとはツアレが初めてこの悪夢の世界に来てからずっとの付き合いだが、考えてみれば二人でパーティを組んだことが殆どない。それはその頃既に"覚醒"を為していたサトリが当時でも有能なプレイヤーとして、引きも切らずな扱いを受けていた事もある。未だうだつの上がらない、覚醒経験のない自分がそんなサトリを独占する訳にはいかないという気持ちが先立っていたあの頃をそのまま引きずってきて今に至る部分もある。それに現在、そんな事をしようモノなら、一部のプレイヤーからなぞプレイヤーキラーされかねない。何が悲しくて同じ境遇であるはずのプレイヤーから殺されなきゃならないのだろうか。


「あれ、意外と乗り気じゃないみたいだね?」


「いや、その」


刺されかねなくてさ、と言う言葉が喉元まで出かかったが、自制した。白髪に細い輪郭の眼鏡を掛け、全体的に線の細めな体格の彼は一部の女性プレイヤーに絶大な人気を誇っている。一度パーティを組んだことのある女性の魔導士クラスである【魔導士/ソーサレス】とサトリの話になった時、身悶えしながら『眼鏡萌え』について語られてその場で死にたくなった覚えがある。


「最近フリーの狩りだと誰も誘ってくれなくてさ……」


遠い目をしてそう言うサトリに、ツアレとしてはさもありなんと内心で頷いたが、言葉を返すことができない。恐らく例の【魔導師/ソーサレス】の娘が口走っていた、非公式ファンクラブだかというのが原因だろう。サトリに近づく人間は男女関係なく牽制しているのじゃないかと思われる。事実、最近はサトリと飲んだくれているとなんだが嫌な感じの視線がチクチクと刺さる気がしてならないのだ。そしてそれは現在進行形で刺さっている気がする――ツアレの後頭部あたりに。


「あー……」


「ね、そういえば僕らそれなりに長い付き合いだけど、殆どパーティ組んだこと無いじゃない?いい機会だと思うしさ」


「まあ、うん」


確かにその通りではあると思う。正直言えば、組んでみたいというのも確かだ。そんなツアレの表情を見て取ったのか、じゃあ決まりだね、とにこやかに告げたサトリの表情にツアレが文句をつけることは出来なかった。


「うーん……場所は明日決めるとして、集合は此処にしようかな。それでいい、ツアレ?」


「え、ああ、うん」


「変なツアレだなあ……じゃあ、明日の早朝に此処の前で。時間は、明け方でいいかな」


今回のパーティに誘ったのは僕だから、此処は僕が払っておくよ。そう言い残してサトリが伝票を掴んで会計に向かった。本当はツアレが奢る話になっていたはずだが、きっと先程の話で気を使われたということくらいはツアレにも理解できる。気にしなくてもいいのに、と呟きながらも、サトリが席を立った直後に背後で強まった気がする視線にツアレは冷や汗が止まらない。


嗚呼、明日まで生きていられますように――心からツアレはそう思い、何も気付かぬ素振りのサトリと別れを告げた後、全方位に警戒をしながら二階へと上がっていく。【ヴァランテッサ・アンタレース】の討伐でも、ここほどまでに周囲を警戒したことはなかったんじゃないかと思えるほどの集中力で部屋に戻ったが、少なくとも理性を失ってバーサク状態に陥った女性プレイヤーは居なかったらしい。一階から二階の部屋へ戻ると言う、そんな僅かな間ではあるが心配したようなことは無かった。


まさか本当の敵は宿屋にいたんだ――なんて言う、ネタにしても古いような現実に立ち会うのは真っ平御免である。背後から魔法が飛んで来ることも、投げナイフが飛んで来ることも無いままに、無事に部屋に戻ることができた。鎧から何からを脱ぎ捨てて、肌着のままベッドに寝転んで目を閉じる。


「ああ、やっぱり熟練度が上がってた」


目を閉じながらツアレは呟いた。目を閉じた彼の視界には視覚化された自分のステータスが見えている。この夢の世界では一日に一度、寝る前にだけ自分の詳細ステータスが確認できる。夢とは自分の脳内の情報を最適化する行為、と言う話を聞いたことはあるが、もしかするとそれに近いのかもしれないと彼は思っていた。


「なんだろうなあ、どうして戦士ってこんなに微妙なスキルばかりなんだろう……」


彼の目の前にあるクラスステータス欄に書かれているスキルは二つ。一つは【万能の人/ウォモ・ウニヴェルサーレ】、もう一つは【自由装備/フリーウェポン】である。どちらも実際大したスキルではない。前者は武器熟練度で覚えるスキル制限を下位の物であれば制限なしで取得できるというものであり、後者は職業による装備制限を解除するものである。要は装備であればなんであれ装備可能で、使用可能である――そういうことになろうか。


「正直他の職が羨ましいけど、基本的に自発的な転職もできないんだよなあ」


無論それだけではなく、その下には己のクラスでは足りない部分を補うために、一般スキルと呼ばれている条件さえ満たせば誰でも取得できるスキルや、流派スキルと名付けられた武器や魔法関連の戦闘用スキルが取得した分だけ記入されているが――正直他のクラスの固有特殊スキルを見てみると、己のクラスが疎ましく思えて仕方がない。


正直、彼としては【盗賊/シーフ】辺りになりたいと思っているのだが、この世界ではそうそう自由にクラスを変えることはできない。少なくともある程度、任意でクラスを変更するという方法が発見されていない。一部の人間は特殊クラスにクラスチェンジしているようだが、その要因は曖昧らしくこれといって確定的なものではないという意見が今の時点では一般的な予想だ。


大体にして成功した人間と同様の行動を取っても、殆どクラスチェンジに成功したものはいない。実は、【騎士/ナイト】という戦士上位クラスと思われるクラスにチェンジした人間から色々と話を聞く機会があり、彼の取った行動を実行してみたのだがツアレではクラスチェンジは出来なかったのである。


これら上位クラスの発見のお陰でまだクラスについての希望自体は持てるとは言え、この初期クラスにしても、この夢を初めて見た時点で既に名前込みで決められていたモノである。実際のところ、それらの自由度など無いも同然という部分は、ゲームと錯覚してしまいそうなこのファンタジーじみた夢の世界に於いては一線を画しているとも言える。それにクラスについては兎も角としても、本来であれば確かに誕生時の自分の名前など自分で決めることが出来る筈もない。変なところで現実味があると、半ば呆れながら彼は当時思ったものだ。


「結局出来るのは、筋力上限ぎりぎりの装備で壁になるくらいのもんだよ……」


今日も実際そうだった。彼ら戦士に求められるのは基本的に肉の壁である。火力特化の【魔導士/ソーサラー】と手数の多い【射手/アーチャー】を、なるべく敵の攻撃に晒さないというのが彼らの役目だったのだ。前衛の攻撃は基本的に補助魔法で攻撃力を上げた【盗賊/シーフ】が受け持つ。器用値と敏捷値が高い【盗賊/シーフ】は【戦士/ウォーリア】よりも手数の多い攻撃を、【射手/アーチャー】よりは高い攻撃力で叩き出すことが出来る。更には成長度に拠ってはクリティカルも出る為、攻撃は回してなんぼ、と言う言葉通りに総合的な火力が高かったりするのだ。無論、高い敏捷性の代償に代わりに前衛としては紙装甲ではあるのだが。どちらかと言えば、攻撃こそ最大の防御と言う思考であるツアレとしては戦士と言うクラスは歯痒い事この上ない。


「明日の狩りの出来に拠っては、鍛錬場で剣でも振るかなあ」


熟練度が上がったものの、肝心の攻撃スキルには微々たる熟練値しか入っていないことを確認して溜息をつく。有効な攻撃手段がないということは、ますます壁という役割を果さざるを得ないのだ。ツアレにとっては負の連鎖である。鍛錬所に行けば、戦闘ほどでもないがステータス熟練度も入るし、何より武器の熟練度が上がる。そうすれば命中率も上がるし、クリティカル率も上がるのだ。


極めてゲームのようなシステムに近いこのクラスのシステムだが、無論違う部分もある。まず、レベルという概念は存在しない。あるのは熟練度と言うシステムで、この熟練度が上がることによりスキルが強化され、ステータスもまた強化される。熟練度は全ての数値、スキルに個別に設定されており、それぞれそのスキルの使用率や、該当する行動により増減する。


増減という言葉通り、長く使わなければ劣化してしまうことすら有るのだ。ゲームであれば強化こそあれ、劣化などという現象が起こることはありえないが、夢の中のくせにそういう部分は融通が利かない様になっているらしい。そして、それはツアレのステータスにも現れていた。即ち、筋力と防御に偏リ始めたステータスである。ツアレとしては筋力と俊敏に特化したかったのだが、如何せん戦士というクラスがそれを可能とはしなかった。どうしても生存を考えると防御が多くなりがちにもなるし、求められている事自体が先程も言った様に肉の壁である。俊敏など鍛えられるはずもない。


最近では蝶のように舞い、蜂のように刺すと言うヒットアンドアウェイ戦法へのあこがれを切り捨てて、肉を切らせて骨を断つと言うタイプに変更しようかと思っている――そうなったらそうなったで、確実に攻撃を当てていくための器用値が必要になってくるのであるが。


「考えるだけ無駄無駄、あー、もう寝ようっと」


そうぼやいて目を瞑ってみると、何故か助けてしまった少年のことがチラリと頭に浮かんだ。確かに嘗ての己をなんとなく思い起こさせる少年であったとは思う、武器からしてクラスは【盗賊/シーフ】だろうか。昔の自分を彷彿とさせる外観に、昔も今も切望しているクラスを持っている少年――そのことに何故か少しだけ苛立っている自分に気付いた。


「……なんで苛立ってるんだ、別に大した事じゃないじゃないか」


そう呟くが、それが本心かどうか微妙であることを理解しているのは他ならぬ自分だった。この世界に囚われてから自分の攻撃性が増大していることには気付いてはいたが、これは流石に異常だろう――何しろ、一見の素人少年に嫉妬している。


「――考え過ぎだよ、な」


なんてそう呟いて、無理矢理意識を闇に沈ませる。そのままツアレの意識は睡眠時特有の闇の中へと消えていった。





【夢世界/ドリームランド】――誰が呼び始めたか分からないこの夢の牢獄に対する呼称は、瞬く間に広がっていった。『突発性昏睡症候群』によりありとあらゆる人種がこの世界に囚われることになり、実際の参加者は一体どれほどになるのかは実像がつかめない。そして未だにその人数は増え続けている。


【夢世界/ドリームランド】――元々は某ホラー小説に於ける人の夢の中にある世界であるという。それを知っていてこの呼称をつけたのであれば、その人間は状況を認識する極めて正しい能力があったのだろう。その楽しげな響きの名前とは裏腹に、囚われた人間は必死に足掻き続けている。


【夢世界/ドリームランド】――此処は夢の中に存在する現実、現実とはかけ離れたもう一つの現実。解放されんとして足掻く人間が積み上げた屍と共にある世界である。



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