第二章 分かち合いたい、分かち合えない……。どうして、人は闘うの? <Ⅰ>
<Ⅰ>
七月七日、今日は七夕。みんなが笹に各々の願い事を吊したりするけど、誰もがそれをしたことでその願いが叶うなんて思ってはいない。ここにも独り、その寝ぼけた偽希望を憎悪している少女がいた。
少女の唇は半年も言葉らしい、言葉をその口から紡いだことはなかった。心を、言葉として紡いでしまえば、あの日、霊安室で母の手を握り、母の生前の優しさに反した自分のどす黒い感情の意味がなくなってしまう。
少女、双嵐朝の脳裏にはずっと、その光景が再生され続けている。目の前にはそんな生命の危険とは何ら、関係ない今が流れているのに。
だから……見つけてしまったのだろう。朝のどす黒い感情が行き着く先、終着点を。その列車は長い、長い、トンネルにずっと、留まっていなければならなかった。それが社会生活を送るため、秩序の女神が決めたルールだ。
ガードレールの錆ついた箇所に何気なく、目線を向けていた。始まりには終わりが付きもののように、ガードレールも途切れていた。慌てて視線を真っ直ぐ、歩く方向へと修正する。案の定、自動車の行き交う道路と横断歩道が目の前にある。
横断歩道の先にあるサクラ県でも有名なホテル アリエスを見上げて、こんなホテルに宿泊する人間はどんな殿上人なのだろうと自分の矮小さに惨めさを些か感じなくもない。
噴水の先にある玄関には絶えず、黒塗りのリムジンが停車する。そこから降りてくる人物は新聞やテレビ、教科書などに登場する人物ばかりだった。
「リムジンなんて、僕達には贅沢すぎるよ」
その声は半年前に最後に聞いた声――
「朝ちゃん、ごめんね。僕が君の……お母さん、めもさんを……ころ……したんだ。僕が車道の真ん中を呑気に……歩いていなければ……。ガードレールに激突することは……」
とは全然、違い、溌剌とした声で誰かと会話をしている。
先輩と呼ばれた人物はベリーショートヘアの髪型で体型も良く、特に胸の発育が良い。自分とは大違いだとマドレーヌサイズの胸を朝は見下ろした。それにその先輩とやらの掛けている眼鏡の奥にある瞳は鋭敏な知恵のナイフのようだった。ああ、羨ましい。きっと、幸せなんだろう、笑顔だよ、あの女。
「馬鹿。役得だろう、そんくれぇ。パー券配れば、一儲けも二儲けもできたのに。人間と野生動物の違いは自分の利益になることはばんばんやりましょう。不利益になることはそれでは仕方ないって思われるような嘘で回避。憶えておくんだ、米乃国の妹よ」
「あい、そら、おぼえる」
片言の可愛らしい日本語の少女は何処からどう見ても日本人のようには思えない。緑色の瞳は終始、スポーツ刈りの少年――陽乃心の身体の何処かを凝視していた。朝とは違い、それは恋する少女の憧憬の眼差しにも、頼れる父親を観察する娘の眼差しにも映る。
朝は嫌悪した。心の中で罵倒の叫びを連呼する。そいつは上品な赤いパーティードレスを着込んだ少女の柔らかな掌を触ることの許されない犯罪者だ。罪のない少女が穢れてしまう、強く抱いたら壊れてしまいそうな身体を壊されてしまう。私の母や妹のように。
でも、良いか……。もう少しであれ、殺しちゃうんだし。
口裂け女のように歪んだ口からその台詞を溢しそうになった。その台詞を溢してしまっただけで拘束されてしまうだろう、今日は非公式ではあるが、ホテル アリエスのホールで会談が開かれる。宇宙連合と地球との今後の関係を左右する会談が。
「全く、変わってないんだ心君、そんなとこだけ。扉の鍵を閉め忘れるとことか、大事な事柄はメモして置きましょうとか。確か、小学二年の北島先生のご指導だっけ? そのせいで……」
「おい、お前。宇宙連合代表の雛みみる様に九百円貸すのじゃ。お願いなのじゃ」
「ん? 誰?」