第一章 春の息吹と、給食の少女な蒼空ちゃん <Ⅲ>
<Ⅲ>
国語の時間、昔の言葉を何故、学ばなならん? という誰もが思う疑問。
数学の証明よりも恋愛成功の証明を教えて下さい神様と内心の叫び。このままじゃ、蒼空ルート=兄妹ルート。ちなみに桜餅学園では米乃国太郎には米乃国蒼空なる先天的記憶喪失症を患っている妹がいる設定になっている。
保健の時間で思うことは知識よりも実戦をお願いしたいんです! そんな内なる叫びとの葛藤が全ての男子にはある。女子と別の教室で良かったと思う原因はその葛藤によって悪エネルギーがある部分に増幅されるのだ。それを見られると……今後の学園生活は絶望的だ。そうだ、ボッキマンという某国民的アニメヒーローのパクリが出来上がってしまう。
「ボッキマンになったのじゃな? 萌え星人の適齢期は後、半年後じゃぞぃ。ぐふふふっ」
「なったなぁ、こりゃぁ……」
みみると先輩がまた、僕の話しに横入りする。この人達はきっと、他人が停車しようとしていた駐車スペースを横入りするようなせこい人達に違いない。そして、そういう人は得てして自己中心的なんだ。
「殴るぞ、自己中心的なんて!」
「殴ってから言わないでよ、扇ちゃん」
さて、四時間目は体育だったのだ。最悪だった。僕はボッキマン。
窮屈な股間を隠すべく、僕は走った。おかげでマラソン練習なのにぶっちぎりの一位。その代償は長時間の中腰による痛みと、急激な疲労感だ。
それを抱えつつ、学食の門を潜った僕を出迎えたのは、お兄ちゃん専属給食の妹 米乃国蒼空というプレートを胸? の辺りに装着したエプロンドレスバージョン蒼空が、
「おかえり、あなた。ごはんにする? それとも、おふろ?」
と辿々しい声で言ってきた。僕は照れてチーズが蕩けてパンに粘着してしまったと表しても良い笑顔で蒼空を太腿辺りから眺める。
蒼空にこういう悪いことを吹き込んだ野郎どもを探そうとくるーと辺りを軽く見回わす。体育の授業が終了してすぐに駆け出してきたというのに、もう数名の生徒達が談笑していた。結果、米乃国というキーワードでか弱い少女に変なことを教える変態さんはいないようだ。いるとすれば、カウンターでちらほら、こちらの状況を物色しながら、レジスターを打っている紲以外にはいないだろう。
僕が席について、じゃあ、ごはんにするよ、てへっ、と言う前に蒼空はテーブルに何やら、乗せた。何やら、とはこれが何なのか、正体を判別できなかったからだ。黒い、黒い三次元球体に見える。例えるならば、黒い地球儀。
「え、これは何バーグ」
「あい、ハンバーグ。たべる、しーちゃん。きっと、おいしい」
「蒼空、味見した?」
鼻を近づけた瞬間、焦げた苦い匂いがした。焦げバーグから発せられる白い煙さえも避けたくなる。
「あじみ?」
しまった! 味見の意味が解っていないだろう、蒼空。急いで蒼空に味見の意味を教えよう。
「一度、食べてみることだよ」
「りゅうさん、しーちゃんのだから、めって」
しまった! 梅雨さん面白がっている。カウンターの横であまつさえ、手を振っている。聞き取れなかったが、がんばってね! と言っている。
「蒼空? お仕事は?」
蒼空が仕事をしている間に僕の斜め後ろ三十歩あたりにあるゴミ箱に焦げバーグを廃棄しようとその質問を蒼空にしてみせる。勿論、後から美味しいっていう予定だったんだ。
それでも、みみると先輩は最低と口を揃えて述べる。実際に焦げバーグの黒さを体験していないから言えるのだ。
「ひとくち、しーちゃんがたべて」
焦げバーグをスプーンで掬って僕の唇にそれを触れさせた。ほんのり、苦い。
「落ち着け、ケチャップがあるじゃないか……」
「しーちゃん、ケチャップすき?」
「どっちか、っていう……」
蒼空は焦げバーグと一緒にお盆に運んできたケチャップのチューブを握り締めた。ケチャップが勢いよく、黒を赤に染め上げていく。もはや、キャベツの十切りがケチャップの重みに堪えかねて沈みそうだ。
「……と好きかな」
と僕が絶句混じりの言葉を言い終えた時には蒼空は焦げバーグにケチャップをたらふく、掛ける行為に喜ぶを見出したようだ。嬉々とした鳴き声をあげながら、両手でケチャップのチューブを絞めていた。どれくらいか? と言いますとみみる様……それはもう、焦げバーグ島と周辺の赤い海ってタイトルがつきそうな芸術作品です、はい。
「あい」
「あいって、おい……」
勿論、僕は泣く泣くケチャップの海から焦げバーグの欠片を僕という救命ヘリに搭載し続けた。キャベツもサルベージ。
その全てがにやにやとする思い出で、それから得られた蒼空の得意なことは、
「そう、蒼空は適用力の天才。ハンバーグの件といい、皿洗いといいね。あの子はまだ、数ヶ月しか生きていないんだ」
と僕は力強い口調でそれをみみるに伝えた。
「そうじゃな、それを考慮すると……試験は今のところ合格なのじゃ」
「その試験が蒼空と三年間、過ごすってことだろう。簡単じゃないか。それをクリアすれば、地球も宇宙連合の仲間入りなんだよね?」
みみる曰く、宇宙連合に所属した星は色々と技術協力を得られるそうだが……それにしても僕と蒼空のいるところにさり気なく、黒服の強面お姉さんとお兄さんが潜んでいるのはどうかと思う。それを含めての試験だ。
「そうじゃ。しつこいぞ、そういうことなのじゃ。励むのじゃ」
「あ、もうすぐ、完全下校時間だ。給食調理室に蒼空を迎えに行かないと、それでは失礼します」
時計は午後六時三十分を示していた。
「米乃国、このゴミ屑。お前の下駄箱に入っていたぞ」
律儀にも紙袋に何通も入れてくれたらしい。その先輩らしからぬ優しさが気になるが、今は蒼空のお出迎えが急務だった。
「みみる様、それでは失礼します」
みみるだけに挨拶をして、僕は扉を潜り、手前にあったコーヒーメーカーを大きくした機械である物体転送装置に入る。それを確認した転送装置の係員の女性が営業スマイルと共に装置の左右にあるボタンを押す。
すると、桜餅学園の現在の様子が僕の目の前にホログラム映像として現れた。といっても、僕が突然、現れても危険性がなく、地球外技術の秘匿性が損なわれない箇所に限られている。
「陽乃心様、ご利用有り難うございます。現在、あなた様が転送できるポイントは以下のポイントです。一、米乃国蒼空様がお昼寝中の給食ワゴン収納スペース手前。二、給食室前のしょんべん臭そうな男子トイレでございます」
ホログラム映像と同じ光景をご丁寧に係員が説明してくれた。
その横では僕が何処へ跳ぶかを黒服がトランシーバーを片手に待機している。あれ? どこかで見た可愛いトランシーバーだと思ったら、今流行の動物トランシーバーシリーズじゃないか! トランシーバーに見えない所が魅力的なのだ。それ故、ごつい男がキュートな河童さんのトランシーバーを握り締めている様は可愛い。
「やべぇ、動物トランシーバー欲しい」
思わず、口に出してしまった。トランシーバー使いにとっては憧れのマストアイテム。
「あぁ、ごめんなさいです。係員さん。蒼空の前に転送して下さい」
「はい、了解しました、陽乃様。では、お気をつけて」
係員がボタンを押すと、急に眠気が襲ってきた。視界が黒く染まっていく。空気の匂いのようなものが変わった。石鹸の清潔な香りがする。芳しい。
何か、暖かい輝きに包まれている気がする。その暖かさは大切な人の体温のようだ。
ああ、この体温を僕はとても、好きだった気がする。
僕はその体温の理由が知りたくてゆっくりと目を開いた。あれ、おかしいぞ。これは僕がよく知っているにゃん(子猫のイラスト)ではないか? そのにゃんが少し伸びていて周囲の白色が例えるならば、早朝に焼いたばかりのパン屋のロールパンのようだ。かぶりついたらどんなに香ばしい香りと甘みを僕の胃袋に提供してくれるだろうか。
きっと、小学生の頃、同級生女子のパンツを無理矢理、香がされた香りと甘み。
それにしても暗い。そうか、暗い原因は僕が被っているカーテンのようにふんわりとした生地か?
「何してるの、私の息子。妹のおパンツでビバークですか?」と、紲。
「あらあら、そんなに給食室は寒くないはずですよ。四月ですし、紲理事長」と、給食室のおばちゃんのうちの誰か。
「だいじょうぶ。しーちゃん、さむいのなら、そら、あたためる」と、蒼空。
これらの言葉は同時に僕の純真な心を直撃した。もう、僕の衣服は僕イメージ画ではボロボロだね。何故か、青少年の教育に配慮して股間の部分だけの布は真新しいけどね。
「無事に到着しました。オーバー」
「無事じゃないです!」
それでも、緊張感たっぷりの渋い声を吐く黒服に、僕は蒼空のにゃんパンツの中心部に向かって叫んだ。
「あい。だから、しーちゃん、あたためます」
僕は蒼空の無邪気さに感謝した。まだ、変態にはならんよ、とニヒルに僕は笑ってみせた。誰に? 日頃、新聞を賑やかにさせている性的な変態さんに向かってさ。
「何語ですか? これ」
数時間前、こういう時は思いっきり、引っぱたいてめって言うのも愛なのよと教育された蒼空の掌によって、僕の右頬に小さな掌の跡が構築された。それを手で隠しながら、僕は長テーブルの上に開封した手紙に目を落としていた。
「あら、私の息子の頭はもう、お馬鹿さんになってしまったの、これは日本語よ」
理事長室の主は、フカフカそうな椅子にどっかりと深く腰を掛けて嘆かわしいため息を吐く。
「いやいや、その横」
「あら、これは英語よ」
「いやいや、その下」
「あら、これは手紙で遊んでいる蒼空よ」
紲の指さした先には怪獣のように手紙を咥えている蒼空が長テーブルの上を四足歩行で闊歩していた。目は何だか、焦点が合っていない。合わせるのも嫌なくらい蒼空は退屈を強いられているようだ。
「いやいや、その蒼空が咥えている手紙」
「あい! そら、いいこ?」
やっと、構ってもらえると、素直に唾液のたっぷりついたこれまた、訳の解らないお国の言葉で書かれた手紙を僕の掌に落とした。
「はいはい、いいこ」
「うっ、てきとう」
「そら、いいこ」
「あい」
「これはドイツ語よ」
「何で、ドイツ語? 僕、ドイツ在住の方に知り合い、いませんよ」
「ドイツの大統領 グテンチーズ氏からのよう……ですね。あら、らら」
「宇宙人の事柄はアースガーディアン艦長のアカエルか、地球大使の私を通してからにして欲しいわね」
「理事長に、地球大使に、清涼寮長に……過労死しますよ」
「ならば、君にバトンタッチ、清涼寮長をね」
そう、爽やかな笑顔と共に肩をタッチすれば、職業がやりとりできるシステムに僕の閉じた口は門戸を閉ざした。
「……」
およそ、十秒くらい……理事長室の壁に飾ってある写真を眺めて次に言うべき、言葉を考える。この学園が完成するまでの写真が並んでいた。さすがに、その学園の下にアースガーディアンという巨大な船が埋まっているのを示す写真はない。
「本当に?」
「地球大使、嘘吐かない」
そう言って、紲は全ての手紙を総括して解析した内容を僕に告げた。
「えー、この手紙全部、僕や蒼空との会談の申し込み?」
「ええ、試験に成功すれば……。多分、陽乃心が初代地球大統領になると見越しての政治的戦略でしょう。つまりは我先に、とお近づきになりたいんですよ、私の息子に。鼻が高いですよ。もう、もう」
「日時は早い方がいいですよね、その辺はみみる様とも、相談しないと」