エピローグ ママの贈り物
エピローグ ママの贈り物
<fin>
世界は確かに救われた。あの日、宇宙の何処でもお祭り騒ぎとなった。世界は一つになったかに思えた。だけど、世界は変わらず、複数の意見に分裂し始めた。まだ、あれから三ヶ月しか経っていないのに。そして……次の宇宙を統べる者になろうと星々でテロにも似た戦争が始まっていた。
僕は世界の身勝手さに激怒しそうになる。その度に病身の蒼空はやつれた顔で僕に言うのだ。
「だから、人間って面白いんだよ、しーちゃん」
って。
「適わないよなぁ……」
「何が適わないのか? あるるの生命力か?」と全く健康なあるるの声。
「それも適わないけどね」
僕の新しい住居であるみみるとあるるスペシャル号(あるるの退院祝いだという理由であるるの発案により、建てられた普通の二階建ての家)にはあるるとみみるが蒼空のために来ていた。彼女達は丁度、蒼空との別れを済ませて病室から出たところだったようで、ソファに座り、吹き抜けの天井から蒼空の名の由来である星々、煌めく空を見ている僕に声を掛けてくれたのだ。
「リア崩壊現象」
そう……あるるが寂しげに口にした。
「萌え星人は地球人と違って人体の規定以上のリアを外に排出できず、内に溜め込んでしまうのじゃ。これは皮肉にも蒼空を……助けようと思って色々……診断した結果なのじゃ。すまぬ、心……」
今まで隠していたのか、そんなことをしなくても僕は受け入れられたと言うべきか? いや、止そうと僕は自分に言い聞かせるようにみみる達から目を逸らした。その先には蒼空と僕が出逢った日、一緒にケーキを食べた時の写真が立てに容れられて飾ってあった。
あの時は、ショートケーキに怯える蒼空に大丈夫だよって声を掛けながら、僕が蒼空の口にショートケーキの欠片を少しずつ、運んだんだ。ああ、だから、蒼空の口の周りには真っ白いクリームがくっついているのか。
僕は思わず、大笑いしてしまった。忘れっぽい僕にも、今と変わらぬ無垢な蒼空にも。
「よしましょう、みみる。これはとても、自然なことなんです。確かに僕達、人類は文明が発達したおかげで寿命が延びました。だけど、確実にお別れはくるんです。蒼空……」
丁度、一階の台所から出て来た蒼空と目が合う。身体は前よりも痩せてしまって、骨が浮き出ているのに翡翠色の双眸は変わらず、僕を暖かく見守ってくれている。
「しーちゃん……」
耳をすまさなければ、聞こえない声だが、僕にははっきりと聞こえた。
「もう、寝てて良いよ。楽しい夢を見てね」
そう言って、蒼空の唇にゆっくりと自分の唇を重ね合わせた。その瞬間、妙に切なくなって僕は蒼空の頭を抱えた。この口づけが永遠に続くように。
息が苦しくなった。自然と口と口が離れていく。蒼空の息が僕の顔に優しく触れていたのに今は触れていない……。
蒼空は何かを決意したように左手の薬指にはまっている結婚指輪を眺めてから、僕に強い眼差しを向けてくる。
「しーちゃん、深白と最期にお話しがしたい、二人きりで」
「……最期なんて言わないでくれ……」
「最期……なんだ。ごめんね、しーちゃん」
そう言った蒼空の顔は疲労に顔を歪めていた。今までその疲労を内に秘めていたことは誰でも解る変わりようだった。目を凝らすと、確かに蒼空の着ているワンピースは汗で濡れていた。頬には涙と汗が伝う。
「ごめんね、気づけなくて」
「ううん、蒼空こそごめん。最期は最初みたいにしーちゃんと笑顔で別れたかった」
「いいじゃないか……僕らは一人では何もできない無力な人間なんだから」
「うん。ありがとう」
「僕こそ、蒼空……あ、ありがとう……」
僕と蒼空の明日はそこで終わる訳ではないって知っていた。その明日は深白に受け継がれている。ただし、別のレールの上にある別の駅を目指している。
だからこそ、その理屈は寂しさを隠せない……。蒼空、さようなら。
トン、トン、トン……と杖を叩くようなゆっくりとした階段を登る音。私はその音が悲しくて仕方がなかった。だけど、私は泣く訳にはいかない。
ずるいよね……ママは。
きっと、そうやって自分の想いも、私の想いと一緒に常に在り続けようとするんだね。でも、嬉しい。
あれ? 泣いているのに……頬を触れると涙に紛れて笑顔が隠れているのがはっきりと解る。
そうか、私はまだ、ママと一緒にいたいんだ。
足音が私の部屋の扉の前で止まった。入って来ようとはしない。
私はママと別れたくなかったけど、ママの時間はそれを待ってくれないことを知っている。どうして、萌え星人であるママの三年間と、萌え星人と地球人の混血である私の生きる時間……これから生きるであろう時間、六年間という差が生まれたのだろう?
ただ、その差を疑問に思いながらも、答えは出なかった。怖いって思いだけが心臓の鼓動を早くする。そうだ、ママに慰めてもらおう! 抱きしめてもらおう!
扉が開いた。私はママだと解っていたから、そのまま、私よりも背の高い暖かい身体を抱きしめた。あれ? 逆だなぁ。良いか……。
「暖かいよ、ママ」
「……」
「ママ?」
「…………」
「ママ……」
「……………」
「ママ……重いんだよ、それ」
私は自分の薬指にいつの間にか、はまっていた金色のシンプルなデザインの指輪を見下ろした。
ママの呼吸は聞こえない。私が支えていなければ、きっと、もう……。
「解ったよ、ママ。深白にしか、陽乃心は任せられないんでしょ。でも、良いの? 深白、格好いい兄様の娘……」
「……」
「うん、解った。任せて……」
「…………」
「解ったから、お願い……声を聴かせてよ、ママ」
悲痛な叫びじゃあ、ママも声を聴かせてくれないと思って、私はママにお洋服を強請る時のように甘い蜜のような声をママの耳元に響かせた。
だけど……だけど!
「………………」
「ママ、暖かい。まだ……人工暖房機」
これが死ぬこと。これが死の重さ。
ママが最期に私に教えてくれたこと。さよらなら、私の可愛くて頼りになるママ。