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宇宙人と僕  作者: 遍駆羽御
第二部 深白編
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第五章 消える意味、在る歓び

 第五章 消える意味、在る歓び


            <Ⅰ>


 五月七日……全ての有機生物の人生が誰も知らずに、絶望の時を刻み始める。

 その絶望は意志を確かに持っていた。雛星の自分を観測するジャンヌ・ダルクを迷惑そうに眺める。だが、脅威にならない。脅威になるとすれば――

「リアを無限に集約する者……リア・レイン」

 その声ははっきりとした人の言葉、日本語だった。リア・レインをリア・レインたらしめる者の言語だ。あってはならない宇宙に毒しかもたらさないリアの光。それこそが彼――ユニバースホールが沈黙を真に破る合図。焔が静かに広がっていく。ジャンヌ・ダルクの観測を狂わす。血の衣をその身に展開して……。


 五月七日 午前 五時三十分。

 各組織、宇宙連合(地球は宇宙連合の傘下に四月十日から加入)、アリク連合との聖戦に必要な調整を終えて、エクスカリバーは本国の雛星へと飛び立つ。みみるを対象人物、あるるを想い人にしたエクスカリバーは普段の二倍ほどのスペックで宇宙を駆け抜ける。いつものように雛星へとワープをするためにワープ施設の一つである太陽系ワープタワーへと向かう。一年前には、ワープ装置 スライダーゼロだけだったが、今では地球旅行の需要が増え、休憩所として一つの街が形成されていた。

 みみるとあるるは休息と食事を得るべく、エクスカリバーを要人専用のドックに入れる。そして、彼女達が向かったのはスライダーゼロ 街区だった。そこの何の他愛もないハンバーガーショップに入店する。

「いらっしゃいませ。二名様で、お席の方は喫煙席にされますか? 禁煙席にされますか?」

 カウンターで接客をしているふくよかな体が特徴的な女性がにこやかに応対した。

 みみるはあるるの手を引く。そして、無邪気に言う。

「もちろん、禁煙席なのじゃ」

「何言ってノー。あるるがいる場合は妹のあるるを基準に物事を考える。それ、姉の……天才さんの義務。ということで喫煙席へレッツゴー 雛シスターズ」

 あのー、と困り気味のカウンターにいる女性店員を余所にあるるは勝手に右側の喫煙席のある方へとみみるごと、歩む。そうはさせないと、みみるは近くにあった無料のドリンクが楽しめる機械にしがみつく。

「嫌、なのじゃ」

 みみるの抵抗に軋む機械。機械の上部に位置する硝子から、激しく波打つオレンジジュースが覗けた。みみるとあるるの後ろにはたくさんの客が迷惑そうに立っている。

 あるるはみみるに邪悪な笑みを浮かべる。

「まだ、陽乃心に恋愛感情を抱く姉。天才さんのご要望を聞いて、日程にはなかった桜餅学園 クラスIEDに赴いてやった。次、あるるのご要望」

「うむ、そ、それじゃあ、仕方ないのじゃ」

 項垂れるみみるを引き連れて、またもや、勝手に左側の喫煙席の一つへと腰掛ける。

 みみるとしてはそれはどうしようもないことだった。陽乃心、白妖精剣のパイロットでクラス IEDの中では昨日の戦闘訓練において、扇、蒼空に次ぐ第三位の実力を持つ。その感情値は一般の地球人を軽く凌駕する。それ故、訓練機の初期のエモーショナルブレイカー ブロンズに搭乗しても、ブレイカーの命ともいえる刃が彼の感情値に堪えきれず、大破する。それでいつも、扇や蒼空に隙をつかれる。それが敗因だ。

 その悔しそうな顔を彼には無断で携帯に撮っていた。みみるは携帯の透明な画面に映る彼の横顔に頬を赤らめる。

「やっぱり、格好いいのじゃ、心。風に揺れるスポーツカット、そこから香るシャンプーの清潔な香り。薄茶色の瞳に見つめられたら、我はいつもの我ではなくなりそうじゃ……」

「姉~~~」

「いかん、我は威厳を持たねばならぬのじゃ!」

 急に立ち上がり、みみるはテーブルを叩いた。まだ、口をつけていなかったオレンジジュースが零れたのには気づかず、まして、周囲の視線と必死に他人の振りをしようと思案する妹の視線には気づかない。

「我と同じく小柄な心は長身(百五十五センチ)の蒼空には合わんのじゃ。いっそ、蒼空から……引き離すのじゃ。エクスカリバーの速度と我の恋する感情値を併用すれば、白妖精剣にだって追いつけないのじゃ。だが、それは――」

「姉、犯罪です」

 あるるに肩を掴まれて、静かに椅子へと沈むみみるの目線は蛍光灯をじっと、見ていた。それしか、彼女に批判の視線を向けないモノがいないからだ。相当、馬鹿恥ずかしい。

「でも、それでも、我は天才じゃ」

「はい、はい、天才さん。メニューから、食べ物を選ぶ……」


             <Ⅱ>


 冷ややかな空気も慣れるものだ。しばらくして、みみるにはオムライス、あるるにはバラエティー豊かなサラダが卓上に置かれた。それを一心不乱に二人が食べていた時だった。

 みみるの携帯が激しく鳴る。あるるはそれを咎めようとしたが、すぐに切るだろうと思い、猶予期間を与えた。姉の表情は平常時の偉そうな顔から、難しそうに眉間に皺を寄せた顔へと変貌した。

 サラダが不味くなる顔だ。どうせ、自分の意見を求めるに違いない。地球に来る以前、みみるはあるるに最低限の知識的な見解を述べるだけだった。それは一方通行に、まるで自慢のように……。地球で何かがあったのか? みみるはあるると対等に付き合うようになり、父親を廻る恋愛合戦からもみみるは手を引いた。みみるが手を引くと、あるるも父親に興味を失った。

 みみるが喋っている間、サラダを掬う手を止めて自分に関する分析を行う。気になってしまうと分析せずにはいられない。それがあるるの性質だ。だからこそ、本当の天才と肩を辛うじて並べられる。

 みみるが恋愛感情を抱いている陽乃心に最近、あるるも研究対象以上に期待をしていた。聖戦を終わらせる英雄としての期待? いや、違う。自分も心が欲しいのだ。いや、それも違うな、と眉間に皺を寄せる。

 そうか、自分はみみると同じものが欲しい。つまりは――幼い頃、一つのオモチャを共有していた。互いの服を互いに交換して着ていた。あの頃の無邪気な関係に戻りたいのだ。

 そう結論付けると、自分の盲目さに深く、深く、幻滅した。それを隠すようにフォークを握り、天井高く上げて、一気に降下。目標物のトマトにフォークは突き刺さり、みずみずしい鮮血を小皿に滴らせる。それに構わず、あるるの大口はトマトを囓る。また、血が流れた。

 ぽた、ぽた、と小皿に血痕を残す。

 まだ、携帯を使用している姉にとうとう、妹は照れ隠しにキレる。

「天才さん、食事中は携帯を切って下さい。どうせ、ろくなことのない用件です。エネルギー補給は生きる者に――」

「な、なんじゃ、と! そんな馬鹿なことが……映像がある? だったら、早くこちらへと転送するのじゃ!」

「姉! 何が!」

 その姉の驚きは尋常ではないことは、産まれた瞬間から曲がりなりにも家族をしているあるるにはそれだけで伝わった。フォークをゆっくり小皿に置く。まだ、トマトはフォークに刺さっていた。

 みみるはあるるに視線を合わせる。その顔は泣きたいのに我慢している顔だ。唇を噛み締めている。それが証拠だ。だが、あるるは敢えて、指摘をしない……。

「雛星の半分が切り落とされた。幸い、旧住民区じゃ。あそこにはもう、人はいないのじゃ」

「みんな、第二雛星へと移住した、そういえばそうですね」

 そのあるるの相槌を遮るようにみみるが――

「え!」

 と声を上げる。

 我慢の限界だ。あるるはマナー違反だと知りながらも、みみるの肩越しに姉の携帯のホログラム モニターに見入る。地下深くにあるミミルドームの景色がいつもと違っていた。まるで、その空間は人の体内のようだ。どす黒くもあり、鮮烈でもある赤一色の風景。その中に深刻な顔をしたスタッフ一同 百五十名がいる。ヘルマンを始め、酒乱のメアリー、三十路で彼氏ゼロのウリア、三キロ太ったとあるるに歯の欠けた笑顔を見せてくれたディビット――第二雛星に恋人がいて来週、挙式を挙げるんだと歓びをみみるに語っていたカーセフ。みんな、みんな、知っている。そのみんながユニバースホールに呑みこまれている。

「まだ、少し消えるまで時間があるようです」

 一同を代表してヘルマンが硬い表情、硬い声質でみみるとあるるに語る。

「リアか……リアの集合体の進化である人類が無機物質よりも呑みこまれるスピードを遅くしておるのじゃ! 早く脱出するのじゃ。エクスカリバー フウガで奴の身体を刻め。あれはインフィニティーエモーショナルエンジン搭載機じゃ! それを利用すれば」

 ヘルマンはそれには肯定も、否定もせずに無視して話を進める。彼の顔には諦念と決意が表れ、それがきりっとした顔を形作っていく。分厚い唇からふぅ、と息が漏れる。それを皮切りに彼は話を再開する。もう、誰にも遮らせないと目がぎらついている。難いの良い体の男はいつもの可笑しいくらいな美少年の甲高い声に戻る。

「エクスカリバー フウガ、フランジュベルグ エンオウの二機は地球に到達できるようにプログラミングしておきました。みみる様の真インフィニティーエモーショナルエンジンと、あるる様の短距離ワープ装置 ルミミがきっと、任務を遂行することでしょう。作り手の性格はともかく――」

 みみるとあるるは黙って聞くしかなかった。彼らの最期の想いを。彼らのなけなしの勇気を。彼らの全身の震えを。彼らの引き攣った笑顔を。

 彼らの歴史の終焉を。いや、違う。きっと、彼らは次に繋がる子ども達に人類の歴史を渡すべく自らの死と今も闘っているのだ。

 だからこそ、みみるは偉そうに強気な表情を。だからこそ、あるるはタバコを口にくわえ、いつもの報告を聞くようなだるそうな表情を演出した。

「最期になりますが、完成しましたよ、聖剣の刃の地図が。それは地球のアースガーディアンにデータ送信済みです。アカエル様から受諾を一時間前に確認しました。みみる様、あるる様、どちらかがこの刃に名称してください。コードネーム エイガでは華がないでしょ? 私達はその名を墓石に刻み、消えましょう」

 あるると、みみるはその声にたいしての、回答は一つと言わんばかりに口を開く。

「お前達が決めるのじゃ。自分の墓石に刻む名くらい」

 とみみるが涙声で言い――

「ヘルマン達が決める……」

 あるるがそれに続いた。

 既にヘルマンだけになっていた。赤い空間でヘルマンの豪快な笑い声が携帯越しからでも鮮明に聞こえた。まるで陽気に彼が大好きなハンバーガーとビールを喰らっている時の声だ。

「では、お言葉に甘えて。――ディア チャイルド」

「良い名なのじゃ」

「ですが……意外にヘルマンはロマンチック君だったんですね。あるるの目測が初めて外れました」

 ヘルマンの両足は消えかけていた。その足からリアが放出されている。それは彼らしい優しさに溢れた銀色だった。痛みはないのだろう。ただ、恐怖に分厚い唇を震わせている。そして、なんとか、言葉を紡ぐ。

「みみる、あるる、ありがとう。人類を、自然を、星を、宇宙を救ってくれ、どうか」

 それがヘルマンの最期の言葉だった。彼は消しゴムで消されたように消えた。銀色のリアもそれと同時に消えた。

 だが、微かに……スタッフ達全員の合わさった愛しい声が聞こえる。

 みみる、あるる、君達は生きろ。そして……未来を子どもに。魂は常に二人の姫の傍に、と。

 みみるは赤い空間しか映らぬ携帯電話を切った。そして、無言のまま、二人は精算を済ませて、エクスカリバーに搭乗した。

 みみるは我慢できたのだが、妹がすぐに泣きたいのを互いの肩を刺しているチューブ――エンゲージチェーンから伝わる感情によって敏感に感じ取った。

「あるる。我も泣く、なのじゃ」

「姉?」

「彼らのために強くなる。その前準備じゃ」

「涙を……ですか。この悔しさを刻むために? それでしたら賛成……」

 二人の泣き声はまるで母親を捜す赤ん坊のように容赦がなかった。


              <Ⅲ>


 その日の晩。雛みみる(宇宙連合)、アリク姫(アリク連合)の間で地球――アースガーディアン内にて、公式な会談が緊急に執り行われた。それは、雛星がユニバースホールに飲まれたことを危険視してのことだった。結果、聖戦の最終段階――決戦を行う道を両者は選択する。

 五月八日 午前 十時三十分。

 宇宙連合側のユニバースホール対応戦力が招集される。それは校内放送によってだった。

「クラスIED、UHの件で至急、話があるのじゃ。今から呼ぶ者は――」

 そのみみるの声を聴いて、特別クラスではない一般の生徒は口々に「誰だ? あの小学生みたいな声は?」「ったく、また、誰かが放送室ジャックしたよ。先週も特進の飛び級で入った子……名前なんだっけ。ああ、陽乃深白ちゃんだ。その子が陽乃心に愛の告白してたぞ!」「えー、まじかよ」

 との声を発する。

 それを面白がる人物がいた。もちろん、表向きは新米教師、本当はクラスIEDの新米教官 河霜扇だ。彼女は眼鏡をワイシャツで拭きながら、隣を歩く表向きは秀才揃いの特進クラスの生徒、本当はクラスIEDの新米パイロット 陽乃心の腕を肘で軽く突っつく。

「おい、呼ばれてるぜ。僕が君達の話題に乗ってる深白たんのくそ兄様だよって言いにいけっ」

「そんなの、できませんよ。扇ちゃんは教育者になってからも僕を虐め続けるんですね」

「馬鹿、前にも言っただろう? 俺はお前をMの戦士として教育してるんだって!」

「そ、そんな恥ずかしいことを廊下で言うなど、ナンセンス極まりないですよ。今は放送に集中すべきです」

「妄想主義者? の自称が聞いて呆れるぜ。とんだ雛ちゃんだ」

「なんとでも言っていだだいても結構ですよ、教官」

 そう、さらりと(たしな)める双嵐朝。いつものリクルートスーツではなく、ちゃんと制服を着ている。まだ、慣れないのか? ひらひらのミニスカートを何度も整え直す。

 その様子を見て、扇がにやりと我に秘策あり、とばかりに悪巧みの笑みを浮かべる。それを遮るように陽乃心は朝に同意する。

「ちゃんと話を聞かないと、きっと、みみる、怒りますよ。星間問題に発展しますよ。前だって、あるるのおやつを食べた、食べないでみみるがあるると喧嘩して、それがそのおやつを製造していたメーカー倒産へと誘ったじゃないですか。みみるの強制力で……」

 誰もがその時、みみるが吐いた大人は汚い的な言葉を思い出す。

『どうじゃ。これがみみる。これがみみるの力なのじゃ! おかしを無くせば、あるるも怒ることないのじゃ!』

 その調子とまるで代わり映えのない偉そうな声が廊下中に響き渡っている。

「――陽乃心、陽乃蒼空、陽乃深白。そして、彼らの教官 河霜扇、真夏梅雨(まなつ  うめう)。放送室で我が待っててやるのじゃ。さっさと来るのじゃ」

 真夏梅雨と聞いた瞬間、まだ、給食のおばちゃんというキーワードが心の脳内を支配する。あんなに優しく蒼空に付き添って、給食を一緒に作ってた人が……実はその裏では白妖精剣のような雛星にとって機密事項を内外に知られないように暗殺を主に請け負っていた怖い人なんて……。

 心は溜息を吐いた。世も末だな、と。その横で朝の歩が止まっていた。

「どうしたの、朝ちゃん?」

「呼ばれなかったんです、あたしの名前が何故――」

「当然だろう? 陽乃一家にはあれがある。俺と従姉の梅雨姉貴には深夜に届いたエンオウがある。あれ無しでUHとは遊べねぇだろう?」

 えっ! あの虫も殺さないような優しい表情の元幼稚園の先生と、虫を残虐に羽根を一枚、一枚ともぎ取ること濃厚な河霜扇が血縁関係? と思わず、心は首を傾けた。

 その疑問すら、吹き飛ぶ荒い声がクールな表情だった朝の口から飛び出す。

「ですが、私は!」

「馬鹿! 死にてぇのか」

 必死の形相の朝を扇の怒声がいとも簡単に跳ね飛ばす。

 朝は解っていた。理性が理解しても……心を想う気持ちが彼女を奮いたたせる。静かに。だが、心臓が熱く鼓動するくらい情熱に燃えて……。

 扇はその言葉を朝に対する回答として、心の背中を歩け! の意で一蹴り入れて渋々、歩き出した心と共に朝の視界から消える。

 残された朝はただ、一般の生徒の喧騒に紛れて存在が稀薄に染まるしかなかった。だが、それでは……朝の想いは満たされない。

 そんな朝に宇宙連合関係者と共に、後に下された任務が同盟国の安全確保だった。朝は地球人の安全確保に回ることになり、上司は宮御紲だった。


             <Ⅳ>


 五月九日 午前 七時十分。

 桜餅学園に去年、建設されたIED専用ドックでは白い妖精の鼓動が聞こえていた。鍔に羽根を得た聖剣が咆吼を上げる。勇ましい叫びに呼応するかのようにドックの扉が開き、透き通った青が広がる。

 その白き妖精内部には、透明な膜――ディアシールドに守られ、互いの肩に刺さるチューブ――エンゲージチェーンにより結ばれた陽乃心、陽乃蒼空、陽乃深白がいた。

「蒼空、ディアチャイルドの装着の手順は? 昨日の夜、復習したよね? 覚えている?」

「しーちゃん、心配性。まるで蒼空がキーボードでの深白ちゃんのサポートができないみたいだよ。双対象人物の自我が壊れないように、ディアチャイルドの出力を操作する! そうでしょ?」

「いいえ、違います。ママ」

 これが父親の間違いだったら、深白は言葉の限りを尽くして(けな)しただろう。彼女はいつも、父親としてではなく、格好いい深白の愛を受け止めてくれるお兄様像を心に持たせたいようだ。

「あ、あれ~」

 蒼空が目を丸くさせる。余程、自分の理解度に自信があったようだ。

「ディアチャイルドが壊れないように……リア・レインの光に刃の素材 ヒノフェアリーが堪えられないから、刃に一定以上の感情値が及ばないように操作する」

 そう、淡々と深白がママに教える。その顔はなんとも得意げだ。きっと、ママに教えることが嬉しくて仕方がないのだろう。

「じゃあ、なんで白妖精剣がリア・レインを発動できるの?」

 と蒼空が当然の疑問を持つ。宇宙最強の金属 ヒノフェアリーは白妖精剣の外壁などにも使用されているだろう、と考えたからだ。心もそれには賛同し、肯く。

「ん~、気合い?」

「くそ兄様の頭はぽかぽか日和。いつも、と同じで安心です」

 深白の言葉に賛同の笑い声が響く。機内にいる蒼空、深白以外にも中空に浮かぶホログラムモニター越しに、

 エクスカリバー フウガのパイロット 雛みみると、雛あるる、

 フランジュベルグ エンオウのパイロット 河霜扇(有機物質感情士 第一位 諸刃の刃)と、真夏梅雨(有機物質感情士 第一位 瞬即(しゅんそく)の殺し手)、

 エデンのパイロット アカ・エル

 ――の笑い声を響かせ、白妖精剣は一瞬で宇宙へと舞台を広げる。

それを追うように全身を炎に纏い、鍔に鬼の形相を、刃の他に左右に角を持ったフランジュベルグ エンオウが続く。そして、黄金の粒子の竜巻をその身に纏うエクスカリバー フウガが飛翔し、それを追うように不死鳥――エデンが空を翔る。

 それを桜餅学園上空に位置するブレインウェーブを周囲五百キロメートル展開中のアースガーディアン 地球大使室から見守る双嵐朝。その唇は悔しさに結ばれていた。前髪によって隠れている片眼がぎらついていた。そんな厳つい視線にも関わらず、いつものきっちりしたリクルートスーツをしっかりと着こなしていた。

 それを目で追っていた宮御紲は、

「難儀なものだね、あなたも」

 と、溜息混じりに朝を気遣う心情を示す。

 朝は俯いたまま、その心遣いを突き放す。

「あなたは後方支援。陽乃財閥から提供された超巨大戦艦 ノアの箱船で地球の住民を可能な限り……逃がす係」

「……」

「逃げるみたいでやだ? ん?」

「そうですね。あたしだけ、闘えない……。確かに、レゾナンスは攻撃は中途半端、防御は対戦艦レベルなら機能を果たす……それだけのエモーショナルエンジン搭載機です」

「違うわよ、朝ちゃん。私達も闘うの。リア・レインのディアチャイルドはインフィニティーエモーショナルエンジン事装填する実質上無敵の聖剣の刃。でもね、ユニバースホールは未知数。だから、それぞれができることをするのよ」

 そんなのあたしは望まない! と朝の瞳が震える。

「ですが……そんなの! ちっぽけですよ! 幾ら、あたしがデリュージョン イデオロジストだからって許容できません。心はあそこにいるんです、あたしは、あたしは……」

「女の子、で生き残れるほど、聖戦の最前は甘くない! いい加減、成長しなさい。あなたの初恋は終わったのよ、朝。もう、心君と肩を並べる必要なんてない。自分の器を知りなさい」

 はっきりと弱々しい女の子の瞳を見据える紲。大人びた和服姿も相成って、朝など、まだ、十七年しか生きていない女の子だと嫌が応にも教え込まされる。そして、萎縮してしまう。

「……」

「あなたは優秀なんですから、フランジュベルグ エンオウやエクスカリバー フウガ、白妖精剣 エデン搭載型、エデンの予備のエンジンや刃の部品を護衛する側に回りなさい」

 事務的な冷静さを伴う硬い声は朝の萎縮をさらに加速させる。

「……」

「それほどまでに、あなたの初恋は大切?」

 ふと、いつもの柔らかな紲の声質に戻り、俯き、今にも泣きそうな少女に尋ねる。それは朝にとって突拍子もないことだった。びっくりとした表情がそれをよく示している。

 だが、彼女の萎縮は魔法のように溶けた。それは幼い頃から、確信がある事柄で、何度も悩み、成功を夢見た悪友のようにいつも、そこに在る感情。胸の奥底が華やぐ。

「はい、今でも……あたしは初恋してます、心君に。レゾナンスでその想いと一緒に飛んでます」

「あら、あら、心君は本当に幸福ねっ。宇宙中の男の子からお腹を刺されても文句が言えないくらいに」

「だったら――賭けましょう。その想いに。陽乃家の裏で創られた最強の機体 レゾナンス・フィールドを。一時間前に完成ほやほや、よ。ちょっと、待ってて」

 朝に背を向けて、扉の取っ手を握り締めた紲を戸惑いの声が止める。

「でも、昨日、ブリーフィングの通り。聖戦の最前はクラスIEDの中でも、インフィニティーエモーショナルエンジン搭載機だけが出撃するはずじゃあ――」

「ふふーん」

 と、鼻歌が混じった自信の表れで朝に応えるだけでそれ以外、喋ろうとしなかった。当然、朝には意味不明だ。

「え?」

「待っててねん。ちょっと、陽乃財閥 チキュウ部門に連絡してくる」

「地球部?」

 何もかもが解らない朝を残したまま、紲はそのチキュウ部門とやらに連絡をしに行く。しーんとした空気の中でその場を決死して動けない家具達と朝は同一のものであるかのように完全に動きを止めていた。頭だけが仕切りに不安な展開を幾つか、並び立てる。その度によく、見ると……朝の喉は微かに上下していた。


            <Ⅴ>


「凄い何? これ……」

 そう眼下を覗き込んで感嘆の声を上げる朝。(はな)(おか)動物園に連れて来られた時もびっくりしたが、動物園の地下に巨大な空間が広がっていたのだ、無理もない。その空間に一つの街が健在していた。外にあるコンクリートジャングルとは違い、いうなれば、ここはクリスタルジャングルだ。ただし、ただの鉱物ではない。特殊金属――ヒノフェアリーと彼女は推測した。

 煌びやかな光の反射によって、互いの建物に灯りを贈る。その小さな営みが大きな営みへと変質すると、地下とは思えない光に満ちた空間ができあがる。まさにそれは光が織り成す芸術だった。

 朝と紲を運ぶロープウェイは静かに紲が言うには、始まりの駅へと目指す。

「驚いたでしょ。陽乃財閥は太古の昔から存在していたのはみみるちゃん達の話で理解しているね」

 朝と対面して座る紲が子どものように純粋にそう言った。そして、朝が驚く顔を再度、確認してから話を続ける。

「そう、太古の昔から、雛星よりも前にチキュウにいる時から、ユニバースホールに闘いを挑んできた唯一の一族。リア・レインは正統な一族の奥義って解釈が正しいのよ。デジタルなものではなく、アナログね。人間そのもの。リア・レインの正体はリア――感情の原子の結び手となる正統な陽乃の一族の人間の感情が高ぶり、周囲の人間と、完全共鳴した瞬間にリアが結ばれていく。その結び手の力が強いほど、リアは協力的になる。有機物質――つまり、人間のみが持つリアは――」

「ちょっと、待て下さい。動物や植物だって」

「あら、あら、IEDでまだ、習ってないのね。驚いちゃだめよ。人間は偶然、リアを獲得して無機物質から逃れた。ユニバースホールが操作している無機物質からね」

「な、じゃあ、神だって言うんですか?」

 それに紲は首を横に振る。

「沢山、ある宇宙のシステム――無機物質の進化体であるユニバースホールは無数に観測されている。たまたま、私達の住むユニバースホールがたった一体なだけよ。リアは無機物質の運命に干渉する力を少しだけど、持っていた。その力が人間を文明人にしたのよ。それを増幅し、兵器にしたのが、エモーショナルエンジンのシステム。みみるちゃんは馬鹿天才だから、そんな理論を飛び越えて、エモーショナルエンジンを開発しちゃったけどね。あれには、全部の星を観測している私達――陽乃財閥 チキュウ部門も驚いちゃった。焦ったわ。リア・レインの奥義を産まれながらに会得できる組み合わせ、蒼空ちゃんと心君の二人を引き合わせるんだもの」

 その存在があの可愛いらしい女の子、心と蒼空の子ども……そう思うと、朝はロープウェイのどこでもいいから、破壊したくなった。特に窓硝子なんて、良さそうだと舌なめずりする。

 その視線に気づいた紲は腹を抱えて笑った。

「だから、悔しかったので細工してやりました。白妖精剣建設時に、陽乃財閥から全宇宙に提供していたヒノフェアリーではなく、鏡面金属(きょうめんきんぞく)をヒノフェアリーと偽ってみみるに与えました。インフィニティーエモーショナルエンジンの開発成功記念だってね」

 紲が口を閉じる。丁度、ロープウェイが始まりの駅へと到着した。そこには人が溢れていた。人種を問わず、年齢を問わず、各々が外と同じ生活をしている。子どもをあやす母親もいれば、仕事帰りの汗まみれの青年もいれば、ランドセルを背負った少年少女もいるし、月刊陽乃家という漫画雑誌をベンチに座って読んでいる中学生もいた。

「みんな、陽乃に仕える技術者や、その関係者よ」

 その人混みの中を掻き分けるように、コックの恰好をした小さな女の子が近付いてきた。背は深白と同じくらいだろう。気の強そうな眼光鋭い少女は当たり前のように紲の隣で立ち止まる。栗毛色の髪は腰まで流れていて、その髪に癖はない。

 その少女の正体を話さずに、紲はまずは目的の場所に行こうと提案し、少女と朝がそれに賛成する。

 その目的の場所は他とは違い、暗い教会だった。ただ、普通の教会とは違い、中身がなかった。椅子もなければ、祭壇もない、パイプオルガンもない。壁や床は真っ白だ。

 中央へと三人が進むと、急に紲が喋り出した。

「紹介するよ。陽乃財閥の重鎮の一人、陽乃(ひの)すず」

「説明は省くよ。僕の存在はそう、重要じゃない。恥ずかしがり屋なんだ」

「その服装と……その眼光の鋭さで? ですか……無理がありますよ」

「あら、あら、言われちゃったね」

「僕の個人的な趣味嗜好をずたずたにしている時間は残念ながら、僕を含めた人類に有意義な時間を与えません。ごらんなさい」

 そう、この場には滑稽なコックさんの服装のすずが静かに言った。強気なオーラを全身から発しているのに。

「ホログラムモニターを」

 と、すずがさも、普通だとばかりに言う。すると、三人の前に映画館のモニターの二倍はあるホログラムモニターが出現した。そして、そこには広大な宇宙と、白妖精剣を始めとした数機の自軍機、友軍機が確認できた。それをモニターが穴が開くくらいに見つめる朝。

 闘いは既に始まっていた……。


            <Ⅵ>


 五月九日 午前十時。

 そこには人の住める惑星がなかった。ただ、広大に広がる宇宙空間が確認できる。確認した瞬間、エクスカリバー フウガの内部にいるみみるとあるるは悔しさを隠そうとせず、全てを表に出していた。その顔は焔のように真っ赤になっていた。

 心は同情の声を掛けてあげたかったが、何をどうしたら……良いのか? 解らなかった。自分もそれとは種類が違うが、感情のやりどころのない痛みを感じた記憶がある。でも、これは本当にどうしようもないのだ。

 だから、陽乃心は、陽乃蒼空は、陽乃深白は、二人を――人類を――悲しませる存在を自分にできる最高の嫌悪感を瞳に乗せて、それを睨む。

 それは、無機物質の塊であり、太陽に似ていた。真っ赤に彩られた外観は、数日前にはそこにあったはずの雛星の血を全て、絞りとったようだ。

「……早くやるのじゃ、我はヘルマン達の仇を討つ」

「趣旨が違いますが、それにはイエス」

 低い二つの声、みみるとあるるが獲物に今すぐ、飛びかかりたいと、白妖精剣、正確には陽乃心を急かす。この部隊の長はみみるである。だが、事実上、ユニバースホールと対等に対峙できる第六世代の旧型 白妖精剣以外にない。

 リア・レイン。無機物質を変えていくわずかな力の集合体が人類のたった一つの剣だった。

<まぁ、そう急かすな。リアの集合体の進化体の皆、皆様>

「何? ユニバースホール内から音声を直で、だと」

「完全に機体を擦り抜けて聞こえてくる」

 黒妖精剣に搭乗しているアリス・レオ、アリス・カノンが驚愕に震えた。急いで、カノンがシステムチェックを開始する。細い手がキーボードをピアノのように扱う。

「システム エラーを認められない? そんな」

「こっちもだ、ちくしょう。なんだ、この訳の解らない技術は!」と怒鳴る扇。

「苛立っても仕方ありません、ですが、まきぐそな事態」と静かな怒りを燃やすあるる。

「アカエル!」

 戸惑う仲間達をモニターで確認しつつ、陽乃心はただ一人、冷静に思考を巡らせている蒼空に似た女性 アカエルを呼ぶ。その女性はその呼びかけでこちらの意を理解する。

「エデン、分散」

 アカエルの言葉がエデンを分散させる最後の承認となる。不死鳥の各部は白妖精剣を取り囲む。鍔の上部に頭部、白妖精剣が二枚の羽根を閉じた箇所に真っ赤な羽根、エデンのエンジン――エモーショナルエンジンを完全停止して不死鳥の胴体が白妖精剣の柄に装着される。予備にエデンが積んできたインフィニティーエモーショナルエンジンは白妖精剣が装備している刃――ディアチャイルド内部が開き、そこに収納される。これで装填できるエンジンは七つになった。

「七回で決める。そうだよね、しーちゃん」

 蒼空がディアシールドから手を伸ばして――

 そこに硬い感触が伝わる。それは蒼空が意図していなかった感触。その正体を当然、目で捉えている蒼空はむっとした。誰にでも解るようにわざと風船のように両頬を膨らませる。

 その正体は、エデン内部から短距離ワープしてきた生命維持ポット ネバーだった。その内部に満たされている液体に沈んでいる蒼空の母 アカエルはにこやかに蒼空を見て、微笑む。

「ああ、そうだな、蒼空。一回で決めるぞ、深白の時のように。帰ったら、夜明けの太陽に二人の裸体を曝し、重なり合おう。二人目、つくろう、蒼空」

「って、偽造しないで下さい、僕の言葉を!」

「そもそも、くそ兄様はそんな事を望んでいません……。深白との子どもを望んでいます」

「いや、僕は……」

 あまり、笑顔を見せない深白がママ用の笑顔をパパに綻ばせた。その笑顔で心は自らの理性を一度、置き去りにしたなんとも無責任な言葉を叫ぶ。

「ああ、もう! 帰ってきたら蒼空の子どもでも、深白の子どもでも、二人の子どもでも、つくろう。なんたって僕は君達を愛しているんだから」

「あい!」

「うん」

 その暖かい雰囲気に押されて、深白がリア・レインを発動させる。深白の白い肌が翡翠色に輝いていた。

 深白は願う。幸福な未来を、家族の未来を、救うための光を。

 一度、宇宙に拡散されるはずだった翡翠色の輝きはそのプロセスを踏まずに、ディアチャイルドに全て、吸収されていく。

 その過程で、激しいアラーム音が鳴り響いた。

「総感情値 七百億オーバー……。想定されている総感情値の量以上! 深白、リア・レインを解除してもう、充分、ディアチャイルドのリア倉庫に貯蓄された」

「はい、ママ」

 深白はリア・レインを解除するために深呼吸して、一気に拡散された自分の感情から自分の心を引き抜いていく想像を構築した。それは一瞬で成果として現れる。翡翠色に輝いていた全身が白い肌に戻っていく。

「ふぅー。ママ、ディアチャイルドの貯蓄は?」

「深白――」

「くそ兄様には聞いてないよ」

 感情を殺した顔で言われた鋭い一言が心を抉る。精神的にダメージを受けた心を見て、アカエルは素直になれない女の子してる、と深白に対して感想を抱いた。

 その横で、蒼空がモニターに映る情報を読み上げる。

「リア倉庫に百億マター、留まっている。許容限界ぎりぎり」

 その言葉を聞いて深白の眉間に皺が寄せる。自分が世界を救うんだ! そんな焦りを感じていた。それは脅迫概念に近かった。幼い少女はその感情を知らず、ただ……苛立つ。怯える。

 それを誰よりも理解していたのは、深白の大好きなくそ兄様だった。ディアシールドから抜けだして、深白の頬に光る涙を指先で丁寧に拭う。そして、泣き虫な娘の顔と対面した。

「いいか? 深白。自分、一人で闘うんじゃないんだ。偉そうなみみる、まきぐそと女の子らしくない数々の言動を見せるあるる、くそ兄様を昔から楽しく虐める扇ちゃん、敵同士だったアリス兄妹、いつだったか……深白に人形劇を見せてくれた梅雨さん、お前のママ……蒼空、お前の祖母……アカエルさんも闘う」

「でも……」

「それだけじゃないよ。地球に残ったみんなを守る役割についているくそ兄様の親友 朝ちゃん」

「それはくそ兄様が――」

「知っているよ、彼女が僕を今でも好いてくれていること。でも、蒼空と出逢ったから、土壇場でヘタレちゃう昔の僕と同じ性格の深白がここにいる。それだけで良いでしょ?」

「……」

「闘っているのは、宇宙連合の人も、アリク連合の人も……そうさ、世界中のみんながこんな中途半端な場所で途中下車なんてしたくないって思っている。僕もそうだ。蒼空だって後、数ヶ月の人生の旅路だけど――」

 蒼空と心が視線と視線を交わし合う。二人は優しく微笑んだ。

「しーちゃんの言う通り、蒼空は途中下車は嫌っ」

「ママ……。深白はずっと、怖かった。ここで死んじゃうのも、ママがここじゃないとこで死んじゃうのも」

 深白が本格的に泣き出した。それに困った蒼空は深白の背中を包み込んだ。暖かく、優しい香りが……深白の涙を止めた。ひくっ、ひくっ、喉を鳴らしながら、母親の顔を、父親の顔をそれぞれ、二度見する。

「人はね、いつか死んじゃう。でも……ね。ほとんどの人が幸福なことにその過程や、最期を選べるの。自らの意志で。蒼空の場合はしーちゃんや、深白ちゃんのおかげで幸福な最期を迎えそう。あれを倒せば。ねっ、簡単でしょ?」

「うん、簡単……。あいつを倒して、ママの――ううん、みんなの人生を幸せにする。みんなの意志で、深白の意志で」

 深白が決断する間に、白妖精剣 エデンをエクスカリバー フウガが前方で、フランジュベルグ エンオウが左側で、黒妖精剣が右側をガードしていた。

 白妖精剣 エデンのディア チャイルドの聖剣が翡翠色の光を纏う。

<いきなりリアの集約か。私の声に過剰反応することもない。かつては、無機物質だった人類の名残だと考えてくれればいい。さて、私を追い詰めた陽乃葵と陽乃礼に敬意を表し、ささやかなハンデとして今まで、君達に時を与えていた。その気になれば、いつでも滅ぼせる存在なのだよ。自分が頂点にいると錯覚した愚者達>

 それには誰も耳を貸さなかった。深白の決断がみんなの決断を促していた。

 その決断の焔に薪を放る。それを成すのはみみるの気高き叫び!

「作戦通りに行くのじゃ! まずはエクスカリバー フウガとフランジュベルグ エンオウを奴の攻撃の的に晒す。その合間を縫って黒妖精剣、白妖精剣 エデンが突撃。一撃で決めるのじゃ。こっちの装甲が持たないから、なのじゃ!」

 それに応える鬨の声。

 白妖精剣 エデン、黒妖精剣は通常飛行で駆逐目標――ユニバース ホールを目指す。それを追い越す短距離ワープ装置 ルミミを搭載した二機。

 短距離 ワープによって、まるでフランジュベルグ エンオウとエクスカリバー フウガは神出鬼没に、どこへでも出現する。効果がないと知っているが、みみるとあるるはエクスカリバーの刃を開いて、砲身から光の奔流――セイント ブラスター クラスリミットを容赦なく、ユニバースホールに打ち込む。

「効果がないと知っていても!」

「真インフィニティーエモーショナルエンジン搭載機の第七世代、出力は総感情値 百万マター、なのじゃ。さらに圧縮解凍する新システム オーバー リアによって総感情値 五百万マターなのじゃ!」

「雛王家の底力。味わえ、フルコース」

 さらにあるるがセイント ブラスター クラスリミットを連射と同時に柄から無数の星型――スターカッターを放出する。その鋭利な刃先が迷い無く、ユニバースホールへと突っ込む。

 それと同時にフランジュベルグ エンオウが動き出していた。

「閻魔よりも恐ろしいぞ、俺達が組んだらな!」

「ふっふふふ、この空気、やっぱり、和ます。はいはい……」

「「強者の夢の跡すら、残さず、焔が呑みこむ。顕現、狂気の業火の剣」」

 フランジュベルグ エンオウから、扇と梅雨の禍々しいまでの叫びが聞こえる。それは、自らの刀身に聴かせる戦歌。その歌に活気づけられたかのように刀身は赤く燃える。周囲に浮かんでいる隕石群は見るも無惨に蒸発し、溶けていく。隕石が溶解してできた道を悠々とフランジュベルグ エンオウは進む。その高速で動く焔はまるで燃え尽きることのない流星のようだ。

 その流星はユニバースホールを切り裂く……。それはエクスカリバー フウガのクラスリミットの奔流のまさにその一瞬、後だった。

 だが、何事もなかったかのようにユニバースホールは赤い巨大な塊であり続ける。

 ユニバースホールからは嘲笑が聞こえる。まるで人間がその中に存在するみたいだと、誰もが焦りをみせる。

<次は、私から攻撃をさせてもらおうか? 人間……リアの集合体よ、どんなに自分達が矮小なのかをその身に痣として刻め……>

 その硬質の声が響き終わるのを待たずに、戦局に大きな変動が訪れる。

 エクスカリバー フウガの全身を包むように回転しているリアの竜巻を押しのけて、柄を激しく、黒い手に殴りつけられる。その衝撃にみみると、あるるの身体は若干、振動を感じる。だが、ディアシールドの防御力の前では無傷に等しい。

 無駄なのじゃ、とみみるが口を開く前に第二波、第三波、第四波――第七十波がエクスカリバー フウガのありとあらゆる箇所を傍若無人に殴りつける。蓄積されたダメージが各部に凹みを生じさせる。

 内部を激しい上部、左右、下部の揺れに晒される。

「どうなっているのじゃ、モニターを見る余裕もないのじゃ」

「天才さん、恐らく、ユニバースホールは宇宙全体の無機物質を操ることが可能」

「ならば、何故? 我らの機体は正常なのじゃ」

「それは……リアに、有機物質に干渉しているため」

「そう……じゃったな。頭もゆらゆらでめちゃめちゃ、なのじゃ……おえぇ!」

 あまりの揺れにみみるは胃の中にあるものをぶちまけた。朝食に食べたサンドの具がまだ、消化しきれずに床に飛び散った。ピーマンがそのままの形で残っていた。それを目ざとくあるるの目が捉える。

「我慢ってものが昔からないですね、天才さん。あ、今もピーマンを否定してますよ? ピーマン食べないと胸、ノーです」

「喧しいのじゃ……我はいつも、素直なのじゃ!」

「威張ること、それ?」

 と、あるるがキーボードを操りつつ、無表情に非難というエッセンスを加えて言った。

 あるるがどんなにユニバースホールに対策を講じようとしても、クラスエンドレスの使用が妥当と、モニターに表示される。それでは……と頬から熱い汗が流れる。

 そのモニターを覗いていたみみるが口中の甘い唾液を全て、呑みこんでから重々しく口を開く。

「あるる、早まるでないのじゃ。セイント ブラスター クラスエンドレス発動後は……我らに未来はないのじゃ。まだ、希望はある、なのじゃ!」

 一方、フランジュベルグ エンオウはユニバースホールの周囲を回りつつ、計画性のない軌道に乗って、燃えたぎる剣で何度も斬りかかる。だが、空気を切るよりも虚しい手応えだけが刃先にある。

「くそっ! 俺達の機体では適わねぇってのが解っているのに……こんなに苛つく! ああ、苛つくね!」

「うーん、幼稚園の年少さんみたいに駄々をこねない、扇さん」

「でもよぉ! 梅雨姉貴!」

「忘れましたか? 私達の目的はユニバースホールに飛びつくウザイ蠅さんです」

 と、梅雨が余裕の微笑みを浮かべる。だが、その微笑みも一瞬にして凍り付く。

<本当にウザイな、君達は。ならば、最初の犠牲者は君達だ。順番なんて、関係ない。無機物質以外の異物は排除する。それは我々の共通見解だ>

「お前がそうでも、俺達は俺達が主役の映画を一人、一人、生きてんだぁ! 勝手に幕を下ろすなよ! エセ太陽!」

「蠅だって、刺す程度はできます」

「姉貴!」

「刃の限界以上に熱度を上昇させます。もし、ディアシールドも崩壊したらすいません。一緒に死んでね」

「もちろん!」

 二人の同意が成され、同時にキーボードを操作して、エンターキーを最後に押した。その瞬間、フランジュベルグ エンオウは真っ赤に燃える。真っ赤な鬼の口から炎が放出される。みるみるうちに外部が焦げていく。

 だが、それには気にせずに、扇と梅雨の――

「いけぇえええええええ!」

「これが最期の連続攻撃です」

「刃が続く限り、切り刻む! 奥義 ()(げん)(えん)()(ざん)!」

 その名に相応しく、刃先と同じ位置まで伸びた鋭利な二本の角と、エンオウの名に由来している炎王の刃でユニバースホールを切り刻む。

 炎王の刃は刃こぼれを細かく、生じさせる。だが……その成果はある!

「ユニバースホールが裂けた!」

 と、歓びの一声を扇が上げる。

<それがどうした! 蠅は払えばいい! ただし、私の場合は蠅には死を確実に与える>

 その言葉を聞いた途端、視界が真っ赤に染まった。自分の腹を影のように薄い刃先が貫いていた。腹から跳んだ血はフランジュベルグ エンオウの内部を突き刺す無数の薄い刃にかかる。

 だが、扇は苦痛に喘ぎながらも……希望はある、とほくそ笑む。

 梅雨も同じように、黒い刃に肩を射貫かれながらも、浅い息を繰り返して、希望はある、とほくそ笑んだ。

<何故? 笑う。その一撃は確実にお前達を死に導くはずだ! 何故? 笑う>

「個性の……うっ。ない没個性に……はそれは。あぅ。解らねぇぜ!」

「はぁ、はぁは、本当に、ヘタレさんなのに最期は決めてくれる!」

 二人は翡翠色の閃光を見た。その閃光こそが希望。

<な、なに――>


            <Ⅶ>


 その閃光――希望をみみる、あるる、扇、梅雨が目にした六分前。

 焔を剣に帯びたフランジュベルグ エンオウと、リアの竜巻を巻き起こし進むエクスカリバー フウガが先行したのを確認した時から、ある種の疑問を心は抱えていた。

 何故、タイムラグもなく、何のシステムも使わずにユニバースホールは僕らに直接、声を届けることができた? しかも、言葉の端々から、前から人類側の行動が筒抜けだった?

「いや、違う。あいつは僕達をずっと、観察していたんだ……。だが、何故?」

<リア・レインを継ぐ者、忘れてしまったのか? 人間は不便な生き物だ。宇宙へと還元され、また再生される無機物質の座を自ら、捨てたのだからな。我を知った瞬間に>

「当たり前だ! 僕達はお前のために生きてるんじゃない! コマにされてたまるか! そうか……」

 無機物質を操る能力のように見えるが……扇達と闘っているユニバースホールは違う。あいつは無機物質の集合体=宇宙。個であり、全でもある存在。恐らく、リアを体内に取り込んでいる人間――有機物質以外全てがユニバースホールの手足。

 ならば!

<無駄だ。その程度のリアでは私の存在を確信することすら不可能だ>

 不気味に頭の中に直接、響く声には耳を貸さない。ひたすら、キーボードを打ち続ける。あれの応用をすれば――きっと! 心はエンタキーを少し、強めに押した。

「格好いい兄様。リア拡散。無機物質集合体 ユニバースホールの全影響を遮断します。リア拡散超距離ワープ、いつでもほぼ、無限に使用可能。モード リア・レイン エデン」

 ちょっと、深白がびっくりしながら、心の方を真ん丸お目目で見つめる。心は少し、得意げにピースサインを娘に送る。娘も父親の行動を賞賛に値すると感じていたのか、ピースサインで返す。

 全体に翡翠色の衣を纏ったリア・レイン エデンの光は隣を平行して飛翔している黒妖精剣にも効果を及ぼす。

 それを予期していなかったアリス兄妹は呆然とモニターを見つめる。

 ――インフィニティーエモーショナルエンジンより高純度なリアが機体に何らかの影響を及ぼしています対処を。――

 その必要はないと、口元を隠してカノンはか細く笑う。

「これで俺達は消えたも同然か! リア拡散超距離ワープの予備動作を利用したってちび助がこちらに説明を寄越しやがった。英雄さん、みみるより天才じゃねぇか! はっはははは」

 そう豪快に笑った後、モニターに映る心を見上げる。

 心もモニターに映るレオを見上げる。

 かつて、剣と剣の激突を繰り広げた日を見た双眸は、今……剣と剣を一つにする決意をその双眸に交わし合う。

「さて、一気に突っ込みましょう!」

「おうよ、英雄さん!」

「左右から行きますよ。私達は右から左へと突っ切ります、蒼空様!」

 弱々しいが、そこには確固たる意志のあるカノンの声が黒妖精剣内部に響いた。

 黒妖精剣は彼女の意志を受けて、ユニバースホールから高速で右へとコース変更する。

「あい! 蒼空達は左から右へ突っ切る」

 黒妖精剣の軌道を確認した蒼空は深白の方を見る。全身を翡翠色に輝かせた深白はもう、既に進路の変更を行っていた。

 リア・レイン エデンは黒妖精剣とタイミングを合わせるために遙か、彼方へとワープをしたり、惑星の影へと隠れたり、月へとワープしたり――実に五十以上の普通では考えられない光以上の速度でコースを変更する。

 黒妖精剣がユニバースホールの右方向に到達した瞬間、リア・レイン エデンはユニバースホールの左方向へと超距離ワープを果たす。

「黒妖精剣 堕天使の(だてんしのつるぎ)発動」

 黒妖精剣の漆黒の四枚の羽根が鍔から離れ、剣先へと移行する。その漆黒の羽根の一枚、一枚から禍々しい黒い光が剣先へと吸収されていく……。

「深白! リア・レイン エデン 星崩しの剣」

「はい、くそ兄様」

 締まらないなぁ、僕ら一家は……。もう一度やり直しと思っていたヘタレなど、知ったことか! とリア・レイン エデンの不死鳥の如き嘴から深白の名のような深い白い光が、翡翠色に光るディア・チャイルドの中央部を駆け抜ける! そして、ディアチャイルドを超えてユニバースホールを目指し、止まることを知らない光の刃は伸び続ける。

 その様子をモニター越しに観察して、自分達が先に出た方が良いと判断したアリス兄妹はその意見で同意だと互いに頷き合う。

 黒妖精剣の黒い波動は機体前方を包み込むまでに膨らんでいた。それを解消するが如く、ユニバースホールを斬る。

 同時に――

 永久に伸びるであろう白き光の剣の先にある鮮血の塊のようなユニバースホールすら邪魔だと突き破る。

 そして、黒妖精剣とリア・レイン エデンが共に互いの位置を変えるべく、交差する。

 その二機が重なり合う瞬間を狙って、三分割されたユニバースホールの胴体から手刀が突き出た。リア・レイン エデンはその手刀を交わすまでもなく、通常移動さえももはや、点と点を飛びはねるような短距離ワープで軽々、通り抜ける。

 だが、黒妖精剣は必殺の一撃にインフィニティーエモーショナルエンジンが一時的に能力を低下させる。それでも、レオとカノンは雄叫びを重ね合わせて、その思いの丈――互いの無事をエンジンの出力へと変換させていく。

 迫り来る手刀を寸前にして、完全に避けた。……とカノン兄妹は誤認した。

「当たるかよ! そんなちゃちな攻撃!」

 黒妖精剣の遙か下方向に見える三分割されたユニバースホールをモニターで確認して、レオは捨て台詞を吐いた。

 アラーム音が鳴り響いた。甲高く、鋭いアラーム音はそれだけで機体に重大な何かが生じたことをアリス兄妹に備に知らせる。

「何……くそ、掠った」

 先程の勝利の宣言はレオ自身によって、取り下げられる。モニターがエンジンの出力が低下していることを表している。冗談じゃない、とレオは思った。

 宇宙連合から提供された技術――インフィニティーエモーショナルエンジン構築論はそんな柔な攻撃で破綻するような代物ではない。余暇のリアさえもエンジンの熱暴走や、外部の変化から守るように使用されるべく、設計されている。

 それをいとも簡単に貫くなんて、敵を甘く見ていた。そう言葉にせずともレオの歯ぎしりが語る。

 レオの隣からはキーボードの忙しない音が聞こえた。

「エンジン破損。緊急予備エンジン展開。航行のみ可能です、お兄様」

「ここまでか……よ」

「ですが……奇襲は成功です」

「ああ、そうだな」

 そう言葉と一緒に息を吐いた後、レオはカノンに近づいた。輪郭のはっきりした顔は下を向いていた。彼女が見ている床にはそこらじゅうに涙が落ちていた。

 そっと、顎に手を添えて、カノンに自らの存在を見せつける。

「生きているだけで得だと思え、後は見守ろう」

「はい」

 そう囁きあったアリス兄妹のシルエットは予備エンジン――初期のエモーショナルエンジンの静かな作動音に包まれながら、重なった。激しく唾液を吸う音がそれに混じり合う……。


             <Ⅷ>


「レオ! カノン!」

 黒妖精剣がインフィニティーエモーショナルエンジンを切り離している光景を映すモニターに気づいた深白が彼らを心配して叫んだ。蒼空と同じく天才的な知識吸収力を持つ深白だが、まだ、年を一年と少ししか重ねていない子だ。冷静に考えれば、あれはエンジンの爆発に機体が巻き込まれないように投棄したのだろう。投棄した方が安全だ。

「深白、今は奴を倒すことに集中しろ!」

「でも、パパ!」

「集中しなさい、ほら、まだ黒妖精剣は飛んでいるから安心しなさい」

 蒼空の声に対して、深白は既に肯くだけだった。小さな顎がゆっくりと動く。

「ママ。あれは許せないもの……。壊す、壊す、未来を信じる、未来を信じたい」

 アカエルがその深白の感情に近い総感情値 願望に総感情値設定を行う。それを深白、蒼空、心へとモニターで伝える。

 リア・レイン エデンは三分割されたユニバースホールをまるで睨みつけようと、静かに停止した。

 そして、エクスカリバー フウガとは異なり、剣先のみが左右に分かれてそこから、銃口が覗く。それは確実にユニバースホール周囲に影響を及ぼそうと黒光りしている。

「吹っ飛べ! ユニバースホール! これが深白の、パパの、ママの、おばあちゃんの、みんなの、願いの力!」

 深白の想いに共鳴した銃口が翡翠色の光を集合させる。星崩しの光発動と全てのモニターに表示される。ディアチャイルド インフィニティーエモーショナルエンジン全て装填と次に全てのモニターに表示された。心と蒼空の判断で全ての装填が行われた。リア・レイン エデンの攻撃を受けても尚、ユニバースホールの欠片達が再び、一つになろうと藻掻いていたからだ。

 生半可な攻撃は通用しない! その想いをも、威力に吸い込んだ太陽ほどに直径のある翡翠色の太陽が銃口に構築された。

 それに堪えきれず、ディアチャイルドはヒビの悲鳴を上げる!

 一発勝負だ……。深白の頬に汗が伝う。そして、深白は自分の今、尤もすべき行動をインフィニティーエモーショナルエンジンへと想いを飛ばす。

 くらえぇ、ユニバースホール、と。

 それを忠実にリア・レイン エデンは実行する。解き放たれた翡翠色の太陽――星崩しの光は目では捉えきれない速度でユニバースホール周囲を爆発させる。

 翡翠色のカーテンがモニターの視界を奪う。

「や、やった……のか?」

「うん、しーちゃん、終わっ――」

 それが晴れた瞬間――

<残念だったな、リア・レインを継ぐ者>

 その声の主 ユニバースホールは再生を終えて、数分前の完璧な状態へと戻っていた。まるで同じ映像を観ているような錯覚に心も、蒼空も、深白も、アカエルも陥る。

<どうやら、機体は不完全だったようだな>

 その声と同時にリア・レイン エデンに激しい漆黒だけの宇宙空間からそれよりも深淵な黒い魔剣が無数に、それこそ、数えるのが馬鹿らしくなるくらいに殺到する。

 すぐに深白はリア拡散による点と点を結んだ囲いのようなバリアを形成して紡ぐが、深く亀裂の入ったディアチャイルドまで覆うことはできなかった。

 深白の精神状態は誰の目からも一目瞭然だった。顔が真っ青になっている。

 ディアチャイルドは最初の魔剣の軍勢の攻撃に耐えきるが、無残にも次の軍勢の一撃で硝子の破片のように宇宙空間に散らばった。

「勝てない……こんな化け物」

 ついに深白の心が折れて、両膝を床に伏してしまう。そのまま、動こうとしなかった。

 その深白の心理状況が大きく機体の総感情値を根こそぎ、奪った。

 モニターが無音で危機を告げる。七百億マター、五百億マター、百億マター。

 心はその減り具合を見て、そろそろヤバイと心臓が飛び出そうになる。だが、それよりも深白の暗い表情を明るくしたかった。それは……父親として? 深白に恋愛感情を抱いて?

 その両方だ! とディアシールドから一歩、足を踏み出す。ディアシールドの加護外の床は絶えず、振動していた。視線を床や壁に巡らす。それらは所々、凹んでいた。

 それが何だ。気持ちだけはそんな気概があるのに振動に堪えきれず、両足がふらついた。そして、床へと叩きつけられた。

「何をしてるんです、婿殿。あなた、死ぬ気ですか?」

「違いますよ、僕は人類を助けるために二人の大好きな女の子を守るんです。蒼空はママだから怯えないけど。深白はまだ、お子様だから……怖いんだよな」

 心の言葉が正解だとはっきり、解るように蒼空の顔も、深白の顔も赤く染まる。

 床に顎を強か打ったようだ。二、三箇所、口内が切れて激痛が走る。こんな痛みなんて、朝ちゃんとの件に比べたら――と匍匐前進(ほふくぜんしん)を始める。

 その身体を今度は横揺れの衝撃が襲った。身体は左へと揺れに持って行かれて壁に背中から激突し、床に額を打ち付ける。

 額から血がつっーと下へと皮膚を撫でる感触。その感触に負けなかったのはただのヘタレを時々、ヘタレないヘタレに変えてくれた家族の声。

 その声の中にあって一番、泣き虫な声に向かって助走をつける。振動に足が捕られる前に心は両足を揃え、両腕を振り上げて飛翔する。

 深白の両肩をそのまま、振り下ろした両腕で包み込んだ。

「くそ兄様、温かい」

 その安心しきった声が妙に透明に聞こえた。現実味を今更ながら、感じていたのだろう。自分も恐怖――今から逃げていた。そう気づいた瞬間、人間の限界を思い知った。だが、それでも、良いと深白の体温は教えてくれる。

 互いの想いが、互いを助けるのだから……と、にんまりと引き締まりのない顔で心はモニターを覗き込む。その合間に蒼空のキーボードを叩く音と、地球と通信している声が聞こえた。

 モニターの数値は計測不能。確か、数値は八百億辺りまで計れるはずだ。

「しーちゃん、新しい刃を地球近郊に届く算段をつけました。地球の人達が届けてくれるそうです。ひょっとしたら朝?」

「偉いぞ、蒼空!」

<行かせるか! リア・レインを継ぐ者>

 ユニバースホールがリア拡散長距離ワープを計ろうとするリア・レイン エデンに身体事、衝突してくる。辛うじて、ユニバースホールとリア・レイン エデンの合間にリアが集まった硬いエメラルド色の壁が両者の衝突を防いでいる。

 だが、このままでは攻めることができない。

 何とかしようと心が思考を働かせようとした時、ユニバースホールの腹の中に黄金の輝きそのものの砲撃が吸い込まれた。

 エクスカリバー フウガの最強の武装 セイントブラスター クラスリミット。その閃光の背後にエクスカリバー フウガが満身創痍ながらも飛翔していた。

「なれの相手は我ら、雛王家がする。とくと味わうのじゃ! 我らの英知を」

 通信可能領域に入ったのか、モニターにみみるとあるるの無事な姿が映る。偉そうな奴は死なないというのはアリス兄妹の件で確認済みだ。やはり、みみるはしぶとい。蒼空と心は顔を見合わせて、柔らかく微笑んだ。

 一体、何を微笑んでいるのかは深白には解らず、首を傾けた。アカエルは憮然とした態度で雛王家を見据えた。

 心のディアシールド内にあったモニターの一つが秘匿回線に付き、このモニターの映像または音声はディアシールド外では遮断されます、と説明が表示され、みみるの顔を次に大きく映した。相変わらず、染み一つ、傷一つない凛々しく綺麗な女の子の顔だ。

 ツインテールのオーバーニーソ神はゆっくりと口を開いた。

「初めて出逢った時から我は陽乃心に……興味を抱いていた、なのじゃ。自分でヘタレと言っている通り、ヘタレの時もあるのじゃが……ヘタレない陽乃心は最高に良い男なのじゃ。できれば……我を三番目でも良いからお嫁さんにして欲しかった、なのじゃ。愛してる心……」

 みみる……。お前……死ぬ気か! と問い詰めたかった。口は開いているのに声が出ない。答えを知るのが恐ろしかった。なんて、浮気者なのだろう。きっと、自分はみみるだけじゃない。みみる、扇、朝、蒼空、深白――みんな好きなんだ。なんてヘタレなのだろう、と心が自己嫌悪に完全に沈むのを待たずに……全ての気力を振り絞るようなただ、一人の鬨の声がリア・レインに響いた。雛みみる……。

「陽乃のリアを継ぐ子よ! リア拡散超距離ワープ 地球! なのじゃ! 迷うな。大儀の前に目の前の石ころの存在なんて無視する、のじゃぁあああああ!」

「まきぐそ……」

 深白はそう、呟くくらいの抵抗しかできなかった。こんなにも強い感情をモニター越しからも送る存在をどう説得しろと言うのだ?

 リア・レイン エデンは後腐れ無く、エクスカリバー フウガとフランジュベルグ エンオウを残し、その宇宙域から離脱した。

 僅かな翡翠色の弱々しい光の粒がエクスカリバー フウガに降り注いだ……。


            <Ⅸ>


「全く、最期に小さな蒼空にあるるの台詞をパクられました。まきぐそっ。これが本家……」

 妹のあるるの半分冗談、半分本気の言葉に姉のみみるは言葉を返せないでいる。

 みみるがどうしようもない展開を打開するべく、重い口を開く。

「とっておき、なのじゃ! リアトルネード加速。砲身に集まれ、なのじゃ! 行くぞ、あるる。覚悟は?」

「聞かれるまでもない……。王族は誇りと義務を持って生きている……。ノーは言わない、天才さん」

「お姉ちゃん」

「あるる。さよなら、なのじゃ」

「うん、お姉ちゃん、バイバイ」

 二人は最期に言葉を交わすだけでどちらも顔を合わせようとしなかった。二人共に同じ考えを持っていた。

 きっと、姉の顔を見たら、メモリーオーバー リアを解除してしまう。

 きっと、妹の顔を見たら、メモリーオーバー リアを解除してしまう。

 あれは、我の――

 あれは、あるるの――

 最初で最期の協同研究の成果だ。雛姉妹の英知の集大成、互いの共通する記憶を一番、感情の触れる設定に自動的に合わせる。それらが走馬燈の如く――走馬燈に脳内に迸り、それをリアに残さず還元するシステム。それがメモリーオーバー リア。記憶を超越する感情の原子。

「セイント ブラスター クラスエンドレス……ぶち抜くのじゃああああーーーーーーー!」

 みみるはシステムの起動に必要な過程を終了し、最期にエンターキーを一押しした。

「「わぁあああーーーーーーーーー」」

 激しい脳内を素手で弄ばれるような激痛に苛まれる。これを越えるには並大抵の精神を必要とするが……二人は同じように獣のように叫び、堪える。

 すると、痛みが消えて自分達は自分達の身体を残して何処かへとすっと心だけ飛んでいく。

 走馬燈。記憶が二人の心を包み込む。

 最初は互いを初めて認識した時、同じような朱色の瞳に、身体よりも大きな頭部の天辺には金髪の産毛が少し生えているところまで似ていた。不思議とお互い、見つめ合っていると繋がっているような感覚を覚えた。ただ、あの頃……優しい温もりに抱かれているだけで良かった。

 さらに、さらに、記憶が、記憶が、目まぐるしく、目まぐるしく、永遠に巡ってくる。

 それはどちらかの心が消えるまで、それは両方の心が消えるまで……その二つのプロセスでしか抜け出せない。悲しいけれど、悲しくなれない記憶の旅。


           <Ⅹ>


 エクスカリバー フウガの纏うリアの竜巻が次々とユニバースホールを千切りにする。それよりも速い速度でユニバースホールは完全な再生を果たす。宇宙空間に無限に広がる無機物質を吸収して。

 だから、みみるとあるるがどんな結末を迎えるか? 陽乃すずには解りきった事実だった。

 やがて、エクスカリバー フウガの攻撃が止まる。竜巻がその身からも、削ぎ落ちた。黄金の聖剣だけが宇宙空間に漂う。

「予想通りだね。やっぱり、目立ちたがり屋の馬鹿にはこれがお似合いさ」

「あなた!」

 その冷淡な言葉に双嵐朝はすずの胸ぐらを力強く、掴む。

「すまん、すまん。僕の悪い癖が出てしまったね」

 その言葉は今の激昂した朝には届かない。頭に完全に血が上っていた。朝は自分が、大人しい奴はキレるととんでもないことをするそのタイプだと自覚していた。自覚しているからこそ、怒りに身を任せた。黒妖精剣に搭乗している子ども好き(主に深白好き)なアリス兄妹、フランジュベルグ エンオウに搭乗している陽乃一家を対象に愛のあるいじめを行う扇と元幼稚園の先生の梅雨、リア・レイン エデンに搭乗している宇宙一楽しげな陽乃一家。

 その人々を思うと、朝の拳は自分の肩よりも高い位置へと掲げられる。その拳を振るう前に拳は紲の両手に硬く収まる。たった、それだけなのに前へと一歩も進めない。

 それを承知とばかりにすずは淡々とまた、喋り出す。

「ディアチャイルドは不完全だよ。鏡面金属ではないからね。自信がなかったし、目立ちたくないから、僕は表舞台に上がる気はなかったんだけど。僕は死より先を望んでいるからね。どっちでもいいのさ。人間が全て滅しようと」

「あなた!」

「でも、興味が出てたんでしょ?」

 叫んだ朝に少し加勢するような紲の質問がすずの冷静な表情を一変させる。コックさんの被るあの白い帽子で目線を隠して、紲の好気の視線から逃れようとする。

 小さな、本当に小さな声で呟く声が朝の耳が捉えた。

「……あいつ、年下だと勘違いして、毎日、僕を風呂に入れたんだ。嫌だった……あいつのスポンジを操る技術は僕にぴったしだったし、優しく声を……」

 そんな呟きを聴かれているとは本人だけは露知らず思わなかったようで、いつもの滑舌の良さを失い、しどろもどろに喋る。

「そりゃあ……大嫌いな? 男が大好きな男に変わったからさ。好きなんだよ? 運命に屈しないリアの響きを持つ陽乃心が。研究対象に……相応しい。陽乃に相応しく、な、な、ない人間だったの、にね」

「泣き虫で、優しいですから心君」

 紲の双眸が何もない真っ白な壁のある部分を手でなぞる。それを黙ってすずが眺めていた。二人の強い眼差しを受けている白い壁を朝も眺める。

 何も変哲もない壁のように思えた。だが、壁はゆっくりと左右に割れていく。その暗闇の空間に何か、巨大な影が二つ、ある。

 すずが照明にスイッチを入れる。

「さぁ、行きなさいあれを――」

「これは?」

 すずの言葉を遮って朝が質問した。朝の眼前には大剣の形をした白い機体があった。中心に赤い宝石が埋め込まれた鍔の上方向に二枚のシールド。そのシールドには薔薇が刻まれていた。柄の下には巨大なアームが装備されている。

 そして、その機体の横には刀を想起させる細身の刃がブースター付きで保管されていた。

 まず、すずがその刃のブースター部分を一撫でして、その装備の名を口ずさんだ。

「由緒正しいリア・レイン対応武装 ユニバースウィルス」

「そして、君の機体 圧縮リアエンジン搭載機 レゾナンス・フィールド」

 と、顎をしゃくる。それが示す先にすずの言葉通りの機体――レゾナンス・フィールドは存在していた。

 その名を聞いた後、すぐに朝は急いでレゾナンス・フィールドに乗り込んだ。レゾナンスの名を継いでいるだけあって総感情値を引き出す手法は同じだった。ディアシールド内に朝の大切な想いが籠もった子ども用の包丁。

 その包丁は朝と心にとっては思い出深いものだった。中学の頃、何気に明日のお弁当、何しようかな? と頬杖を突いておふくろの味特集という項目を熟読していた。それを横目で心が観察していた。心はふと、こう言った。

「おふくろの味か……どんなのだろうなぁ」

「ああ、そういえば、心君の家、小さなコックさん? が作ってくれるんですものね。いつも豪華でびっくり! 伊勢海老や蟹が丸ごと、入っているお弁当を持ってくる人って心君ぐらいですね」

「朝……僕はあのお弁当、恥ずかしいんだ。朝ちゃんはナーニさんと面識がないから知らないけど、彼女……思いついたら一直線なんだ。普通にスーパーに売っている食材で頼みますって言っても耳を貸さないんだ。一応、返事はするんだけどね」

「心……」

 心が誤魔化していることなんて、朝にはお見通しだった。なんたって産まれた時から病院が一緒だったのだから。おまけに両親は親友同士だった。そんな朝だからこそ、気づける。心のおふくろの味への憧れ。きっと、心のことだ。面識はないがナーニさんにも文句なんて言えずにいつも、ありがとうと労いの言葉を掛けているのだろう。

 よし! と朝は自分の頭を叩く。

「うわぁ、朝ちゃん……どうしたの? いきなり」

「私が毎日、一品だけ届けてあげる」

 あの時と同じわくわくとした高揚感が朝の心から生まれてくる。

「私が一品だけ届けてあげる、ついでです! 私は心君を諦めた訳じゃない!」

 一つ、一つの言の葉に籠められた想い達は朝の肩に突き刺さっているエンゲージチェーンからその先に繋がっている子ども用の包丁へと急速に流れていく。

 過去の朝は言う。

「し、心君、これはある意味、おふくろの味なんだからね」

 今の朝は言う。

「心君、私のリアは全て、心君で構築されているんです。私の妄想は心君を救うんですよ。救ったら……陽乃一家に入れてもらいます! 宇宙は広いのですから、一夫多妻制くらいなんてない!」

 その決意に合わせて、激しいエンジンの駆動音がする。初期設定が終わった。そう朝はレゾナンスを駆っていた経験から判断し、確認のためにホログラムモニターへと目線を滑らせる。

―― レゾナンス・フィールド

    フィールドバスター……正常

     リア短距離ワープ……正常

      リア・フィールド・シューティング……正常

       ジョイント・アーム……正常

         ツインリア・レイン……移行可能 ――

「ツインリア・レイン。全く……人類はどこまで進化するのでしょうか? デリュージョン イデオロジストの私にとっては興味津々です。そして、その進化の果てを見るのはきっと、心君と私の子どもですよ!」

 少女の激しい妄想……もとい、激しい片思いが陽乃財閥の虎の子を眠りから目覚めさせる。

 その虎の子の咆吼にも似た駆動音に誘われるように朝はキーボードを叩く。完成!

「レゾナンス・フィールド リア短距離ワープ」

 その言葉と共に優しい妄想に満ちたリアの礫が機体外部を包み込む。リアの色は熱い少女の心とは裏腹のクールな青。それは普段の少女の色だった。

 中空に浮いたレゾナンス・フィールドは柄の下に装備されたジョイントアームを器用に使い、ユニバースウィルスという名を持つ聖剣の刃を握り締める。それを合図に機体はその刃ごと、突然、消え去った。


           <ⅩⅠ>

 

 レゾナンス・フィールドとユニバースウィルスが消えた空間は体育館を連想させるほど、広くて静かな空間だった。

 その静けさに一石を投じるように宮御紲は陽乃すずに声を掛ける。

「あの子に託してよかったんですか? ひきこもりコックのナーニさん」

「おいおい、今は宇宙最強のひきこもり研究者 陽乃すずだよ、君」

 先程まで緊張していたすずの顔が自分のやるべきことは全て、終わったと不安の欠片もない無垢な笑顔を魅せる。その笑顔は心にお風呂に入れてもらった後の笑顔に似ていた。

 思えば、この娘も難儀なものだと紲は思った。心の株は数年前よりも明らかに価値あるものになってしまったのだから。だが、それを解っても尚、すずが笑っているのだと紲は理解していた。それくらいの長い付き合い、長い歴史が二人の間にもあるのだ。

「まぁ、いいさ。陽乃の次期当主 心様のお手紙が正しければ、相当な戦力になるよ、あれも。そして、あれもね」

 天井を越えた先、空を越えた先、地球を越えた先の漆黒の空間をすずは見上げている。どう考えても人間の眼では彼女の見たいものは見れない。それでも見続ける結果は解りきっているのだから。

 リアの訪れをすずも、紲も天井を見上げて待ち続けた。


           <ⅩⅡ>


 どうしてじゃろうか? と疑問を頭に絶えず、巡らせていた。両腕に重さを感じる。

 あるるだった少女の身体をみみるは揺さぶり続けた。

「あるる! 我を、我を、目を覚まして我を呼ぶのじゃ! お姉ちゃんって呼ぶ、なのじゃ!」

 猫の尻尾みたいな一つ結びが、だぼだだの白衣が、閉じた瞼が、コーヒーやタバコを年中、手にしていた指先が、幼い頃……みみるをお姉ちゃんと追いかけ回した足が動いているのは……みみるが揺らしているからだ。そう、姉が理解した瞬間……不思議と体内に籠もった熱は冷めていった。

「我よりも先にお前が疲弊したのじゃな。しかし……我も長く、ない」

 それを示すように言葉を声にして見る。頭に整備用のトンカチで殴られたような激痛を感じた。そして、口の中が赤い液体で満たされ始める。溜まらず、その赤い液体――血液を床に吐き捨てる。妹に掛からないように、唾を飛ばす要領で。

「エクスカリバー フウガ……我らの墓としては贅沢じゃな。ねぇ、あるる」

 優しく髪を撫でるみみるの手を聞こえるはずのない声が止めた。それはホログラムモニターから聞こえてくる。残念ながら、総感情値を失いつつある機体が自動的にみみるの生命維持にエネルギーを回しているため、画像は映らない。声のみだ。

「死ぬのはまだ、早いですよ。少し、待っていなさい」

「アカエル。何故じゃ!」

 アカエルはみみるの質問に答えなかった。

 若干の振動の後、アカエルを容れている生命維持ポット ネバーが目の前に現れた。それを待っていたように全システムが復旧した。

 ホログラムモニターには、エクスカリバー フウガ・エデンとモード名が表示されている。

「さぁ、早く私のポットに入って治療をみみる、あるる!」

 その叫びはみみるには届かなかった。みみるは遅すぎると呟きながらも表情は軟らかく、それをモニターから覗いていた。

「あれは観たことがないモード、なのじゃ。しかし――」


            <ⅩⅢ>


 粉々に身体を分散されたユニバースホールと、エクスカリバー フウガ・エデンの間に突然、機影が出現した。それは徐々に本体を具現化させていく。

 白妖精剣の最強のモード 星崩しの光の上に、レゾナンス・フィールドが重なり合っている。下部の、つまりは白妖精剣の白い刀身には七つの星がそれぞれ、斜線で結ばれていた。その星々はまるで北斗七星のようだ。白妖精剣の鍔の周囲には四枚の羽根が寄り添っている。その羽根の前方を左右とも、薔薇の彫りが印象的な盾が装着されている。上部の、つまりはレゾナンス・フィールドの大剣はどんな物をも砕き潰す威圧感溢れる重厚を放っていた。レゾナンス・フィールドの鍔の中央に位置する赤い宝石から順に白妖精剣を巻き込んで翡翠色に染まっていく。

 翡翠色に染まった二対となった聖剣こそ、ツインリア・レイン。人類の最終兵器が人類共通の敵と対峙する。

「ユニバース ホールがまた、この宇宙圏に現れても僕が、僕の子孫が、リア・レインを駆ってお前を滅ぼす。それが僕達の幸福に繋がるならば」

 朝から聞かされたユニバースホールの本質、それを知っても尚、心は己を奮いたたせる。傷ついた仲間がホログラムモニターに映し出されていた。

 彼は思う。自分だけの勇気ではない。これは仲間と培った勇気だ。

<だが、人間はその幸せと同質の他者の幸せを壊すことしかできない。それは無機物質の存在も危うくさせる。戦争を起こし、消費される無機物質はお前達の捨て駒ではない>

 正論を言うが……正論は無数にあると蒼空は知っている。それは少女が二年と五ヶ月ほどで学んだ全ては価値観の違う仲間と共にあった。それが彼女に教えた。その教えを蒼空は叫ぶ。

「わがまま、を通す。それしか、蒼空は生きる方法を知らない!」

 蒼空の強い眼力を宿したエメラルド色の双眸と、同じ色を瞳に宿す深白がその先を淡々と続けた。その口調は徐々に強くなっていく。

「そのわがままが、人類の英知をデータ化させ、個々に届けるシステムを創り上げ、人類自身を進化させた。これがリアの集合体です。その過程に戦争も、和解も、平和も満たされている」

「赤点ですね、ユニバース ホール」

 と、格好良くやや、キザめに蒼空の旦那、深白の父親である陽乃心が締める。

「補習なんて、心君よりお馬鹿です」

 と、強引にレゾナンス・フィールド内部から双嵐朝が締める役割を横から掻っ攫う。

 そのあまりに強引な態度には朝がキレた時の激しい怒りとは違う朝らしくない静かな怒りを感じる。心は苦笑するしかなかった。それを眺めて、横から二つの溜息が聞こえた。

 その溜息を合図にツインリア・レインは音もなく、完全に丸い球体へと戻ったユニバースホールに目掛けて急速移動する。それはユニバースホールさえ追えない軌道!

「ユニバースホール、どうした? 俺を攻撃してみろ」

<……くっ>

「くそ兄様、それは無理です。ユニバースホールは五十億人以上のリア数を越える集合体には攻撃できません。地球やましてや、一番近い第二雛星には……。悔しいですが、陽乃財閥からの情報です」

 と、ツインリア・レインの示す敵のウィークポイント欄から抜粋して深白が説明した。もの凄く、不服だったのか、幼い少女の頬はふくれっ面になっている。

<陽乃のか、陽乃が何代にも渡って私を調べた、というのか! 陽乃め。陽乃め。忌々しいチキュウのゴミめ!>

「そのゴミがお前を壊す! お前が壊した多くの命と何ら、変わりないお前の命を壊す」

 その言葉に逆上したのか? ツインリア・レインを宇宙空間から現れた無数の闇色の魔剣が襲う。だが、避ける必要もない。これはリア・レインではない。二対の聖剣――ツインリア・レインだ。総感情値も常時無量対数の領域。それ故――どの魔剣も二対の聖剣に触れる前に恐れを成して闇へと逃げ帰る。

 それだけじゃない。ツインリア・レインだからこそ、無敵のリアを得られる。その二対の聖剣の中心には小さな、小さな白い輝きが球体となって構成されていた。これが人々から絶えず拡散されていくリアを分けてもらえるツインリア・レインの最強武装――人類の希望を詠う。

 その小さな球体の遙か彼方にその力の一部をくれた人達がいる。

 人類全てに感謝を込めて深白が――


            <ⅩⅣ>


 その小さな球体の遙か彼方にその力をくれた人達がいる。

 ある幼女はオモチャを自分の足で踏んでしまって、壊れたオモチャを両手に抱いて泣いていた。そこに翡翠色の少女が現れた。

「お姉たん、だぁれ?」

「深白です。それより、その車が壊れて悲しいですか?」

「うん。お姉たん……直せない?」

「無理です。その車はしんじゃったんですよ。ママの代わりなんていないでしょ?」

「うん」

「それと同じです。今は車さんのためにも笑顔で彼を天国に送ってあげよう」

「うん、そうする。きっと、天国で車さんもぶーぶーしてるよね」

「はい」

 そう、深白が肯くと、幼女は満面の笑顔でオモチャの部品を自分の小さなハンカチにくるみはじめた。幼女の身体から仄かに悲しい感情が空へと舞い上がった。それは深白の幻影に吸い込まれていった。

 同じように老若男女を、星を、宇宙船を問わず、深白の幻影は様々な感情――リアを集める。

 そして、深白の仲間も、その幻影にリアを捧げる。

 雛みみる。雛あるる。

「深白、我のリアと……妹のリアを託す」

 アカ・エル。

「ぱっぱと世界を救ってみんなで焼き肉パーティーしましょうか? あれ、食べれない?」

 扇。

「深白! ぐずぐずすんな。後、七秒で片付けろ。そうしないと、お前の父をいじめるぞ!」

 梅雨。

「ふふっ、痛めつけられちゃった仇を一億倍にして返してね。そうしたら、お姉ちゃん、また、本を読んであげる。何が良いかな……桃太郎さん?」

 アリス兄妹。

「「行けぇえええええええ、ツインリア・レイン!」」

「お兄様? 真似ですか?」

「いいや、俺の愛がそうさせたのだろう。来いよ、キスしようぜ」

「深白様が観て――」

「いいじゃねぇか。このリアも連れててもらおうぜ。愛で人類を救ってやるぜ!」

 双嵐朝。

「深白、あたしも陽乃心君が好きなんです。愛してますよ。帰ったら勝負ですよ!」

 陽乃蒼空。

「全てのシステムは正常だよ。後は深白の心次第、失敗しても笑わないから全力でやりなさい」

 陽乃心。

「さぁ、僕らも君と一緒に引き金を引くよ。だから、心を強く! 生きるって願って! それが深白に願う全てだから。僕の」

「はい、格好いい兄様。深白は格好いい兄様とママの子です。一発で終わらせます」

 そう応えた幻は深白の背へと消えていく。


              <ⅩⅤ>


 撃つ。エンタキーを強く押して!

「ユニバースホール、これが深白達の意志です……。消えろ、まきぐそっ! ツインリア・レイン、人類の希望を詠う!」

 ユニバースホールに最期を与える唯一無二の白き光が放たれた。白が赤を浸食して行く中、ユニバースホールは初めての敗北を味わっていた。絶対的な敗北だった。破壊、再生されるはずの宇宙が違う未来を歩む。それはユニバースホールにとって望まぬ未来。

 その未来への渇望が叫びへと変わる。

<私は宇宙の一部にしか過ぎない。私は無機物質の末端でしかない。無駄だ、リアを継……ぐ>

 その言葉を最期にユニバースホールは完全に消滅した。太陽のように赤い光はもう、どこにもなかった。いや、この宇宙にはなかった。

 きっと、また、ユニバースホールは出現する……。そんな弱気な言葉を蒼空は心に仕舞い込んだ。そして、別の言葉をもう、消えた存在に対して言う。

「それでも、きっと、蒼空の子孫が戦い続けます。自分達の命というバトンを次の世代に手渡すために……誰かを愛するために」

 その時に自分はいないことを蒼空は理解していた。

 それもきっと、宇宙の歴史の一部に過ぎない。だが、家族は覚えてくれている。そう、想い、蒼空は深白の身体を抱いた。そして――

「おつかれさま、さすが、蒼空の娘」

「ママ! 暖かい。人工暖房機」

 娘とじゃれ合うのだ





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