第四章 聖戦
第二部 深白編
第四章 聖戦
<Ⅰ>
雛星は機械の塊の星だ。それは聖戦の最前を担う王族としての決意の表れでもあり、聖戦で先に血を流すのは王族関係者だという揺るぎなき決意の武装でもある。元は、雛星としての自然な惑星があったのだが……彼――宇宙を造りかえるメカニズム、通称、ユニバースホールに喰われてしまった。どんな兵器も彼には通用しなかった。アリク連合や宇宙連合の誰もが、その日――雛歴七億百年 四月一日を惨めさと共に現世の終幕と呼んだ。
何故って? 彼は全ての還る場所だからだ。元々、全ての物質は一つに、彼に集約されていたのだ。
だが、宇宙に住む人間達は解りました、ではみんな一つになりましょうなんて考えは起こさなかった。そんな考えを起こしたのは、頭のネジが吹き飛んだ怪しい宗教団体だけだった。
アリク連合に所属する星々は、母性を捨て、植民地拡大という名の星の乗っ取りで彼のいる宙域から逃れる道を選んだ。
そして、雛星を頂点とする宇宙連合はいずれ、彼と闘う道を選んだ。
宇宙連合はその闘いを聖戦と呼んだ。
現在は、雛歴 七億百十二年である。
機械の星の表面に設置した雛星――宇宙最大の望遠鏡 ジャンヌ・ダルクは常に四億三千万キロメール先に在る彼を鮮明に観測していた。
その不気味なフレア色の巨大な穴の膨張具合をホログラムモニターが二十四時間観測している地表深くにあるミミルドームなる施設がある。
その内部、午前三時を回っていたにも関わらず、王族の血を受け継いだ三千人のスタッフが昼夜問わず、働いていた。それに不平不満を言う人間はここにはいなかった。誰もが、死と隣り合わせにいるのだから。ユニバースホールに立ち向かうとは死そのものだ。
地球から送られてきたみみるの研究データの詳細を評価するのが、雛星の女王 みみるの妹である雛あるるの仕事だ。このデータはアリク連合と争っている植民地拡大戦争に利用できるのか? それとも、聖戦に利用できるのか?
「この場合は……聖戦に利用すべき、あるるはそう、分析した。異論はあるるの脳内で起きない」
白妖精剣が初起動した戦闘のデータ
搭乗日 二千十一年 七月十二日 時刻 午後三時三十分
想い人 陽乃心(地球人)、アカ・エル(萌え星人)
双対象人物 陽乃蒼空
通常起動に必要な本機の総感情値 五万マター
最高観測総感情値 五十万マター
を眺めながら、透明な硝子テーブルに置かれたブラックコーヒーを飲む。飲んでいる間も少女の赤い瞳はそのデータを睨みつける。
「理解できない、分析不能。何故? 天才さんはこれを隠す? それにこっちのパターンをまだ、実行していない。思考の範囲外? まさか、です」
少女は中空に浮かぶキーボードに目線を動かした。苛立ちを籠めて、脳内で強めに、キーを押すイメージを構築し続ける。
白妖精剣 エデン搭載型の予測データ
想い人 陽乃心(地球人)、陽乃蒼空(萌え星人)
双対象人物 陽乃深白(地球人と萌え星人の混血種)
「もちろん、パターンはこれ」
少女はおもむろに、だぼだぼの白衣のポッケからタバコの箱を取りだした。テーブル上にあるライターに手を伸ばし、タバコに火を点ける。そして、美味そうに吸った。
インフィニティーエモーショナルエンジン臨界突破要員 アカ・エル
通常起動に必要な本機の総感情値 百万マター
最大予測総感情値 エラー
「まきぐそっ! 理解不能です。数値が割り出せません。陽乃心の感情値が深白に対する感情値だと仮定する。一般地球人が娘に対する感情値は……およそ、三千程度。陽乃心はどんな感情でも一万は軽く、越えます。まだまだ、成長中。陽乃蒼空も同様の値です。陽乃深白は幼女ですから、さほど……一般地球人の幼女と変わらぬ、いや……。違うのです、その考えノー、そう分析した」
「あっ、また! 姫、タバコ。まだ、貴女様は十二歳でしょ!」
そう言って、あるるの小さな唇に挟まっているタバコは取り上げられた。あるるはその人物を不満の眼差しで見つめる。返せ! という視線なのだが、あるるの目下に濃い隈が浮かんでいるせいか、疲労だけが相手に伝わっている。
やはり、音声及び視覚情報無しでは人は解り合えないと、あるるは深く肯く。
「こらっ。――ストレス解消薬を奪う、それは……ノー」
「何、言ってるんですか? 貴女様は可愛い女の子でしょ」
分厚い唇が特徴的なヘルマンから美少年の如き、甲高い声が発せられる。出逢った当初は音声を改善する機械を喉に移植したのか? と疑ったものだ。それはともかく。
「まきぐそ……。いますぐ、地球の天才さんに緊急通信」
「あ、はい。でも、その前に一言。まきぐそって乙女が言っては――」
「早く。速やかに、俊敏に、刹那に、一瞬に!」
苛立ちは自分の脳では制御不能な程に募っている。こんな時、あるるはテーブルを趣味で吹いている地球のトランペットに似たハームンのロータリーバルブを押すように叩く。
それでは足りない場合は激しく、頭を上下させる。一つ結びにした猫の尻尾のような髪が哀れにも激しく揺れている。人間ならば、エモーショナルブレイカー酔いだなぁと大人の余裕を見せながら、早速、ヘルマンは緊急通信の準備に掛かる。
<Ⅱ>
同時刻 地球日時 四月七日。地球では雛星のマッドサイエンティストの静かなる憤怒など、知る由もない。
花見を存分に楽しむべく、次々と集合場所の桜餅学園の中庭へと集まり、始める。
一番乗りはやはり、遅れたらどうしよう? とヘタレな思考の元に行動した陽乃心だった。彼は高校三年生で、特別クラスIED(インフィニティーエモーショナルドライバーの略)に進学を果たしてからもその行動に変化はない。
早速、彼は背負っていたリュックサックを降ろす。そのリュックサックから、様々なものを取りだしていく。
手始めにレジャーシートを引く。
そんな時だった。彼の目に異様な二人が映った。思わず、何度も目を擦って再確認した。
いつもの如く、陽乃蒼空の深緑の瞳はキラキラと輝いている。その視線は娘の陽乃深白に愛情と共に注がれていた。お手々もがっしりと掴んでいる。
そんな母とヘタレな父 心の愛情を茹だるような太陽光の如く、浴びて育った深白は、今日も周囲には虫けらしかいないなんて、無感情でとぼとぼ、歩いている。
だが、これがとても、可愛いらしい女の子なのだ。
~我が家の自慢の一歳児 深白ちゃんの一時間身支度ぅ♪~
手順一、深白ちゃんを起こしてあげましょう。くそ兄様寝かせろ……と鳴いてむずがりますが、可愛さに騙されてはいけません。ただのわがままです。<必要なお時間の目安、十分。母の場合、三分>
手順二、深白ちゃん、そわそわしています。そうです、急いでお手洗いに連れていってあげましょう。急がないと可哀想なことになります。
「一人で行ける。そんなくだらない知識、生後一日で会得した……。侮るな……」
何故か、怒られるのはご愛敬ってものですよね? <必要なお時間の目安、七分>
手順三、お風呂に入れてあげましょう。着ているぶかぶかのジャージ(心の着古したジャージ)を脱がしてあげましょう。身体を洗う時はやわらかいスポンジを使いましょう。深白ちゃんは肌がとても、弱いのです。時々、泡や水を飲もうとしますが絶対に阻止です。危険です、特にあわあわ。
「人をそこら辺の幼女と同じにするな……。くそ兄様は百三十センチ頭脳明晰姫を愚弄しています……」<必要なお時間の目安 三十五分>
手順四、身体をバスタオルで拭いたら、ドライヤーで長い髪を乾かそう。そして、蒼空ママのお古のゴシックとロリータ調の黒いお洋服(ママの匂い、と言って喜んで着ます)を装備させてあげましょう。可愛さが七千上がります。でも、元々、深白たんの可愛さは七兆です(普通の中学生のすっぴんスペックは一万程度)。
手順五、化粧は……要りません。そんなの年増のすることです(普通の中学生の戦闘モードスペックは一万五百程度)。
では何が必要か? そうです、髪を整えてあげましょう。整えた後は左右の髪を使って、くるくるとハムスターの遊ぶ運動器具みたいな輪を両サイドに作ってあげれば、深白ちゃんの身支度完了ですよ(深白たんの戦闘モードスペックは八兆です)。注意、歯は朝ご飯後に磨いてあげようね。おっと、忘れていました、後部に黒い薔薇のかんざしを装着。
~完成。全部、一人でできると言いますがツンデレなんですよ 陽乃心の証言より。~
そんな完璧な深白の幼児体型に異変が起こっていた。蒼空のスレンダーボディにも。
新しい命を宿している? お腹はふっくらとしている。
「くそ兄様、どうやら、深白妊娠したみたいです……」
「しーちゃん、蒼空も妊娠しちゃいました、第二児ですよ。喜んでね」
「えっ! 僕、僕、ちゃんと避妊してるよ?」
当然、深白と蒼空は無視をした。最近、心を操る術に長けてきたと、心は気づき始めていた。それでも、この瞬間、それだ! とは気づけずにいるのが人の良い心の長所でもあり、短所なのかもしれない。
顔を赤らめる深白と蒼空は示し合わせたようにお腹をゆっくりと撫でる。新しい命を慈しむ母の眼差しはヘタレな心を動揺させるには効果が在り過ぎた。
顔を真っ赤にさせながら、一歩後退。派手につまずいた。その際に彼はせっかく用意した有名ドーナツ専門店『ツナツナ』の超限定、七色のドーナツが入った箱をお尻で潰してしまった。
そのぐにゃん、と柔らかいドーナツの感触とほぼ、差異無く――
「あ、くそ兄様が……深白の好物」
無感情な声に少し寂しさのこもった深白の声がする。だが、心は今、あまりの衝撃に動けないでいる。雲一つない空を放心状態の心の双眸が映す。
何か、トスッと重いものが落ちた音がする。何かが落ちたなぁ。僕の品位も落ちたなぁ、娘を孕ませるなんて……。
「元気出して、ママが後でコーヒー牛乳作ってあげるから」
蒼空の母性味、溢れる声が幼い深白を包み込む。それに静かに、
「うん、お母様。七折星のはちみつもたっぷり、入れてください。ただし、牛乳はミコ星の皆瀬牛乳、インスタントコーヒーは雛星のみみるブレンド……」
と、呟く深白。
また、何か、トスッと重いものが落ちた音がする。だが、心の耳には未来の我が子の声が聞こえていた。彼は思った。それでも良いじゃないか? 子どもの笑顔は家族の心に温かい火を灯すだろう。みみるから深白誕生祝いに住宅型宇宙船 ミミルすぺしゃるを貰ったし、子どもの部屋には事欠かない。船の名前が若干……激しく……気に入らないが。
「でも、僕……避妊してるよ。蒼空は萌え星を早く復興させるんだ! って意気込んでいるけど、どう頑張ってもそれ、何百年後だよ。萌え星、ないし。ねっ、扇ちゃん?」
宇宙素材 ヒルドラでコーティングされた赤いドレスのようなパイロットスーツ(ちなみにディアシールドの効果上、パイロットスーツは必要とされない。ダサイので誰も着たがらない)を着たベリーショートヘアの少女に聞いた。
その幸福を含んだ声に足を止めた扇は躊躇いなく、心の腹部を運動靴で踏んだ。相変わらず、心を虐めるのが大好きなの! 笑顔を浮かべている。眼鏡が光っている……。
「陽乃家の家族計画なんて俺が知るかよ。知っていたら今頃、お前の所属する特別クラス IEDの連中に宣伝してるぞ、きっと。あ、身内だけじゃねぇかよ、あそこ。ちっ、みみるに聞け、天才だろう、あれ?」
そんなに心をからかう材料が少なくなって、つまらなかったのか。手に持っていたお酒を浴びるようにごく、ごくと豪快に飲み始めた。その水滴が心の額に落ちた。
あー、わざとだな、と心は思う。普通、怒るところだがもう……年がら年中のため、むしろ、心地よく思えた。普段のドSなIEDの新米教官 有機物質感情士 第一位諸刃の刃の河霜扇だ、と。
「心、起きてよく見るのじゃ。蒼空と深白を」
みみるの呆れた中にもどこか、威風堂々とした含みのある声がした。そちらを向くと、実に立派な黒いオーバーニーソックスに出逢った。むしろ、これがみみるの本体でいいのでは? と失礼な想像を膨らませるほどに心は幸福に満ちていた。
だが、彼は同時に真面目な学生という過去の栄光にしがみつく。
「うー、でも、でも、みみる。僕はまだ、IEDの新米パイロット候補生なのに……良いのかな?」
「人生は色々とある、なのじゃ。だが、心。お前の思い描いている未来はまだ、まだ、先のようじゃ。ほれ、捕まるのじゃ」
みみるの困った奴なのじゃ、と言いそうな優しい小顔が心の瞳に映る。言葉の通り、白い手が心に差し出された。こんな対応をみみるがするのは、ここに集まるメンバーと後、ごく僅かの人だけだろう、宇宙は広いのに。それでも、そうできるくらいに彼女は成長した。
心は嬉しくなって、微笑んだ。
「な、なんじゃ? 嘆いたり、微笑んだり、と。やはり、地球人はよく解らんなのじゃ」
心を起こしながら、そうみみるは恥ずかしげに言った。
「全く、みみるさん、心を甘やかさないで下さい。最近、やっと……男の子らしくなってきたんですから」
この春、桜餅学園に転入した朝が凛々しさを宿す黒い虹彩をこちらに向けていた。そこには自分の発言に嘘はない。そんな強い意志がこもっていた。
いつだってそうだ。人にも、自分にも、厳しいのに僕には優しい、と心が信じているとおり、朝の厳しい眼差しに反して、彼女は微かに微笑んでいた。その微笑みを際立ったせるのに相応しい春の微風が優しく、ポニーテールを撫でる。その風は朝の髪を結ったゴムに無理矢理、結びつけている風鈴の軽やかな音を奏でさせた。
その風鈴を聞く度に朝はまるで自分が生まれ変わった心境になる。しかし、その横では深白がけらけらと笑っていた。季節外れな風鈴が可笑しくてしょうがないようだ。
深白はそれが目的で風鈴をプレゼントしたのに朝は気づかず、深白の成長に感動してお金を出した心さえも気づかなかった。もっとも、この男が気づいたら宇宙中の人間は気づいている。今だって彼は呑気なものだ。
「朝ちゃん、ひどい。男ではないって言ってるようなもんだよ、それ」
そう言ってから、可愛い我が子の両脇を掴み上げる。
「元の可愛い、可愛い深白ちゃんに戻ってるよ! ほーれ、ほーれ、高い高い」
「深白はそれ、生後二日で卒業しましたくそ兄様……。ふっ、嬉しい……」
相変わらずクールな口調ながらも、深白は不器用な微笑みで父に嬉しさを伝える。その父と娘を眺めて、母 蒼空はレジャーシートに重箱を置いた。重箱を並べる手には幾つもの、ブタさんの絵柄の子供用絆創膏が貼られていた。優しい新米母の手だ。
そして、当たり前のようにみんなに一声掛ける。
「みなさん、蒼空はお弁当作ってきました。一緒に食べませんか?」
声量のある声ではないが、か細くもない声がみんなの視線を重箱の中身に注がせた。
重箱は華やかだった。一段目には、いなり寿司やおにぎり。おにぎりは深白の小さな口でも食べやすく、喉を詰まらせないように一口サイズだ。その代わり、色々な味を堪能して欲しい母心が鮭やおかか、しらす、梅干し、細かく刻んだ卵焼き、ソーセージ、わかめ、佃煮といった具に余すところ無く、こめられている。ただし、梅干しが大嫌いな深白はそいつだけは見ようとしなかった。
「ママ、梅干しは要らない。あれは種なのです……土に還してあげて……」
「だ・め♪ 深白、それじゃあ、大きく、なれないぞ」
「百三十センチの汚点は百四十センチのくそ兄様のおかげです……深白の責任ではありません。母、それに萌え星人は卵に返ってから成長しません。どうやら、くそ兄様の血を受け継いだ深白も例外からは逃れられない……。いや、だからこそ……」
心は深白の真剣な顔を正面から見て、嘘だよね? と目で訴える。深白は迷わず、首を横に振った。
重箱の二段目には、お肉が大好きな深白のためを第一に考えて、一風変わった仕掛けがしてある。焼き肉用のタレが掛かった豚肉を包んでいるのはお野菜達だ。そのお野菜のラインナップは身体に良い奴らばかりだ。ニンジン、ピーマン、キャベツ、ゴボウ、キュウリだ。
「身体に良さそうですね。みみるさん?」
「朝はそういえば、焦げバーグの存在を知らないのじゃな。どうも、焦げバーグの一件がある故、我は蒼空の料理を疑ってしまうのじゃ。蒼空が我の入院の際にお見舞いの品としてあれを持ってきた、なのじゃ。今でも夢に見るのじゃ。ケチャップで味を誤魔化す夢……」
「白妖精剣が初起動した事件。アリク姫が訪問して宇宙連合とアリク連合の間に公式な話し合いの場を持ち合いましょうという歴史的な条約――宇宙平和条約が結ばれる切っ掛けを作った戦闘で入院した時ですね。心君が私と一緒にいつも、ジュースを買ってくると無理矢理、誘うので何か、あるとは思いましたが、それでしたか。デリュージョン イデオロジストのあたしでも気がつきませんでしたよ。盲点ですね」
「嘘だ! ママは宇宙一料理上手です。くそ兄様は毎日、ママと深白の身体が一番、柔らかくて美味しいけど……料理も最高だ! って叫びながら食べてます……」
自信まんまの深白の頭に手が添えられた。深白の父の手だ。心なしか、震えている。少女は、それは私への愛情の深さ……いいえ、愛の深さが故。ついに母を越えたと勘違いした。
「深白! 嘘は言っちゃ駄目! 深白は僕の娘なんだから、そんなこと言う訳ないよ」
きっぱり、否定された少女を優しい悪魔の微笑みが出迎えた。
その悪魔は重箱の三段目、野菜の群れを素通りし、重箱の四段目の手作り蜜柑ゼリーを一カップ、掌に載せた。そして、すっと、深白に差し出す。
「深白。諦めるな。奴は所詮、ドMのヘタレなんだ。くそ兄様と呼ばれて心が揺るがないはずはない。もう、一年と三ヶ月もくそ兄様というお薬をお前はあのヘタレに与え続けているんだ。今日のお薬は……深白がこのゼリーを口に含み、奴に――」
「はい、はい。先輩。馬鹿な真似を止しましょうね。子どもの教育には最悪ですね、先輩は」
そう、心にとっては困ったことに扇の指導でパパと心を呼ぶはずの我が子が、心をくそ兄様と呼ぶようになってしまったのだ。しかも……最大の愛情表現だと我が子は疑いもしない。
放っていたら扇の言葉を鵜呑みにしてしまう深白の手から蜜柑ゼリーを奪い、ゼリーを食べやすい適量にスプーンに乗せる。そして――
「深白ちゃん、あーん」
「あーん、おひぃひぃ。くそ兄ひゃまぁ」
うん、とても良い笑顔で食されるなぁ、うちのお姫様は。そんな感想が娘の幼い魅力に蕩けた顔をした心からは容易く、読み取れる。
いつの間にか、蒼空も深白に色々な食べ物を食べさせ始めた。自分の食事はそこそこにして。
「全く、幸せだね。陽乃さん宅は」
皮肉混じりに扇はそう言った。思えば、遠くまで来たものだと、彼女は空を見上げた。その空の彼方には宇宙人全般を追っていた自称 宇宙人ハンターの父と母がどこかにいるはずだ。彼女を独りぼっちにした宇宙人という存在。そして、両親が落石であっけなく死んだ後に孤児院の裏で出逢ったみみるに彼女は言った。その言葉をもう一度、みみるに言う。
「幸せは見つからない……。自分の心がドーナツの穴のようだ」
みみるはそれに対してぶっきらぼうに返事する。
「嘘、なのじゃ」
「ああ、嘘さ。幸せはここに在る。もっとも、あの人みたいにラリったハッピーとは違うけどねぇ」
扇の視線の先には、浅木新聞を両手で持って傘の役割を持たせて、スプリンクラーの雨の中を走る女性――宮御紲を眺める。ちなみに黒い長髪をずぶ濡れにしている水滴は全て、ビールだ。
「ビール、臭そうなのじゃ」
今からこちらへと紲が駆けてくる未来を予想して、みみるは鼻を摘んだ。
<Ⅲ>
しばらく、蝶がゆっくりと羽根を広げ、ひらひらと飛ぶような時間が流れた。
「また、我の負けなのじゃ。どうして、心ばかりを引くのじゃ」
「どうして、僕がババの役になっていることをそれよりも知りたいですよ……」
「お前が一番、適任だからだろう?」
「あい! 蒼空にとってしーちゃんはかけがえのない人です」
「ママ……それ、意味違う……」
「全く、みみるさんはババが穴開くほど、見てしまうから皆さんにバレバレなんですよ」
「あら、朝ちゃん。優しいアドバイス」
春の日射しのちょっと、眠気を誘う効果を紛らわすために始めたトランプでババ抜きをする遊びをみるる、心、扇、蒼空、深白、朝、紲は楽しみ始めていた。みんなで集まって遊ぶ昔ながらのアナログゲームは面白い! 誰もがそう思っていた。心は一つになっていた。
そんな空気を壊す存在の声が突然、空から振ってきた。
「まきぐそっ!」
「は?」
異口同音にそんな疑問の声がみんなの口から飛び出した。当たり前だ、まきぐそはないだろうとみんなが同じ気持ちで空を見上げる。
空には桜餅学園のプールほどの大画面ホログラムモニターが浮かんでいた。そこにはみみるに似た赤い虹彩と、目の下の隈が印象的な少女が映っていた。一つ結びの幼い髪型がより、いっそう少女の異質さを際だたせ、サイズの合っていない白衣からはちらちらと胸もとが見えそうで見えない位置まで露出している。
少なくとも、心はこんな人物に心当たりはなかった。しかし、無気力系の顔をした少女の数パーセントにみみるに通ずる威厳を感じる。別にみみると虹彩の色が同じだから関連づけているのではない。
その証拠にみみるだけはそのモニターの出現に立ち直りが早く、困惑の表情を浮かべている。どうやら、あまり会いたくない人物のようだ。
始めに声を上げたのはそのモニターの少女ではなく、みみるだった。
「何故? 妹のあるるが緊急通信をしておるのじゃ? もう、アリク連合との争いもないのじゃ。当分は平和なのじゃ」
少女――雛あるるはその言葉に不快感を示し、全身を揺するのに合わせて激しく一つ結びを振った。表情には表れないが相当、みみるの見解に反発心を抱いているのは誰の目からも明白だった。
満足したのか、あるるは自分の身体を揺るのを止める。服装には無頓着な方なのだろう、胸元が露わになっているのに気にしていないようだ。
心があっ、とそれを発見し、小さな声を上げるが、それを浮気だ! と判断した蒼空と深白がそれぞれ右足、左足を踏む。心が痛みに飛び上がったのをみみるは横目でちらりと見て、あるるの生気のない瞳に牽制の微笑を浮かべる。
「その調子ではいずれ、来たる聖戦のレクチャーをされていない? 理解不能、天才さんは理解不能です。本当、馬鹿と天才は紙一重ですか?」
「……」
ぞんざいな態度とも相手側に評価されかねない無言をみみるは貫き通そうとした。
そのみみるの態度は白妖精剣を心が初めて動かした日を心に思い起こさせた。また、独りで無茶をするのだろう。みみるは上から目線で人を顎で使うように見えて、実はそうじゃない。親しい人ほど、彼女は自分の心を相手に砕こうとする。例え、相手が望まないとしても。
心は少し、苛立った。みみるのそんな態度に。
友達だろう! そんな意を込めて、あの時から抱えていた爆弾をみみるに敢えて投下する。
「みみる? 聖戦ってアカエルさんも昔――」
「もう、蒼空や心、深白……地球に住む民には関係ないことなのじゃ。我らの問題なのじゃ」
そう、拒絶するみみるの胸を朝がそっと包み込む。あまりの唐突な出来事にみみるの身体は硬直した。それを朝はまだ、まだ、お子様ですね、と余裕の破顔を魅せる。
「みみるさん、嘘を吐くのは下手ですね。心拍数が上昇してます。無駄ですよ、ノーなんて言わせません。あたしはリアリストではない。現実よりも先を見据える人間ですから。それに――」
「友達だろう、みみる」
朝の言葉をここぞとばかりに心は先取った。
「しかし、なのじゃ」
みみるは知っていた。聖戦を知る者は二つの選択を必ず、せざるを得ない立場に追い込まれることを。運命に抗っての死か? それとも、運命から背中を背けての死か? だ。
みみるは苦渋の表情を浮かべる。できれば、心達を可能な限り、生存させたかった。最期はその存在すら、知らせずに心達を幸福のまま、安らかに逝かせてやろう、とさえ考えていた。
空に映った少女は判断できない姉をずっと、目を細めて眺めていた。が……限界のようだ。
「天才さん、信頼に答える。それしか貴女の道は百パーセントないので」
「ふぅ、そうじゃな……。少し長くなるのじゃ。話そう、なのじゃ」
観念と決意の感情は幼い少女の顔を女性特有の冷徹な仮面を被らせる。それは客観的に物事を眺める大人の女性の視点。
「今の宇宙は我らの星、みみる星の誇る望遠鏡 レイル・バーンのデータが五千九十二回目のリサイクルを終えた五千九十三回目の宇宙と導き出したのじゃ。これが、我らの祖先 雛るるる女王が即位していたリユ時代雛歴六億七十二年のことじゃ。その一年後の雛歴六億七十三年に宇宙をリサイクルしていた存在をるるる女王の元、行っていた宇宙解明計画の所属宇宙船 白妖精が発見に成功したのじゃ」
春なのに寒々しい風が深白の肌を突き刺す。ゴスロリ服は案外、薄い生地であるためか、身震いする。
太陽は幼子を燦々と照らしているのに、その恩恵を深白は受けられない。恐怖? まさかと思いながらも、心の腰にぴったりと抱きついた。ここは落ち着く。
「我らはその星を喰らい、巨大化する存在を畏怖の念を込めて、ユニバースホールと呼ぶことにした」
「ユニバースホール? それが世界をリサイクル? 訳がわからねぇなぁ」
科学を囓っているはずの扇が首を傾げる。その視線の先には頭を抱えている陽乃心の姿が映っていた。いつものようにさり気なく、助けてやるのだが、彼女のそんな優しさを彼は知らない。ため息を吐いて、炭酸の抜けきったサイダーを一口、飲む。
「馬鹿でも解るように説明しましょう。地球では意志を持って新本を書店で買う。意志を持って読み終わる。当然、要らなくなります……。そこで意志を持ってゴミとして捨ててしまうと資源が無駄になる訳です。そこで意志を持って資源回収ボックスに入れる。そうすると、再生紙として蘇る……」
と、あるるが淡々と説明した。
「くそ兄様が解っていないので、深白がさらに説明します。意志を持って? と強調したのはユニバースホールが意志のある存在だとアピールしたかったのですね、下手くそですが」
頭が良いところを披露する。深白はあることを期待して、父親の汗の臭いが染みこんだブレザーに顔を埋める。それは恥ずかしく、嬉しい、両親の良い子、良い子と交互に深白の頭を撫でる幼い快楽の訪れだった・・・・・・。少女の自尊心は向上した。
こっちの少女――あるるは初めて、人の表情を見せる。それは憤慨。
「ちびに言われるのは心外だ、まきぐそっ!」
あるるの薄い乳に深白はゆっくりと、小馬鹿にするように喋る。
「くそ兄様が大好きそうな乳首さえも未熟なペドに言われるのは、深白的には心外です……」
「蒼空、そんな顔しないで僕は蒼空の桜――」
「あい! しーちゃん、恥ずかしい!」
心の口を慌てて、近くにあった梅御握りで塞ぐ行為と、恥じらいの言葉はとても、同じ人間――陽乃蒼空がしでかしたこととは思えない・・・・・・。なんとか、心は梅御握りを嚥下しようともご、もご、口を必死に動かす。それを大笑う深白。
「説明、続けたい、なのじゃ」
「あ、この馬鹿一家には構わず、進めろ。みみる」
と、みみるの呆けた声に扇が応える。彼女達は陽乃一家がラブラブで時々、空気の読めない連中であることを熟知していた。今更だ・・・・・・。
「ユニバースホールの進行はやがて、人類の全ての祖であるチキュウを呑みこもうとした。彼らの技術力ではせいぜい、ツキ旅行が責の山だった。そこで陽乃心、なれの祖先の陽乃葵と陽乃聖夏を萌え星へ、なれの祖先の陽乃礼と陽乃聖奈を地球へと極秘裏に当時の女王 雛しゅしゅるが逃した。それがアウル時代雛歴六億九千六百万百十二年に当たるのじゃ」
意外なご先祖様話にじゃれ合っていた陽乃一家は真剣な眼差しを一斉にみみるに向ける。
だが、少女は勘違いする。これも、自分の説明力の結果! 当然。豊満な胸を張る。
「しゅしゅるの友人としての気遣いだったようで、雛星の王位継承者にしか情報が閲覧できないレベルSの情報に指定してされているのじゃ。そして、我ら雛王家には義務として、萌え星と地球を見守ることがしゅしゅるによって託されたのじゃが……それは長い歴史の中に埋もれ、忘れられた、なのじゃ」
そこで言葉を切り、心達を一人、一人、見据える。
「そう、我がインフィニティーエモーショナルエンジンのヒントとなる情報を求めに雛星の機密図書館に行くまで……」
「アカエルさんがみみるを心底、嫌っていた理由は……僕や蒼空の結びつきが偶然ではなく、雛王家に仕組まれたからだったんですね。そんな遠い時代から」
アカエルはみみるとは親しくなく、言葉をあまり交わさない。心は親になってアカエルの心情を初めて理解した。幼い深白の運命の輪のような髪を愛おしげに見つめ、そんな恐ろしい思惑に娘を関わらせたくないと心も当然、思う。
「アカエルはアースガーディアンのシステムを使用して真相に辿り着いたのだろう、なのじゃ。嫌って当然なのじゃ……」
「それには我も同感です、敢えてノー言いません」
姉妹はアカエルの件に対し、罪の意識を表情に表そうとも、身体に表そうともしない。ひたすらなシビアが一同を真剣にさせる。
「地球だ、と丁度……最初の人類が登場した……頃、まさかなぁ。ねぇよ」
それは、肯定する扇の声だった。
「そこの地球人の考察した通り、猿から進化した人類は確かに存在していた。だが、文明レベルが低い彼らは戦争により、全滅しました。それに代わり、台頭してきたのが陽乃の血を継ぐ者達。良かったですね、陽乃心は限りなく、オリジナルの陽乃礼に近い。そして、蒼空も葵に近い。運命です、運命。あるるは嫌いですが、そのワード」
壮大な繋がりが心の胸を奮いたたせる。感動なんて綺麗なワードでは、明確なワードでは、表せない深い、深い色合いの感情の震え。
「それよりも俺、ヘタレが先祖かよ」
「扇ちゃん、それ、自分の首を絞めてるよ?」
「だよなぁ」
<Ⅳ>
「あるるか……。何が白妖精剣が必要だ。そんな奴に勝てる訳ないよ。第一、深白はまだ、幼い。戦争なんかに行かせるか」
心はあるるに言われた自分が恐れていた台詞を、目の前にある大きな試験管――生命維持ポット ネバーにぶつけた。自分でも恥ずかしい八つ当たりだ。
それをアースガーディアン管制室の主であるアカエルがくすっと少女のような笑窪を作り、眺める。
「白妖精剣が初起動した時の熱い陽乃心は何処に行ってしまったんですか?」
「ですけど・・・・・・僕は深白を双対象人物には・・・・・・」
「したくないですか。甘えないで下さい、婿殿!」
激昂しているはずのアカエルは少女のように泣いていた・・・・・・。何故? 泣いているの? そう、心は問いたかった。違う。その答えを知っている。
自分は目の前の蒼空に似たエメラルドグリーンの虹彩を涙で輝かせ、泣く蒼空の母親に誓ったのだから。
それは深白を初めて、アカエルの元へと連れて行った日。誓いの日。
<Ⅴ>
「しーちゃん、みしろちゃん、ほほえんだ」
僕にお姫様抱っこされた真っ白な肌の少女の頬を蒼空は遠慮なく、触り続ける。ママ好きな深白はそんな些細な触れ合いでも簡単にふにゃん、とした笑顔をする。ピンク色のセーターを着た深白にその笑顔は似合っていた。
「そうだね、これがエンジェルスマイルだよ、蒼空」
「格好いい兄様、ママ。もう、深白は生後一週間です・・・・・・。そこら辺の赤子ではない」
深白の笑顔が太陽ならば、深白から今、発せられた言葉は月だ。月は一見、無表情に見えるが、太陽の光で隠れていた美しさを際立ったせる存在だ。その効果もあり、僕と蒼空は深白の一挙手一投足に愛の素晴らしさを感じる。そう、深白こそが僕らの永遠のオアシスだ。
それはあの人も例外ではなかった。
僕達はアカエルの通信――
「婿殿、蒼空ちゃん♪ わたくしに早く陽乃深白たんを見せに来ないと生命維持ポットから抜けだしてでも、這ってでも見に来ちゃうゾっ」
に急かされて、僕は今、アースガーディアン管制室の扉に触れようとしていた。
だが、触れる前にアカエルの緊張した声が中から聞こえた。
「入って良いですよ。とうとう、わたくしもお婆様になるのですね。緊張します。黒妖精剣から脱出ポットに乗り込んで以来の緊張度合いですよ。さぁ、おいで、深白たん」
その声は優しそうだが、深白をどうにかしようという愛情のオーラに包まれていた。蒼空の先読みの力を濃く受け継ぎ、さらに僕の血を入れることで瞬間読解の力を得た深白は思考をフル回転させた結果、僕の腕から無理矢理に逃げ出す。
「み、深白の経験上、この場合は帰る選択が正解です……」
だが、世の中、そう甘くない。こんな言葉を深白が学んだのはきっと、この瞬間だろう。
深白が後退ろうとした瞬間――
独りでに扉が開いた。そして、深白を目掛けて猛烈な勢いで生命維持ポット ネバーが飛んでくる。
いつの間に改造したのだろうか? やはり、レールは不便だったのだろうか? と呑気に考えていた僕を蒼空が必死の形相で突き飛ばす。よろめきながらも、僕はある地点にたどり着いた。
「え? 嘘。直撃コース!」
その位置とはびっくりして今にも泣きそうな深白と、爆走中の生命維持ポット ネバーとの中間地点だった。
その位置に僕を運んでくれた蒼空を振り返る。蒼空はごめん! しーちゃん。でも、深白の方が大事だから、と言わんばかりに舌を出し、可愛い笑窪を作っていた。わざとじゃないんだろうけど、何か悔しい。
「婿殿、知っていますか? 車は急には止まれないんですよ」
蒼空と同じ可愛い笑窪を作ったアカエル。その表情を作るきめ細やかな肌が毛穴まで見えそうな位置にまで達するに時間は掛からない。ほら……今日も素っ裸で? と予想していた。それを斜め上に飛んで、十代の少女が着そうな真っ白なワンピースと童話に出てきそうな赤い靴をちゃっかり、着用していた。可愛い……なんて、感想を僕は言えるはずもなく、むしろ、今は。
「そんな猫撫で声で、死亡エンドみたいな宣告は止めてぇえええええ!」
「無理ぃいいいいいい!」
クリアな壁を隔てて僕は蒼空の面影に出逢う。長い黒髪は撫でると、気持ち良さそうにあい! と鳴いてくれる。耳元で囁いた後、そこで吸う空気は甘いミルクティーの味。唇はいつだって希望を口ずさむ桜桃色。肩には幸せの青い鳥が百羽くらい集っている、だって蒼空の肩は宇宙一、キュートだから……。ワンピースの生地の下には少女の未成熟さの名残、思い出がいっぱい詰まっている。だから、僕らはいつだって子どもの頃に戻れる。幼女体型な蒼空には腰にくびれなんてない。それは少年の美さえも体現している。蒼空のお尻は控えめな膨らみだ。それは目で見なくとも、心の目でいつも、拝める。蒼空の足は折れそうなくらい細い。だが、それは恐ろしく柔軟な動きを見せる。例えるならば、デパートの食品売り場で人々の合間を天真爛漫の笑顔を浮かべ、疾走する幼女の如き柔軟性。いけないと、解ってもアカエルに蒼空を見出してしまう。
だからこそ、僕は固まっていた。
「しーちゃんの浮気者……」
背後で蒼空の怒りの声が聞こえる。心が読めるのだろうか? 君はもっと、天使の声――
ごんっ! まるでその音は今日、聞くはずの除夜の鐘の音。あっはは、僕は未来に生きてるね♪
意識が遠のいていく。僕はそのまま、永久の闇に包まれていった……。格好いい兄様にはあまりにも相応しくない死だった……。おわり。
「って、扇ちゃんの真似をしないでね。深白ちゃん」
深白のそんなお通夜を独りで取り仕切る令嬢みたいな愁いに沈んだ声が、僕の意識が遠のくのを防いだ。僕はウィンドウズの起動並みに素早く、状況を把握しようとする。
今、脳……いや、ハードディスクが目まぐるしい回転をしている。まずは、自分の確認……システムエラー(額から鮮血)あり。
情報、深白は言い訳をするぞ。根拠、ハムスターの運動器具のような輪をくるくると手で弄んでいる。
「扇が言ってました。格好いい兄様の場合、どんなピンチでもそれなりにおふざけを入れておけば、コメディーパートで済まされるから……」
コメディーパート、ウィンドウズ内に情報があり――違う、僕は人間だ! そして、現実にコメディーパートなんてない! と反論する前にアカエルがゆっくりと孫である深白に自分の見解を述べる。
「良い子ですね。もう、婿殿の体質を見抜いているなんて」
「いいえ、それほどでもあります。深白は格好いい兄様のお嫁になる存在ですから」
「なごんでる? はつかおあわせ、せいこう?」
天使の蒼空は賤しく、地面に仰向けになっている僕に天からの贈り物を地上へとその御手で垂らす。その贈り物は雛星の湿布。ヒヨコの形をした貼って歩くにはクソ恥ずかしい形が印象深い。だが、天使様からの贈り物。僕は意を決して、その湿布をおでこに貼った。ひんやりする……。リフレッシュ、マイ エンジェル。
「ありがとう、蒼空。うん、蒼空のおかげで初顔合わせは成功だ」
僕の言葉に一辺の曇りもない。蒼空、天使。深白、幼女。アカエル=蒼空の眷属。で、いいじゃないか。そう、人間には痛みを想像力で掻き消す力があるって、自称 デリュージョン イデオロジストが言っていた。でも、痛いものは痛いようだ。
「朝ちゃんの嘘つき、くすんっ」
朝ちゃんの嘘つきは事実だが、湿布の効果は本物だ。雛星の医療には感謝。そう、心から思おうとした瞬間、みみるの顔がちらついた。奴は尊大な顔を無理矢理、作って――
「やっと、我の偉大さに心も気が付いた、なのじゃ。まぁ、今まで気が付かなかったのが意外だったのじゃ。インフィニティーエモーショナルエンジンやサブエモーショナルエンジンシステムも我が作ったのじゃ。だから――」
「凄いですね、雛星の医療品は。もう、傷を塞いじゃったよ」
心に響く栄華を謳歌していらっしゃるみみる様を湿布ごと、丸めて近くにあったゴミ箱へと捨てる。それをすかさず、キャッチした一つの影が在る。
その影――深白は恥じらうことも、躊躇うこともなく、使い捨ての湿布に鼻を充てた。充てるだけではない。湿布に含まれる空気を掃除機並みの騒音を立てて、吸っている。
「くんくん……」
そこに加わる蒼空。
「くんくん……はぁ、いいね、みしろちゃん」
「そうですね、ママ」
変態がいるよ、家族に変態がいるよ。
その騒動には加わらず、アカエルはポット内で透明なキーボートを操作する。いつになく、真剣だ。緊迫感が彼女から伝わってくる。
一体、何が?
アカエルがキーボートを消失させると同時に深白に語りかける。
「深白ちゃん、両手を広げてごらん」
名残惜しそうに湿布を蒼空に託してから、深白は両手を広げた。唐突に両手に質量が加わる。それは誰の目からも軽いながらも重さを持っている黒いゴスロリ服だった。黒とフリルが印象的で、現実離れしていた。
「深白ちゃんにプレゼント。萌え星人は一生、背丈が変わらないからいつも、着てねっ」
「うわー、格好いいです。ありがとうございます、これで格好いい兄様もイチコロ」
僕の脳裏にGを退治するハウスが浮かんだ。そのハウスから僕を掴み取り、ほくそ笑む深白。僕は近親相姦が嫌なので必死に逃げるが、彼女の手は僕の身体を離さない。
「うん、うん、深白がそれを着れば、男の子のお友達もできるな。お父さんは嬉しいよ」
「男性は格好いい兄様で事足ります。そうですよね、ママ?」
「あい!」
母として、娘に父を奪われるのが平気なのか? いや、蒼空のことだ。みんな、仲良くがモットーな蒼空だ。娘なら尚更、きょうゆう、とか言い出しそうだ。それも、それで嫌だ。
「萌え星の復興ができるくらい、二人を可愛がってあげてくださいね。婿殿」
「うわぁー、この人も同じ意見だよ」
「ところでわたくしは婿殿と二人で今後の家族計画について、話し合いたいのですが、蒼空?」
「あい! いこっ、みしろちゃん」
「はい、ママ」
母と娘の声はいつもよりやる気に満ちていた。何のやる気なのかは知りたくないと僕は思う。それよりも、気になるのは急に翳りを見せたアカエルの佇まいだった。
「わたくしは反対しましたよね? あなたに忠告もしました。あなたは知らずに茨の道を歩き出した。知ってますか? 運命っていう言葉は本当にその現象があると思わせる数奇な人生が人間の歴史の経験値として積み重なっているから存在するのです」
「それが僕と何が?」
哲学的だが……僕如きがその運命に介入できるほどの存在には思えない。しかし……と、僕は考え込む。
その姿が滑稽だったのか、アカエルは妖艶に微笑む。
「ふっふ、少し、意地が悪かったようです、わたくし。陽乃心、何故、白妖精剣があると思いますか? アリク連合よりも植民地を多く手に入れる武装としては度が過ぎているでしょう」
「聖戦……」
「また、その謎ワードですか……。教えて――」
「まだ、あなたが知るには早い。でも、わたくしは意地悪なんですよ。どんな不幸なことからも蒼空や深白たん――もちろん、婿殿も救えると誓いますか? 婿殿」
「はい、もちろんです! ですから、教えて下さい、聖戦とは?」
「まだ、秘密ですよ。あなたにはまだ、足りないですから。時が解決してくれます、時が」
時が。そんな三文字が僕にとって何か、巨大な意味を持つような気がして、蒼空と深白を連れて、住宅型宇宙船 ミミルすぺしゃるに帰宅した後もそれは溶けずに残った砂糖のように僕の心に痼りを構成した。
<Ⅵ>
「あの時、教えなかったのは……聖戦は逃れられない人類の死という運命に抗う戦争だからですね。そして、僕は守るために冷徹にならなきゃいけない」
「成長しましたね、陽乃心」
しーんとした空間、その声はアースガーディアン管制室に響き渡り……心の耳にも響き渡る。
嘘つきだ。まだ……深白を危険な闘いへと出したくないと思っている。だが、白妖精剣のインフィニティーエモーショナルエンジンの限界ギリギリの性能を引き出さなければ、運命には抗えない。そして――心は拳を握り締めた。指と指の間から朱色に染まってゆく。
歯がゆい。自分と蒼空が、深白のような進化した地球人、進化した萌え星人ではないことが。深白の感情数値を測るのが……彼女が誕生して以降、一番してはならないことだった。それは蒼空と相談してのことだ。きっと、それを知れば、みみるは……宇宙連合の面々に誤魔化しの言葉が効かなくなる。
確信があった。あの子が……とんでもない逸材で、唯一の存在である、と。
アカエルは厳しい眼差しを心に向けて、決意の言葉を待っている。
「あの頃は、まだ陽乃深白の可愛いさだけしか、目に映らない新米パパだった。でも、それじゃあ……」
もう、良いですよ、とアカエルの悲哀の涙に濡れた翳りから、薄く顔を出すひまわりの花のような優しい表情が声無く、語る。
心はゆっくりと、首を横に振った。
「駄目だって知った」
その言葉を聞いたアカエルは楽しそうに腹を抱えて、扉を指さす。
「ふっふ、余程、あなたは好かれているみたいです。聞き耳を立ててないで、こちらに来なさい。蒼空、深白。能力を使わずとも、あなたたちの行動は筒抜けです。絆の糸で小指と小指が結ばれていますから」
申し訳なさそうにしゅんとして、蒼空と深白は仲良く、手を繋いで心とアカエルの傍へと歩み寄る。
小さな深白の……本当に小さな両肩にゆっくりと手を置いた。心の黒い虹彩と、深白の翡翠の虹彩が混じり合う。
「深白、聞いての通りだ。僕たちが死ぬまで良い家族であるためには聖戦に勝ったなきゃならない。ユニバースホールの消滅、それしか僕たちの未来は切り開けない」
深白の両肩から彼女の震えが伝わってくる。深白だって、あの場にいて、雛あるるや雛みみるの説明を聞いた。きっと、頭の良い子だ。可哀想に誰よりも理解してしまったのだろう。聖戦の勝利のカギの一つが……自分の感情値、先読み能力、瞬間読解力であることを。
だが、心はそれらには問わない。
「一人の人間として、深白に問うよ。アリク連合のように自分の植民地を占領し、また、次の植民地へ……と逃げる人類の死の未来を選ぶか? それとも宇宙連合のように死と闘う限りなく……不可能の生存に繋げる未来を選ぶか?」
その問いに深白は両肩に添えられた心の、父親の優しい大きな手を払いのけた。驚く父親を尻目に深白はいつものふと、魅せるあどけない微笑みではなく、凜とした少女の微笑みを浮かべた。
「深白は正式な有機物質感情士としての未来への切符を手に入れたパパとママの娘です。いずれ、それと闘います。それが今でも、構わない。むしろ、やってやります」
その言葉はいつものけだるさを。その言葉はいつもの世の中なんて詰まらないと感じているみみるさえも凌駕する天才の好奇心に、挑戦心に、探求心に、点火してゆく。
心は初めて、自分の娘――陽乃深白が遠い場所に行ってしまったような気がした……。
だが、心はそれを隠し、力強く肯定の頷きを勇気ある我が子にお守り代わりに渡す。
「行こう、深白。白妖精剣へ、と」
「うん、格好いい兄様!」
「行こう、深白ちゃん。蒼空の命を燃やし尽くしても、しーちゃんの未来、深白ちゃんの未来を守るから」
それは後、約八ヶ月しか生きられない母の愛情の全てを籠めた言葉だった。それを娘は哀しい顔をして、否定する。
母の頬にキスをして、父の頬にキスをした娘は背伸びをしたまま――
「誰一人、欠けさせない……。深白の想いが、くそ兄様の想いが、ママの想いがそれを成す……」
心は思った。結局、僕は君にとって恋愛対象のくそ兄様なんだね。
それでも良いさ。生きて、聖戦を終戦させることができるならば。いや、むしろ、君の中の蒼空に、君に恋している。
<Ⅶ>
日本日時 四月一日 午後十一時十分 七秒。
雛星 ミミルドームにて。
みみるは必死だった。ありとあらゆる説得の言葉を応じて、せめて深白だけは聖戦に参加させないよう、試みようとあるるのデスクを訪れる。
みみるから先に口を開こうとした。
その時、目の前のホログラムモニターが、部屋中が翡翠の光に染まった。そして、みみるや、あるるの身体をも染め上げる。
その瞬間、みみると、あるるは一人の少女の微笑みを幻視した。蒼空とアカエル、心の面影をその身に受け継いだ少女、陽乃深白の華奢な姿。
「凄いのじゃ! 何なのじゃ、この光は。紛う無き……インフィニティーエモーショナルエンジン臨界点光」
「間違いないですね、天才さん。あれは――」
<Ⅷ>
同時刻。
太陽系 地球周辺にて。
朝を乗せたエモーショナルブレイカー レゾナンスと、扇を乗せたエモーショナルブレイカー フランジュベルグが激しい剣舞を繰り広げていた。
鳴り響く、特殊合金 ヒノフェアリーの共鳴音。それはヴァイオリンの音に似ていた。
「レゾナンスの反応速度が極端に下がっているぞ! どうした? やる気あんのか!」
「扇教官」
「なんだよ、双嵐朝」
「あれを」
そう驚歎の声を出すしかなかった朝の身体を、レゾナンスを、フランジュベルグを、扇を、地球周辺を、翡翠の輝きが優しく包んでいく。
その光の先に朝と扇は一人の少女を見た。その少女は両手を二人に差し出す。まるで母性を既に獲得している母親のように。
その少女は蒼空とアカエル、心の面影をその身に受け継いだ少女、陽乃深白の献身的な姿。
「ああ、あれは――」
<Ⅸ>
同時刻。
第百星アリク星 アリク要塞 アリス兄妹の部屋にて。
絡み合う黒い二つの影。長身の女性の影が少し屈んで、中学生のような身長の低い少女の舌を自分の舌に滑り込ませる。互いの舌から滴る透明な唾液を至上のご馳走だと彼女達は思っていた。というのは、彼女達を冷ややかな視線で見つめている中学生のような身長の少女――アリス・カノンと同じ背丈の女性 アリク・チェロの意見だ。
もう、かれこれ、十分も長身の女性に見えるしなやかな体躯の持ち主だが戸籍にもしっかり記されている通りの少年 アリス・レオと、その妹であるアリス・カノンの情事を観音菩薩の如き、穏やかな静寂を保って観察している。
チェロは気弱な性格で、しかもエッチぃことには固まる性質のあるアリク星の姫だ。今も、その性質のおかげで扉を開けて閉めて……二つの影を認識した途端にフリーズした。
なんて、恥ずかしいペアルックの深淵色のネグリジェ……とこのアリク要塞の主であるはずのチェロは生唾を飲む。
マトト(地球のトマトに似ている野菜。ただし、甘い)のように顔が真っ赤なのに、兄と妹の舌から……一筋の涎の橋が構築されるのを認識してしまう。動けないのだから仕方ないと、アリク姫は呪文のように心の部屋で唱える。声を出さないのは彼らへの配慮だ。だが、本当はそんな勇気なんてない。
だが、そろそろ……ここに来た目的を果たさねば。身体に合わないドレスの裾を持ち上げて一歩、歩み寄る。
早く、死んだ先代アリク姫のように代々、受け継がれてきた全てを継ぐ者のドレスを着こなさねば。そんな気概が彼女をまた一歩、歩ませる。
自分の時代で逃げ続けたアリクの歴史を変えるんだ! 明日のアリク星会で――
宇宙連合と共に聖戦を戦い抜くことを宣言する!
全ての生きとし、生きるものの未来がこの一歩!
踏み出す。しかし、そこには自分の掴んでいるはずの生地が。当然――
「ふ、ふわわぁああああ!」
盛大な声と共に盛大に床にお尻をぶつける。チェロは今年で二十五歳なのに泣き虫だ。それが当たり前のようにわんわん、泣く兆候が彼女の双眸の金色がぼやけてくる。
「う――」
その泣こうとする兆候を知るチェロの友人のカノンとレオは一斉に、ショートヘアの女性 チェロを心配そうに見つめ、すぐに駆け寄ろうとした。
その時、翡翠色の光がアリク要塞を、アリス兄妹の部屋を、ついに泣き出したチェロを、困惑するアリス兄妹を優しく包んだ。
その光の先にアリス兄妹と、チェロは一人の少女を見た。その少女は泣かないで、と言わんばかりにチェロの頭を撫でている。不思議なことにチェロはその細い手から人肌の熱と、微かな撫でられている感触を感じた。驚愕し、開いた口が閉じない。
「兄様ぁ、あれは心様と蒼空様の娘 深白様ではありませんか? ですけど、単体での短距離ワープは人体を崩壊させるはず――」
「そうだ、有り得ないことだぜ」
それにすっかり泣きやんだチェロが鼻水を啜りながら、答える。
「我々の勝利の鍵 深白様の総感情量が幻視化したものですよ。空論の産物だと思っていましたが、みみる女王の母君……我らにとっての裏切り者、レオやカノンにとっての母親 アリス・フルートのエモーショナルエンジン共鳴現象。人の持つ感情に共鳴して、それを点にして、感情の原子リアが拡散していく。リアの集合体がその主の形を作る。その量に達したのです……それを成すには空論上――理論上、無量大数にも等しい有機生物のリアが必要です! 有り得ない話です! ふわぁあ、この光、暖かい」
「では、この光は?」
と、アリス兄妹は異口同音に自分達の聖戦の鐘を叩いてくれと想いを込めて、チェロに願う。
「カノン、レオ。逃げるのはどうやら、終いの時がやってきたようです。あれは――」
<Ⅹ>
同時刻。
地球。陽乃本家 庭園にて。
頑丈な垣に守られている陽乃家の根城は昔ながらの武家屋敷だ。その古ぼけた垣の白い色が翡翠の色に変色してゆくのに最初に気づいたのは、宇宙連合の動きを陽乃財閥当主 陽乃典命へと報告に来た陽乃財閥が送り込んだスパイの女性だった。
その女性――いつもの水色の着物姿の宮御紲は亡き親友 美樹のアホ顔を真似て、歓喜の涙を流す。
やったのよ、貴女の願い――聖戦の英雄を私達の誰かが生きている間に見れますように、が叶ったのよ。
それを報告すべく、心を身ごもった美樹の願いを病室で聞いていた後の一人を捜しに行こうとするが……その人物はいつの間にか、紲の隣にいた。
自分の嫁の願いが叶ったというのに陽乃典命は難しい顔をしていた。顎に蓄えた髭を右手で弄ぶ。何を考えているんだか……。
翡翠色は周囲に浸食していた。その浸食は止まらず、紲や典命を優しく包み込んだ。その光の先に陽乃の執念と希望を見た。その執念と希望は少女の形をしている。そう、それは命が確かに受け継がれていく証、それは陽乃美樹、陽乃典命、陽乃心、陽乃蒼空の次に続く者である陽乃深白の幼い姿。
「あらあら、陽乃家の歴史が報われる日が来たようですね……弟ちゃん」
「私達が恐れていた聖戦への闘いの狼煙を一番、泣き虫で……ヘタレだった心が上げたんだ。それを思うと感無量です。陽乃財閥の影を表に出す時が来た」
その言葉にリアの集合体は主、深白の代理とばかりに肯く。それは偶然だったのだろう? または違う意味を持っていたのだろう? だって、陽乃財閥の裏を陽乃深白や陽乃心が知るのは現当主 陽乃典命の死後のはずなのだから。
それなのに陽乃の光に未来を感じた。紲はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そうね、だってあれは――」
「人類を救う英雄の産声」
その短い人類の歓喜の海は宇宙に溢れた。翡翠の海に同化したいと望んでいるかのように、その後を追う。
聖戦を知る誰もがその言葉を口にした後、決意した。聖戦に生きて、勝利する!
聖戦を知らない人間はその光に包まれた瞬間、儚さと凛々しさの両方を兼ね備えた少女の姿に温かい気持ちになれた。やがて、それは身内に、他者に対する温かい気持ちの原動力になっていく。もちろん、誰一人、それに気づかないが。
幸福は人々を未来へと導く。その光を宿して、白い四枚羽根を広げた白い妖精は翡翠の空を駆ける。
その機体は白妖精剣。そして、その機体の最強モード 星崩しの光。
「リア・レイン発動を確認……。くそ兄様、マニュアルにありません……」
「え、知らないよ。なんで、発動したの?」
「しーちゃん、三人の総感情値をインフィニティーエモーショナルエンジンが支え切れていない。深白の感情値を優先。それでも――七百億。計器の故障?」
深白、心、蒼空は同様のあまり、気が付かない。
一つの悪意を持ったメッセージに。
日本語で、
目覚めはいかがかな陽乃葵、陽乃礼。まだ、君達が生きているなんて予想外だよ。また、一戦を交えるというのか……。そこまでして私の身体の再生と破壊を止めたいのか? 知っているだろう? これが一番の美容法だって。
と敵意が伝わってくる。
しかし、それは誰にも伝わらず、メッセージは消えた。
別の情報を表示しているホログラムモニターには、
インフィニティーエモーショナルエンジンの負荷をリアの集合体で緩和……。――総感情値 七百億五千万まで回復。総感情値 未知数……。数値化不能で現状維持。
リア拡散超距離ワープ
星崩しの剣
星崩しの閃光
――武装解除します。
「くそ兄様、モード名が白妖精剣 星崩しの光から、リア・レインに」
「みみる! 聞いてないよ。そんな話! 操縦方法知らないよ、僕」
「しーちゃん、そら、まにゅある、さがす」
「蒼空が退化したよ! これ、絶対あの馬鹿のせいだからね。馬鹿天才のせいだからね」
その頃、雛星では――
「くっしゅん! なのじゃ」
「馬鹿に見える天才さんは風邪、引かないはずなので……誰かに悪口を言われたよう……」
「あるる、我の場合は賞賛の言葉なのじゃ。あっ、なのじゃ。心じゃ。リア・レインの存在を説明し、忘れたのじゃ。きっと、ありがとう、みみる天才と歓喜に打ち震えているに違いないのじゃ!」
「頭が春な人」