第二章 分かち合いたい、分かち合えない……。どうして、人は闘うの? <Ⅵ>
<Ⅵ>
僕は不思議に思う。何故? 自分はここにいるのだろうか? 確か、あの日からずっと、死んでいるはずの僕なのに……生前の僕、陽乃心よりも米乃国太郎の方が生きている気がする。それをクリスマスの日から頬を寄せ合いながら一つの望遠鏡で暮れゆく街のオレンジ色の影を鑑賞している相棒と感じている。きっと、蒼空も今の僕と同じく活き活きしているのだろうか。
ふと、望遠鏡内に映る街並みを使い、あれなんだ? と蒼空と遊ぼうと思い付いた。
楽しいだろうな、と頬が綻ぶ。その頬から、正確には右頬から温かみが消え、体臭を一切感じさせない石鹸のやわらかい香りが消えた。
僕はそれだけで不安になった。
「あい、こねこ。これ、せいちょうする。なにになる?」
良かった。蒼空はどこからか、迷い込んだ子猫を大事そうに両腕で抱いているだけだった。その灰色の子猫は迷惑そうに蒼空を眺めているが、害を与える気配はなさそうだ。欠伸までしている。
「それはね――」
「ねこだよ、しーちゃん」
「えへん、そら、えらい?」
「おおう、蒼空はそのヘタレの数億倍、偉いぞ。こいつ、数学の宿題は諦めるか、今日は遅くまで各国の方と話し合いだし。なんて、昨日、ヘタレの水溜まりに浸っていやがったんだ」
先程から熱心に何かを読んでいる。僕はそれが何なのか、近寄って確認する。それは僕達、桜餅学園御用達の一平堂が出版している参考書だった。わんぱく坊主が女の子を足蹴にして女の子のリボンらしきものを掲げて勝利のポーズ! と言わんばかりに大口を開けている絵が印象的。もちろん、PTAに顰蹙を買っている。それでも、変更が利かないのは素晴らしい参考書であるためだ。主に宿題として利用される。
僕は疑いの眼差しを先輩様にこれまでの復讐の総決算とばかりに、向ける。
「チートしている人には言われたくない台詞ですよ」
「ただ、読書してるだけだ」
「知ってますよ。扇ちゃん、書かないでも大抵、事足りるらしいじゃないですか」
僕のデキル先輩様、扇様はその言葉を待ってましたとばかりに僕のおでこにデコピンを喰らわして、したり顔で自分の脳を指す。
「ここが、ここが、違うんだ、蒼空君?」
「あい。ここ、ここ」
蒼空も、扇の真似をして自分の頭を何度も指を指す。僕を小馬鹿にした含み笑いも忘れずにトレース。
「蒼空には言われたくない・・・・・・」
後ろからガチャンという音が聞こえた。振り返ると腰を屈めて、取り口から缶を扇が取りだしていた。よいしょ、と昭和のおばさん風な掛け声の後、姿勢を元に戻す。
「おい、おい、蒼空の適応力を見たら、末恐ろしいぜ。てめぇなんて、これよ」
コーラを何度か、振って僕に手渡した。思わず、僕は感動しそうになった。扇が僕に奢ってくれたのはこれで二度目だ。一度目はあの日なのだが……。
「僕は、またコーラか・・・・・・」
そう、僕が落ち込んでいる時間も無く、僕の身体が普段の地球の法則では有り得ない独りでに吹き飛び、真っ白な壁に激突する奇妙な現象が起こる。なわけもなく、僕はそれを足を蹴るという些か平凡な格闘術で起こした女王様に抗議の目線を送る。
「ここにいたのか、なれら。我を置いてゆくでない、なのじゃ!」
なんて、言って僕の鋭い目線攻撃が効いてない。あろうことか、床に膝を付いている僕の近くにオーバーニーソに守られた御足がゆっくりと近付いてくる。その鈍重な動きが語る。ささっと詫びを入れろ。さもないとオーバーニーソが火を噴くぜ、と。
当然、僕は床に頭を擦りつくほどに下げて――
「ごめん、みみる」
謝った。僕は一般的な日本人だ。
「おい、酷いヘタレだ」
仲間だと思ってた扇が僕を非難した。さり気なく、えへっと笑って蒼空も扇と共にみみる側についている。何か、知らないが僕対、その他の人々で対立の構図になっている……。
「え、えー! 僕、僕だけ悪いの。くそ、これ飲んで元気注入」
棒読みでわざとらしいリアクションの後、他から見たら、変質者よ! と叫ばれるような笑みを浮かべて、喜んで、それを拾い上げて――
ぷしゅ~~~~~~。
自爆スイッチを押した。いや、僕を含む仲間達の爆笑スイッチを押したんだ。
人を陥れない優しい仲間の温かみは甘い炭酸水の味がした。僕にはもたいなくて、ゲップをしてしまう。
それでも好きだ、こんな空間が。今でも手に入れることを許してくれる? 朝ちゃん……。