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現夜の胡蝶  作者: 志駄
1/1

深夜、サラリーマンが見たものは……。


 何かの"すりこみ"なのか、俺達は何か信じられないものを見たとき、何故か目をこする。


 だから、俺もそうした。

 こすり過ぎたまぶたはヒリヒリと痛い。


「…………嘘だろ……?」


 それでも目を開けると、影に飲まれた路地裏にひらひらと光るそれは、ひどく視界のなかに目立つ。無視しようがない。

 ついさっき俺の鼻先を横切って、路地へ入っていった。


 光る、白い羽の蝶。


「………………」

 生唾を飲み込む。


 最初は、疲れすぎたせいの幻覚かと思った。

 今は冬だし、蝶が出てくるには早過ぎる。()――には見えない。

 しかも、地面では光の点が、その蝶を追い掛けている。ようは本当に発光しているのだ。


 光はだんだんと小さくなっていく。暗がりを奥へ、奥へ。


――どうしようか。


 残業帰りですっかり疲れているし、何があるかもわからない。

 だけど。


 何故か、その蝶を"見たことがある"と思った。懐かしいような、切ないような、そんな気持ちが胸を占める。

 こんなことは、めったにないはずだ。


 足はいつの間にか、暗闇の中に踏み出していた。





 そうとう距離が空いてしまったのか、蝶にはなかなか追いつけない。


――な、なんで……? 速過ぎるだろ、蝶のくせに……!


 路地裏はわずかな月明かりが入ってくるだけで、足元はぜんぜん見えない。


――痛っ。


 だから、なんども固いなにかにつまづく。仕事用の革靴だから、あんまり傷だらけにはしたくないのだが。


 光る蝶から目が放せない。

 追わずにはいられない。


 しかも、始めはいる道のはずなのに。


――これ……デジャヴュってやつかな?


 ぼんやりとした既視感。かつての、学生のときの通学路を歩くときのような、ひどく懐かしい感覚。

 でも、前に来たことがあるはずがない。東京にすら半年前に来たばかりだというのに。


――なんでこんなに、切ないんだ……?


 意味もわからないまま泣きそうになり、瞬きをした。


 蝶に惹かれるように、ただ、暗闇の奥へ歩き続ける。




 ふいに蝶の光が弱まった気がし、ハッと顔を上げた。

 路地裏を通り抜けた先、わずかに明るい、そこは川辺の道だった。


「こんなところに繋がって……?」


 独りつぶやくが、まわりには誰もいない。サラサラと静かな水の音と、自分のわずかに上がった息だけが聴覚を支配していた。


 蝶は、川を渡らず、道に沿ってひらひら飛んでいく。


 俺も、憑かれたように、それをふらふらと追っていく。




 道は、橋の下へと潜り込む。


 橋の影が作る暗闇を、蝶は躊躇せずに入っていく。



――家から離れすぎたかもな。


 一瞬、暗闇に入ることをためらう。


 このまま帰れば、もう二度とこの蝶を見ることはないとわかっていた。

 だが、追っていったところでわかるのだろうか?


――なんだか、胸も苦しくなってきた。運動不足が祟ったのかもしれない……。



 蝶の光が水面の方へ動くのを見て、引き返そうと決めた。


――……ん?


 蝶の光が、何かに反射している。


 亜麻色の髪――女性が立ってるみたいだ。


 長い髪、ベージュのコートの女性は、川の方を向いて突っ立っている。


――こんな時間に、こんな場所で何を……?


 声をかけようか迷っていると、いきなり女性は川の方へと大きく傾いた。


「う、わっ! 待つんだッ」


 駆け出し、彼女に必死で手をのばす。




「――ッ」

「ま……間に合った……?」


 俺の腕は、彼女のコートを掴むことに成功していた。

 遠く見えたのは、影が境界を作っていたからかもしれない。



「離してッ」

「えっ、ちょっ、落ち着きなさい! 怪しい者ではないですから!」


 暴れる彼女に困惑しつつ、なんとか川辺から離れた。


「離してください、行かなきゃいけないんです……!」

「どっ、どうするつもりだ! 今の川は絶対に冷たいぞッ!?」

「それでいいのッ」


 入水自殺。

 それにいまさら気づいた。



 恋人に先立たれたのだろう。



「じ、事情はわからないがやめなさい! 死んでもなんにもならないぞ!!」

「きっとすぐ後を追えば、来世で一緒になれるわッ」



「――何故そう言い切れるんだッ!?」



 手に掴んだ肩がびくりと震える。俺自身も、口をついた大声に驚いていた。

 しかも、俺の口はさらに、俺も考えたことのないようなことを連ねていく。



「そんな理由で"後追い"だと? ふざけるのもいい加減にするんだ」

「ふ、ふざけてなんか……」

「ソイツは自殺か!?」

「じ、事故……よ」

「後追いされた方の心境はどうなるんだ!?」


 彼女は泣きそうな顔をしてうつむいた。

 普通ならここで、「マズイな」と思って黙るんだろう。


 なのに。


 何故か胸の苦しみは強くなってきて。


 喉へ怒りがこみあげてきて。


 それに耐え切れず、言葉を吐き出す。


「――"輪廻転生"なんてものを信じるとして次も人間とは限らない。……心中したって、来世で恋人を食べちゃってるかもしれない。何もわからないんだ」

「…………」

「忘れろとは言わない」

「…………」

「忘れずに、その"彼"の分、幸せになるんだ。それが、先立たなきゃならなかった者の望みじゃないのか」



 喋っている間、俺は、"別の誰か"になっているようだった。


 口が勝手に動き、その間、自分は宙から見ているような。

 その浮遊感すら、いつか体験したもののようだ。ふわふわと、むしろひらひらと浮かぶ。


 蝶にでもなったようだった。






 気がつくと、座り込んですすり泣く彼女を抱きしめていた。


「…………………………え?」


 さっきの夢見心地はどこへやら。自分の置かれた状況にあわてふためく。

 完全に目が覚めた。


――というか、ものすごく失礼なこと言ってなかったか、俺……!? 何がわかるっていうんだよ、しがないサラリーマンが何様だよっ!! 死んだ記憶どころか……恋人がいた記憶すらないだろ、俺っ!!



「あ、あの」

「――……とう」

「えっ」

「ありがとう、ございます……」



 いつの間にか月が傾き、俺達のいるところまで月光が差し込んできていた。


 彼女が顔をあげる。

 瞳も、頬も、鼻も、泣き腫らして赤い。


 それでも、生きようと決意したその表情は、綺麗だと思う。



 蝶はどこかへ消えていた。




 彼女と結婚した今でも、時々思い出す、不思議な体験。


――あの蝶は、俺を彼女に逢わせてくれたのかもしれない。










――輪廻転生なんぞ信じたとて、次も人間とは限らぬ。



――心中したとて、来世では恋仲の者を喰らっているかもしれん。


――「来世では共に」などと、よく言えたものだのう。



――それでも逝くのかね?


――ならば、この爺は留めまいがね。




――嗚呼、お前さんが憤ったところで、あの娘には届かんよ。


――来世は人か、獣か、はたまた虫か。



――美しい恋人共よ。

  どうせなるなら。




――……蝶のつがいにでもなるがいい。




 江戸の月夜。

 蝶の羽のごとくはためく白装束を、見送った老人の独り言であった。






※塾帰り、携帯の待ち受けとビルの隙間を見ていたら、ふと思いついた話です。


 意味不明なところが多々あったと思います。

 下に解説のようなものを載せますが、雰囲気を壊す恐れがあるので、読まなくてもいいかもしれません。


 読んでいただき、ありがとうございました。




・江戸時代、病死した恋人を追って、川に飛び込んだ娘がいた。


・恋人の魂は、それを見守り、先走った娘の行動を悲しみ、怒る。


・江戸→東京


・サラリーマンは恋人の生まれ変わり(?)


・路地裏の道は、江戸時代でも抜け道として存在していた。

(『ぶらタモリ』という番組を見て考えました)


・蝶は娘の生まれ変わりか、未だ残る魂か……。


・老人は死が近く、恋人の魂がわかった。





すみません、意味不明ですね。




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