ウザ姉
学校の側にある公園で待っています。謎の女より・・・
教室がオレンジに染まった頃、姉さんからの連絡を待っていた僕の電話に、こんなメールが入って来た。差出人は見なくても誰が送ってきたか分かる
「姉さん……」
あの人は、たまに変になる。たまにじゃないかもしれないけれど
「るんくん帰るの? さようなら」
バッグを担いだ僕に、黒板掃除をしていた山田さんがそう声を掛けた
「うん、さようなら山田さん。それとるんは止めて」
「えー可愛いのに。ぴったりだよ?」
「悟。あるいは白波瀬。それ以外は返事しないからね?」
「はぁい」
不服感がありありだけれど、一応返事をしてくれたので良しとしよう
「それじゃまた」
「バイバイ、るんくん」
「…………」
がっくりと、自分でも分かるぐらい肩を落としながら教室を出た。廊下にはまだクラスメート達が残っていて、軽い雑談をしている
「でよ……あ、るんじゃん。またな」
「じゃーな、るん」
彼らは僕を見つけ、そんな別れの挨拶をした
「……うん、また」
もう言い返す気力もない。それにしても、なぜここまで『るん』が浸透してしまったのか。その理由はただ一つ――
「ふふふ。やっと来たわね、わたしの可愛いボウヤ」
この人のせいだ
「今日はどんなキャラなんですか?」
待ち合わせの公園に居たのは、サングラスを掛けた謎の女子高生。彼女はさっきまでタコ焼きを食べていたらしく、ベンチにその残骸が残っている
「私は謎の美女。国籍不明」
「謎の美女を名乗るなら、まずはタコ焼きの箱と口許の青のりを片付けたらどうですか?」
「青のり!? るんくんのエッチ!」
「今の会話の何処にエッチな要素があるんですか……」
「女の子の恥ずかしいとこ、見たら駄目なんだから!」
姉さんは慌てて後ろを向き、バッグから化粧ポーチと鏡を取り出して念入りなチェックをし始めた
「気にしないでも大丈夫ですよ。それより早く行きましょう」
「すぐ終わるから……うん、終わり!」
パッと振り向いた時にはサングラスも取って、いつもの姉さんに戻っていた
「お腹空いてたんですか?」
「お昼抜きでしたのでつい……」
上目遣いで気まずそうに言う。どうやらまた自分の弁当を作らなかったみたいだ
「姉さん」
「ご、ごめん! つい気合い入りすぎちゃって、自分の用意する時間がなかったの」
まったくもう
「いつも弁当を作ってくれるのは感謝していますが、まず自分の事を優先してください」
「わたしの最優先事項は、るんくんですっ!」
「お願いしますね」
目を輝かせながら拳を上げる姉さんへ、念を押すように言う
「……はぁい」
こっちも不服そうだったけれど、一応頷いてくれた
「それで……、今日は何処に連れて行ってくれるの?」
「まずスーパーに行きましょう」
「うん!」
姉さんは僕の左隣に立ち、腕を組んでくる
「歩きづらいですって。離れて下さい」
「るんくんは、お姉ちゃんと腕組むのイヤ?」
胸を腕に押し付けながら、潤んだ目で尋ねてくるけれど
「嫌です」
「せめて三秒ぐらいは悩んで!」
「嫌です」
「それすら拒否っ!」
「さ、行きましょう」
腕を抜き、スタスタ先に行く
「ひ、酷い、あんまりだよ、るんくん……。あんまり過ぎてお姉ちゃん興奮しちゃうよ! はぁはぁ」
「早く来ないと置いていきますよ?」
「ま、待って、るんくん」
それから僕の周りではしゃぐ犬……もとい姉を連れながらスーパーで買い物。今日は特売日だったので、いつもより安く買えて大満足だ
「次はどこ行くのかな?」
「家に行ってみましょうか」
「うん!」
3つあるレジ袋の1つを姉さんに持ってもらって、真っ直ぐ家に向かう。帰ったらヨーグルトでも食べよう
「次は次は?」
「家に入って食材を冷蔵庫にしまいましょう」
「はーい」
家に入ってすぐキッチンに行き、大量の食材を冷蔵庫へ上手に入れる。収納技術だけは、僕も姉さんに負けてない
「それで、それで?」
「リビングでおやつですね。軽い物なら夕食に残らないでしょう」
「わーい、わたしプリン!」
僕は予定通りヨーグルト。なんとなく疲れていた体に甘いおやつは格別で、あっという間に食べ終わってしまった
「ごちそうさま、美味しかった。次は……や、やっぱり、お部屋かなぁ」
姉さんはモジモジと太ももを擦り合わせながら、シャツの襟を緩めた。顔が赤いのは夕焼けのせいだと思いたい
「そうですね。お互いの部屋に帰りましょう」
「なるほど、解散なんだー。今日は素敵な1日をありがとーって、これただの買い物!?」
「そうですよ? それ意外に何か?」
最初からそう言ってるのに
「あ、遊ばれた……るんくんに弄ばれた」
「人聞きが悪い事を言わないで下さいよ」
青ざめるものだから、本当に僕が悪いように見える
「るんくんの、るんくんのバカー!」
そして姉さんはリビングを飛び出し、何処か遠くに旅立ってしまった――
「シャワーだよ! 暫くは一緒に入ってあげないからね!」
「はい、結構です」
永遠に
「っ! も、もう、もぅ、るんくんなんて大きら……う、うぅ〜!」
涙目で僕を睨み、姉さんは諦めたようにトボトボと洗面所の方へ向かって行った。まるで怒られた子供のようだ
「…………はぁ」
こんな事がわりと頻繁にあるのだから、ため息の一つぐらい許されるはず
「さて、と」
姉さんが好きな紅茶の準備でもするとしようか