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宇津木先輩

二月も十日を過ぎると、寒さも少しは和らいでくる。とは言っても朝はまだまだ布団の温もりが恋しくて、窓からまだ暗い空を見たものなら亀の様に頭を引っ込めたくなってしまう


時計の短針は数字の5を指していた。いつも通りの時間だけれど、起きるのは辛い


僕はノロノロと布団から出て、やっぱりノロノロと着替えをする。気合いが足りないと言われても、寒いものは寒いのだ


心の中で文句を言いながらも、どうにかジャージに着替え終えて部屋を出る


階段を下りると、みそ汁の匂いがした。姉さんが朝食を用意しているのだろう


僕はキッチンへ行き、そこで働いていた姉さんに声を掛ける


「おはようございます、姉さん」


「おはよう、るんくん。今日も寒いね」


そう言って、いつもの笑顔で振り返る。それだけで部屋が少し温かくなった気がした


「いつも早くに起こしてしまってすみません」


寝ていてて欲しいとは言っているけれど、姉さんは絶対に僕より早く起きる。よって、いつも5時前に起こしてしまう


「るんくん。それは謝ったらダメなところだよ」


「そうでした。すみません」


めっと注意をされて思わず謝ると、姉さんは「また〜」と顔をしかめた。だけれど最後は微笑み、


「わたしは自分の意志で早起きしているだけ。それよりるんくん、ご飯が炊ける前に行ってらっしゃい」


「はい。六時前には戻ります」


そう告げ、僕は家を出た


外はまだ人通りが少なく、静かで薄暗い。深呼吸をすれば咳き込んでしまいそうな冷たい空気の中、電灯が灯る細い道を学校方面に向かってゆっくりと走る


家から10分程度走ると、ブランコと滑り台ぐらいしかない小さな公園に着く。ここで30分のストレッチ体操をする事が僕の日課となっていて、それは1日も欠かせない


前屈、後屈、屈伸。時間を掛けて筋肉を伸ばし、関節の可動域を広げる


「……ふー」


呼吸を整えながら足を腰から胸へ、胸から頭へとゆっくり上げていく。上げ終わったら同じ速度で下ろし、次は逆の足を


「ふっ!」


下段、中段、上段回し蹴り。膝、膝、下段からの上段


強く、しなやかに。速く、強硬に


体を鍛える事に目的なんてない。意味すらない。けれど僕は一生鍛え続けなければならない。それが約束だから


「…………ふぅ」


帰ろう。もう朝食の時間だ



「お帰りなさい、るんくん」


外から戻り、玄関でただいまを言う僕をエプロン姿の姉さんが迎えてくれた


「さ、手を洗って。朝ごはんにしよう」


「はい」


手を洗い、制服に着替えた後でリビングへ行く。テーブルにはサラダや焼き魚など12品目の朝食が乗っていた。朝からちょっとしたボリュームだけれど、姉さんは食事に関して妥協を許さない。そして残す事も許さない


たとえば以前夕食を残してしまった時、翌日の朝食に同じものを出された。それも残すと、弁当になる。普段は優しすぎるぐらい優しい姉さんでも、食べきるまでは鬼と化すのだ


「いただきます」


「はい、いただきます」


手を合わせ、いただきますをしたら静かな食事が始まる。姉さんは食事中だと僕が話し掛けない限りほとんど喋らなく、黙々と食べている。その代わり、話し掛けると嬉しそうに返してくれるので、どうやら本当は喋りたくて仕方がないらしい


「姉さん」


「はい」


「今日も出るの早いんですか?」


「うん。来月は卒業式だから忙しいのですよ、姉さんは」


「大変ですね」


「るんくんと登校出来ないのは死ぬほど辛いけど、しかないよね……ぐすん」


「そんなことで涙ぐまないで下さい。今日は一緒に帰りますから」


「ご褒美きたー!」


「そろそろ冷蔵庫の食材も少なくなってきたみたいですし、買い物に行きましょう。荷物は持ちますので、多目に買っても大丈夫よ」


「久しぶりのデート、放課後デート!」


「聞いてます?」


「るんるんるーんのるーんくーん♪」


「……聞いてませんね」


「何着てこうかなー。迷っちゃうなー」


「学校帰りなのですから、制服の一択でしょう。ごちそうさま」


食べ終わった食器を重ねて、台所へ持って行く


「ありがと。さーて美味しいお弁当を作るぞー」


ごちそうさまと言いながら、姉さんは腕まくりをする。いつもより気合いが入っているみたい


「では僕は部屋の掃除でもしています。いってらっしゃい姉さん」


「はーい。るんる〜ん」


今日の昼食は期待出来そうだ


それから僕は部屋を掃除して、ニュース番組を8時近くまで見た


《今朝、関東一部で雪が降り――》


ポチっとテレビを消して、鍵を持ったらリビングへ行く。テーブルには弁当が置かれていて、いってきますとの書き置きがあった


弁当をバッグの一番上にしまい、かついだら外へ。やっぱり空気は冷たいけど、明け方よりは日が優しかった


学校までの距離は一キロあるかないかで、とても近い。慌てる事なくゆっくり歩いていると、コンビニ前の十字路で見知った顔に出会えた


「よう、るん。おはよー」


手を無造作に上げ、近付いてくる背の高い女性、三方先輩。短いスカートにコートも羽織らず、寒くないのだろうか


「るんは止め下さい先輩」


「なんだよ可愛くっていいじゃないか。私なんてみっちゃんだぞ? 紙が無いから手で拭く変態だぞ?」


「朝から何を言っているんですか……」


「一緒に行くか? みおこいつ、まよいの弟」


三方先輩は、近くで手持ちぶさたにしていた女性にそう声を掛けた。どうやら一緒に登校していたらしい


「そう」


ちらりと僕を見て、興味ないと言わんばかりに長い黒髪を軽く撫でる。姉さんの友達かな


「はじめまして、悟です。姉さんがお世話になっています」


「世話なんてしてないから。する必要もないでしょ」


言葉に少しトゲがあるけれど、姉さんへの信頼を感じた。その証拠に、三方先輩がヤレヤレと苦笑いをしている


「素直じゃないな、澪は。そこが可愛いけどさ」


「ちょっと!」


「だけど初対面の、ましてや親友の弟に失礼だ。挨拶ぐらいちゃんとしろ」


先輩に注意され、澪さんは渋々僕に向き直った。そして軽く頭を下げ、


「宇津木 澪。二年。まよいの友達。よろしく」


「よろしくお願いします」


宇津木先輩か、覚えておこう


「ごめんな、るん。澪はツンデレだから許せ」


「変な事を言わないでよ! ……別に君に文句ある訳じゃないから。普段もこんなだし」


「ほらな」


にこっと笑う三方先輩を睨み付け、宇津木先輩は溜め息をつく


「……まったくもう。早く学校行きましょう」


「ああ。ほら、るんも行くぞ」


「はい」




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