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トラウマ

家に帰って夕食前にする事は、200の腕立て伏せと300の腹筋。そして500回の突きと、160回の蹴り。幼い頃から毎日繰り返し、超回復なんて無視してひたすら続けてきた


やりはじめてから10年経った頃、ようやく最後の1回まで型を崩さすに突きと蹴りが放てるようになる。才能の無い僕としては、きっと上出来なのだろう


「ふー」


呼吸を整えて、拳を脇に揃えて構える。正拳から始まる演武は、貫手、裏打ち、回し蹴りと息つく間もなく続けた


12畳程しかないバラック建ての道場はギシギシと悲鳴を上げ、畳は汗で湿った。その汗、一つ一つを認識出来るほど集中力が高まった僕は、今こっそりと道場に入って来た姉さんの気配に気付く


「どうしました?」


姉さんが道場に来るのは珍しい。僕は一連の型をやり終えたあと、振り返って声を掛ける


「動き、切れてるね」


「ありがとうございます」


「るんくんは……」


いつまでそれを続ける気なの?


言葉には出さなかったけれど、多分そう続いたのだろう


「……夕御飯ですか?」


「……うん。お姉ちゃん特製、目玉焼きハンバーグ!」


「いいですね。では着替えたら行きます」


「いま此処で着替えてもいいんだよ!」


鼻息荒く、姉さんは拳を上に突き出す


「では後で」


「脱いだパンツは、お姉ちゃんに被せてもいいんだよ!」


「では、後で」


横目で睨み、僕は道場を出た



道場は家の敷地内にある。こう言うと随分土地があるのだなと思うだろうけど、実際はそんなに広くない


60坪の土地に、35坪ある二階建て家屋。駐車場に5坪使い、後は庭


微妙に広くて狭い、そんな感じ。ただ今は二人だけで住んでいるので、もて余す所はある


僕の部屋は二階。階段を上がって左側にある6畳の洋室がそれ


ベッド、勉強机、本棚、クローゼット、そしてテレビとエアコン。パッと目につくものはそのくらいだろう


部屋に入った僕は、胴着を脱ぎ、クローゼットを開けて収納箱から冬服を取り出す。汗は既に冷たくなっていて、タオルで拭いたあと服を着ると、その温かさに頬が緩んだ


「るんく〜ん。ご飯だよ〜」


「はい」


ちょうど着替え終わった頃に掛けられた姉さんの声に返事をし、僕はキッチンへと向かった



「はい、るんくん。いっぱい食べてね」


普通の家庭よりは少し遅いであろう午後8時の夕食。ダイニングテーブルにはハンバーグやサラダが二人分、並べられている


「今日はチーズインしてみました」


姉さんは料理がとても上手い。かれこれ3年ほど一人で食事の準備をしてくれているのだけれど、その腕は店の料理と遜色がない


「チーズですか? 美味しそうですね」


ほどよく焼かれた拳大のハンバーグにはデミグラスソースがかけられていて、甘く芳ばしい匂いをあげている。目玉焼きは当然の半熟、割るとソースに絡まりながらハンバーグをドロッと包んだ


「いただきます」


ハンバーグの真ん中を箸で切ると、溶けたチーズと肉汁が皿に溢れ出た。僕は肉を大きめに掴んで、思いきりかぶりつく


「……うん、美味しいです。さすがですね、姉さん」


熱々で肉汁たっぷり。焼き加減もベストだ


「ほんと? 嬉しいなぁ」


姉さんは手のひらを合わせ、嬉しそうに笑う


「本当に美味しいです」


「うん! ……あ、あのね、るんくん」


言葉を止め、少し遠慮がちに僕の顔を見る


「どうしました?」


「うん……。今日は告白に付き合ってくれてありがとう」


「いいえ」


僕の方こそ毎日家事をしてくれている姉さんに、感謝しています


「お礼に――。一緒にお風呂入ってあげる!」


「いりません」


うん、しゃきしゃきして新鮮なレタスだ


「なら添い寝!」


「いりません」


この甘いニンジンはどうやって作っているのだろう?


「うぅ。るんくん冷たい……」


「冷める前に食べた方がいいですよ。ごちそうさま」


食器を片付けたら、風呂掃除をしよう


「早すぎっ!? お姉ちゃんとのラブラブトークは!」


「カワゾウ君とお願いします」


僕はこの家の守護神である、カワウソのぬいぐるみをテーブルの上に置いてあげた


「わーい、カワゾウ君だー。大好きーって、るんくんのばかー」


姉さんの遠吠えを背中で聞きながら、食器を片付けてリビングを出た


「…………」


リビングと違って廊下はとても寒く、薄暗い。ドア一つ挟んだだけなのに、まるで別世界のようだ


この廊下にいると、僕はいつも言い様のない不安と、激しい恐怖に襲われる。それは熱い風呂に入っても消える事はないし、消したいとも思わない


贖罪? 違う、これはただの自己批判。自分を批判し、不安である事が僕を落ち着かせる


胃から込み上げて来る胃液を呑み込み、額から流れる脂汗を服の袖で拭う。目の前はぐるんぐるんに回り、足も地につかない


5分もこの場所にいたら、きっと僕は失神してしまう。多分そっちの方が楽なのだろうけれど、姉さんを心配させる訳にはいかないから。だから僕は、倒れる前に浴室へと向かった


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