姉の味方の三方さん
マラソン大会が終わったあと、僕達は着替えるために一度自分のクラスへ戻った
「あ〜ん、どうしよう! まだ覚悟決まんない」
「でも行かないと! もうないんだよチャンス」
今のような会話が、クラスのあちこちから聞こえてくる
「みんな気合い入ってんな」
先に着替え終わった裕太が僕に近付いてきて、感心した風に言った
「多分、最後のチャンスだから」
「そうだよなぁ。年上を好きになんのは大変だわ」
「実感が込もってるね」
「ま、真顔で言うなよ」
今日のマラソン、三年生達は自主参加だった。受験や就職で忙しく学校にもほとんど来れない中、高い率で参加してくれるこの大会は、最後のチャンスとばかりに毎年告白のラッシュが起きる
「じゃ帰ろうぜ」
「ごめん姉さんの所に行かないと。告白の件で雇われた」
姉さんはまだ二年なのだけれど、去年は沢山の先輩や同級生に告白されて大変だったらしい
「弟が側で待ってれば、告白も断りやすいって」
酷い理由だけれど
「まよいさんは有名だからな……。分かった、頑張れ! しっかり守れよ?」
「報酬分はね」
そう答えて、行ってくるよと僕はクラスを出た
廊下には下校をする生徒がちらほらといて、僕はその人達とは逆の方向に歩く
この学校には三階建ての校舎が三つもあり、その内の一つが今僕がいる南校舎。一年のクラスは全部一階にあって、とても楽
姉さんは二年四組、二階の北校舎。これは全学年に共通するのだけれど、2、4、6の偶数クラスは北、1、3、5の奇数クラスは南校舎を使う
北校舎から南校舎に行くには二階にある連絡通路で行ける。通路のすぐ側にあるクラスは姉さんのいる四組だから、距離としては結構近い
中庭が上から見える連絡通路を渡り、北校舎へと入る。そして姉さんのクラスへ
「そうだね、豚かな」
「だろ? 今は豚だよ、やっぱり」
教室を覗くと、姉さんはすぐに見つかった。ただ友達と話していて、声を掛けるタイミングが見つからない
「豚は……くんくん」
「どうした? まよい」
「るんくんの匂いがする」
「きもっ!?」
「ええと……ほら! るんくん、るんく〜ん」
僕に気づいた姉さんが、大きく手を振った。見なかった事にして逃げようかな
「るんくん? ……あ、そっか。ごめんね悟」
名前を呼び直し、ばつが悪そうな顔をする。僕が返事をしないのはそれだけが理由じゃないのだけれど……
「姉さん、るんは止めて下さいって」
まだクラスに残っていた先輩方に注目されつつ、渋々教室へ入る
「うっす、るん。あんたの姉ちゃん、相変わらずキモいねー」
姉さんの友達の三方 陽花莉先輩が、面白そうに言った
「キモい姉ですみません」
「酷いよ悟〜」
椅子からよろよろと立ち上がり、僕に抱き付こうとした姉さんの頭を手で突き放す
「と、届かない」
「用を早くすませましょう。僕はどうすれば良いのですか?」
「手をどけると良いと思います」
「却下します」
退かないと、いつまで経ってもこのままですよ?
「ほれ、まよい。いい加減にしなって」
僕らの戦いを見かねた三方先輩が、姉さんを引き離してくれた
「邪魔しないで陽花莉! これは姉弟だけの戦いだよ!?」
「嫌がっとるだろうが。ほんとお前は弟が来ると馬鹿になるなぁ」
「馬鹿な姉ですみません」
いつもお世話になっています
「ん、素直で可愛いぞ、るん。どれ代わりにあたしが愛でてやろう」
そう言った手をワキワキとさせながら、僕に迫る。相変わらず冗談が好きな人だね
「陽花莉!」
「お、なんだ? まよい」
強い声を出す姉さんに、先輩はにやけた顔を向けた。姉さんをからかうのが、楽しくて仕方ないらしい
「るんくんは巨乳好きだよ!」
陽花莉の胸じゃ、るんくんは満足出来ないから。そんな爆弾発言を、姉さんは廊下にまで聞こえるであろう大声で言った
「ね、姉さん?」
何か僕に恨みでも?
「え? あ、ご、ごめ」
「……まよい〜」
地獄の底から響いてくる怨声に、姉さんは短い悲鳴を上げて僕の後ろへ隠れた。怖いから盾にしないでほしい
「そいつを庇う気かるん! やっぱりお前は姉の味方か? 乳のデカさだけが女の価値か!?」
「い、いえ、別に庇っている訳では……僕は先輩ぐらいの方が好きですよ。姉さんのはいつか垂れます」
「なっ」
「る、るん……くん?」
恐怖から逃れる為とは言え、発言が不適切だった。先輩は真っ赤になり、姉さんは真っ青になる
「い、いや、まぁ、えっと、は、はははは。参ったな、あはははは」
パンパンと、僕の肩を叩く先輩。力強くてよろけてしまう
「…………」
そんな僕達を姉さんは遠い目で見ていた。そして
「旅に出ます」
「あ?」
「姉さん?」
「痩せたら帰ってきます。だから……少しだけ待っててね、るんくん」
目元を擦り、姉さんは寂しそうに微笑んだ。それはまるで、捨てられた子犬のような目だった――
「って、おいおい。るんも本気で言ったんじゃないから。そうだろ、るん」
姉さんは、イジケ始めると無駄に長くて面倒臭い。先輩は慌てフォローした
「ええ」
「……じゃあ大きいの好き?」
「…………」
「す、好きだよな〜な! るん」
好きと言え。無言の圧力が僕に掛かる
「す、好きです。やはり姉さんぐらいなのが一番です」
「……プイッ!」
頬を膨らませ、顔を逸らす姉さん。おべっかがバレてしまったらしい
「うっわ、めんどくさいのが始まった。あたし先に帰るわ」
先輩はショルダーバッグを担ぎ、そそくさと教室を出ていった。ずるい
「……はぁ。姉さん」
「聞かないもん。るんくんの声なんて10分くらい聞きたくないもん」
「そうですか」
なら10分黙って待っていよう
1分後
「なにか喋って!」
「バカ」
「また一言っ!?」
まったくもう
「ほら、早く用をすませて帰りましょう?」
「……はぁい」
こんな姉がモテるだなんて、世の中ほんと不思議だ