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【リオ、冒険者になる】



数日後、リオとシグは冒険者ギルドに来ていた。

例の緋紋蛇(ひもんじゃ)の、売却金を受け取りに来たシグ。……そこにリオがついてきた形なのだが、ギルドの中を見物していたリオを、シグが呼ぶ。

何事かと思いシグのいた受付カウンターへ行くと、受付嬢がリオに笑った。


「こんにちは、リオさん。ご提案なんですが、折角シグさんと同行しているんです、冒険者ギルドに登録しませんか?」


リオが目を丸くする。

リオは運び屋として商業ギルドには登録しているし、確かにギルドを掛け持ちする人間もいることにはいる。

だがそれは、あくまで”力量がある”ことが前提。


「えっでも俺戦えねぇよ……?緋紋蛇だってシグが倒してくれたんだし……」

「そうですね。今のままですと、緋紋蛇のように討伐してきた魔獣の素材は、ギルドに登録のあるシグさんに全報酬が行きます。

ですがリオさんも冒険者ギルドに登録すれば、素材の売却金を分配できるんですよ」


ええ、いや、と断ろうとするリオに、受付嬢が首を傾げて微笑んだ。


「何より、シグさんからのご提案です」


ぽかんと口を開けて、リオが隣を見上げる。

当の本人はそっぽを向いているが。


「……そうしろ」

「――あ……ありがとうシグー!」


嬉しさのあまり、そう叫んで抱きついた。

抱きつかれたシグは大木のように微動だにしない。


が、それよりも、ギルド内部の各所からガタガタと何かが倒れるような音がする。



受付カウンターの奥、帳簿を記入していた書記官の手がぴたりと止まった。

奥の資料室からは、「供給感知ッ……!」「まただ……!また来たぞ……!」という声が漏れ聞こえる。

階段の影から冒険者が一人、壁にもたれかかりながら震え声で呟いた。


「……いま、いまシグ氏がリオ氏を……推薦……?」

「しかも……“抱きついた”……っ!」


ギルドのあちこちで、誰かが手にしていた紙がひらひらと床に落ちる。

“供給過多による崩壊”――既視感のある現象が、再び始まろうとしていた。


受付嬢だけは微笑を保ったまま、動じることなくリオに書類を差し出す。


「こちらが登録用紙になります。推薦者の欄、すでにシグさんの署名をいただいておりますので、あとはリオさんの記入だけで結構です」


驚きと照れが入り混じった顔でリオが「えっ」と見上げたが、シグはやはり視線を外したまま腕を組んでいる。

その態度に、リオの頬が緩むのを、受付嬢はしっかり確認した。


「ちなみに登録初日は、ギルド内の設備や施設もご自由に見学できますよ。調理場の貸し出しも可能ですので、ぜひご活用ください」


後ろの帳簿机では、書記官がもはや顔を伏せて震えている。


“このままでは調理場が……神殿になる……”

“リオの作業場=供給の巣窟……我々は、何を……信じれば……”


新たな冒険者が、ここに誕生しようとしていた。

それも、かつてない“共に在る”ための登録――。


今日も、ギルドは静かに、爆発する。




何故か具合の悪そうな、いやむしろ良さそうな冒険者たちを尻目に――登録を終えたリオは、るんるんで出口へ向かっていた。


冒険者だ。今日から自分も。戦えなくてもいい、自分にしかできないことでシグを支えよう。


そんな決意に胸を弾ませていると、後ろから腕を引かれた。


「おい、見ないのか」


シグがそう、顎で示す。

――依頼掲示板。そうか、これからは気になる魔物や魔獣をここで探せる。


「お、見る見る!」


リオが駆け寄ると、シグは3つの依頼書を指さした。

クロヤミワラビ、スナヤドリ、ケズリホネ。

いずれも、初日にシグが持ってきてくれた情報にあった素材や魔獣だった。

金の瞳が、視線でどうする?と問いかけてくる。

リオのランク、Fの等級で受けられる依頼ではなかったが、シグの同行があれば何の問題もない。


「おお、いこうぜ!」


その笑顔は、太陽が咲いたかのようで。

――衝撃が、走った。


「き、きたあああああ!!」

「登録後即!!即だぞ!?選ばれし依頼ッ……!」

「"血風(けっぷう)"によるピックアップ依頼ッッ!!リオ選定付きィ!!」


階上の観測席、資料室の隙間、受付奥の記録台。

各所から冒険者たちがなだれのように崩れ落ちる。


“あの金の瞳が……!やわらかく問いかけていた……ッ!”

“いこう!という明快すぎる返答!あれは信頼の跳躍だ!”

“もはや案件など関係ない……これは、冒険者ギルドの歴史的瞬間……!”


受付嬢は、ぽたりとペンを落とし、目元を押さえた。

書記官は机に突っ伏しながら、手だけで震える文字を書き続ける。


“これは、Fランク冒険者がはじめての依頼を選定し、

その背に“血風”を従えて旅立つ瞬間である――

その笑顔は、あまりにまぶしく、観測不可。”


その頃、リオとシグは掲示板の前を離れ、既に受理手続きを終え、出発の準備へと向かっていた。


歩きながら、リオは空に向かって大きく伸びをする。

その背中に、黙って歩幅を合わせる大きな影。


太陽と、風。


その背中を見送る者たちの中には、誰一人、言葉を発する者はいなかった。


彼らがまた、旅に出る。

それだけで――今日も、ギルドは“無事では済まなかった”。






――《クロヤミワラビの採取依頼》

【依頼内容】

南山系の山間部・南斜面に群生する”クロヤミワラビ”の採取をお願いします。本草は薬品や毒薬の材料として重宝されますが、採取時に有毒胞子を撒き散らすため、慎重な取り扱いが必要です。


【採取数】

クロヤミワラビ 十五株


【報酬金】

銀貨十六枚


【注意事項】

・クロヤミワラビは採取時に触れることで毒胞子をまき散らします。防毒面の着用を推奨します。(貸与可)

・胞子に触れると、呼吸困難や幻覚症状を引き起こす場合があります。

・南斜面は足場が悪く、滑落事故の報告もあるため、確実な装備で行動してください。


【備考】

・指定数以上の採取品については、追加報酬をお支払いします。

・胞子を抑える簡易薬品の支給も可能ですが、効果時間は短めです。




――《スナヤドリ群れの行動圏調整依頼》

【依頼内容】

南尾根沿いに群れを成して生息する鳥型魔獣”スナヤドリ”の行動範囲調整(誘導・縮小)をお願いします。本種は繁殖期に人の往来する道筋に現れ、旅人や行商の積み荷を狙う行動をとりますが、直接的な害獣ではなく、人為的誘導による対処が求められます。


【目標】

スナヤドリ群れの指導個体の捕獲もしくは討伐(一体) 


【報酬金】

銀貨二十五枚+捕獲成功時は追加報酬あり


【注意事項】

・スナヤドリは風と砂を巻き起こし、視界を奪うことで敵意を持たずに侵入者を排除しようとします。過度な威嚇行為を行わぬようご注意ください。

・指導個体(群れの長)を捕獲・討伐することで群れの行動圏が縮小することが確認されています。

・可能であれば、”捕獲”による対応を推奨しますが、やむを得ない場合は討伐許可が下ります。


【備考】

・スナヤドリの尾羽や巣材は交易品として価値があるため、破損の少ない形で回収した場合には、別途買取が行われます。




依頼を引き受けて冒険者ギルドを出た二人は、街の広場で顔を突き合わせていた。


ひとまずは、クロヤミワラビとスナヤドリの方向が同じだったため、この二つから行こうということになった。

二枚の依頼書を手に持ち、リオはしげしげと見比べる。


「クロヤミワラビは毒胞子か……携帯食で何とかなると思うけど、どう思う?シグ」


シグが、正面から依頼書を覗き込んでいる。二枚の依頼書をじっと見たあと、手近な石造りのベンチに腰を下ろした。

広場を吹き抜ける朝の風が、リオの髪をふわりと揺らしていく。


「……出るなら今。天候が崩れる前に越えた方がいい」


短くそう言いながら、クロヤミワラビの記載にある“南斜面”の方角へと視線を向けた。

その目は、すでに地形と風向きを計算しているようだった。

そして、横目でリオの持つ依頼書と装備の様子を確認する。


「携帯食は……使ってみるのもありか。毒胞子にどれだけ効くかはわからんが」


静かに、けれど確かに“行くなら準備を固めろ”という意志がこもった声。


「……今日は風が乾いてる。スナヤドリの砂も飛びやすい。場所と時間を誤れば、目を潰すぞ」


一度まぶたを伏せ、ゆっくりと立ち上がったシグが、空を仰ぐ。

その表情は決して険しくはない。ただ、リオと一緒に向かう道を、冷静に測っている目だった。


「……で、決めるのはお前だ」


その言葉と共に、視線がリオに向けられる。太陽の下、金の瞳がまっすぐに問いかけていた。


――リオは、もう嬉しい顔が隠せなかった。

それはもはやシグと知り合ってからずっとなのだが、なにぶん一人で活動してきた時間が長すぎた。


誰かが自分が欲しい素材の収集に付き合ってくれるという現実に、何度も嬉しくなり、いくらでも笑ってしまう。


「うん!じゃ、行こうぜ!防毒面はさっきギルドで借りたし、スナヤドリ捕獲用の罠は持ってる!

あ、俺解毒剤もってるから、シグにも渡しとくな!」


空間魔法から取り出した小瓶を、リオがシグに数本渡す。

――なんでこんなもん持ってるんだ――という目をされ、慌てて両手を顔の前で振る。


「あっ違う違う、シグと出会う前から持ってたんだよ!今はもう勝手に毒草とか食う気ないし、こういう時に使わないと!」


シグは小瓶を受け取ると、一瞬だけ手元で重さを確かめた。それから、じっとリオの顔を見つめる。

……嘘はついてない。いや、そもそもそんな器用な嘘をつくような奴じゃない。

ため息にも似た息を吐いて、シグは小瓶を腰のポーチに滑らせる。

もう一度リオの方へ視線を戻すと、そこには屈託なく笑う顔。今まさに、空に浮かんでいる太陽よりも、ずっと明るい。


「……ああ。無茶はすんな」


言葉は短く、声も低い。けれどその一言に、すべてが込められていた。

荷のバランスを確認し、剣の柄に軽く手をかけながら、リオと並んで歩き出す。

ギルドを背に、街の外へ向かう道は広く、どこまでも続いている。


脇を歩くリオが「天気いいな!」と元気よく腕を振り上げた。その隣で、シグもほんのわずかに口元をゆるめる。


これが、ふたりで向かう最初の“正式な”依頼の旅。冒険者と料理人――だけど、それ以上に。


互いに歩調を合わせて進んでいくその姿は、確かに、同じ道を行く“仲間”だった。






――【リオ、冒険者になる】

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