第6話 円陣
◆ 秘密の作戦と共犯者
居酒屋の会計を終え店を出ると、会員さん達が2次会をどうするか?と、話していた。
さてさて、俺といえばこれから二人っきりの2次会が控えているわけです。
先ほど会計をしているタイミングに乗じて、雪谷さんに短く作戦を伝えさせて貰ったのだ。
その時の彼女は、目を輝かせながら胸元で小さく『了解!』と謂わんばかりに親指を立てていた。
二人で消えるのはあまりに露骨だし、正直に「これから雪谷さんと二人で飲みに行ってきます!へへへ」なんて言った暁には、この場にいる全員から練習のボイコットを受けかねない。
最悪、俺のクビと自分たちの退会を天秤にかけて、会長に突き出す可能性も否定できなかった。
それは非常にマズイので、彼女には予めお店に行ってもらい、後程合流するという手段を取ることにしたのだ。
ふむ、後はどうこの局面を切り抜けるかだな。
「村瀬も2次会行くよな?」
会員さんの一人である、三田さんからお誘いを頂けた。普段なら喜んで行くところだが。
「すいません。実は明日、朝からちょっと予定が入っていまして。今日はこれで帰らせて頂きますね」
申し訳なさそうな表情の演技は我ながら完璧だったと思う。
「えーそうなんだ。残念」
「いやー本当に残念だよ。村瀬コーチ」
「まったく、まったく……残念だ」
あれ?いつの間に?……気が付けば、俺を中心にして会員さん達がスクラムを完成させていた。総勢十名からなる円陣は中々の迫力だ。
「まあ、予定があるんじゃ仕方ないか」
「そ!そうなんですよ!いや〜残念だなー」
三田さんは腕を組みながら、フムフムと首を上下させる。
「実はさっき、雪谷さんにも当然お声掛けをしたんだ。しかし、朝が早いと断わられてしまってな?」
「そうなんですか?いやー彼女も色々あるでしょうし」
何故だ?嫌な予感がするぞ。ツッー、と無意識に冷たい汗が流れる。
「……そうか、偶然だよな?」
「も、勿論ですよぉ……」
「そうだよな……まさか、まさかこれから雪谷さんと二人っきりで飲みに行くなんてことは……ないよなあ?」
ギロッ……!!ギロッ……!!ギロッ……!!ギラッ!!
その場にいる全員が四方八方、俺の顔を凄い形相で覗き込んでいた。それはまるで、ベテランの刑事が犯人に自白を迫る時のような表情である。
「い、嫌だな〜。そ、そんな訳はないじゃないですかあ?」
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「だよなー!!……あっはっはっは!!!」
「そうそう!あっはっはっは!!!」
両肩をポンポンと叩かれ、周りからは一斉に明るい笑い声が聞こえた。
「そ、そうですよ!嫌だなー。あはははっ」
「いやー、すまんすまん!だがなあ、もしも、もしもそんな事があった暁には……」
「「「死ぬ覚悟は出来てるんだよねえ?村瀬コーチィイ!!!」」」
見事なハモリ。そして劇画のような表情でメンチを切る皆さんを前にして、恐怖で声が出ない俺はコクコクと頷くことしかできなかった
やべーよ!!この人達!まさか、練習のボイコットではなく命を直接狙ってこようとは。今後の対応の如何では、殺られる!?
そして、再びスクラムを組むと、ヒソヒソと何かを話し始めた。
「おい、あれはシロか?」
「うーむ、あのプレッシャーに耐えた所を見るとな」
「まあ、いいだろう。今後、奴が下手な動きを見せたら、その時は《《やる》》だけだ」
「そうだな。束になって隙を狙えば、いくらでも《《やる》》機会はあるだろう」
”やる”って、何でしょうか?ちょっと漢字が分からないです。
「それじゃあ、村瀬コーチ。おやすみなさい!」
「また飲もうなー」
ニコニコとしているが、目が笑っていない。そんな不自然な笑みを浮かべながら見送ってくれた。
うーん、今後の対策を考えなければ。
命の危機を感じつつも、雪谷さんの元へ向かう為に足早に歩き出した。