第5話 汚い絵面
◆ トイレでの推測と確信
「雪谷さん、どうしたんだろう」
トイレに逃げ込んだ俺は、先ほどの光景を思い出していた。別の女性とやりとりをしていたから、彼女は不機嫌になったというのだろうか?
それってもしかして……いやいや、そんなわけないだろ!と、自分の中に生まれた推測を秒で振り払う。
「いやー愛されているね。蓮司君」
突然声を掛けられ振り向くと、そこには用を足している加山さんがいた。
「まったく、皆さんからかいすぎですよ」
「いやいや、そっちじゃなくて。雪谷さんは本当に君の事が大好きなんだなと」
「何のことですか?」
「気がついているだろう?」
そう言って、加山さんは笑った。
「いや、加山さんがどう思っているのか分かりませんけど、あれは師弟愛みたいな感情だと思います。それにあんな美人が俺なんて相手にするわけ無いですよ」
「そうかい?まあ気持ちというのは目に見えないしね。いやいや御免ね。老婆心ながら変な世話を焼いてしまったよ……」
でもね、と加山さんは言葉を続けた。
「彼女は確かに美人だが、私から言わせたら君だって十分にいい男さ」
そう言い残すとトイレを後にされた。
◆ 2次会について
「俺がいい男か」
加山さん、まさか俺のこと?……なんてツッコミの居ないセルフボケをかましてみたが、虚しいだけだった。
確かに容姿だけなら、まあまあ?の方なのかもしれない。身体だって鍛えてはいる。
ただ加山さんの言葉には重さがあって、そういった見た目だけではなく、内面も含めて評価してくれたことが伝わってくる。そこは素直に嬉しいのだが。
ただ、雪谷さんと俺が釣り合っている、みたいな物言いは悩むところだ。
というか、普通に考えてないだろう。現在の俺はアルバイター。まあ将来性は無い。
ああ、やばいな。完全に自虐思考になってきた。
「戻るか」
トイレのドアを開けた時、誰かとぶつかりそうになり咄嗟に立ち止まる。
「あれ、雪谷さん?」
「遅かったですね。少し待ちましたよ」
「え、待っていたんですか?僕の事を」
「折角飲みに来たのに、村瀬さんとお話が全然出来ないし」
幼い少女の様に、少しむくれている彼女をみて、先ほどの加山さんとの会話が思い出さられる。
途端に顔に熱が帯びてきた。
「私、知りたいんです。もっと」
何を言えばいいのか分からず黙り込むことしか出来なかった。もっと知りたいって何を?……俺の事をですか?
トクン、と鼓動が少しだけ高鳴る。
「今後の練習メニューについて」
「そっち!?」
ズコッ!!とコメディなら崩れ落ちるシーンだが、ただただ笑ってしまった。そうだよな流石にね。
「ハハッ。いくらでもどうぞ。本当にお好きなんですね?嬉しいです」
「はい!好きです」
お酒が入ったせいか、ほんのりと頬を染めて上目遣いで俺を見上げた彼女。
「ところで村瀬さん。皆さん良い人ですし、私ももっと仲良くなりたいと思います。だから、この場ではしっかりと交流を深めたいと考えています」
「それは、とても良いことですね」
「ところで、ですが。私は今日この後の予定がありません。フリーです」
「それは、ゆっくりと休むことが出来て良いことですね」
「村瀬さんは、この後ご予定はありますか?いえ、他意はありませんが」
ああ、そういう事か。これは、2次会のお誘いなのだと得心した。まあ、別に明日は休みだし大丈夫か。
「いえ、何も有りませんよ。じゃあ、ここを出たら飲み直しますか?」
その言葉を聞いた彼女の瞳孔が、僅かに見開かれる。
「し、仕方が無いですね。付き合って差し上げてもいいですよ。ふ、二人きりだからって節度は持ってくださいね」
「二人?皆で2次会に行くんじゃあ?」
「「えっ?」」
無言で拳を強く握りこむ雪谷さん。先ほど巻いて差し上げた包帯が、ミシミシッ!っと、音を立てている。
あれ~おかしいな?ゆるく巻いたはずなのに。
「そ、そうですよね。二人ですよね!うわー楽しみだな。節度を持って楽しまないと」
「はい。楽しみにしています」
白い歯を見せて、ニッコリとした笑顔を見せると、踵を返し席の方へと跳ねるように戻っていく。
初めて見せた少女のような笑顔がやたらと可愛くて、彼女が去った後も暫く惚けてしまった。
席に戻ると、皆さんは大分出来上がっていた。
顔を赤くしながら、格闘技談義をしている人達もいれば、仕事の愚痴を言い合っているグループと様々だった。
そして、雪谷さんといえば。
「お注ぎしますね」
気を利かせた彼女は、瓶ビールを持って注いで回っていた。皆さんは、天にも昇るといった表情でグラスを差し出している。
美人にお酌をしてもらえる、というのは確かに嬉しい事だろう。少しの付き合いとはいえ、皆のこんな笑顔は初めて見る。
『デへへへへ』
『ぐふふふふ』
『デュッフフフッッ』
『にっちゃあー』
そんな嬉しそうな笑顔を見ていたら、思わず本音が漏れてしまった。
「ハハハ。汚っねえ絵面だなぁ」