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第4話 歓迎会をしませんか?

◆ 歓喜のシャワータイム


ノワールジムは、平日なら22時半まで営業しているが、本日は土曜日なので18時に閉館する。


それを理解している会員の方々は閉館時刻15分程前になると、一斉に帰り支度を始めた。


「今日飲みに行かないか?」


そんな中、最古参の一人である加山さんが提案の声を発した。その突然の提案に、顔を見合わせる会員さん達。


「そう、っすね…」

「疲れたしなー」

「どうするか?」


と、全体的に乗り気でないようだ。しかし、局面というのは一瞬で瓦解することがある。


「雪谷さんも行こうよ」


同じく帰り支度を始めていた雪谷さんは、キョトンとした表情を浮かべていた。


「……私もですか?」


愛妻家として専ら有名な加山さんの一言は、野獣達の魂に火をつける事となった。


「お、俺!安くて美味い居酒屋知っているぞ!」

「この大馬鹿!本当にお前は!雪谷さんが小汚い居酒屋に行くわけないだろ。そうですよね!?」

「おしゃれなビストロ知ってます。俺の行きつけですよ、俺の!」


本人の承諾も無しに、本日一番の盛り上がりを見せている。まあ、気持ちは分からなくはないけど。

俺はといえば、掃除用のモップに頭をもたけながら苦笑いを浮かべていた。


理由は不純だが、最近の頑張りに対するご褒美があってもバチは当たらないのではないか?


彼女が入会して以来、男性会員の皆さんは本当に真剣に練習を行うようになっていたから。


「雪谷さん、どうでしょうか。お時間あれば行きませんか?その、あなたの歓迎会という事で」


だから、微力ながら助け舟を出すことにした。


「村瀬さんも来てくれますか?その、私の歓迎会に」

じっと、俺を見つめる彼女。


すっかり忘れていたが、こうして見つめられると、凄い美人だったという事を改めて思い知らされる。


「は、はい。ええっと、その宜しければ」

「でしたら是非」


フニャッとした柔らかい笑みを浮かべて、彼女はそう言った。


「「「ウオーーーーッ!イヨッシャーアァ!!!……アァアァアァア!!」」」


男達の汚い歓声がこだまする。


全員がテンションを大いに上げて、急いで帰り支度に入っていく。


いつもなら、1人につき3分程度で終わるシャワーの時間が倍以上かかっていたことに、男としての虚しい性を感じずにはいられなかった。



◆ 歓迎会の幕開け


「会長、お疲れ様でした。お先に失礼します」

「お疲れ。飲み会、楽しんで来いよ」


ジムの清掃を終えた俺は、少しだけ遅れて本日の会場へと向かう。


あの後、会員さん同士の話し合いが行われた。

雪谷さんがイタリアンが好きという発言をしたので、近場にあるイタリアン風の居酒屋を予約することになった。


俺を入れて人数は15人。まあまあの大所帯である。


「いらっしゃいませー」

「あ、待ち合わせなんですが。代表者名は、加山さんです」

「加山様ですね?はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」


レジ前の店員さんに声を掛けて、座席まで案内してもらうと、皆さんはお酒を飲むわけでもなく雑談に興じていた。


「すみません、お待たせしました」

「おお。来た来た。早く飲もうぜ!」

「お疲れ様です。村瀬さん」


声を掛けて空いていた端の席に座る。乾杯を合わせようという理由で、待ってくれていた様だ。


「生中の奴、手えあげてー!」


各々が注文を済ませて、全員分の飲み物が席に運ばれてくる。会長が不在という理由で乾杯の音頭取りを任命されることになったのだが……まあ、こんなものさらっと済ますに限る。さっさと呑みたいだろうしね。


「えーそれでは、本日も皆様お疲れ様でした。そして、雪谷さん。この度は当ジムへご入会頂きましてありがとう御座います。時にはキツイこともあるかもしれませんが、一緒に頑張りましょう。それでは皆さん、乾杯!」

「「「カンパーイ!!」」」


それぞれが近くに座っている人間とグラスを合わせて一口酒を煽ると、そのまま話し始める。


雪谷さんの人気ぶりは大したものだった。矢継ぎ早に何かしら質問をされているみたいだし……俺はそっと聞き耳を立てた。


『ゆ、雪谷さん……ご趣味は?』

『お好きな食べ物は?』

『犬派ですか?猫派ですか?』


お見合いか!?……まあ、美人を前にしたらこんなものなのかもしれないけど。



◆ その感情は?


「ジントニックご注文のお客様?」

「あ、自分です」


若い女性店員さんが飲み物を運んできてくれた。それがテーブルの上に置かれようとした時。


「あっ」


店員さんが手を滑らせて、俺の服にジントニックが飛び散った。


「も、申し訳ありません!」


服についた液体を拭き取ろうと、その店員さんがおしぼりでシャツを拭いてくれる。


しかし何というか、こういう事をされると、むず痒くなってくる。黙って女性に体を拭かれるというのは、気恥ずかしさもあるし。


「大丈夫ですよ。安物ですから、気にしないで下さい」


自分でやりますからと、おしぼりを受け取ろうとした瞬間、意図せず店員さんと手が触れ合ってしまった。


「「キャッ」」


店員さんと俺は、頬を赤く染め上げ驚いた声を上げる。


「す、直ぐに、新しいものをお持ちさせて頂きますね」


そう言うと彼女は、照れたようにパタパタと足音を立てながら厨房の方へと戻っていく。


そんな光景を見ていた会員さん達は、お酒が入っている事もあってか、ノリノリで弄ってきた。


「キャッ、だってよ。可愛い〜な〜……勿論、お前じゃねーぞ?」

「なんだよ、モテモテじゃ〜ん……腹立つ」

「あれは別に、そんなんじゃないでしょうに」


ねえ。と同意を求めるように目を配らせていくと、雪谷さんと目があった。


あれ、なんか怒ってる?


その完璧な顔立ちとは程遠い、幼く不機嫌そうな表情を浮かべている。プクリと、僅かに頬を膨らませた彼女が、ジトっとした目でこちらを見ていた。


(嘘だろ。まさか、あの雪谷さんが、俺と店員の一瞬の接触に……嫉妬?)


「ええっと、すいません、ちょっとトイレ行ってきますね」


雪谷さんのあの表情は……そんな訳は無いだろうに。そんなもしもが頭を過って俺は席を立った。

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