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第10話 女子高生の襲来

◆女子高生の正体


そのは、よく見知った女の子だった。


ショートヘアを薄く茶色に染めた小柄な女の子。年相応というべきか、くりくりとした愛らしい目をしている。


贔屓目無しに容姿に恵まれた娘だ……会うのは一月ぶり位かな?


「美香ちゃん、久しぶりだね」

「うわ!レンジじゃん。まだ働いていたわけ?休日までジムだなんて暇なの?」

「相変わらず毒舌だな。そんなんじゃあ、高校でモテないぞ」

「あんたに心配されるほど落ちぶれて無いんだからね!半年で5人から告白されたし!まあ、全員お断りさせても貰ったけど」

「ええっ!?ちょっ!パパ、それ聞いてないよ!?」


と、狼狽する会長を無視して、上目遣いでチラッと俺を見上げてくる美香ちゃん。


「へー、モテるんだね。おめでとう」

「……ホント、ムカつく」


彼女は、黒木美香くろきみか。何を隠そう会長の実の娘さんだ。会長は晩婚で、美香ちゃんとは年齢が40以上歳離れている。


ここだけの話。たまに孫と間違えられて密かに傷付いているらしい。


彼女とはなんだかんだ長い付き合いだ。はじめて会ったのは、美香ちゃんが小学4年生の時だったかな?


当時は、『お兄ちゃん』と俺を慕ってくれて可愛かったんだけどなあー。反抗期だろうか?いつからか、俺のことを下の名前で呼び捨てするようになっていた。


着用している制服は妙に着崩していて、俺の世代ならヤンキーとか言われている類の装いだ。


「別に……特に用なんてないけど。学校帰りに近くを通りかかったから寄っただけよ」

「へー。たまたま、練習着と道具を一式持ってたんだ?」


美香ちゃんの足元には大きめのショルダーバッグが置かれており、その中からは彼女お気に入りのオレンジ色をしたキックパンツだとか、膝当てが見えていた。


「たまたまだけど……ていうか勝手に中を覗かないでくれる!?変態!」

「はいはい。ごめんね―。それじゃあ、俺も今日は自主練だから頑張って」


リングを降りて彼女の脇を通り抜けようとした時、裾を軽く引かれた。


「どうしたん?」

「レ、レンジ!たまにはあんたの構えるミットを蹴ってやってもいいけど?」

「いや、だから今日は自主練なんだよ。会長に持ってもらえばいいじゃないか?サマー先生だっているんだし」

「何、嫌なわけ?この私がこんな風に頼んでいるのに。何様?」

「えー。頼まれた事に気が付けなかったんだけど……まあ、いいよ。それじゃあさっさと着替えてきな。何だか制服ごちゃごちゃしてるし、着替えに時間かかるだろ?」

「わ、わかってるわよ」

「それと、制服とかを着崩したい年頃なのは分かるけど、普通に着ていた方が可愛いぞ。素がいいんだから勿体ないと思う」

「ッー///あ、あんたもさっさと準備しなさいよね!」


何故か顔を紅潮させた美香ちゃんは、ズカズカと音を立てて更衣室へと入っていった。


何も変なことは言っていないよな?


一連のやり取りを空気の様に見ていた会長が、ジトッーとした視線を俺に向けている。


「何ですか?」

「や、別に……なあ村瀬。美香の事をどう思う?」

「うーん、そうですね。高校ではボクシング部に入部したって聞いていますし、成長が楽しみですね」

「ハアー。そうだよな、お前はそういう奴だよな。ホッとしたようなムカつくような」


深いため息を吐いた会長。今日は親子揃ってわけが分からないな。そんな俺たちの様子を間近で見ていたサマー先生。


「セイシュンとはイイものだねー」


と、何かを悟った様に片言の日本語を口にしながら遠い目をしていた。



◆美香とのミット


ジムの中は比較的静かだった。


いつもは人が多い日曜日だけど、今日は3連休の真ん中。こういう日は、一部の人間を除いて殆どの会員さんが自主休息とする事が多い。


恐らく旅行に行っているか、前日に飲み過ぎてグロッキーになっているのだろう。


更衣室からは美香ちゃんが姿を見せた。先程のオレンジ色をしたキックパンツに、同じ色のアンクルサポーター。


髪は元々短めではあるけど、前髪が気になったのか紺色のヘアバンドをしている。


「それじゃあ、ミットは30分後くらいでいいかな?足りなければもう少し後でもいいけど」

「それで大丈夫よ」


俺を一瞥した彼女は、そのまま黙々と柔軟体操を始めた。


そうして時間が経過してお互いうっすらと汗をかいた時、彼女が俺の方に歩みを寄せた。


「レンジ。準備、出来たわよ」

「了解。取り敢えずパンチミットからいくか。3分間ね」


コクリと頷いた彼女の表情からは、かなり集中していることが窺えた。これは、マジでやらないと怒られそうだな。


パンチミットを嵌めてリングに上がると、彼女は軽くシャドーボクシングを行っている。


(へー、身体のキレが良くなっているな)


何より、以前と比べて体のブレが少ない。体幹トレーニングもしっかりとこなしているみたいだ。


ピーっと、始まりを知らせる電子音が鳴ると、俺と美香ちゃんは互いにミットとグローブを合わせた。


「宜しくお願いします」


フフッ。こういう所はしっかりしているんだよな。普段は悪態をついても、礼儀を重んずるところが可愛くて思わず破顔してしまう。


俺はミットを自分の顎近辺に構えると、彼女の身長に合わせて腰を落とした。基本的にミットは、自分と同じくらいの体格の相手を想定して構えてあげることが多い。


「ジャブ!」パンッ!!……これは?……「もう一発!」パンッ!!


やっぱりだ……以前受けた時よりも《《威力が軽い》》。しかし、コンパクトで速く鋭くなっている。


この破裂音は、手首のスナップの効かせ方が上手くなっている証拠だ。加えて、ハンドスピードが上がっている上に戻しの意識が格段に良くなっている。


これまでの彼女が打っていたのは左ストレート。しかし、これは完全にジャブだ。鋭く隙がない。


今一度、彼女の構えを観察すると完全にボクシングスタイルになっていた。


キックボクシングでは、前足のつま先の方向を正面に向ける事が多い。これはローキックなどに対応する為だ。


対して、ボクシングでは小指の側面を相手に見せるように内側にいれる事が多い。踵に重心を乗せられるので強烈なパンチを放つ事が出来るからだ。


これは面白いぞ!しっかりとパンチに磨きがかかっているな。


「ジャブから入って、ワンツー」


パン!!パッダンッ!


うん!ストレートは速く重くなっているし、ジャブの打ち方が変わったから、以前よりも連続攻撃の速度がグンとよくなっている。


「サイドから入ってきて……打ち終わりに注意だ!ワンツー、ダッキングから左フック!」


パーン!!


腰の捻りもスムーズだ。体幹が良くなったから体が流れずに、しっかりとミットに重さが残る打ち方が出来ている。


「ハイ!ジャブからストレートをブロッキングして返しの左まで!……もっと身体でぶつかりに来い!」

「んっ!!」


ピピピピ!


そうしているうちに、あっという間に3分間が終了した。彼女は、ハアハアと肩で大きく息をしている。


嬉しくて少々きつくしすぎたかな?いや、それより。


「美香ちゃん!良かったよ、ボクシングテクニックが凄い向上したね」

「はあはあ。……べ、別にこれ位普通だし」

「いや、本当に上達したよ!これならプロでもやっていけると思う。流石会長の娘だ」

「へ、へへ。そうかな」

「ああ。キックも楽しみだ」


僅かに表情を柔らかくした彼女は、疲労感の残る表情を見せつつも照れたように笑っていた。


「ねえ、レンジ。私さ、頑張ったよね?」

「ん、ああ。本当によく頑張ったと思うよ。前回だと半年くらい前かな?に、受けた時と比べて格段に良くなっていたしね」

「じゃ、じゃあさ。その、最近甘いものとかも控えていたし、パフェとか食べたいかも……ご褒美的な?」

「パフェ?いいんじゃないかな。爆食は選手をやるなら控えるべきだけど、たまに甘いもの食べるくらい別に。普段は、お酒を飲んでる格闘家も珍しくないしね」

「そ、そうじゃなくて!……え、えーと。私、学生だからお金ないし……その」

「ん?……ああ!お小遣いが欲しいのか?俺も余裕はないけど、それくらいならカンパしてもいいよ」


ダン!ダン!ダン!


あれ?どうして美香ちゃんは地面を殴りつけているんだろう?


「なんだ、美香。甘いものが食べたいのか?それなら、パパが連れていこう──な、何をするサマー!何故このタイミングで首相撲モエパン⁉ふごっおっ……そうか分かったぞ!しかし、パパはまだ認め、ぐううぅっ!!」


何故か先生は会長の首をロックすると、じりじりと床に組み敷せた。その体制のまま、美香ちゃんへとウインクを送る。


そこから何かを受け取った美香ちゃんは、少しの間固まっていた。しかし、スーッと息を吸い込むと、静かに立ち上がり俺の目を真っ直ぐに覗き込んだ。


そして……


「行ってみたいお店があるの。明日の祝日に連れて行って」


自身の胸にボクシンググローブを抱え、彼女はそう言った。

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