第2話「魔術の胎動 」
皆様ご機嫌よう、メイナードです。
メイナードという名前にも徐々に慣れてきました。
また、蜂に刺された日から1週間が経過しました。
そして、この家のお気に入りスポットを発見しましたので、紹介いたします。
それはリビングのカーテンの裏です。
赤ん坊が1人隠れられるには丁度いいスペースで、秘密基地のような感じがしてとても気に入っています。
ここに隠れて何をしているのかと言いますと、魔術の中でもキャロルが良く家事で使っている水・風・火の3つの中から風魔術の習得目指しています。
何故、風かと言うと1番簡単そうだから、というわけではないが、家の中でもし成功しても被害が少なさそうだからだ。ちゃんと家の事にも配慮してあるでしょ?
習得とまでは行かずとも感覚を掴めるようになれれば今後に役立つと思い、日々取り組んでいる次第です。
とは言っても、この1週間特に進展もないまま時間だけが過ぎている。やはり成長してからちゃんとした教育を受けた方がいいのだろうか。
身近な魔術の先生といえば、キャロルぐらいだが俺はまともに話す事はまだ出来ないため近くで観察するぐらいしかないが。
手を宙に向けて力を入れてまだ言葉にならならない言葉をあうあうと言ってみたり、手を合わせて風を出すイメージを繰り返していたら、台所の方から食欲をそそるベーコンが焼ける匂いとスープの香ばしさが漂ってきた。
なんの朝の練習も特になんの成果も得られないまま、いつの間にか昼になっていたらしい。
最近気付いたのだが、キャロルは料理をする時魔術を巧みに使っている。料理の時は先生を観察する絶好のチャンスなのだ。俺は急いで秘密基地を後にする。
もちろん自慢のハイハイで。
昼の光が木枠の窓から差し込み、母の金髪を美しく照らしている。
俺はキャロルの脛を手で数回叩くとキャロルは微笑みながらいつも抱き抱えてくれる。
料理中に片腕を塞いでしまうのは申し訳無いが息子の成長を思って協力して欲しい。
台所にはパンとスープ、ベーコンと少しだけ炭の香りが混じった暖かい空気が漂っていた。
キャロルは薪竈の火加減を確かめると、左手をかざし、軽くつぶやく。
「火よ、優しきままで」
火力調整の小さな魔術。炎が少しだけ静まり、鍋の底から静かな音が立つ。
鍋の中では、刻んだ玉ねぎが透き通るほどに煮込まれていた。
木べらで丁寧に混ぜるたび、甘くとろけた香りがふわりと立ちのぼる。
「もう少しかな……」
そう呟くと、キャロルは熱したフライパンを手に取る。
厚切りのベーコンを並べると、油がじゅうっと音を立てて跳ねた。
肉が焼ける匂いと、スープの香ばしさが重なり、家全体がひとつの“ごちそう”になったようだった。
その匂いに気を取られていたら、キャロルが左手をくるりと回して小さく呟いた。
「風よ、ささやかな流れを」
その手を軽く振ると、部屋の空気がかすかに動いた。
窓辺から取り込んだ風が、真新しい布巾のように台所を一巡し、料理の香りを部屋中に広げていく。
同時に鍋周辺の蒸気は外へと流れ出し、空気が軽くなる。
俺は目を細めながら、その音と香りにじっと耳を澄ましていた。
母の動きは一定で、無駄がない。火の調整、刻みのリズム、魔術の使いどころ――
すべてが、静かに繰り返される日常の中に“技”として息づいていた。
石窯に入れた丸いパンが、表面をわずかに割ってふくらんでいく。
魔術で温度を見守りながら、母はふっと小さく笑った。
「……さあ、あと五分」
ただの昼食。それでもその一つ一つが、魔術と暮らす世界の基礎を教えてくれる。
魔術というのは、火花を散らすものでも、大地を割るものでもなかった。
こんなふうに、静かに暮らしを包むもの
母が教えてくれる“生きた魔術”が、そこにあった。
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それからキャロルについて回る日々が始まった。
キャロルについて回るものだからウィリアムは少し羨ましそうにしていたが、ウィリアムには剣術とかそう言った類のものを教わるときに付いて回ろう。それに今は危ない事もあるだろうしな。
キャロルについて回ることでまだ推測でしか無いが魔術についていくつか分かってきた事がある。
1つ目は言葉による指向「詠唱」だ。
魔術は形のない力を形ある現象として変化させるため、言葉による定義付けが必要なのだろう。故に詠唱を省いての発動は出来ないんじゃないかと思う。
2つ目は術式の構築「構成力」だ。
火を強めたり弱めたりする、といった具合に何がどうなるかを明確にイメージする事が大事なんだと思う。
現状ではこの2つしか分からないが、他にもまだ条件があるはずだ。
進展はあったものの困ったことに、生後半年では言葉は聞き取れても、流暢に話す事が出来ないので魔術の発動はまだまだ先になるかもしれない。
だが、頭の中でイメージをする事は可能だ。話せるようになった時の為に様々なイメージを繰り返し頭の中しておく事にしよう。
それに蜂に刺されたときにキャロルが使ったくれた回復魔術を受けた時に体の内側から熱くなってくるのを感じた。あれはきっと俺の内にある魔術的要素に作用していたはずだ。
あの時の感覚を思い出しながら、今後に備えておこう。今できる事は魔術により何がどうなるかをイメージする事しかないからな。
なに、まだ生まれて半年と少ししか経っていないんだ、焦ることは何もない。話せるようになるまでは地道に出来ることを探して頑張っていこう。我慢強さには自信があるしな。
誰の記録にも残らない、何気ない日々。
だがその日こそが、“世界が目を覚ました日”だった。