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第1話「セカンドライフの幕開け」

 体をゆらゆらと、揺籠の中にいるような優しく揺さぶられる感覚により微睡みから覚める。お墓参りの帰りに胸痛により意識を失ったがどうやら運が良かったか、奇跡的に誰かが通報してくれたんだろう。


『ありがたや、ありがたや…神様少し見直しました』


意識はあるが視界がまだぼやけて見えるのは、何かの後遺症だろうか?まあ命が助かったんだ、そのうち治るだろう。気にしない気にしない。


 だか、常に揺れ動くようなベッドが今時の病室にはあるのだろうかと疑問に思う。そういえば聴力が落ちているからか、はっきりとは聞き取れないがオルゴールのような音色も聞こえてくる。

まるで生まれたばかりの赤ん坊を寝かしつけるような、慈愛に満ちた空間に俺は居る。


 意識が戻ってから暫くしないうちに尿意を催したので、立ちあがろうとするも体が動かないし、ナースコールで看護師さんを呼ぼうとするも同様に体が動かない。


『まずい、非常にまずい、このままでは26歳にもなって布団に地図を描く事になってしまう…』


そう思うも虚しきかな、瞬く間に俺のダムは決壊する。


「おんぎゃあぁ!おんぎゃあ!おんぎゃあ…!」


プライドに傷が付いてしまった事と耐えられない羞恥により思わず泣いてしまった。


『ん?おんぎゃあ?一体俺はどうなってしまったんだ?』


疑問に思うのとほぼ同時、いや僅かに早かっただろうか、誰かが慌ただしくも軽やかに走ってくる音が聞こえ、すぐさま扉を開け放つ音が聞こえてくる。

先程から揺れ動いていた視界が静止し、体がふわりと宙に浮く。

ぼやけていてよく見えないが金髪の女性に抱き抱えられているようだ。少し遅れてもう1人分の足音が近づいてくる。今度はやや気怠げそうだがどこか安心感を感じる重たげな足音。今度は茶髪の男性が俺の視界に覗き込むように入ってきた。


2人は俺の聞き慣れない言語でやり取りをしているようで、雰囲気から察するに女性が男性に対し怒ったようだった。


 その後、再び布団に寝かせられると、金髪の女性が俺に何かを語りかけてくるがなんと言っているか分からないので反応に困っていたが、その女性は微笑んでいたので、布団に地図を描いた事に対しては怒っていないらしい。

女性は手際良くとまでは行かないが、慣れた手つきで俺の衣服を脱がし、体を綺麗に拭き、新しい衣服を着せてくれた。不快感とおさらばした所で今度は女性の腕の中に抱き抱えられゆらゆらと揺られていく。


 傷ついたプライドや羞恥心などどうでも良くなるような、今までに感じた事がなかった安らぎを経験した。


俺はこの時、日本でサラリーマンをしていた自分はすでに死んでおり、外国の子供として生まれた変わったんだと、そう思った。


次第に泣き止んだ俺は安らぎを与えくれる女性、いや、母親か。その腕の中から離れ、恐らくは父親だろう、男の腕の中へと受け渡される。程よい胸の柔らかさの母とは打って変わり、父は鍛え上げられがっしりとした身体をしていた。以前の俺なら憧れていたところだったが背中から伝わるごつごつとした感覚が、母の方に戻りたいと警報を鳴らしている。


『父よ、すまない…やっぱり柔らかい方がいいんだ』


すぐさま泣き出し、母の元へと戻される。やはりこの柔らかさはどの寝具よりも勝るだろう。そして何より安らぐ、ずっとこうしていたいぐらいだ。


揺れ動く母の腕の中で、俺は再び眠りについた。




-----




 3ヶ月の月日が流れた。


まず1つはっきりさせておかないといけない事がある。俺は転生したらしい。そしてこの世界は地球とはまた別の世界という事だ。


つまりどういうことかと言うと、「異世界」である。

両親の髪色が日本人には馴染みがない金髪と茶髪だったので、西洋のどこかだろうと思っていた。

聞き慣れない言語も日本人からしたらどこの言語も聞き慣れないものかと、そう決めつけていたがどうやら地球上のものではないようだった。


そして決定的なものが「魔術」の存在である。


母は魔術が得意なようで日常の家事で水や火を起こしたり、軽い傷などを魔法を詠唱し治すところを何度も目にした。まるでハ○ーポッターのようだった。


ついでだが父は母のように魔術が得意な訳ではないが少しは扱えるようだった。しかし1番の得意は「剣術」らしい。

暇さえあれば庭で素振りをしているようだ。剣術以外にも弓も扱えるようで、森に狩に行き獲物を捕らえて帰ってきたりもしている。


 この世界は前世と比べると様々なものが発達していないようだが、電気や水道など生活に関わるものは魔術で代用が効くらしく、家電製品などもないが全て魔術で解決するらしい。なんとも便利な世界だ。成長したら絶対に覚えよう。それに前世の記憶も全て覚えているので、さらにより良く出来ることがあるかもしれない。これからが非常に楽しみだ。




-----




 半年の月日が流れた。


 半年の間におしゃべりな母と陽気な父が沢山話しかけてくれるお陰で、まだ話せないが少しは言語が分かるようになってきた。若いせいか物覚えが良すぎる気がする。そうそう、母の名前はキャロル、父の名はウィリアムというらしい。性はブラウシアン、なんとも立派な名前だ。ん?俺の名前?俺の名前は…


「あら〜おはようメイ!今日も良い1日にしましょうね!」


泣き声を上げたのを聞いたキャロルが朝の挨拶をしに来る。


メイは愛称で正式にはメイナードである。

メイナード・ブラウシアン、個人的には響きがかっこいいので気に入っている、メイという愛称もだ。


半年も経つ頃にはハイハイが出来るようになったので、寝て過ごすだけの日々から脱却し、家中探索してまわっている。


「目を離すとすぐにどこか居なくなってしまうけど、元気に育ってる証拠よね!」


「確かにそうだな、産まれたばかりの頃はあまり泣かなかったから心配したがこの調子だと心配要らないさ。」


「そうねぇ、泣かないぐらいで心配しすぎよね」



両親はそのような会話をしていた。

前世での記憶がある為、赤ん坊のように泣き喚くことは少ないかもしれない。腹が減った時か漏らしてしまった時ぐらいにしか泣かないからな。けれど息子は元気に育っているので心配しないで欲しい。


 ハイハイとはいえ、自分の意思で移動出来るようになったのは背中に羽が生えた気分だった。

日々の探索のお陰で分かったことがある。


階段が登れないので1階しか探索出来ていないが、木造2階建てで、部屋が5部屋以上ある立派な家だ。

26歳だった自分と比べれば同い年かそれ以下だろうに、その年齢で尊敬すら覚えてしまう。


住んでいる地域は都会のような人や建物で溢れるような所ではなく、田舎だった。あまり外には出た事はないが、外にはとうもろこしのような作物を栽培している畑が広がっており、ご近所さんも数十メートル離れて2,3軒見える程度だった。

正直かなりの田舎だ。しかし、前世でのストレッサーだらけの都会暮らしを思うと穏やかな暮らしが出来そうで楽しみだ。



 その日の昼下がり、玄関の扉が開いたままだったので、こっそり家を抜け出し、庭を探索する事にした。

庭もこれまた立派でテニスコート1面よりやや狭いぐらいの広さで、外縁には何か実っている木が2本聳え立っていたり、花壇にはピンクの花を咲かせた植物など様々な植物が青々と茂っている。そして庭の隅で上半身裸で剣の素振りをしているウィリアムが見える。


 素振りは何度か見た事があったので、この世界の花はどんな香りがするのか気になり花壇に近づいてみる。

丁度、目線ほどの高さに咲いている花が1輪。観察すると雄蕊と雌蕊が確認できた。

スンと鼻を鳴らし匂いを嗅ぐと控えめな甘い香りがする事に満足し他に惹かれる物が無いかと辺りを見渡す。


 するとどこから、携帯のバイブレーションのような神経を逆撫でするような不快な音が聞こえてきた。


俺は一瞬でその不快な音の正体に気付く。この世界でも色と見た目は前世のそれと大差がない、黄色と黒の5cmの飛翔体。そう、蜂だ。


蜂といってもニホンミツバチのような可愛らしい個体ではなく、スズメバチのような凶悪そうな姿をしている。俺は危険を感じ、すぐさま家に戻ろうとしたが蜂の進行方向に入ってしまったか、追いかけられる。


赤ん坊のハイハイでは逃げる事など出来ず、左腕を刺されてしまった。前世でも蜂に刺された事は無かったのが、これだけは言える。


『めちゃくちゃ痛えじゃねぇか!!!』


すぐさま感じる痛みの奔流に、人生最高に声を上げて泣き叫ぶ。その声を聞いてかキャロルとウィリアムが大慌てで駆け寄ってきた。


「どうしたのメイ?!?!一体何が……」

「左腕だ!蜂の針が刺さってるぞっ!!」

「あなたが家の扉開けたままにしてるからメイがお外に出ちゃったじゃない!!」

「す、すまない、メイナードの活発さを失念していた…」


痴話喧嘩はいいからどうにかしてくれ。

そう思っていたらキャロルがやや早口で何かを詩のようなことを唱える。


「星々の静寂に宿る祈りよ、大地を潤す慈しみの光となりて、いま此処に降りそそげ。

痛みを知り、涙に寄り添う風よ、優しき手に変わりて命を抱け。

そは始まりの調べ、終わりなき癒しの調和。

聖歌の風 (カンティクム・ヴェントゥス)!!」


キャロルがそう言い終えると、俺の体の内から何か湧き出るような、上手くは言い表せないがとにかく一瞬で痛みが引いていく。それどころかハイハイで汚れた衣服の汚れまで綺麗になってしまった。


「はーいこれで大丈夫!初めてのことで心配したからとっておきの回復魔術使っちゃったわ!」


とキャロルは言う。どうやら今のが回復魔術らしい。

水を生み出したりしているのを目にした事はあったが、実際に経験してみると驚きを隠せないものだ。

キャロルの偉大さと感謝を感じ胸に飛び込む。

柔らかいものが顔に当たるので、たまには堪能しておこう。蜂に刺されるの結構怖かったしな。


 そのまま抱き抱えられ、家へと連れ戻される。


『外の探索は暫く控えておいた方がいいな』


庭から家までの短い距離にウィリアムは扉を開けたまま外で剣の練習をしていた事をキャロルに説教をされており、逞しい肉体をもったウィリアムもこの瞬間はなんだか小さく見えた。



今日の体験を受けて、俺は更にこの世界に興味が湧いた。前世では幼い頃から気になることなど何も出来ずに人生を歩んできた。だがこちらではあらゆる物にワクワクが止まらないのだ。

なんの因果があったか分からないが折角手にしたセカンドライフだ、後悔が残らないように全力で生きよう、恋愛も結婚もして幸せに暮らすぞ。



きっとここは天国よりもはるかにマシなとこに違いないな。  




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