表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

第12話「これからのこと」

 フィナリアとの別れやキャロルの出産もありすっかり忘れていたが、俺は六歳になった。


 そして二人の妹たちはお姉ちゃんをノエル。下の子はエルナと名付けられた。


さすがは双子なだけあって顔立ちがよく似ていて、ノエルの方はミルクティーのような髪色で、エルナの方はウィリアムに似たのかチョコレートのような髪色をしている。そして滅茶苦茶可愛い。


 だがまだ産まれたてなので、朝も昼も夜も事あるごとに二人揃って泣くものだから、キャロルとウィリアムは少々ノイローゼ気味になっていた。


俺が赤ん坊の頃は泣いたりするのが少なかっただろうから、ノエルとエルナの子育ては俺と比べたらかなりハードなものになるだろう。俺も手伝えることは積極的に手伝っていこう。


 ウィリアムは俺が産まれた時のお世話はあまり手が掛からないのもあって、ほとんどキャロルに任せていたらしく、双子の面倒を見るのにあたふたしている。


おしめを替えるのも俺のほうが手際がいいものだから、そんな俺を見てウィリアムは情けない顔を浮かべていた。三人の父親なのだからもう少ししっかりして欲しいものだ。


 そんなウィリアムだが意外と村人達からの信頼は厚く、害獣駆除や農具などの修繕をお願いされているのだとか。厚いのは胸板だけじゃないようで少し安心した。

 




ーーーーー





 午前中の魔術の練習は今でも継続しているが、フィリアルネアに俺が教えるという形式になっている為、実質俺は休憩しているようなものだ。


彼女も最近はどんどん上達しており、初級魔術を安定して使えるようにまで成長している。

最初は生活魔術を扱うのも苦労していたが、保有する魔力量も増えたのだろう。なんにせよ順調に成長しているのは良いことだ。



 剣術はというと一年以上練習しているが、いまだに初級の域を出ない。もう少し成長し体力と筋力がつけば分からないが、剣術を習得するビジョンが浮かばないのだ。


一年やれば初級は習得出来るらしいし、教えが悪いと言うわけではないはずだ。剣術に関してはウィリアムを信頼し尊敬している為、単に俺の才能がないからだと思う。


剣術にも魔術と同様に初級から始まる階級がある。


ウィリアムの階級はと言うと


蒼波流:上級、烈閃流:上級、黒嶺流:上級 である。


普通はどれか一つの流派を極めていくのが普通らしいが、彼は三つの流派を習得している。上級に達するまでには最低でも十年はかかるらしいが、ウィリアムは二十代後半でこの域まで達しているのだ。素直に尊敬するしかあるまい。


 ちなみに蒼波流が得意らしく何故そうなのかと聞いたら、当時は剣術が嫌いで打ち合いが苦手だったから避けたり受け流したりしたいるうちに得意になったから頑張ってみたらしい。


あぁ、これが才能ってやつだろうか、、、


才能だけでは無くそれに見合った実力も備えているから文句はない。昔はキャロルとフィナリアらとパーティを組んで冒険をしていたらしいし、森で狩りや害獣駆除なんかもやっているから実戦経験も豊富だ。


実戦に基づいたアドバイスは実に的確で敵に回したくないほどの狡猾さも感じるが、感覚的なことが多く実戦経験がない俺にはまだ少し分からない事が多い。


ウィリアムは魔術を扱う才がないが、恐らく魔術を駆使し、策を弄しても接近戦では彼には敵わないだろう。


 以前、一度ウィリアムが剣を使って戦っているところを見たいと言ってみたところ、害獣駆除の依頼に同伴させてもらった事がある。


森の奥に凶暴な大王熊(ジャイアントベア)が群れを成しており、森での活動が出来ないと村人から話しがあったのだ。


二人で森の奥まで歩いていくと、4〜5m程の巨大な熊が十頭程群れになっていたのだ。熊と聞くと成人男性ぐらいかと思っていたので、俺はその巨躯と恐ろしさに腰が抜けてしまったが、ウィリアムは果敢にも一人で群れへと飛び込んで行ったのだ。


 手を腰に携えている剣に伸ばしたと思ったら、瞬きをする間に一頭が地面に倒れていた。それから襲いかかってくる大王熊(ジャイアントベア)の攻撃を剣で軽くいなしながら、あっという間に最後の一頭の首が落とされたのだ。

 

 はっきり言って滅茶苦茶かっこよかった。


動きが洗練されていて、相手がどう来るかが分かったいるような無駄のない動きだった。


見ていて惚れ惚れするほどのカリスマ性があったのだ。


 普段家ではまともに娘達のおしめも替えられないような男だが、俺はウィリアムの存在がなかったらすぐに調子に乗り、森の獣や魔獣達に勝負を仕掛け、無惨に殺されていただろう。


 魔獣以外にも人。


悪者を懲らしめようと思ったり、強者と分からず喧嘩を売り、返り討ちに合うのはよくある話しだろう。


 この世界では魔術師も強いが剣士もかなり強い。


前世のように怪我をしたら病院では無く、魔術による治癒がその場で行われる為、それをさせまいと剣士は全力を持って相手を屠りにいくのだ。


魔術師が強くなれば剣士も強くなるようにこの世界では長年の研鑽によって均衡が保たれているのだ。


それに魔獣や魔族といった常識はずれな存在もいるのだ。それに対応してすべく、技術はもちろん身体能力や反射神経なども進化しているのだろう。


 しかし上級のウィリアムでこれだ。剣術界にはフィナリアのような王級やそれ以上の聖級も存在している事だろう。


 上には上がいる事を教えてくれたウィリアムには感謝をしないといけないな。まあ早く子供のおしめを替えれるぐらいにはなって欲しいが。





ーーーーー





 ある日の俺はいつも通りに稽古を受けていた。どれだけ頑張っても上達しないものだから正直に言って少し焦っている。


村一番の剣術使いに指導を受けているのだ。練習は間違いないはず。きっと俺は大器晩成型なんだろう。

多分、、きっとそうだ。


 若干の憂いを抱いているとウィリアムがなにか思いついたような表情を浮かべた。


「なぁメイ?お前来年七歳だろ?お前も学校………」


そう言いかけてやめた。


「いや、なんでもない。お前には必要なさそうだな。練習再開だ。」


再び木剣を構えようとしていたので、すかさず聞き返した。


「学校…ですか?それはなんですか??」


どういうものかは大体の推測はつくが取り敢えず聞いておく。


「学校っていうのは読み書きや算術、この世界の歴史などなど色んな事を教えてくれる機関だ。一番近いところだと、この村から馬で三日程の距離にある都市オムラにあるな。」


大方推測通りだった。


「普通メイぐらいの年齢になったら学校に通って色々勉強するもんだが、お前は読み書きに算術は出来るみたいだし別に行かなくてもいいと思うな」


確かにフィナリア先生からの指導もあって読み書き算術には困らないだろう。前世での知識もあるしな。


 だが学校というものには興味はある。それに友達も出来るかもしれないからだ。こちらの世界では友達百人とは行かずともそれなりには作りたいなと思ってあるところだ。


「その学校というのには行ってみたいです。同い年の子達が集まるんですよね?友達も出来るかもしれません」


俺はそう言ってみたが、ウィリアムの反応はあまりいいものでは無かった。


「お前が思っているほどいい所じゃないぞ〜?礼儀作法とか堅苦しいものは俺は苦手だったし、あそこに集まるのは貴族家系の可愛い可愛い子供達ばかりだ。どっちの家が偉いだのそういうことばっかり言い争うのが目に見えてるさ。それに、絶対お前はいじめられそうだしな。正直メイぐらいの年齢で王級魔術を使うのなんて信じられん。自分が一番じゃないと気がすまない連中ばかりだ。親も絡めて潰しに来るか、媚びを売ってくるかなどちらかだろうな」


ウィリアムがこんなに話す所は初めて見た気がする。

恐らく昔自分も同じような体験をしたのだろう。


 フィナリア先生から聞いた事があるが、ウィリアムの実家はそこそこな貴族家系だったようだが、家を出て実家とは絶縁状態という話しだ。ちなみにキャロルもそこそこな家の出身らしい。二人揃って貴族を辞めるなんて貴族と言っても華やかなものばかりではないのだろう。


 俺は貴族というの立場の人間と接した事がないのでよく分からないが、ウィリアムの口調から察するに、作法やら人間関係やら醜いものばかりみたいだ。


 ウィリアムと俺は親子なだけあって結構気が合うところが多い。中身は俺の方が歳上なのだが共感出来るところも多いので、俺も学校に通うようになったら息が詰まるような思いをするのだろうな。


「そうですか。貴族のお嬢様方と仲良く出来るいい機会だと思ったんですけどね」


「いや〜辞めとけ辞めとけ。確かに容姿は整ってる人が多いけどな、相手は貴族だ。腹の中はドス黒い奴が多いさ。いい出会いなんてものはないだろうさ」


何故か妙に説得力のある言い方だった。


「なら学校に通うのは辞めておきます」


さっきウィリアムが言ってたように絶対学校に行かないといけない必要性はない。読み書き算術も出来るから特に困ることはないだろう。


それにフィリアルネアもやっと軌道に乗ってきたところだ。まだまだこれから教えられる事もある。勿論可愛いから一緒にいたいという気持ちもあるが、、、

だって男の子だもん?仕方がないだろう。


 それに剣術が中途半端になってしまう。これから才能が開花する事を信じてひたすら練習すると決めているからな。


更には貴族のいじめとかかなり陰湿そうで、下手したら我が家にも被害が及ぶかもしれない。可愛い妹達もまだまだ小さいのでそれだけは避けたい。


「学校に通うぐらいならいっそ冒険者を目指すといい。冒険者になって色々旅したり迷宮に潜るのもいいだろう」


「冒険者ですか?」


「そうだ、冒険者はいいぞ?一人で旅してる時はしんどかったが仲間が出来てからは楽しかったな!母さんともそこで出会ったんだ!仲間がフィナリアとあともう二人いるんだがな、久しく会ってないな。とにかく旅したり、迷宮に潜って装備を探したりと色々な楽しみ方があっていいと思うぞ?生を実感することも出来るしな」


そう聞くとかなり魅力的に感じるが、実際のところ迷宮はかなり危ないところだと本に書いてあったのを見た事がある。


キャロルの書斎にある伝記『灰髭リューグ・アーリン伝─迷宮を覗きし者』にはこう記してあった。


「迷宮は生きている」と


まず迷宮の起源としては自然の洞窟や魔獣の巣穴などに魔素が滞留することで魔脈と呼ばれる流れが発生し、これが結晶化・凝縮し核となり、魔力結晶となるらしい。


 この魔力結晶は迷宮の最奥に位置し、これを守る守護者も作り出すのだとか。魔力結晶から流れ出す魔素で魔獣や動物を迷宮に誘引し、独自の生態系を作り出しているようで迷宮にしかいないような魔獣もいるそうだ。


 迷宮の位置的に(高山や過酷な自然環境など)迷宮内に生物を呼び込まない時は迷宮が自律的に魔物を構築し、形態は洞窟の地形や迷宮のテーマによって変化するそうだ。


 そして迷宮に誘引されるのは魔獣や動物だけでもなく、人間も同じように誘引されるのだ。


魔素を感じ取ってではなく、迷宮にある魔力結晶が魔術の触媒として利用できるからだ。魔力結晶は高値で取引され、ある程度の量になると暫くは遊んで暮らせるぐらいの金になるらしい。


 さらに魔力結晶以外にも人間が集まる理由がある。


迷宮に潜り込んだ冒険者達全員が生還出来るわけではなく、迷宮内で死亡してしまう場合がある。


肉体は魔素に影響を受け魔物へと生まれ変わるが、装備していた防具や武器はそのまま残り続ける。長い期間魔素の中に放置された物は人が作る物よりも上質な

魔力付与具(マジックアイテム)へと変貌する。

中には凄まじい能力が付与された物もあるのだとか。


 このように動物は魔素を感じとり迷宮を目指し、人間は一攫千金を夢見て迷宮に潜るのだ。古くから存在が確認されている迷宮程深く、攻略が難しいそうだ。


 確認されている迷宮で一番古い物は世界の極北・永久凍土の地下深くにある「始原の瞳」と呼ばれる場所だ。

 

発見年代は不明だが、文献上では二千年前から存在しているそうで、封印されているが魔素が漏れ続けているそうだ。


迷宮という概念の原初であり、世界で最初に「意志を宿した洞窟」として伝えられる存在。巨大な球形の空間が中心にあり、その周囲に螺旋状の通路が存在。中心部には“瞳”と呼ばれる巨大な結晶体が浮かび、常に何者かの視線を放っている。


“瞳”が見ることで、迷宮は来訪者の罪や過去、未来すら写し取り、通路の構造を変貌させるとされる。


ここでは現実の法則の崩壊が起こっており、空間が反転、時間が巻き戻る現象などが確認された。同行者が「昨日死んだ姿」で現れることも。


探検家リューグも一度だけ遠征を試みたが、極寒と幻覚の中で数時間で撤退。その後、全隊員の体から「文字状の痣」が浮かび、数か月後に全員が消息不明になったそうだ。


 他にも現存する最高難易度迷宮とされているのが、禁忌の森にある「星降る森の根」と焦熱の砂漠の地下にある「偽王の宮殿」だ。


どちらも入り口に辿り着くのも困難とされ、もし入れたとしても命の保障はないので、最高難易度とされている。


「迷宮のことは母様の書斎にある本で読んだ事があります」


「ああ、灰髭リューグ・アーリンの伝記か。俺も何度も読んだっけな。迷宮探索の礎を築いた人物だ。メイもそういう風に名を残せるかもしれないぞ?」


 リューグ・アーリンは生涯を迷宮探索に捧げた人物だ。確かにそこまでの情熱があれば歴史に名を残す事が出来るかもしれないが、生憎俺はまだそこまでの情熱を持ち合わせてはいない。


「あの伝記って本当にあった事なんですかね?」


「ああ、あの伝記に書いてある事は本当だ。最後に書いてあったろ?ある日忽然と姿を消し、遺体もどこにも見つからなかったが、代わりに村の近くに新たな洞窟が誕生し、そこが灰髭の迷宮と呼ばれてるって。俺たちはそこの迷宮に潜った事があるんだぞ」


「えっ!それ本当ですか!?」


「ああ本当さ。後で母さんにも聞いてみるといい。俺たちはいくつもの迷宮を攻略してきた。だからメイにもきっと出来るはずだ」


 それからウィリアムは冒険者時代の話しを幾つかしてくれた。どれも男として興味深い話しばかりだったので、とても面白かった。ウィリアムは待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな表情を浮かべていたからこういう話しをずっとしたかったんだろう。


 キャロルとウィリアムが男の子が生まれたら剣術を教える約束だったみたいな話しを昔していた記憶がある。色んな本や話しを聞かせて憧れを持たせる作戦だったんだろうか…


 冒険者になって旅をし、迷宮に潜る。


正直興味があるかと聞かれたらイエスと答えよう。

面白そうだが、それ以上に危険すぎるとも思う。


 あの伝記に出てくる人物はリューグ・アーリン以外悉く死んでいくのだ。まあ伝記を書いたのは本人ではないため、やや誇張されているかもしれないがそれでも簡単に人が死んでいくのは怖い。せっかくのセカンドライフをうっかり落とし穴に落ちて命を落としてしまうだなんで勿体なさすぎる。


 超絶美人と結婚して子供も作って幸せに死にたいのだ。鈍臭い俺が迷宮から生還するなんて考えられない。もし生還できたとしても腕や足を失くしていることだろう。


「どうだ?冒険者も中々面白そうだろう?メイがその気になれば俺らも応援するぞ?」


「冗談じゃないですよ」


わざわざ危険を犯してまでお宝とかお金とかを儲けたりしたいとは思わないからな。


 それに幸せに生きたいのだ。迷宮探索中に日の目を拝む事なく死んでしまうなんて考えたくもない。


「僕は母様やフィナリア先生の様な美人で頼り甲斐のある女性と幸せに暮らして死にたいのです」


「おお?やっぱりあの二人はお前から目見ても美人に見えるか、さすが俺の息子だ」


「重婚も認められているみたいですし沢山の妻に囲まれるのもいいかもしれないですね…」


「ははっ、そうか。でも何人もの妻に囲まれるより一人しといたほうがいいかもしれないぞ?」


そう言いながらくいっくいっと顎で後ろを指すような動作をしていたので後ろを振り返ってみたら、ジト目で軽蔑したような目でこちらを見るフィリが立っていた。


あー畜生。間が悪かったな。後で弁明しておこう。





ーーーーー





 最近フィリは魔術の勉強以外にも、良くうちに遊びに来るようになった。


ノエルとエルナが産まれてから彼女も興味津々な様子だ。よく二人の頬を指で叩いてみたり、抱っこしては微笑んでみたりとその光景は実に眼福である。後光が差してるかのような神々しささえ感じるほどだ。


 以前フィリの家族にも会った事があるがご両親と母方のお爺さんとお婆さんと暮らしているようで、兄弟などはいない一人っ子だそうだ。

なので妹が出来たみたいでフィリも嬉しいのだろう。


「あっそうだ!ねえメイ、見てみて!」


「ん?どうした??」


思い出したかの様な声をあげたフィリは凄く自慢気な表情を浮かべながらこちらに体を向けた。


「ちゃんと見ててね?もしかしたらちょっとしか出来ないかもしれないから…」


自慢気な表情を見せたかと思ったら今度は自信なさ気な表情になってしまった。

最近は彼女の表情も豊かになってきて、仲が更に深まった実感が湧く。実に嬉しいものだ。


 抱き抱えていたエルナをそっとベビーベッドに寝かせると、両手を前に出して目を瞑り何かを念じているようだ。


某アニメのように気○砲が放たれそうな気迫をも感じる。しかし、彼女には申し訳ないのだがそういう姿も可愛くて仕方がない。そのまま俺に気○砲を撃ってきても全然ウェルカムだ。寧ろ撃たれたい。


「んん〜〜………」


唸りながら徐々に眉間に皺が寄ってきた。


「んん〜〜〜〜……はっ!」


フィリが目を見開くと同時に両の手から気が放たれ、俺は部屋の壁まで吹き飛ばされてしまった。


というのは冗談で、開眼と同時に両手の間に水が発生し、渦を巻き始めた。これは驚いた…


「無詠唱…だよね?出来るようになったの?」


「うん!家でずっとイメージしながら練習してたら昨日できるようになったんだ!メイの言う通りにやったら出来たよ、やっぱりメイは凄いね!」


無詠唱のコツというか、俺が出来るようになった過程を説明した事がある。まさかそれを聞いて彼女自身の努力で出来るようになるとは思ってもいなかった。


「凄いよフィリ…凄すぎる。僕もうかうかしてられないね。もしかしたらすぐ抜かされて教えられる事なんか無くなっちゃうかもしれない…」


「そんな事ないよ!メイは私なんかよりもずっとずっと凄いから、これからも沢山教えてください」


そう言いながらお辞儀までされてしまった。


「あっ、ちょっ…フィリアルネアさん?頭を上げてください…」


フィリは良くぶかぶかな服を着ている。お辞儀なんてするもんだから、胸元がこんにちはしてしまって目のやり場に困る事が多いのだ。魔術を教える時も、座学の勉強をする時もだ。


 今は寒い季節なので中に着込んでいるがそれでも見えるものは見えてしまうのだ。個人的には眼福なのだが、相手はまだ6歳の発育途上の少女だ。そういう目で見るのはやめておきたい。


少なくとも後10年ぐらいは…ってこんな話し辞めておこう。煩悩を滅する魔術なんかがあったら是非覚えたい。


「でもフィリ、正直言ってかなり成長スピードが早くてびっくりしてるんだ。この調子で行ったら本当に僕から教えられる事がなくなってしまうかもしれないよ」


「えっ…本当…?」


「うん、ほんとほんと」


俺がそう答えると、フィリは嬉々とした表情からは一変し今にも泣き出してしまいそうな表情に変わってしまった。


「ひぐっ……メイと一緒に……魔術の…お勉強したいよぉ…」


「ちょちょ!いきなりどうしたのさ?落ち着いて落ち着いて」


「うぅ…わたし聞いてたもん…お庭でウィリアムさんと冒険者になろうとしてる話し…遠い所に行っちゃうんでしょ?そんなの…そんなの嫌だよぉ…」


庭での話しが聞こえていたらしい。俺としては冒険者なんて危険なことしたいとは思っていないのだが、フィリからしたら俺が遠い所に行ってしまうように聞こえたらしい。


「ま、まあまだそうなると決まったわけじゃないないから安心して欲しいな…」


そう言ってはみたが未だ彼女の表情は晴れない。


困ったこれはどうしようかと考えていたら、抱きつかれた。


俺が沈黙してしまったので余計不安にさせてしまったのだろうか、背中に回る彼女の腕にどんどん力が入っていく。


「い、や……いや…いやぁ!どこにも行かないでよぉ!う、うぇ、うぇぇ〜ん…!」


泣かれてしまった。


前世でも今世でも女性にこんな風に泣かれるというシチュエーションにはあった事が無かったのでただただ困惑してしまった。


とりあえず、頭を撫でて背中を優しくさすってみる。


それでも泣き止まないので、俺もフィリを背中に腕を回して抱きしめてみる。


 抱きしめてみると俺よりやや低い身長のフィリの頭が丁度鼻の辺りにあるので、意図せず髪に顔を埋める形になった。


凄くいい匂いがした。抱きしめると彼女の体温が全身で感じられ、とても暖かく幸せな気分になれた。


いいなぁ…これずっとこのままで居たい…


「ひぐっ…会えなくなるの…いやだよぉ…」


はっ!いかんいかん。なんとか我に返った。


そうか。そうだよな。


 森で出会ってから今日に至るまでの間にかなり仲が良くなった。


ほぼ毎日うちに遊びに来ては魔術の練習を一緒にし、最近は昼からノエルとエルナの面倒を見てくれながら、嬉しそうに俺の剣術を練習する様子を眺めている。


そういう生活を何日も送ってきた。毎日一緒にいる。

そんな関係が出来上がっている。


 しかしそれが居なくなってしまったらどうなるだろうか。


 フィリはまた一人寂しく森の中で人目を気にしながら洗濯をしたりする日々に戻ってしまうのだろうか。


今では魔術を使えるので川に行く必要はないかもしれないが、魔術を使えるところで友達は出来ないし、何より神の落とし子とも見間違える藤色の髪を持っているのだ。またフードを深く被り、自信が無さそうな暗い表情をするようになってしまうのだろうか。


 そう思うと急速に愛おしさが増してきた。


 こんなに可愛くて素直で、優しい笑顔を見せてくれる人が居るんだ。大事にしなくてどうする。


「フィリ、大丈夫だよ。どこにも行かないよ」


 学校?迷宮?


そんな事よりこの子を置いてどこに行こうと言うのか。


 魔術だってフィナリア先生から王級魔術まで教わったのだ。ぼちぼちでいいじゃないか。

剣術もこれから絶対に上手くなるはずだ。


魔術も剣術もしっかりマスターして彼女を守れるぐらいの立派な男になるんだ。よし決めた。

彼女を守るためにこの家で確実に実力を重ねて行こう。


 一人立ちするような年齢になったら二人で静かに暮らせばいいじゃないか。ライフプランはこれでばっちりだな。


 しかしいい匂いがするな。ほんとこれ、なんなんでしょうね本当に。もう少し成長して成長期を迎えたら俺は自分を抑えられる気がしない。

スマートに誘えるようにそのうちウィリアムに聞いてみようかな。


 鼻の下を伸ばしながらフィリを全身で感じ、今後に思いを馳せていると赤ん坊の泣き声で意識が引き戻された。


 ノエルとエルナはお腹が空いたらしい。


フィリも落ち着きを取り戻していたため、二人でお乳の準備をした。


妹達を抱き抱える様子をみると将来いい奥さんになるんだろうなと容易に想像がついた。


今のうちからフィリを俺好みの女に育てる事が出来れば良いんだろうけど、あまりそう言うことはしたくない気持ちが強い。


伸び伸びと、自由に振る舞いあう関係が俺としては理想なのだ。





「メイ、夕飯出来たからそろそろいらっしゃい。フィリもたまには食べて行って!いつもその子達の面倒見てくれてるからお礼も兼ねて!」


キャロルがやってきたので浮かれた気分から現実に引き戻された。

 

 もう夕飯の時間になっていたらしい。二人で過ごしていると本当に時間の流れが早い。まるでそういう類の魔術が掛かっているかのようだが、実際はそう言う事実はない。言うなれば恋の魔術というやつだろうな。





ーーーーー





 夕飯は一口サイズの野菜と鶏肉がたっぷり入ったシチューにキャロルの焼き立てパンだ。ノエルとエルナはさっき準備したお乳を飲ませたので、ウィリアムとキャロルに一人づつ抱かれながら大人しくしている。


 いつもより野菜や肉のサイズが大きいのはウィリアムが切ったからだ。おしめを上手に替えることは出来ないが、出来ないなりに他の家事を手伝っているようで、家事育児は妻に押し付ける旦那ではなく安心した。


「フィリ、目が赤いみたいだけどどうかしたのか?まさかメイに嫌なことされたんじゃないだろな?」


ウィリアムめ、なんでそういう細かい所にはすぐ気づくんだ。


「あらやだ、メイに何か酷いことされたの??」


キャロルも加わる。まずい、原因はどうであれ女の子を泣かせたなんて許される事ではない……


「ううん、大丈夫、メイは何も悪くないよ!勘違いっていうか…なんて言うか…とにかくメイは悪くないよ!」


しかしフィリは庇ってくれたのだ。あまりコミュニケーションが上手ではないのだがそれでも一生懸命に擁護してくれると、今度はこちらが泣きそうになってしまう。もちろんいい意味で。


「そうか?メイに嫌なことされたらすぐに言うんだぞ?次の日の稽古をうんと厳しくやって懲らしめてやるからな!」


「ちょっと!それだけは勘弁してくださいよ!!」


俺がそう返すとフィリは手で口を隠しながら、クスクスと笑っていた。微笑む様子もまた可愛い。つい見惚れてしまうがさすがに二人の前なので平然を装っておこう。


「あ、そうそう、フィナリアからメイに手紙が届いてたわよ!ご飯食べ終わったら読んでみたら」


なに?フィナリア先生からの手紙だと?それは早く読まなければ!


 俺は急いで夕飯をたいらげようとしたが、急ぎすぎて咽せてしまった。


「手紙は逃げたりしないからゆっくり食べなさいよ」


「そうだよ〜?メイ、お兄ちゃんになったからノエルちゃん達にお手本見せないとだよ!」


キャロルに続いてフィリにも言われるとは思っていなかった。ウィリアム達も同じことを思っていたようで、二人揃って目を丸くしていたがすぐに笑い初めて、いいぞもっと言ってやれ!とか、お兄ちゃんちゃんとお手本出来るかしら?だなんて言い出す始末だ。


 なに、ちょっと煽られたぐらいで怒ったりはしないさ。寧ろフィリが我が家の雰囲気に慣れて来てくれているみたいで安心している。キャロルとウィリアムもフィリの髪色に対しての偏見などもないようだしな。


 終始、アットホームな雰囲気に包まれながら夕食の時間は流れていった。





ーーーーー





 夕飯を食べ、名残惜しいがフィリとバイバイをして家に戻る。


さてさて、お待ちかねのフィナリア先生からの手紙を読むとしよう。どれどれ〜…?




ーーメイナードへーー



 お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか。

旅立ってから全然時間は経っていませんが、早速手紙を書きたいと思います。


 私は現在、フェリーニ王国の王都に滞在しています。

冒険者の時に何度か訪れた事もある馴染みの土地ですが、さすがは王都、沢山の人で溢れているのでフロアナが恋しいです。


 さて、フェリーニ王国に来た理由を教えてあげましょう。一体なんだと思いますか?うーん、恐らくメイが想像しているのは外れてるわね、残念です。


 答えを言うと、王級の更に上を目指そうと思ったからです。

王級の上となると次は聖級、禁級、神級と続くのですがこの階級の魔術とそれを扱う魔術師は伝説中の伝説と言われています。


 しかし歴史上では聖級魔術師も禁級、神級魔術師も存在していたのです。過去の魔術師達に出来たのであれば、今に生きる私達にも出来るはずです。


なので、王立図書館や少々コネを使ってフェリーニ王国の書庫にも入らせてもらい、研究と練習を繰り返しています。


上級と高位級には壁はありますが、乗り越えられないものではありません。しかし高位級と王級には絶対的な壁があり、私は王級魔術師に達した段階で満足していました。


 けれど、あなたと出会い魔術を教えていく事で再び昔の神級を目指すと躍起になっていた時期を思い出しました。どんどん私の教えを吸収して自分のものへと昇華させていくメイを見て、私にも火が付きました。

ありがとうございます。


決してメイが王級魔術をあっさりマスターしてしまったのが悔しかったからではありません。断じて違うからね??


 メイはフィリに魔術を教えたり剣術の練習をしたりで忙しいと思います。でも自分の為に魔術を勉強する事も大切なのでサボらないように頑張って下さいね。


そうそう、言い忘れていたけれど以前教えた森羅の方舟(アルカ・シルヴァ)は風・水・土の三つの属性の複合魔術です。大抵は一つの属性に特化した魔術が普通なのですが、これに関しては特殊です。勉強熱心だったメイなら気づいていたかもしれませんね。


複合魔術はまだまだ研究が進んでいないので、これも含めて研究をしようと思っています。何か分かればまた手紙を出しますね。ぜひメイも魔術の研究をしてみては如何でしょうか。


魔術に関して行き詰まりを感じたのであれば、私が昔通っていたセレス魔法大学へ進むことをお勧めします。幼いながらも賢いあなたなら、試験も余裕で合格することでしょう。


と言ってもまだまだ七歳ぐらいよね?これから何するかなんて想像もつかないと思います。私もそうでした。オムラにある学校はウィリアムが嫌いだったみたいだから、恐らく通うことはないでしょうね。そしたら冒険者って道もあるかもしれませんね。


 ともあれ、私はあなたの師匠になることで色々気付かされる事もあり、上には上がいるなと実感しました。私もこれから頑張ります。メイも頑張ってね。


 応援しています。


フィナリア・ウェンデルより


追伸


もし冒険者を目指すのであれば回復魔術を幾つか習得しておくことをお勧めします。



 フィナリア先生からの手紙は現状報告と俺へのアドバイス的な内容だった。


 地図を広げ、フェリーニ王国とやらの位置を確認してみる。断裂海より東側の大陸の南に位置する王国のようで、ここからだとかなり遠い国だ。


続けて魔法大学があるセレスは北に位置していた。

フロアナ村からはどちらも遠すぎる。移動するだけで何ヶ月もかかる距離だろう。


「うーん…」


今後の目標が益々定まらなくなってしまった。


家を出るにも俺はまだ弱すぎるだろう。それにフィリを置いていくのは彼女になんて思われるか分からない。今日泣かれたばかりだ、置いて行きでもしたら嫌われてしまうかも知れないな…


どうするか。とりあえず手紙の返信でも書いておこう。そういえば上には上がいるなんて書いてあったな。俺のどこがフィナリア先生より上なんだろうか、先生もお世辞が上手いもんだ。


 今後のことは明日またキャロルとウィリアムに相談してみよう。まだはっきりと二人に話した訳ではないからな。もしかしたら違う意見が出てくるかも知れない。たまには両親に相談っていうのも悪くないかもな。


 手紙の返事を書いていると、エルナが泣き始めた。

それつられてノエルも一緒に元気いっぱいに泣き始めた。


 夕食で沢山お乳を飲んでいたので、おしめを替えて欲しいのだろう。今お兄ちゃんが向かうから待ってろよ〜!


 二人のもとに向かうと既にウィリアムとキャロルが居た。おしめを替えて欲しがっていたのはエルナだけみたいで、ノエルはキャロルに抱かれて大人しくなっていた。


 おいおい、ウィリアムがエルナのおしめを替えようとしてるじゃないか。何度も失敗しているから、今度は出来るだろうか。


 その様子を俺は扉の陰から見守る。

 そばに立つキャロルも目が頑張れと応援しているのが分かる。


 暫くの格闘の末、結果は見事成功だ。


ついにお父さんとしての一歩を更に踏み出す事に成功したウィリアムの表情はとても明るかった。


キャロルは旦那の成長を喜び、ウィリアムの頭をわしゃわしゃと撫でている。


そこに俺も加わり、ウィリアムの成功を祝う。


まるで偉業を成し遂げたようだが、おしめを替えることに成功しただけだ。


もう一度言おう。おしめを替えることに成功しただけだ。


 「ぷっ、あははは!」


俺は思わず吹き出してしまった。客観的にみたら滑稽に見えてしまったからだ。


「メイ、なんで笑うんだよ!」


「ふふっ、だって父様が初めておしめを替えることに成功したらこんなに凄いことを成し遂げたみたいになるなんて思ってなかったので、あはははっ!」


「いやー父様、男になりましたねぇ」


「なんだとこいつ、いい気になりやがって!」


「ぷっ、確かにそうねえ、ちょっとおかしいわね!でもねメイ、たかがおしめ、されどおしめよ!メイは出来るけどお父さんは初めて出来たんだからっ」


俺とキャロルがこう言うとウィリアムは恥ずかしそうに頭をぽりぽり掻き始めた。


おしめでここまで盛り上がれる家庭なんて他にあるだろうか?否、ないだろう。

こんなに幸せで暖かい家庭にいるのだ、無理して家を出る必要なんか無いんじゃないかと思ってしまうな。


一日の終わりに良い気分になれた。


可愛い可愛いノエルとエルナを一眼見て、今日はもう寝るとしよう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ