第10話「春を迎える日」
朝から魔術、昼からはウィリアムと剣術の練習をする日々が始まってから半年が経った。
魔術に関してはフィナリア先生もびっくりするぐらいの成長ぶりらしく、最初の頃に比べて俺が持つ魔力量と技術は既に並の上級魔術と同等か若しくはそれ以上だそうだ。
ちなみにフィナリア先生は王級魔術師らしい。
王級魔術を発動している所を見たことがないため、本当かどうかは分からないが自信満々に「私はこの世界で数少ない王級魔術師なんだからね!」と自慢げに言っていたため、そうなんだろう。多分…
そしてキャロルは王級に限りなく近い高位級だとか。俺は戦術魔術を扱うところは見たことがないが、昔一緒に冒険者をしていたウィリアムとフィナリア先生が「キャロルが居なかったらいくら命があっても足りてなかった」と言っていたぐらいだ、相当な腕前なんだろう。
俺はキャロルが生活魔術を使っている所を見るのがとても好きなので、二度と使わなくていいように俺がちゃんと上達して守って上げないとな。
少し話がズレたがフィナリアと魔術を練習するようになってから、早三年が経とうとしている。
三年間と言えば中学、高校を入学し卒業するぐらいの期間で、その期間をほぼ魔術に費やして来たのだから上達して当然とも言えよう。逆になんの進展もなかったらショックで引きこもっていたに違いない、リーマン時代も仕事に進展がなかったらかなりメンタルに来ていたからな…
それと魔術と並行してやっている剣術は最近ようやくまともな素振りができるようになって来た。
手にも豆が出来始め、剣を振るだけの筋力と体力がついて来ているのを実感している。なんでもそうだが出来なかった事が出来るようになって来るのはなんとも言えない幸福感があって、凄くいい。
筋トレしてる人の自信ありそうなポジティブオーラが俺からも徐々に溢れ出している事だろう、やったぜ。
毎日練習の日々を送っている事には変わりないが、最近では一人で村や森を歩いて回る事が増えた。
体力作りもそうだが、見て、感じて学ぶ事はとても大事だという二人の先生の教えを実行しているのである。
俺が住んでるこの村、フロアナ村は前から思っていたが結構な田舎だ。
だが道は整備されていて、家の造りもしっかりとし、自然も豊かなので生活がし辛い訳ではない。
道の脇に広がる広大な畑は季節ごと作物が大量に栽培されている。
今は春頃なので植え付けの時期だろうか、小さな芽が無数に芽吹いている。土属性の魔術を使えば一気に成長させられるかも知れないが、こういうのは丹精込めて、自然の中で育った野菜の方が美味しいものだろうと思い、収穫を楽しみにし畑を後にする。
畑が続く道を真っ直ぐ歩いていくと、そよ風が常に吹き続ける小高い丘に出る。ここには風車小屋が三基並んで建っていて中では収穫した穀物をすり潰したりと、村人が自然のエネルギーを有効活用して生活しているのが見て取れる。
全員が全員、魔術を扱えるものではないというのを実感できた。この世界に生まれてから優秀な母親のお陰で、魔術は生活の一部と勘違いしていたらしいな。
俺はこの世界の常識というものをまだ理解するに至ってないようだし、また新たに発見があり村を歩いて回るだけでも勉強になるのだ。決して勉強や練習が嫌になった訳ではない。まあ、気分転換も大事って事だ。
歩き回っていると昼を伝える鐘が鳴り始めたので、そろそろ家に帰る事にした。
今日の昼ご飯はなんだろうかと考えながら歩くが、最近の我が家の流行りは森で取れる川魚なので、おそらく魚料理だろう。
昨日は弱目の火でじっくり焼いて丸ごと食べるのが絶品だったので、今日もまたそれがいいな。
ーーーーー
家に帰ると炭火と魚が香ばしく焼けたいい匂いが漂っていた。
漂ってはいたが、家にいるはずの三人が誰一人として居ない代わりに、ダイニングテーブルの上に魚料理と一枚の手紙が置いてあった。ウィリアムの字で書いてあり、少し雑に書かれていたので何やら急いでいたのだろうか?
ーーメイナードへーー
キャロルが急に体調を悪くしてその場に倒れ込んでしまった
俺とフィナリアで医者まで行って来る
わるいが昼食は一人で食べてくれ、夜には戻るだろうが、遅くなったらすまない
お母さんはきっと大丈夫だ、心配するな
全身から血の気が引いた。
キャロルが倒れ込んだなんて信じられなかった。今朝はいつも通りの元気な姿だったのに。
俺も三人を追いかけて医者の所まで行きたかったが、生憎どこに行けばいいのか分からないので、大人しく家にいるしかない。
まだ症状がはっきりした訳ではないが、思えば前世でも両親を早くに亡くしたっけ。
正直前世の両親の記憶は全くと言って良いほど無い。施設の先生が親代わりだったからな。なんで親が居ないのかとか全く考えた事すらないぐらい、自分にとっての親は希薄な存在だった。
だがこちらの世界での親は違う。だから何事も無ければ良いのだが…とんでもない病気とかだったらどうしよう。
回復魔術も自分でちゃんと使えるようにしておけば良かったなと、自分のことを恨んだ。
いつもの自分の席に座り頭を抱えていたところ、ぐうぅと腹の虫が鳴いた。こんな時でも鳴るのだ、よっぽど空気が読めないみたいだが、憂鬱な気分から切り替える切っ掛けになったので、かえってそれで良かった。
机の上には昨日食べたような焼き魚が皿の上に並べられている。おそらく急ぎでウィリアムが焼いてくれたのか、所々焦げていて、少しパサついていた。
おろし大根と醤油が欲しくなるようそんな一品だった。あと米も食べたいな〜この世界に来て米を見た事がないんだよな、あまり流通していないか若しくは存在しないか…よし、今度聞いてみよう。
食べ終わり食器を片付ける。もうこれも随分と慣れたものだ。いつも通りなら四人分を片付けるのだが、自分の分だけだったのであっという間に終わってしまった。
暫くなにをするかを考えた結果、家事全般を行なう事にした。帰りは遅くなるかもって手紙にもあったしな。
いつも手伝いでやってるから大して苦労しなかった。
それに前世では普通にやっていたしな、将来はいい旦那になるに違いないと思いたい。出会いが有ればだが…
なにまだ六歳手前だ、これから幾らでも知り合いは出来るだろうさ。
そう思ってはいるがふと考えた時、深刻な事に気がついた。
『あれ、俺こっちの世界に来てから友達とか一人も居なくないか…?』
そう、友達という友達が一人も居ないのだ。
この年代なら幼稚園などに通って同年代の友達と一緒遊び、コミュニケーションをとったりするものだろうが、キャロルとウィリアムはどこかに通わないかという提案はして来なかったし、そういう雰囲気もなかった。
この世界にも学校はあるらしいが幼稚園のような施設はないんだろう。そう思いたい…
ーーーーー
家事を終え、昼からは森にやって来た。草木が生い茂り、木々の隙間から差す日差しと優しく吹く風がとても気持ちがいい。
最近は森の中に流れる川の手前までは一人でも行っていいとウィリアムから許可が降りたからな。
ただし、川の向こうからは危険な獣も少なくないため絶対に一人ではダメだと念を押されている。
今は春の始まりということもあり、最近は生き物の活動も盛んになって来た。
こちらの世界の生物の姿は基本的に前世と変わらないようだが、生態や能力などが独自に発達している種も存在するみたいで、観察していてとても面白い。
しかし今回森に来た理由は夜に食べる川魚を確保するためだ。釣れなかったら勿論なしという事になるので真剣にやる必要がある。
森の入り口から少し歩き、川辺に辿り着いた。
ここの川は流れが穏やかで、水が冷たく透き通っていて釣りにはもってこいの場所だ。
俺が前世で住んでいた都会にはこんな川がなかったから来る度に癒される。
そしてここからウィリアムに教わったポイントを目指し、更に上流に歩みを進める。上流には大きな岩が並んでいるところがあり、岩の下などに魚が隠れているのでそこを狙う算段だ。
目的の場所に到着したので、早速釣り糸を垂らす。餌として扱うのはウィリアムお手製の虫を模倣したものを使う。鳥の羽を使っているのだが、これが嘘みたいに釣れるからびっくりだ。
今日は効率よく釣りたいので、二本の竿を使うため、いつもより気をつけないといけない。
釣り糸を垂らしてから暫くしてすぐ反応があった。
リールなどの道具はないので竿を上げ、糸を手繰り寄せる。すると20cmぐらいだろうか、いいサイズの魚が姿を現した。
よしよし、出だしは順調だな!この調子でみんなの分も釣って驚かせてやるか!
…と思ってたんだが二匹目が釣れてから全く反応が無くなってしまった。ウィリアムと行く時は面白いぐらいに釣れるのに!そんな所に釣り糸を垂らすして釣れるのかと思うような場所で釣り上げてくるからな。長年の勘というやつだろう。
それからもう少し粘ってはみるものの反応もなく、日が傾き始めたので撤収する事にした
一人での釣りはまずまずの釣果に終わったので、少し悔しさが残る結果となったが、教えられたことをしっかり守った結果がこれなのだ。まだまだ伸び代があると思っておこう。
持って来た竿を片し、片道を戻る
魚をどう調理しようか考えながら、上流から下流の方に下っていると、川沿いに人影が見えた。フィナリア先生のようにローブを着ているてフードをかぶっているので顔は見えないが、更に近づくとどうやら子供のようで川で洗濯物をしているみたいだった。
「はじめまして、森の中に一人で洗濯ですか?」
「…ッ?!」
しまった、いきなり後ろから話しかけてしまったので、肩がびくりと動き驚かせてしまったようだ。
「僕はフロアナ村に住んでるメイナード・ブラウシアンと言います。良かったら僕魔術が使えるのでお手伝いしましょうか?」
俺の方を恐る恐ると言った感じでゆっくり振り返る。
顔が見えたので、改めて挨拶をしようと思ったのだが、フードから覗く美しくも毒があるような色に戦慄した。
「か、神の…落とし子ッ…!!」
俺は驚きのあまり尻餅をついてしまった。フィナリアからの座学で聞かされた、紫色の髪を持つという特徴に当てはまっていた。もし遭遇したら全力で逃げろと聞かされていたので逃げないと行けないが、腰が抜けて立ち上がれなかった。
圧倒的な戦力を持つ神の落とし子に通用するとは思えないが、せめてもの抵抗で魔術を出そうとするも、取り乱しすぎてまともに発動出来ない。
『こんな肝心な時に使えないなんてなんて俺は情けないんだ、滝に打たれる修行でもしとけば良かったか…』
そんな俺を哀れに思ったのか、神の落とし子が立ち上がり俺の前に移動して来た。
「あ、あの、私神の落とし子じゃないです…生まれつきこの髪色で…ほんとにごめんなさい」
自分は違うと言い張るが、信じられなかった。俺と同い年ぐらいのように見えて、実は相当な実力でこちらを油断させているだけかもしれない。
あ、そうだ。もう一つの特徴に角を持っているというものがあった。
「フ、フードを外して額を見せてくれませんか??」
するとすんなり見せてくれた。角はなかったのでどうやら神の落とし子では無いようだ。よかった…
「いきなり話しかけて驚かせてしまった上に、神の落とし子と勘違いしてしまい申し訳ありませんでした」
即座に謝罪を行う。自分がミスを犯したら謝るのはサラリーマン時代に鍛えられたから慣れたものだった。
ちなみに背筋は伸ばして腰からしっかりと曲げて頭を下げることがポイントだ。
「え、えっと…よくあることだがら大丈夫…だよ?気にしてない」
気にしてないという人は大体気にしているものだ。キャロルとウィリアムの夫婦喧嘩も、キャロルは少し怒っているように。
更に謝罪の意を伝えるために、前世では一度もしたことが土下座を行うべく地面に正座をしようとしたら、目の前の彼女?にさすがに止められてしまった。
「そ、そんなお腹を切って謝ろうだなんて止めて!!ほんとにほんとに気にしてないから…」
土下座のつもりが切腹をすると思われたらしい。この世界にも切腹なる文化があるんだなと思いつつ、俺も立ち上がりようやく面と向かって話しをする事にした。
「いえ、そんなつもりは無かったんですけど許してもらえたなら良かったです」
「う、うん。慣れてるから大丈夫だよ…」
ちゃんと話してみると優しく声色たが、少しおどおどしているような気が弱そうな印象だった。
「あ、洗濯物の途中でしたよね?魔術を使えるのでお手伝いしますよ!」
「魔術…?」
魔術についてあまり詳しくないのか、頭にハテナが浮かんでいるようだったが、見せた方が早いと判断し、水で洗うところから温風による乾燥までを披露してみせた。
いつも家でしている量より少なかったので、一瞬で洗濯を終わらせて彼女に渡した。
「今のが魔術です!水を出したり風で乾かしたりと便利でしょ?」
「す、すごいな〜わたしにも出来るの…かな??」
出来るかと聞かれたが魔素への適性もあるので断言するべきでは無いが、俺は咄嗟に出来ると答えたしまった。
その言葉を聞いた彼女の表情は明るくなり、喜んでいる様子だったので訂正し直すのは気が引けた。
根拠のないことを言うべきでは無かったと後悔したが、この世界の人は魔素への適性を持つ人がほとんどなので大丈夫だろう。多分…
「あ、あのメイナード君、私の名前…教えとくね?私はフィリアルネアっていいます。もし、今度会っても怖がらないで…欲しい…です」
フィリアルネア、彼女の名前はそういうらしい。見たところ耳が少し尖っているのでエルフ系の血を引いているんだろうか。エルフ族はフィナリア先生然り似たような名前が多いそうなのは触れないでおこう。
フィリアルネアもまた幼いながらも容姿が整っていて、薄紫色の髪と瞳が特徴的で将来はかなり美人になるんじゃないかと思う程だった。
はっ、いかんいかん。初対面の人になんて事を考えていたのだろうか…
謝罪と洗濯も済ませた事だし帰ろうと思ったが、ある事を思い出した。
「フィリアルネアさん、僕と友達になってくれませんか?村に同年代の友達が誰もいなくて……」
「うん!いいよ!私もこんな見た目だから大人からも子供からも相手されなくて友達なんて一人もいないから嬉しい!!」
恐る恐る聞いてみたが、彼女の返事はとても好意的なものだった。
「あ、あの私の名前長いからフィリって呼んで欲しいな。お父さんもお母さんもそう呼んでるから…」
「わかりました、なら僕もメイと呼んでください!両親にもそう呼ばれてますので!」
自己紹介を終えるとカラスが鳴き始め、夕暮れ時を伝えてくれた。お互いの名前も知れた事だし今日のところは解散して、また後日会って遊んでみる事にした。
帰り道は嬉しさのあまり柄にもなくスキップなんてして帰った。
ーーーーー
家に帰ると灯りが付いていたので、三人が帰って来ている事が分かったがキャロルの容態が不安で扉を開けるのが少し怖かった。
もしかしたら悪い話しを聞かされるかも知れないと考えていると、ガチャリと音をたて扉が開いた。
「んも〜メイったらどこまで出かけているのかしら?そろそろご飯の時間なんだけど…」
出て来たのはキャロルだった。
想像していたよりも元気そうだったので安心した。
「か、母様!体は大丈夫ですか?父様の置き手紙を見だんですけど心配で心配で……」
「あら、釣り竿持って釣りに行ってたのね!釣れたかしら?体の方は大丈夫よ!あの人が大袈裟なのよ」
そう言いながら笑っているのを見ると本当に大丈夫そうだ。
晩御飯の支度はすでに済んであるみたいので早速四人で夕飯を食べることした。
食卓に着くと、いつもよりなんだか品数が多い気がした。
「さて、メイ…母さんの事が心配だっただろう。気になっていると思うので、何があったのか話すからちゃんと聞いておくん…「メイ!あなたお兄ちゃんになるのよ!しかも二人の!」
ウィリアムが某アニメのように指を組んで、俯きながら話していたところにキャロルが割り込んでそう言った。なに?俺に兄弟が出来るだと?
「ちょ、ちょっと大事な話しだからちゃんと話そうと思ったのに…」
「そんな勿体ぶらなくてもいいじゃない、メイも気になってただろうし!ね?」
「ふふっ、ウィリアムは昔から大袈裟だもんね〜今日のお昼なんてキャロルがその場にしゃがみ込んだのを倒れたなんか手紙に書いてさ?大慌てで私の所に来て馬の準備だ!なんて言い出してビックリだったよ」
なるほど、妊娠の悪阻で気分が悪くなってしまったのか。
三人が和気藹々と話しているのを見ると俺もそれにつられて笑ってしまった。
『それにしてもこちらの世界でも兄弟か〜妹かな?弟かな?二人って言ってたから双子だよな?そしたらどっちもありえるな…』
何はともあれ夜な夜な頑張っていた二人だ。
新たな命が宿ることはおめでたいことだよな。
「父様、母様、改めた妊娠おめでとうございます!僕も兄弟が出来て嬉しいです」
二人はニコニコして本当に嬉しそうだった。ウィリアムに至っては名前はなんにするかとか言っているしな。
この雰囲気のまま俺にも森で出来た初めての友達のことを三人に伝えた。容姿のことで髪が薄紫色だという事を伝えて驚いた様子だったが、すぐに説明して分かってもらえる事が出来た。
その子は女の子だと伝えると「さすがは俺の子だ!」とウィリアムが言い出し、キャロルに頭を引っ叩かれていた。後で聞いたが昔は結構女遊びが激しかったらしい。
昼時の暗い陰鬱な気持ちからは一変して、今は幸せな気分だ。本当に人生初の友達に両親の妊娠発表。
これからまた楽しくなりそうだ。
あ、俺も兄弟の名前考えておこうかな。
フィリアルネアのイラストもXの方に投稿しておきますので、良かったらご覧下さい(@don_dogyoun)