エピローグ
皆さんはじめまして、俺は26歳のサラリーマン。現在人生に絶望している178cm、天涯孤独のナイスガイだ。
以前までは5歳下の妹と暮らしていたが、心筋梗塞によりこの世を去ってしまったので、今は1人寂しく暮らしている。
おっと失礼、サラリーマンと言ったが昨日付けで無職になったのを失念していました。
なぜ無職になったかと言いますと、簡単な話し、クビになったわけだ。
高校卒業と同時に働きだしてから今年で8年目。中堅層の一角だったのだが営業での契約目標1年間未達成、俺が担当する客先でのトラブルの連発、そして追い打ちをかけるかの如く会社の経営難が重なり、見事クビになったのだ。
そうそう、クビを言い渡す時のあのハゲ部長のことは一生忘れることはないだろう。
何故かって?クビにさせられたことを恨んでいるからではない。クビになるのはまだ不本意ながら理解できる。だがその時言われたことで腸が煮えくり返っている。
「……妹さんのことは残念だったよ。でも君はいつまでもそのこと引きずりすぎなんだよな、ここ数年の成績は振るわないし、1年間は自分で立てた営業目標も達成出来てないじゃかいか。挙句の果てには契約案件での重大ミス、もう本当勘弁してくれよって感じなんだよな……」
などとありがたいお言葉を色々頂戴したが、「そのことを引きずりすぎなんだよな」という言葉が1日経っても頭の中で反芻している。
『お前に俺の何が分かる?5歳下の妹が生まれた直後に両親は事故で死んでしまったから幼少期から今の今までずっと大変だったんだぞ?ある晩唯一の肉親が家に帰ったら冷たくなって倒れていた経験があるか?奥さんも子供もいるお前には分からないくせに。』
ハゲ部長に対する不満を家で晩飯を食べながら思っていたら、自然と涙が溢れてきた。
思えば妹が死んでしまってから寂しさや悲しみを紛らわすために仕事に励んでいた側面がある。会社で終わらなかった資料作成などを家でやっていたし、これという趣味など無かったから尚のことだ。
『あぁ、明日からなにをすればいいんだ?』
幸いなことに貯金はあるから暫くは困らないだろう。人生初のギャンブルでもやってみようか、ビギナーズラックという言葉があるぐらいだから結構楽しめるかもな。居酒屋とかラウンジ?とかにも行ってみよう。今まで自分の欲求をほとんど押し殺して生きてきたんだ。ほんの少し、ちょっとぐらいなら怠惰に生きても神様も天国から見守ってくれる妹や両親も何も文句はないだろう。。。。。
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会社をクビになってから3か月が過ぎ、我に返る。
『やり過ぎた、使いすぎた。』
あれだけあった貯金も今では10分の1程度までに使いこんでしまった。確かに楽しかったのは間違いない。パチスロの演出や競馬などで高額の払い戻し、ラウンジでの綺麗なお姉さんと話せたのはこれまでにないくらい楽しかった。だがこのお金の減り方は異常だ。
今回のことは今後の教訓として胸に刻みこんでおこう。うん、そうしよう。
明日は妹の誕生日なので、墓参りに行く。その前に我に返ることが出来たのはよかった。妹は無駄遣いを一切しない子だったので、このままだと合わせる顔がなかった。
そうだ、無駄遣いをしないで思い出した。
生前、そう中学生のときだ。妹がどうしても欲しいとねだってきた物がある。アコースティックギター、所謂アコギである。明日持って行ってやろうと思い、遺品を収納してあるクローゼットを久しぶり開ける。
クローゼットを開けると、第一に目に映るのは生前好んで着ていたパーカーと学校の制服。そしてアクセサリー(と言っても高価なものではなく、雑貨店でワンコインで買えるもの)が飾ってある小さな棚。今になって思うがイマドキJKが身に着けるアクセサリーにしては何ともまあ、ロックである。妹は男にモテるタイプではなく、同性にモテるダウナー系女子だったか。生前の姿が今でも鮮明に呼び覚まされる。おっと、肝心のアコギはと言うと長いことギターケースにしまい込んだままだったので、ケースには埃が付いてるものの中身は綺麗なままだった。
綺麗と言っても弦やフレットは少し錆びつき、ネックの部分が反っている。ピックガードはピックの痕で傷だらけで、長年愛用していたのが見て取れる。妹は歌が上手かった。高校の文化祭にこっそり参加した時だが、ステージでは1人で弾き語りを披露するほどの腕前で、中音域と低音域が織りなす透き通った歌声が我が妹ながらたまらなく好きだった。
将来は歌手にでもなっていたんじゃないかと思うほどだ。よく家ではその時々の自身の感情に合わせた曲を歌ってたっけな。
色々懐古することもあったが、目的のアコギの準備も出来たことだ。お供え物や掃除道具の準備をし、寝床に着いた。
翌日は小石をばらまいた様に高積雲が所々見えるだけのよく晴れた夏日だった。
墓参りにギターケースなど、傍から見たら異様に見えるかもしれないがそこは気にしない。
家から歩いて約30分ほどのところに妹はいる。着くころには汗が額や背中に滲んでいた。到着早々に掃除を済ませ、お供え物を供える。もちろんアコギもだ。
火を灯した線香が燻り、細い煙が立ち昇る。言葉のない墓石に向かい、話しかける。
「久しぶりだね、誕生日おめでとう、21歳だね。もう立派な大人になったろう?好きだったアコギを持ってきたよ。お兄ちゃん、お前の歌が凄く好きだったんだよな。また聞きたいよ。」
と、いつも通りの会話を始める。
なにを話すか、最近のことを話すべきだろうか?会社をクビになったこと、沢山無駄遣いをしたこと…
いや、辞めておこう。絶対怒るし呆れられるに違いない。
それ以外のことを散々話していたら、1時間も経過していた。お墓参り中は毎年泣いていたのだが、今年は涙ではなく言葉のほうが溢れていたみたいだ。しかし、夏の炎天下の中、墓地に長居すると熱中症になりかねないので、少々名残惜しいが荷物を片す。
最後にそこに眠る妹に暑いだろうからと水桶で水を掛け、もう一度手を合わせる。
「じゃあね、また来るね」
最後に一言交わすが勿論返事はない。振り返り区画から足を踏み出した瞬間、
『ん、おにいもう帰んの?寂しいくせにもうちょい居なよ』
はっきりと鮮明に妹の声が聞こえた気がしたので咄嗟に振り返るがもうこの世に存在するわけもない。
幻聴が聞こえるだなんて俺も相当参ってるんだなと痛感すると同時に熱中症の進行も疑い、持って来ていたスポーツドリンクを一気に飲み干す。
お墓参りを済ませ、来た道を歩きながら先程の幻聴のことを思い出す。幻でもまた会いに来てくれたんだと思うと、クビになったことなどどこかに吹き飛ぶほど嬉しかった。思わずにやけてしまう。ギターケースを肩に掛けながら、墓地から出てくる男など完全に不審者である。
が、しかし、そのにやけ顔から苦痛に喘ぐ苦悶の顔へと一変することになる。突如として激しい胸の痛みに襲われたのだ。
『くっ、、な、なんだこの痛みはッ・・・』
思わずその場にしゃがみこむ。今までに経験したことがない痛み、ちょっとした打撲からくるような痛みではなく、体の内から握りつぶされるような激しい胸の痛み。
呼吸が乱れ、運動でかくような気持ちの良い汗ではなく、気持ち悪くぞっとするような脂汗が体から噴き出す。命の危険を感じ携帯で119番に掛けようとするも、手の震えと脱力感が体を襲う。
懸命に携帯を操作するも手から転げ落ちていく。転げ落ちる携帯がスローモーション映像のようにゆっくりと地面を滑っていくのが見える。
携帯に手を伸ばそうするも、そのまま地面に倒れみ動くことが出来なくなる。次第に意識が遠のいて行く気がした。
『だれかたすけて・・・』
声が出ないため心の中でそう思うが、平日の昼間に都合よく墓地の近くに人がいるはずもなく。
俺はもう死ぬ。こわい
そう悟った。家で一人、倒れて冷たくなっていた妹もこんな気持ちだったのだろうか。
無神論者だか少し幸せな人生を送りたかったと神様を少し恨む。
最後に聞こえた声が飲み屋のお姉さんじゃなくて、幻聴でも妹の声だったのが人生最高の幸せだったな。
刹那の思考を巡らせた瞬間、意識が完全に途絶えた。
俺は死んだのだ。
死因は妹と同じ急性心筋梗塞だった。