行き先
青く淡い光が目の前を覆い、しばらくすると、そこは見慣れない場所だった。自分たちの文明よりも遥かに高度な世界がそこには広がっていた。
そこには空飛ぶ車、文字だけが浮いている電光掲示板、まるで昼間の空を黒で塗っただけのような光景、自分たちが近未来と呼ぶものがそこにあった。
俺は思わず息を呑んだ。
「さあ、行きましょ」
「あ、ああ…すごいな、ここは。」
「そうね、ここはあなたの世界で言う、近未来といった感じかしら。ここでは反重力、テレポートとかあなたの本来なら見ることの出来ないものが垣間見えるわ。」
「いいな、もっと色々見てみたい。ところで、よくそこまで知ってるね。」
「世界を渡る時、渡った先の情報は全てわかる。そう、この世界はどういう世界なのか。そういうことが事前に分かるの。さぁ、詳しくはまた後で、早くいきましょ。」
「あぁ、分かったよ。」
(本当はもっと見たかったけど…)
しばらく歩いていると、ある建物についた。
見上げても先が見えないくらい高い建物だ。
「ここね」
そう言って彼女は中に入って行った。俺も後をついていった。中もサイバーチックで俺は映画の世界に来たような高揚感があった。
彼女に着いて行ってエレベーターの様な乗り物に入ると、彼女は慣れた手つきでボタンを操作する。
そして気づけば自分たちは違う空間にいた。
これがテレポートなのか、と思った。
ここに来てから少し驚きっぱなしで疲れたが、彼女はこう続けた。
「これから行くところ、というか見るものに驚くと思うけど。落ち着いて私の話を聞いてね。」
「まだ、すごいものが見れるの?」
「まあ、違う意味ですごいものを見るでしょうね。」
そう言って彼女はその先のドアを開けた。
「やぁ、おかえ…!、君、なんだね?」
「えぇ、そうよ。ただいま。」
俺はその光景が信じられなかった。
だって、今彼女と話しているのは、まるで俺の生き写しだ。
「そうか、彼が例の。」
「えぇそう、そうなのよ。」
「なぁ、教えてくれ、彼はその、まるで…」
「まぁ、予想通りね。驚くのも無理はないけど、私が世界を移れるとしたらある程度想像がつくんじゃない?」
「もしかして本当に俺?」
「そう、彼はあなた。でも全てがあなたではない。」
「頼む、説明してくれ。どうしてこんなことに?」
「全ては…あの交通事故からだった。あそこで私は世界の禁忌を犯してしまった。」
「…禁忌?」
「そう、あなたを違う世界に移動させ、存在させてしまった。」
「!」
「あそこで私を庇ったあなたを死なせたくなくて…こんなことをしてしまった。そして移動したのがあの中世の世界。でも私は焦ってはいなかった。影響が出る前にあなたを元の世界に帰して元通りにすればよかった。世界の変化は緩やかだから少しだけ寄り道もしてここに来たりした。少しだけなら楽しんでもいいかなって思ってしまった。でも、きっとそれが間違いだったのね。」
「元に戻せなかったの?」
こう聞くと彼女は少し暗い顔をした。
「…事故、だった。私は死んでしまったの。」
「え?でも君は。」
「えぇ、つまり私はこのことが起きる前の私、違う世界からこのことを眺めていた私。でも、その時の私が死んだから、その世界の君は帰れなくなった。そして世界同士の歪みを治さないままになってしまった。そうして、世界は安定を求めあなたたちは元々別の世界で生まれたという事になってしまった。」
「つまり、僕はこの世界で生まれた君なんだよ。」
「…大体は分かった。でも、ひとつだけ聞きたいことがあるんだ。」
「何かしら?」
「どうして君はあの時飛び出したりなんかしたんだ?」
彼女はまた、もっと暗い顔をした。
「私のいた世界は、世界を移れる能力を持った人間が生まれる世界。しかし、ある時天変地異が起き、この世界に住めなくなった。だから、生き延びるために別々の世界に移った。」
「それは、世界の歪みにならないのか?」
「世界を移る能力を使って移動しても別に変なことではない。そこで何かを変えなければ何も問題ないわ。」
「でも、きっと移った人がどうなるかは分かる。」
「どうなるの?」
「きっと全員死んだ。」
「え?、どうして。」
「世界を変えてはならないから、結局孤独になるしかなかった。そうしてきっと全員耐えきれなかったと思う。私もそうだった。」
「でも、天変地異が起きる前の世界に戻ろうととはしなかったの?」
「あの世界には以前の自分達がいる。同じ時間に同じ人間がいてはならない。だからってその先に行こうと、あの世界は異常な天変地異で生物も絶滅してしまって永遠に住めない状態になる。…もう、戻れなかった。」
「そんなことが。でも、もしかしたらまだあの世界は住めるかもしれない。何か役に立つものが…」
そう言っていると、彼女は愛らしそうに微笑んだ。俺は言葉が詰まった。
「以前のあなたも同じことを言った。…でも、結局見つからなかった。」
少々の沈黙の後、この世界の俺が話し始めた。
「あー、暗いところでは悪いけど、僕たちの目的をそろそろ話してもいいんじゃないかな?」
「…そうね。」
「目的?」
「そう、あなたを元に戻すための。」
「僕から説明しよう。本来存在しないはずの僕らがそれぞれの世界にいることで、世界はあらぬことが起きてしまった。僕たちの世界では、僕たちの首相が独裁政治をしていることらしい。」
「ちょっと待て。お前が存在しているだけでそんな事になるのか?」
「これが所謂バタフライ効果というものね。ある小さな変化でもそれが巡り巡って大きな変化を起こす。にわかには信じられないかもしれないけど、そうなっているのよ。」
「そして僕たちの目的は起きた歪みを元に戻し、君の元に帰る事。つまり3人になってしまった僕たちが元に戻る事。観測できる歪みを直したら僕がこの世界にいなくても影響が少なくなる。そうすると世界は僕たちが元の状態の方が自然だとするはず。」
そんなに上手くいくものか。でも元に戻る方法がそれしかないならそうするしかない、だろうな。
「でも、分かってるとは思うけどこの世界の歪みはあの独裁政権だ。多くの人と共に行動を起こさないと太刀打ち出来ない。そのためにこの反乱軍には仲間がいるんだ、呼んでくるよ。少しだけ待っててもう一人の僕。」
…変な呼び方。少し二人だけの気まずくて無理やり話を切り出した。
「そういえば、名前を聞いていなかったね。名前は?」
「…名前は、ない。つけられていない。だからあなたで勝手に呼んでちょうだい。」
そんなことを言われても。急に思いつく訳もなく、黙りこくってしまった。
しばらくして彼が戻ってきた。
「やあ、待たせたね。僕たちのリーダーを紹介するよ。彼女が元々の首相だった、マリスさんだ。」
「よろしく、君のことは話に聞いている。心配しなくていい。」
俺は黙ってお辞儀をした。まるで敬礼してるみたいに。
「では、単刀直入だが…これからやつを首相から下す作戦を話す。」