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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第七部 蛇足

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80/82

また彼女か

 稼ぎの口はない。

 したがって借金も減っていない。


 ある日、公園のベンチでぼうっとしていると、サングラスの男が近づいてきた。

「よう、景気はどうだい?」

「よくないですよ」

 日暮さんだ。よく顔を出せたものだ。

 彼は一人分あけてベンチに腰をおろした。

「あれから謹慎食らってな」

「らしいですね。けど、俺のせいじゃないですよ」

「分かってる」

 なんの用だ?

 仕事には困ってるが、この人から受けるつもりはないぞ。


「じつはな、あんたを探してる人がいてな」

「受けませんよ?」

「いや、違う。伝言を預かっただけだ。いつでもいいから、女子校に顔を出して欲しいそうだ」

「誰からです?」

「名前は名乗らなかった。ただ、髪をまとめたスーツの女だ」


 多賀峰じゃねーか!

 絶対に行かねーぞ!


 もう命の奪い合いは終えたのだ。

 たがいにツラを合わせる理由がない。


「俺、そいつ見たら殺すと思いますよ」

「物騒なこと言うなよ。俺はただの伝書鳩なんだからな」

 いつでもいいから、ということは、多賀峰はずっと女子校に通っているのだろうか?

 理由は?

 西那先生と澤山真由の漫画の原稿を回収するためか?


「じゃ、確かに伝えたからな」

 日暮さんは行ってしまった。

 多賀峰の使い走りとはな。そうまでして小銭を稼ぎたいのか。


 *


 トラブルを起こされるのも面倒なので、俺はその日のうちに女子校に顔を出した。

 とはいえ、要塞化されたゲートの手前までだ。

「あーっ! 刀の人だー!」

「たまちゃんの飼い主じゃん!」

 門番の女子高生たちに認知されている。

 あまり嬉しくない方法で。

 いや、問答無用ではりつけにされるよりはマシか。


「人と待ち合わせしててね」

「多賀峰さんでしょ? 中にいますよ? どうぞ」

 男子禁制じゃなかったのか?

 まあ通っていいなら話は早い。通らせてもらおう。


 *


 バリケードを抜けた俺は、まっすぐ職員室に入った。

「失礼します」

「あら、早かったわね。入って」

 待っていたのは多賀峰のみ。

 スーツ姿なのも手伝って「私はここの教師ですけど?」みたいな態度だった。俺と同じ部外者のクセに。


「西那先生は?」

「授業中よ。ほかになにがあるの?」

 いちいちイラつく物言いだ。

「で? 殺し合い以外で、俺たちが顔を合わせる理由があるのか?」

 すると彼女は笑った。まるでバカでも見たような顔で。

「本気で言ってるの?」

「その通りだが?」

「私たち、そんな野蛮なことしたら、もう次はないのよ? ビーストにさえなれずに消滅するの。いちど風輪に飛ばされた以上、そうなっているのよ」

「……」

 つまり殺される心配がないから、こうして堂々と顔を出した、というわけか。


「だからって殺さないとは限らないだろ」

「バカならそう考えるかもね。どうしようもないレベルのバカならね」

「バカじゃなかったらどう考えるんだ?」

 彼女は肩をすくめて笑った。

「簡単よ。あなたが私を殺したら、あなたは消滅する。でも私は生き返るの。そういう体になってるんだから。で、そのあとは? 想像できる? あなたの監視も制御も届かない場所で、私は好きなように生きることができる。いまよりムカつく状態になるわよ?」

「……」

 確かに好ましくない状態だ。

 多賀峰が俺の大事な人間に手を出しても、俺にはなにもできなくなる。

 こいつは本当に、人をイラつかせる天才だ。


「理解した? じゃあ本題に入るわね。それとも、本題に入る前にもっといじめて欲しい? あなたがいかに無力で、私のほうが強いかを、じっくり丁寧に説明したほうがいい?」

「やめろ。俺は気が短いんだ」

「でも必要な部分だけ説明してあげる。私、本作ってるでしょ? 今回はあの三人の大先生が、合同で本を出すの。間違いなく売れるわ」

「勝手に売ってろよ」


 儲かって仕方がない話ほどムカつくものはない。

 うちは親戚がほとんど農家だから、金の話にはイラつかされることが多いのだ。

 農家が良心的な価格で農作物を提供しているおかげで、この国の食料の価格は抑えられている。なのに世間では、稼いでない=低所得=ロクに税金おさめてないヤツみたいに言われて、なぜかお荷物扱いされてしまう。

 だから親戚は、次々に農家をやめようとしている。他人からナメられてまで畑を続ける義理はない。作らずに買ったほうがコスパがいいんだから。


 多賀峰は余裕の笑みだ。

「話も聞かずに判断するの?」

「悪かった。聞かせてくれ。ムカつかない範囲でな」

「前も言ったでしょ? うちは独自のポイントで商売してるの。ここの生徒たちにも本売ってる。良心的だから、雑誌一冊で100ポイント、漫画本なら300ポイントってところね。安くない本は、500ポイントとかで売ってるけど」

「結局、儲かってる話じゃねーか」

「問題はここからよ。生徒たちは、どうやって払ってると思う?」

 そこは以前から気になっていた。

 生徒たちは支払うばかりで、ポイントを稼ぐ手段がない。

「分からんな。どうやってるんだ?」

「じつは払ってないのよ」

「は?」

「ツケってヤツね。出世払い。あなたと仲のいい三千穀舞華さん、もう1万ポイントは溜まってるわね」

 学生相手に、クソみたいな商売を……。

「どうするつもりだ?」

「近々、私の運営しているポイントを、本館のお金と同レートで取引可能にする計画があるの。つまり1ポイントあたり、1ミリリットルの血液と交換可能ってことね。意味分かる?」

「本館の金で支払えるってことだろ?」

「払えなかったら、血液を奪えるってことでもあるわね。1万ポイントっていったらすごいわよね。10リットルだもの。普通、死んじゃうわね」


 こいつは……。

 やはりいまこの場で殺害すべきでは?

 いや、ダメだ。

 それだとこいつだけ生き返ってしまう。


 多賀峰は愉快そうに笑った。

「わぁ、怖い。いまにも人を殺したそうな顔。けど、法律がないからって、調子に乗って殺さないでね。さっき説明した状況になるから。まさか、もう忘れてないわよね?」

「大丈夫だ。なんとか抑えてる。けど、1万だな? それならたぶん、そのうち用意できる」

 すると彼女は、すっと表情を消した。

「なにそれ? 全員分払うつもり? 自分をあしながおじさんかなにかと勘違いしてない?」

「クソ野郎に、クソみたいな理由で命を奪われたくないだけだ」

「命が大事ってワケ? そのわりには津邑のヤツ、むごい死に方だったわね。もとがどんな顔だったのか思い出せないくらいグチャグチャだった」

「黙れ」

 津邑はふうちゃんを襲おうとしていた。いや、それだけじゃない。一二三にも乱暴した。悪人だ。なのに報いを受けずに生きてきた。絶対に許せなかった。


「ま、いいわ。救済ごっこがしたいんでしょ? させてあげる」

「は?」

「その代わり、私の仕事をしなさい」

「断る」

「選択肢があるとでも思ってるの?」

 こいつは人を責めているときだけ、やけに活き活きしている。

 最低の人間だ。

「どんな仕事だ?」

「このところ、アパート外部との連絡が悪くなってるみたいなの。具体的に言うと、出口ね。何者かが荷物の搬送を阻害してるみたい」

「それなら聞いてる。開かずの扉だろ」

「正解。なら話は早いわね。さっさと問題を解決してきて? そしたらここの生徒のツケ、みんな半分にしてあげる」

 半分……。

 それでも5リットルだ。


「クソ野郎が……」

「なに? 霧島さんは、雇い主にそんな言葉づかいをするワケ?」

「やりますよ、多賀峰さん」

「フフ。いいお返事。もう解散していいわよ」

 この極悪人も、生徒からすれば、ツケで本を売ってくれる優しいお姉さんという感じなのかもしれない。詐欺まがいの商売しやがって。


 とはいえ、多賀峰は、俺にはないものを持っている。

 それが強さになっている。

 刀を振り回していても永遠に届かない領域。

 この事実を認めないわけにはいかない。


 俺は根本的に、生き方を考え直したほうがいいのかもしれない。


 *


 俺はすぐさま師匠の家を訪れた。


「師匠、例のヤツ、やらせてください」

「なんだ急に……」

 師匠は目を丸くしてしまった。

「例のヤツっていうのは、人体を粒子化するヤツです」

「それは分かってる。俺が聞いてるのは、なぜ意見を変えたのかってことだ」

「多賀峰に脅されました」

 もう、どう言いつくろったらいいのか分からなかったので、隠さずに言うことにした。

「また彼女か……」

「また?」

「いや、君がこうなるときは、だいたい彼女絡みだからな。ま、理由は聞かないでおこう。どうせ聞いても解決できないだろうからな」

 前回、俺とあの女のトラブルに巻き込まれて、獣になったのが苦い経験になっているのかもしれない。これをどうにかしようとすると、今度は自分がどうにかなってしまう。正直もう関わりたくないのだろう。


「以前も言ったが、方程式フォーミュラは完成している。あとは実際に試すだけだ」

「その前に、マウスとかで実験しませんか?」

 俺のお願いに、師匠は露骨に顔をしかめた。

「風輪から帰ってきたマウスがいるならな」

 つまり、いっぺんビーストになった上で死亡し、風輪に送られ、そこから金輪に帰還したマウスがいれば、ということだ。

 いるわけないだろ!


 師匠は肩をすくめた。おにぎりみたいな体形だから、肩をすくめるとつぶれたおにぎりみたいになる。

「安心しろ。ベースとなっているのは茶田ちゃだ博士の研究だ。俺の独自研究じゃない。ま、少しばかりアレンジはあるが」

「大丈夫なアレンジなんですよね?」

「不安なら君が方程式を作るか? もし方程式を用意してくれたら、その通りに実行するぞ?」

「ムリです……」

 考えただけでも恐ろしい。


 ひとつ呼吸をして、俺はあらためて尋ねた。

「ところで……師匠の術の腕前は……」

「俺の専門は理論だ。実践は安田くんがやる」

 はい?

 安田少年?

 もっとレベルの高い術師に頼むんじゃないのか?

 絶対イヤだが、伽藍爺がらんじいあたりにお願いできないだろうか。あるいは供物をぶんどってたましらの婆さんとか。一番腕の立つ先生は、生命の樹と一体化してしまったし。


 後ろで聞いていた少年は、「任せなよ」と親指を立てている。


 これまでいろいろ危険な目にあってきたが、そのつど乗り越えてきた。しかし最終的に俺の命を奪うのが、よりによってこのコバンザメになるかもしれないとは……。


 しかも術が成功したところで、俺はまたムショにぶち込まれることになる。

 捨て石にしかならないかもしれない。


 なぜ俺はこんなにお人好しなのか?

 下心のせいか?

 田舎の出身だからか?

 あるいは、過去に奪った命への贖罪しょくざいだとでも思っているのだろうか?


 自分でもよく分からない。


 ま、罪もない人間が死ぬよりは、罪のある人間が死ぬほうがマシ、という考えはある。俺はずっと、その考えから抜け出せないんだろう。


 この世に罪などなければいいのに……。


(続く)

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