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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第七部 蛇足

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ガシマ 二

「野郎ども! カチコミだァ!」

 頭領の出した結論は、やぶれかぶれの総力戦だった。

 こんなクソ狭い部屋でやり合うつもりとは。


 俺はドアを開き、廊下に出た。

「ここは狭すぎる。表でやろうぜ」

 べつに逃げるつもりではない。


 頭領の声を聞きつけたとおぼしき鬼どもが、わらわらと現れた。

 たいがいは包丁サイズの刃物だが、中にはフライパンを持っているものもいる。慌て過ぎだ。


 俺は抜刀し、正眼に構えた。

「お手柔らかにな」

「るせェ!」

 リーチの短い手足。

 リーチの短い刃物。

 それで突進してくる。

 勇気は認めるが……。俺はドタドタ走ってくる鬼の喉を突き、脇に捨てた。別のやつが来ていたので、横に薙ぎ払った。

 どいつもあっけなく死んだ。


 自分で言うのもなんだが、こんなことばかり繰り返していたせいか、剣に迷いがなくなっている。

 迷い、というのは善悪の話ではない。

 通常、人間の隙は一か所ではない。複数のターゲットを狙える。しかも刀は「点」か「線」でしか攻撃できないわけだから、ひとつのターゲットに対していくつもの打ち方がある。

 相手のどこをどう斬るか、以前なら判断が必要だった。が、いまは優先度が体感で分かる。

 流れ作業のように致命傷を与えることができる。


 何体か斬り伏せると、誰かが大声をあげた。

「オオカミを出せ!」

「うおおおお!」

 オオカミ?

 まさか、絶滅したと言われるニホンオオカミか?

 あるいは腕の立つ剣士の通称か……。


「んぎゃあああっ」

 突然、鬼の悲鳴があがった。

 オオカミとかいうヤツを部屋に出した瞬間、鬼どもがそいつのターゲットにされたのだ。


 現れたのはビーストだった。

 どこかの部屋に閉じ込められていたらしい。

 直立した黒いオオカミのような姿。いわばウェアウルフといったところか。ツメもキバも鋭い。


 鬼どもが道を開けると、オオカミと俺との間に障害物がなくなった。

 血走った眼をしている。

 かと思うと、駈け出した。

 黙っていたら食い殺される。


 俺は踏み出して、身をかがめながら突きを見舞った。

 だがその刃の先端を、オオカミがさらにくぐってくるのが見えた。反射神経は、こちらより一段も二段も上だ。

 しかもすれ違いざま、ツメを放ってきた。俺は回避したつもりだったが、服を裂かれた。やや遅れて熱を感じた。わずかな出血。


 オオカミはあまりの勢いで、俺の後方にすっ飛んでいった。

 が、間髪入れず、ツメで床を掻きながらUターンしてきた。


 じつのところ俺は少し余裕をぶっこいていたが、さすがにマズいのでは……という気がしてきた。心のどこかに慢心があったのだ。もし俺が死ぬとするなら、それは俺自身の責任だ。


 体を捌いて刀を切り返しているうちに、オオカミはぐんぐん迫ってきた。ツメが来る。それを刀で防ぐ。そこまではよかった。が、もう一方のツメが来た。俺は慌てて身を伏せた。回避はできたが、押し倒される格好になった。

 おしまいでは?


 だが、諦めたら本当におしまいだ。

 俺は転倒しながらも、足を使い、巴投げのようにひっくり返した。たぶん運がよかっただけだが、それはうまくいった。オオカミは床を滑りながらも、体勢を立て直した。

 こちらも膝立ちながら刀を構えた。


 そう。

 この廊下は、オオカミにとっては走りづらいらしかった。駈け出す瞬間も滑るし、Uターンのときも滑っている。踏ん張りがきかないのだ。

 そこがこちらにとって唯一有利な点か。


 鬼どもは完全に傍観者になって「いけ」だの「殺せ」だの喚いている。はやし立てるだけでも、まともな国なら「現場助勢罪」となる。よい子はマネしてはいけない。


 オオカミはイラついていた。

 さっき俺が攻撃を防いだときに、前足をザックリ斬ったのだ。獣は強いが、武器を使うことを知らない。やはり一番怖いのは人間なのかもしれない。


 オオカミが、痛みに耐えながら駈け出した。

 あきらかにスピードが落ちている。痛みに耐えているから、というよりも、負傷のせいで力が入らないためのようだ。後ろ足で強く加速しても、前足で失速してしまう。ガクガク運転の車みたいに。

 俺は上段に構えた。

 人間同士なら、この構えは胴がガラ空きになる。だが突っ込んでくるのが分かり切ったオオカミなら……。振り上げる手間が省ける。


 間合いに入った瞬間、俺は脇に回避しながら刀を振り下ろした。

 刃は、オオカミの背に深くめり込んだ。

「きゃうんっ」

 子犬みたいな声をあげてオオカミは走り去り、Uターンに失敗して横倒しになった。

 おそらく背骨をやった。

 もう立てまい。

 苦しそうに呼吸をしている。


 こちらも胴を裂かれているが、その痛みはアドレナリンで中和されている。いや中和なんかされていない。クソ痛い。痛いのだが、痛みが脳に伝わりづらくなっているだけだ。ちゃんと痛い。よく分からない。呼吸ならこっちも荒れている。


「いま楽にしてやる」

 オオカミの頭を勢いよく刎ねた。

 刀が、床に突き刺さってしまった。


 ドアが開き、血まみれのセンさんが現れた。

 手には何体分もの鬼の生首。それを廊下に放り投げる。

「ほらほら、ケンカはおやめになって。皆さまの頭領はお死にになりましたよ。解散なさりませ」

 口調は柔らかいが、気配がおぞましかった。

 反論しようものなら秒で殺されそうだ。


 鬼たちは泣きそうになりながら、我先に逃げ出した。

 ただ話をつけに来ただけのはずなのに、ギャングを壊滅させてしまった。いや、センさんは最初からこうするつもりだったかもしれない。


「あら、旦那さま。お怪我が……」

「死ぬほど痛い」

「まあ」

 じつにのんきな返事だ。

 実際、致命傷じゃない。表面を裂かれただけだ。


 *


 血まみれでネコキャバに戻った。

 テーブルには契約書。

「こちらが新しい契約書でございます」

「は?」

「今後はガシマさまに代わり、わたくしセンがあなたからハネさせていただきます」

「えっ? あの? えっ?」

 あまにゃんは困惑している。

 もちろん俺もだ。

 ハネるヤツが変わっただけで、いままでとなにも変わっていないのでは?


 センさんは神々しいほどの微笑だ。

「大丈夫ですよ。これまで全額ハネていたものを、五割に減額いたします」

 これにはあまにゃんも「は、半分も……?」と目を丸くしている。

 それだけではない。

「そして新ルールとして、旦那さまの入店を禁止いたします」

「はい?」

 なんだって?

 入店禁止?

 鬼なのか?

 悪魔なのか?


 センさんは笑顔のままこちらを見た。

「ご不満でもございますのか?」

「いや、不満っていうか……。じゃあ、俺はどこで飲めば……」

「あらやだ。おうちでお飲みになればいいじゃありませんか。いつでもお付き合いいたしますよ、旦那さま」

「はい……」

 いいならいい。

 本当に付き合ってくれるなら。

 しかしマリカが酒を嫌がる。まあ彼女が寝たあとで飲めばいいか。


 あまにゃんは舌打ちだ。

「分かった。受け入れます。これでも以前よりはいくらかマシだし。でも、イチャイチャするなら帰ってくれない? 腹立つから」

「まあ、イチャイチャだなんて」

 照れるな照れるな。

 ぜんぜんいい話じゃないぞこれ。

 なんなんだよ。

 ギャングにカチコミに行って、権利書ぶんどってきただけじゃねーか。そのうち生き返ったガシマのギャングが黙って見過ごすとは思えないし。


 *


「はい? なにを楽しく酒盛りなんか始めてるんですか? 私のケーキ食べ放題は! 乙女のなにかがないがしろにされてますよ! さすがに殺意も芽生えますけど!?」

 酒を手に入れて帰ると、ジュリエットからあらん限りの罵声を浴びせられた。

 完全に忘れていた。

「ごめんごめん。あとで埋め合わせするから」

「あとでっていつですか? 具体的に何時間後ですか? 男の人っていつもそうですよね!」

「いつもじゃないです」

「いつもです!」

 トイレのドアが勢いよく閉まった。


 こっちだってタダ働きをしてきた帰りなのだ。

 あんまり厳しく言わないで欲しい。


 また稼ぎそこねた。

 こないだ10万返済したから、残りは90万。

 手持ちはナシ。


「さ、旦那さま。お飲みになって」

「ありがとう」

 夫婦ごっこが楽しいのか、センさんはお猪口に日本酒を注いでくれる。

 まあそのうち飽きるかもしれないが。


 ふうちゃんは軽蔑するようなまなざしだ。

「飲むのはいいですけど、ほどほどにしてくださいね」

「はい」

 人の体は壊れたらそうそう治らないのだ。

 自分の健康は、自分でコントロールするしかない。その体と一生付き合うのだから。


 はぁ。


 三味の音を聞きながら日本酒。

 幸福としか言いようがない。

 いっこうに減らない借金を気にしないでいいなら、きっともっと素晴らしかったことだろう。


 金だ……。

 金が欲しい……。


(続く)

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