表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見て、月だよ  作者: 不覚たん
第七部 蛇足

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/82

その頂にあるもの 一

「内容は?」

 俺がベンチに腰をおろすと、男も少しスペースを開けて座った。

供物くもつって知ってるか?」

「お供え物のことでしょ?」

「じつは人間界から、この世界に供物を輸入していてな。それでこの世界が潤っているってわけだ」

「はい?」


 人間界から?

 輸入?


 俺は上を見て、下を見て、そして自力での理解をあきらめた。

「ここって、外部から隔絶されているのでは?」

「まあ基本的にはな。だが、例外はある。このアパートには『入口』と『出口』がそれぞれあってな。その『入口』から供物を搬入してる」

 水輪に出口があるのは知っている。

 だが、入口がどこなのかはまだ把握していなかった。

「具体的には、どこからです?」

「本館の最上階だ」

「行きませんよ、そんなとこ。危なすぎる」

 本館をナメてるのか?

 死ぬぞ。


 男は渋い表情をした。

「なにも一人で行かせたりしねぇさ。まずは話だけ聞いてくれ。腕の立つヤツが必要なんだ」

「べつに腕も立ちませんから」

 俺は武器を所持していない相手を一方的に斬りつけて生きてきた。剣の達人でもなんでもない。もし自分をヒーローと勘違いして刀を振り回し始めたら、高確率で死ぬだろう。


 彼の話はこうだ。


 古い取り決めにより、定期的に人間界から供物が送り込まれてくる。

 人間界に災厄をもたらさないためのお供え物的なものらしい。


 供物は常に本館の最上階から搬入され、禁足地の作業所で分配される。

 ところが、このところ分配が滞っているのだという。作業所がくすねているのではない。作業所にさえ届いていない。届くとしても、三回に一回。


 男は眉間をもみほぐしながら言った。

「俺は、途中で何者かに横取りされてると睨んでる」

「そもそも誰が運んでるんです? 襲撃にあったってんなら、そいつらに聞けばいいのでは?」

「そこなんだ。じつは搬送は自動化されててな。基本的に式神が運んでる。搬送中は供物も粒子化されてるから、普通は奪ったりできない」

「普通じゃない方法なら可能だと?」

「その通り。術を使って、粒子状態からもとの状態に戻すんだ。それ以外に盗む方法はない」


 本館には術の得意なヤツがゴロゴロいる。

 ただ、先生はもういないし、伽藍爺も逮捕された。犯人は、それ以外の誰か。きっと俺の知らないやべーやつだ。


「報酬は?」

「本館の金で100万出す」

「えぇっ?」


 俺の借金も約100万。

 すべてをいっぺんに返済できる額だ。


 この紙幣は、御所にもっていくと、額面1あたり1ミリリットルの血液に交換してもらえる。

 100万なら1000リットル。重量換算で約1トン。血液だと思えば気持ち悪いが、金だと思えばありがたい。


「不服か?」

「いや、額がデカすぎて、逆に信用できませんよ。誰がそんなに払ってるんです?」

「アパートの管理組合があるんだよ。ただ、誰でも参加できるわけじゃない。厳格な規定がある。勝手に部外者を入れたら……。いろいろ面倒なんだ。だからこうしてコソコソお願いしてる。あんた、霧島さんだよな? 活躍は聞いてるぜ。手を貸しちゃくれねぇか?」


 管理組合、か。

 まあこれだけサービスが充実しているのだ。スエさんの力だけでなく、人々の働きもあったということだ。きっと食堂の婆さんもそうなのだろう。


「腕の立つヤツなら、なにも俺じゃなくても……」

「そうかもしれねぇが、こいつは誰にでも頼める話じゃねぇ。他の組合員にバレねぇように、慎重に進める必要がある。荒事に慣れてて、なおかつ口の軽くねぇヤツが必要なんだ」

 いちおうまともな仕事だ。

 前回はアパートのために働いたのにマイナスだったんだから、今回の件で帳消しにするのは悪い話じゃない。いい話でもないが。

「分かりました。検討しますよ」

「俺の固有情報を渡しておく。連絡してくれ。いいか、くれぐれも内密にな。仲のいい仲間にも話すな。どこから漏れるか分からない」

「了解」

 彼はポケットから無造作に紙切れを渡すと、立ち上がって行ってしまった。小さな護符だ。名刺代わりといったところだろう。


 休憩所に人はいたが、俺たちの近くにはいなかった。

 誰にも聞かれてはいないだろう。

 見られはしたかもしれないが……。


 *


 数日後、俺は一人で本館へ向かった。

 同居人たちには、ただ野暮用だと告げて。仕事じゃないからジャージで来てしまった。


 待ち合わせ場所は、禁足地を出て少し行ったところだった。ピンクのドアの部屋の近く。ここは前にも来たことがある。


 そして見覚えのある、帽子をかぶった骸骨みたいな男。

 和木やわらぎ巡査だったか。

「やや、これは霧島どの! ご無沙汰しております!」

 いきなりの敬礼。

 俺も敬礼で返した方がいいのか……?

「その節はどうも……」


 サングラスの男がふっと笑った。

「なんだ、知り合いか? なら紹介する手間が省けたな」

 この男の名は日暮ひぐれ

 ちゃんと確認していないから断言はできないが、不命者ではないと思う。


 そしてもう一人、頭からフードをかぶった男。

 マフラーで口元を覆っているから正体は分からない。


 日暮さんは言った。

「彼は朽拿くちな。ここでレジスタンスのリーダーをしていた男だ」

 すると男は盛大な溜め息をついた。

「違う。僕は朽拿ではない。九字羅二世と呼んでもらおう」

 ああ、あいつか。

 毒の刀で斬り捨てたから、てっきり復活しないと思っていたのに。

 ならおそらく、ふうちゃんの兄を斬った時点で、刀の毒が薄まっていたのだろう。


 俺はフードの中の顔を覗き込んだ。

 クソウザい長さの前髪。

 これは本人と見て間違いなかろう。

「あらら? そうなんだ? じゃあ謝ったほうがいい?」

「黙れ。お前のせいでとんだ恥をかいた」

 レジスタンスのリーダーなら、いまごろ議会に参加していないとおかしい。

 だがこうしてクソみたいな仕事に参加しているところを見ると、完全に戦力外に置かれているのだろう。


 実際、俺は皇帝を殺したのだから、御所からは恨まれている。

 しかしレジスタンスのメンバーが俺を恨んでいるという話は聞いたことがない。おそらくこいつには人望がなかったのだ。九字羅の甥というだけで、一時的に担がれたに過ぎない。


 俺は日暮さんに尋ねた。

「え、これで全メンバーですか?」

「あと一人来るはずなんだが……。お、来たぞ。あの子だ」

 あの子?

 目をこらすと、薄暗い廊下を歩いて一人の少女が近づいてきた。


「ちゅみみは悪くないっちゅよ! ガキどもの世話をしてたら遅れたっちゅ! あ、人間! お前もいたっちゅか? これはラッキーっちゅね。ちゅみみが危なくなったら盾に……じゃなかった、守って欲しいっちゅ!」

 ちゅみみ……。

 戦いの役に立つとは思えないクソガキ2号が最後のメンバーとは。


「なんだ、また知り合いか? あんた、顔が広いんだな」

「いや、ちょっと待ってください。なんでちゅみみが?」

「詳細は言えんが、人材を手配してくれるヤツがいてな。そこからの紹介だ」

 絶対ダマされてるぞ。


 日暮さんはスーツから護符を取り出し、こちらへ渡した。

「反魂の札だ。念のため渡しておく」

「俺だけ?」

「他のメンバーは不命者だ。こんな札がなくとも生き返ることができる」

「はぁ」

 もしかすると俺にも要らないかもしれないが。

 まあもらっておこう。


 本館での仕事の面倒なところは、仕事に関係ない連中が襲ってくるということだ。

 ただ上へ行くだけなのに命を狙われる。


「道は分かるんですか?」

 俺がそう尋ねたところ、返事は……誰からも返ってこなかった。

 もしかして聞こえてない?


 日暮さんは言った。

「上だよ」

「上へ行くためのルートですよ」

「階段だろ?」

「その階段の位置は?」

「……なんだ? なにか問題か?」

 もしかして、分かってない?

 まあ別館の人間が分かってないのはいい。だが、本館の連中は……?


 ちゅみみはおそらく一階に住んでいる。

 和木もそうか。

 朽拿あらため九字羅二世は……。どうやらこいつも一階に住んでいるようだな。


「分かりましたよ。俺が案内します。ただし、途中までね。十六階までしか行ったことないんで」

 なぜ人間の俺が一番詳しいのだ。

 まあ用もなく上へ行くのは愚か者だけだが。


 日暮さんは人差し指でサングラスをかけなおした。

「十六階? 最上階まで、その倍はあるんだが……」

 三十二階だと?

 前回の倍はしんどい思いをすることになるのか。もうやる気をなくす。帰りたい。だが100万……。


「とりあえず行きましょう。こっちです」

 もう慣れたものだ。

 二階にはネコキャバがあるからな。


 通路には屋台が並んでいる。例のタコは、今日も二本だけとなった腕でタコ焼きを作っている。身を削り過ぎている気もするが。

 住民たちは楽しそうに買い物を楽しんでいる。


「ここもずいぶん変わったね」

 二世はそうつぶやくと、なにか返事しろとばかりに視線を送ってきた。

 話がしたいのか?

「変わった?」

 俺があえて尋ねると、彼はさみしそうに笑って見せた。

「知ってるだろう? 以前は殺伐としてたんだ。けど、いまは市民が自分たちの力で生活をしている。やはり王朝を滅ぼしたのは正解だった」

「まだギリギリ滅んでないけど」

「だが皇帝は権限を失い、いまや議会が政治を動かしている。君が邪魔さえしなければ、僕の力でこうなっていたはずだった。あの胸のデカい女も僕のものになった」

 こいつは自分が殺された理由を、いまだに理解していないらしいな。

 死んでも治らないタイプのヤツなのかもしれない。

「なぜレジスタンスを追放されたんだ?」

「うるさい! 黙れ! 追放したのは僕のほうだ。あんなバカどもと一緒にやってられないからな」

「……」

 質問すればするだけ傷をえぐることになりそうだ。

 まあ俺は痛くないから構わないが。

 いちおういまは仲間なのだ。仲間の戦力を削ぐようなマネだけはやめておこう。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ