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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第六部 黄

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ピクニック 一

「なあ、たまこ。ちょっと出かけないか?」

 そう提案できたのは、雲外老師の話を聞かされてから数日後であった。

 数日は悩んだ。

「あ? なんだ? デートしてーならそう言えよな」

 脇腹をぼりぼり掻きながらそんなことを言ってくる。

 デート……。

 ちっともそんな雰囲気じゃないが。


「え、あたしも行くけど?」

 毎日服をばっちり選んでいるマリカが、身を乗り出してきた。


 自称ジュリエットも一度トイレから顔だけ出したものの、すぐに引っ込んだ。参加したいが、さすがに外出する気はないといった感じか。そこまでトイレから離れたくないのか……。


「本館の、ずいぶん下のほうだけど、それでよければ」

 俺の説明に、二人は首をかしげた。

 まあ、いきなりそんなところに行くなんて、普通は意味が分からないだろう。


 本館の治安は次第によくなっている。

 だが、それも御所のある階層だけだ。上や下へ行くほど危険度は増す。また以前のような大冒険になるだろう。


「そんなひとけのないとこ連れ込んで、どうするつもりだ?」

 たまこは不審そうながらも、出かける準備を始めた。

 準備といっても、服にこぼしまくった煎餅の欠片をはたき落としているだけだが。

 こいつの服は、いつもお菓子まみれだ。


「ねー、あんたもっとちゃんとした服ないの? なにそのくたくたのシャツ……」

「うっせーな。オマエこそなんなんだよ。ベルトまみれじゃねーか。意味あるのかよ、それ?」

「そういうファッションなの!」

 服装にうるさいマリカからすると、たまこの惰性で着ている服は我慢ならないようだ。ずっと同じ服を着ているからな。


 俺は腰ベルトをつけ、そこへ刀を差した。

 特別なことじゃない。外出するときは、基本的に武装する。


 *


 部屋を出て、まずは禁足地を目指す。


 歩いていると、たまこが急に繊細な話を切り出した。

「そういや、マリカ。先生に復讐しなくていいのか?」

 二人は歳が近いこともあり、だいぶ仲良くなったようだ。

 よく一緒に風呂に入っている。

 というより、風呂に入りたがらないたまこを、マリカがむりやり洗っている感じだが。


 マリカはあきれたように溜め息。

「もう一回殺したんだからいいの」

「は? でもまだ生きてるゾ」

 この辺の感覚は、個人によって異なるだろう。

 一回殺せば十分というケース。何度でも殺さないと気が済まないケース。世の中には、殴り合いをしただけで仲良くなるヤツもいる。


 マリカはかすかに笑った。

「こないだ、食堂で高田を追い詰めたじゃん? あのとき、アイツの顔見て、なんかもういいやって思っちゃったんだよね。自分でもよく分かんないんだけどさ」

 いや、俺には分かる。

 先生は、いっぺん死んでからあきらかに変わった。なんというか……勝手なことをしなくなった。他人を見ながら行動するようになった。以前は、他人がどう思ってようと、自分のやりたいことだけやるヤツだったのに。

 なんとかは死んでも治らないというのに、先生は治った。いや、治ったというか、別のなにかになったんだと思う。


 俺も多賀峰も、死んでもなにも変わらなかったというのに。

 ただ、互いに互いを脅威とみなしていないから、戦闘が起きていないだけだ。結局、争いの火種さえなければ、平和でいられるのだ。ムリに仲良くする必要はない。


 *


 それにしても、このアパートの上に別の世界があって、死んだ人間がぞろぞろ生き返ったというのに、特に大きな騒ぎになっていなかった。

 大部分の人にとっては、それはどこかの誰かの話であって、自分とは無関係なんだろうけれど。


 御所は、以前から、ここが三層の世界であることを認知していたようだ。

 少なくとも雲外老師は知っていた。

 知る方法があったのだろう。

 術でも使ったのか。

 なら、術の得意な人間は、みんな気づいているのかもしれない。


 *


 たまこは禁足地に入りたかったようだが、ここは安全を考慮して抜け道を使った。

「こんな通路あったんだ。知らなかった」

 たまこほどではないが、マリカも細い通路をさっさと突破してしまった。

 身体能力は高い。


 俺も慣れているつもりだが、一番もたもたしてしまった。

「なさけねーな、霧島。そんなんじゃネコになれねーゾ」

「ならない」


 事務所へは寄らなかった。

 階段を見つけて、下を目指す。


 少し降りたくらいでは、まだまだ平和だった。屋台が出ている。

「あっ! あっ! あーし、クレープ食いてーゾ! クレープ! 霧島、おごって!」

「そうだな。みんなで食べよう」

 以前、おごると約束してしまった。

 ほとんど手持ちがないのだが……。

 命を捨ててまで依頼をこなしたのに、最終的に資金がマイナスとは。あまりに理不尽であろう。


 三人でクレープを食いながら歩いた。

 マリカが身を寄せてきた。

「ねえ、霧島。野良イヌにエサを与えちゃダメだって知らなかった? あんまりやりすぎると、なついちゃうんだから」

「ま、待ってくれ……」

 仲良くしてくれるのは嬉しいが、そうするとたまこがめんどくさくなる。


「おい、ワンコロ。勝手に触るな。その人間はあーしのだって言ったよな?」

「あんたが勝手に言ってるだけでしょ? 霧島はそんなこと言ってないもん」

「言った!」

「いつ? どこで?」

「忘れた! でも言ったんだ!」

 いや、言ってない。


 たまこがゴミを捨てそうになったので、俺は手を出して受け取った。それを見たマリカも渡してくれた。俺はまとめてポケットに突っ込む。

 細かいところからでも、世界をよくしようとすることはできる。

 悪いヤツを殺すだけが正義じゃない。


「ちょっと、あんた。口にクリームついてる」

「どこ?」

「口のわき!」

「とれた?」

「とれてない!」

 マリカは文句を言いながらも、ハンカチでたまこの口を拭いた。

 なんか、マリカが来てくれてよかった。ふうちゃんと離れてから、たまこは汚れ放題になってしまった。俺も気づいたらケアしていたが、どうしても雑になってしまう。

 たまこはたまこで、必要なケアは自分でしているつもりだと思うが。


「霧島、もうこの辺、店ないぞ? まだ進むのか?」

「下まで行くって言っただろ」

「下ってどこだよ?」

「開かずの扉だよ。このアパートの……下にある世界につながってる」

「なんでそんなとこ行くんだ? ま、まさか、あーしのことそこに捨てる気じゃないだろうな!」

 なぜそうなる?

 マリカまで怯えた顔をしている。


「違う。もうすぐこのアパートがなくなるかもしれないから、いまのうち見ておこうと思って。お前も……この世界を全部見ておきたいだろ?」

「べつに……」

 ふてくされたように目をそらしてしまった。

 だが、はっきりとは拒絶しなかった。


 ここはたまこの生まれたところ。

 たまこの母のはらの中。

 知っておいたほうがいい。

 余計なお世話だとしても。


 *


「メシ……メシ……」

 いまだ文明社会から隔絶された不命者の方々が、薄暗い廊下から這い出してきた。

 俺は抜刀して袈裟に斬る。

 背後から来たのはたまこが爪で絶命させた。

 マリカはどこかさめた目でそれを見ていた。


 俺一人では厳しかったかもしれないが、たまこ一人いればなんとかなる程度の襲撃しかなかった。

 というよりも、どうも、俺たちが来る前にも戦闘したような形跡があった。戦闘と言っていいのか、派手な血痕と、誰かの手足だけが散乱していた。凄まじいエネルギーで、胴体だけぶち抜かれたかのような……。


 何者かが先回りしている可能性がある。

 まあ、待ち伏せしてこないところを見ると、俺たちを狙っているわけではないのかもしれないが。


 戦闘が少なかったこともあり、順調に進むことができた。

 いや、それだけでなく、マリカがその先行者のにおいを追ってくれたから、すぐに階段を見つけることができた。

 ここの階段はあちこちに設置されているせいで、初心者に優しくない。


 歩を進めると、三味線の音が聞こえてきた。

 それが先行者の正体か。


 音のする方向へ進むと、細い通路が伸びていた。

 壁を突き破って樹の根が食い込んでいる。その根も、いまや大部分が腐り落ちていた。以前は強固に閉ざされていたようだが。


「お待ちしておりましたぞ、旦那さま」

 センさんが誕生日の歌を弾きながら、そんなことを言った。

 三味線でも弾けるんだな。


 たまこがすっと俺の後ろに隠れた。

「うわ、出たゾ。あーし、ヘビは嫌いなんだ」

 マリカもぴたりと身を寄せてきた。

「あたしもきらーい」

 くっつきたいだけだろ。


 センさんは穏やかな表情で三味線を弾いている。

「この先に扉がございます。ですが……。特に楽しいことはございませぬぞ?」

「人間界につながってるんじゃないの?」

「正確には、人間界に通じる水輪の世界がございますな」

「危険なの?」

「さあ……」

 妖しげに目を細めた。


「センさんは、なぜここへ?」

「旦那さまが人間界に帰ってしまうのではないかと不安になり、先回りしておりました」

「帰りませんよ。莫大な借金を背負っちゃったのを、払わないといけないし」

「……」

 すると彼女は演奏をやめ、とぼけるように斜め上を見た。

 なぜ俺が借金しているのか、よく理解しているようだな。


 いや、いい。

 責めるつもりはない。

 俺はこの世界に消えて欲しくなかった。そのためにやったことだ。後悔はない。


 俺はつい笑った。

「ただ、もうこの世界は消えるらしい。だから、最後の見学にと思って」

「さようにございますか。でしたらお邪魔はいたしませぬ。どうぞ行ってらっしゃいませ」

 三つ指をついて頭をさげた。

 古風というか、大袈裟だな。


 *


 樹の根に浸食された通路を進んだ。

 扉が見えた。

 青い金属の扉だ。


 鍵はかかっていなかった。

 体重をかけて押し込むと、そこには青白い世界が広がっていた。


(続く)

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