黒幕
職員室へ案内された。
職員室といっても、そこらの部屋と同じ間取りだが。
いちおう業務用デスクを置いてそれらしい格好にはしている。
「事情をうかがいます」
西那さんは気乗りしない様子ながらも、いちおう話に応じてくれた。
「授業はいいんですか?」
「やむをえず自習にしました」
「すみませんね。あの男とは同郷でして。地元でちょっとしたトラブルがあったんです。それで、できれば話をつけようと思って」
「差し支えなければ、どんなトラブルかうかがっても?」
おっと来たな。
逆の立場なら、俺も同じ質問をしていたところだ。
「それがじつは差し支えがありましてね。俺はいいんですけど、彼は言いたがらないでしょうね……」
「比企地さんとも面識があった様子ですが?」
「ああ、彼はそうでしょうね。いや、俺もそうなんですよ。同郷ですから。ただ、お互い気がつかなくてですね。ホントですよ? なんか妙に話が合うなーとは思ったんですけども。実際に気づいたのは彼が亡くなったあとだったんですよね」
「……」
苦しい言い訳になってしまった。
西那さんが渋い顔を続けたので、俺はウソにウソを重ねることにした。
「いや、だって最後に会ったのは十年前とかですよ? 顔つきだって変わってますし。男子三日会わざればどーたらこーたらって言うでしょ? まさかこんなところで会うなんて予想もしてなかったし。驚いてるのはこっちのほうですよ」
「つまりあなたの目的は、この学校自体ではなく、あくまで津邑さんであったと?」
「そうですよ。あいつと話がしたかっただけです」
「ですが彼は、服役中の身です。この学校への襲撃を企てたため、今後しばらく磔にしておく予定です。さすがに命まで奪うつもりはありませんが。そう簡単に釈放するつもりはありません」
おそらく津邑は、相手が女ばかりだからと安易に考えて、怒鳴り込んでいったのだろう。いっときの征服感を得るために。
男がデカい声で脅せば屈するとでも思ったのだ。
それが逆襲にあい、磔にされた。
自業自得としか言いようがない。
「俺だって釈放を要求するつもりはありませんよ。ただ、過去にいろいろあったんで、話くらいは、なんて思っただけで」
西那さんは溜め息とともに立ち上がった。
「分かりました。会話を許可します。ただ、話が終わったらすぐに退去してください。生徒たちが不安になりますから」
「ありがとうございます」
俺は深く頭をさげた。
じつに寛大な処置だ。
本当なら突っぱねてもいいくらいなのに。
*
西那さんは授業をするというので、俺は一人で外へ出た。
まさか自由行動まで許可してくれるとは。
西那さんのことを誤解していたかもしれない。
なぜかアタリが強かったから、怒りを使って上下関係をコントロールするタイプかと思っていたが。行き過ぎたネコ愛がそうさせただけだったみたいだ。
もっとも、俺は今後も見かけ次第ネコをなでるし、それをやめるつもりもないが。野良ネコは誰かの独占物ではないからな。
ともあれ、津邑のもとへ近づいた。
「よう、話の続きをしようぜ。おっとデカい声は出すなよ。騒いだところで、お前にとって不利になるだけだからな」
「ま、待ってくれ……殺さないでくれ……」
ガリガリに痩せこけて、ほとんど死んでいるようなものなのに、まだ生に執着している。
まあそうだろう。
人間、誰しも可能な限り生きたいと思うものだ。
普通はな。
普通は……。
そう考えると、こいつの足から順番に切り落としてやりたい気もするが……。そんなことをしたら、今度は西那さんを裏切ることになる。せっかく俺を信用して一人で行動させてくれているのに。
「殺さないよ。少なくともいまはな。それより、なんか言いたいことがあるんじゃないのか?」
「違うんだ! 悪いのは俺じゃない!」
なぜこの手の連中は、俺の心証を損ねる発言を優先するのか。
反省の弁が先じゃないのか?
「お前が悪くないんだとしたら、誰が悪いんだ?」
「誤解だ。まずは俺の話を聞いてくれ。たぶんだけど、波谷志たちを殺したのはあんただよな? でも、あいつらも主犯じゃないんだ」
波谷志というのは、俺が最初に殺した三人のうちの一人だ。このクソどものリーダー格。主犯だ。少なくとも俺はそう信じている。
「おいおい。そいつは重大な告発だぞ、津邑くん。波谷志が主犯じゃないなら、いったい誰が主犯だって言うんだ? ん? 比企地か? それともお前なのか?」
「違う。多賀峰だ。あいつがヤれってしつこくて……。まさか死ぬとは思わなかったんだ! 本当だ! 信じてくれ!」
いやいやいや。
誰だよ多賀峰って。
あの光景を忘れるわけがない。俺の目の前で好き放題やらかしたのは五人。そのうち四人はもう死んだ。最後に残ったのは津邑だけ。
足を切り落としてやらないと、本当のことを喋れないのだろうか。
「へえ、多賀峰? そいつはどこの高校の何年生なんだ?」
「当時、俺たちと同じ高校の……。もしかしてお前、多賀峰のこと知らないで……」
「知らねーよ。誰も教えてくれなかったからな。で、誰なんだ? お前らとどんな関係だ?」
思わず刀の柄に手をかけていた。
決して抜いてはいけないのだが。
どうしても殺意が沸き上がってくる。
「お、お、俺らっていうか、一二三の友達で……」
「待った。ちょっと一回……」
「は、はい……?」
「一二三のことを、馴れ馴れしく下の名前で呼ばないで欲しいな。ちゃんと英さんって苗字で呼んでくれないか? 敬意を払ってくれないと、こっちもキレるのを我慢できなくなる」
「はい……」
追い詰める趣味はない。
ただ、こちらは大事な身内を一人殺されているのだ。
フレンドリーに接するのは難しい。
「その多賀峰ってのは、いまどこでなにしてるんだ?」
「いるよ、このアパートに」
「ほう」
会いたかった連中が勢ぞろいだな。
あまりにも都合がよすぎる。
もしかして、これは誰かの計画なのか?
「ここのどこだ?」
「それは分からない。俺も探してたんだ。でもたぶん気づかれて……」
「なぜ探す? いまでもつながりがあるのか?」
「いや、それは……」
津邑は目を泳がせた。
俺に言いたくない理由のようだな。
「なあ、津邑くんよ。素直に喋ったほうがいいと思うぜ。お前だって、俺の心証をよくしておきたいだろ?」
「いや、だから……」
「だから?」
「順を追って話す。俺の知る限り、最初に来たのは多賀峰だ。そのあとが俺で……。偶然とは思えなくて。そしたら比企地まで来て。嫌な予感がしたんだ」
「なにが嫌な予感だよ。心当たりがあるってことだろ?」
「それは……」
まだ言い訳するつもりか?
当時の目撃者がここにいるってのに。いや目撃者どころか、被害者でもある。
「多賀峰氏に接触しようとした動機はなんだ?」
「いろ……英さんの霊が、復讐のために俺たちをここに集めたんだと思ったんだ。だから多賀峰に相談して、なんとかしようと……。なのに多賀峰のヤツ、俺のことなんて知らないとか言い出して……。そうこうしてるうちにあんたが来て……」
確かに一二三にはそうする動機がある。あいつは波谷志たち五人に襲われた。多賀峰ってのが焚きつけたのなら、そいつも復讐の対象になる。
偶然にしてはできすぎていると思ったが……。やはり偶然などではなく、一二三の意思だったのだ。それなら俺がここに召喚されたのも納得できる。
「話を総合すると、つまり、亡くなった一二三が、俺に復讐のチャンスをくれたってことなのかもな」
「頼む……。殺さないでくれ……」
「しつこいぞ。いまは殺さないって言っただろ」
いまこの瞬間はな。
数秒後の行動は俺にも分からないが。
津邑は浮き出した眼球でギョロリとこちらを見た。
「て、手を組まないか?」
「はぁ?」
「いわば俺も多賀峰の被害者なんだ。黒幕はあいつだ」
都合のいい言葉を並べやがって。
そんなに八つ裂きにして欲しいのか?
「黒幕? そうかい。まあ信じてやってもいいけど……。お前たちに少しでも良識があれば、一二三は死なずに済んだと思うんだが?」
「それはムリだ。波谷志に逆らったら俺がボコられる。その波谷志も、多賀峰には逆らえない事情があったし」
「どんな事情が?」
「金だよ。あいつの家、金持ってたから、波谷志のオヤジに金貸してたんだ。もし逆らったら波谷志は高校にいられなくなってたと思う」
「くっだらねー理由だな。だからなんだよ? 高校に通い続けたいから一二三を殺したのか?」
「死ぬとは思わなかったんだ!」
「そう興奮するなよ。みんなに聞かれちまうだろ」
いくら授業中とはいえ、このアパートの防音性は低い。
外でワーワーやっていたら、教室の中にまで聞こえてしまう。
「頼む。信じてくれ。俺も多賀峰には言いたいことが山ほどあるんだ」
言いたいことが山ほど、か。
こっちは殺すつもりでいるのに。
「あんたがその多賀峰と手を組んで、こちらを殺す可能性もあるよな?」
「そんなことはしない。だいたい、そんなことしたら獣になっちまうだろ」
「なるかな? 俺はならなかったけど」
「やっぱりあんたが比企地を……」
このアパートの神は復讐を許容しているんだろう。
少なくとも一二三に関する殺しに関しては。
俺は肩をすくめた。
「ま、結論はいったん持ち帰るよ。できるだけ冷静に考えたいからな」
「俺が死ぬ前に頼む」
「知るか。気合でなんとかしろ」
西那さんは命までは奪わないと言っていた。
きっと大丈夫だろう。
*
翌日、俺はドアをドンドンと叩く音で目をさました。無遠慮なノックだ。ここはずっと夜だが、いちおう朝といえる時間帯だ。いったいどこのどいつだか知らないが、よほどの急用なんだろう。そうでなければ切り捨てる理由になる。
「はい……?」
もちろん愛想よく対応したりなんかしない。
ドアの前に立っていたのは、西那さんだった。朝から見たい顔ではない。
「なぜ殺したんです?」
「はい?」
「しらばっくれないでください! 津邑さんですよ!」
「はぁ!?」
ウソだよな?
いや、殺したい気持ちはある。
だがヤツは情報を持っているのだ。それを引き出す前に殺すなど、俺だったらしない。
待て。
情報を?
ヤツが俺になにか喋る前に、殺したいヤツがいたってことか?
それって多賀峰じゃないのか?
「とにかく来てください! 現場検証しますから!」
西那さんはもう俺を犯人だと決めつけている。
「いや寝起きなんで、ちょっと用意する時間をくださいよ」
「ダメです。証拠隠滅の可能性がありますから」
「もし証拠隠滅するなら、寝る前にやるでしょ。五分で準備しますから」
「……分かりました。急いでくださいね」
だから急ぐって言ってんだろ、こいつ……。
*
自室から出ると、近所の主な連中が顔をそろえていた。例のメガネもいた。
ここらの有志一同で現場検証するつもりらしい。
だが女子校はこの近所ではない。俺たちが乗り込んでいくとなると、現地の住人とモメるのでは? まあ西那さんが現地の責任者なのかもしれないが。
十名近くでエレベーターに乗り込んで、俺たちは移動を開始した。
みんな態度がよそよそしい。
俺は普段から、特定の誰かと仲良くしていない。せいぜいクソガキくらいだ。もし意見が二つに分かれた場合、たいてい「俺」と「俺以外」になる。するとこいつらは、自分たちが多数派だからと、露骨に辛辣な態度を見せる。ハナから数の多いほうが正義だと思い込んでいる。
現場の状況は「悲惨」の一言。
床にはおびただしい量の血液。のみならず、天所や床までも派手に汚している。血だけでなく、油まで。
においもひどい。
人間の体臭を煮詰めたようなにおいだ。
どんな動物の体臭も、結局は内側のものに由来しているので、内側がさらけだされたらつまりそういうことになる。
メガネくんもさすがに顔をしかめている。
「遺体は生徒たちが片付けてくれました。ですので、現場検証というより、霧島さんには当時の状況を教えていただきたいなと」
俺もできるだけ顔をしかめた。においのせいだけじゃない。精神的に許容しがたい。
「当時の状況? 具体的にいつのことを言ってるんです? 殺人が起きた時間のことを言ってるなら、俺はその場にいなかったから知らないよ」
「すみません。最後に彼と会った時の状況を教えていただきたかったんです」
「なら楽しく談笑してたよ。和やかな雰囲気でね」
するとどういうわけか、近所のオヤジがフォローに入ってくれた。
「けどよ、これはさすがに刀じゃムリだろ。バラバラなんだぜ? 内臓までえぐり出されてたってハナシじゃねぇか」
おっしゃる通り。
刀でやるには過酷な重労働だ。なぜ一円にもならないのに、そんなことをする必要がある? 俺がそんなボランティア精神にあふれた人間に見えるのか?
西那さんはハンカチで口元を抑えながら言った。
「けど、じゃあ誰が犯人なんです? また通り魔ですか?」
通り魔だろうな。
もしくは獣か。
少なくとも俺じゃない。
今回ばかりは本当に。
俺は肩をすくめた。
「いちおう、一人だけ心当たりがありますよ」
「誰?」
西那さんはウソをつくなと言わんばかりの強い口調だ。
俺を犯人だと決めつけている。
これでは正直に話す気も失せるというものだ。
「昨日、津邑さんと話してたときに、彼の知り合いの名前が出たんです。まあ俺は会ったことありませんけどね。その人、このアパートにいるって話ですよ」
「その人がやったという証拠は?」
「ありませんよ、そんなの。そもそも津邑が殺されたのだってさっき知ったばっかですから」
ふと、誰か近づいてきた。髪をひっつめにしたスーツ姿の女だ。
「西那先生、お疲れさまです。また事件ですか?」
「そうなのよ。人殺し。本当に困っちゃう」
かなり親しげだ。学校の関係者だろうか?
「またうちで本を出していただけないか、お願いに来たのですが……。とてもそれどころではなさそうですね」
「さすがにねぇ。やっぱり平和じゃないと、文化活動もおいそれとはねぇ」
例のホモ漫画でも出すつもりか?
この陰惨な事件現場で、よくそんな話ができるものだな。
女はニッと彫像のような笑みを浮かべた。
「では、このアパートが平和になったらまたおうかがいします」
「そうね。そのときはお願いするわね。多賀峰さんも気を付けてね」
「はい」
多賀峰?
こいつが?
一二三の友達だったとかいう?
勝手に男を想像していたが、まさか女だったとはな。
名前が同じだけの別人という可能性もあるが。
そんな偶然あるか?
女は行ってしまった。
俺のことなど一瞥もせずに。
武器を所持している様子はなかった。
だから、きっと夜か朝方に津邑をバラしてから、いったん家に帰ったのだろう。そしてなに食わぬ顔で現場へ戻ってきた。
目的は不明。
俺への牽制か、挑発か、あるいはただのサイコパスなのか。
ともかく一度、話をする必要がある。
(続く)