表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見て、月だよ  作者: 不覚たん
第一部 青
6/82

黒幕

 職員室へ案内された。

 職員室といっても、そこらの部屋と同じ間取りだが。

 いちおう業務用デスクを置いてそれらしい格好にはしている。


「事情をうかがいます」

 西那さんは気乗りしない様子ながらも、いちおう話に応じてくれた。

「授業はいいんですか?」

「やむをえず自習にしました」

「すみませんね。あの男とは同郷でして。地元でちょっとしたトラブルがあったんです。それで、できれば話をつけようと思って」

「差し支えなければ、どんなトラブルかうかがっても?」

 おっと来たな。

 逆の立場なら、俺も同じ質問をしていたところだ。

「それがじつは差し支えがありましてね。俺はいいんですけど、彼は言いたがらないでしょうね……」

「比企地さんとも面識があった様子ですが?」

「ああ、彼はそうでしょうね。いや、俺もそうなんですよ。同郷ですから。ただ、お互い気がつかなくてですね。ホントですよ? なんか妙に話が合うなーとは思ったんですけども。実際に気づいたのは彼が亡くなったあとだったんですよね」

「……」

 苦しい言い訳になってしまった。


 西那さんが渋い顔を続けたので、俺はウソにウソを重ねることにした。

「いや、だって最後に会ったのは十年前とかですよ? 顔つきだって変わってますし。男子三日会わざればどーたらこーたらって言うでしょ? まさかこんなところで会うなんて予想もしてなかったし。驚いてるのはこっちのほうですよ」

「つまりあなたの目的は、この学校自体ではなく、あくまで津邑さんであったと?」

「そうですよ。あいつと話がしたかっただけです」

「ですが彼は、服役中の身です。この学校への襲撃を企てたため、今後しばらくはりつけにしておく予定です。さすがに命まで奪うつもりはありませんが。そう簡単に釈放するつもりはありません」


 おそらく津邑は、相手が女ばかりだからと安易に考えて、怒鳴り込んでいったのだろう。いっときの征服感を得るために。

 男がデカい声で脅せば屈するとでも思ったのだ。

 それが逆襲にあい、磔にされた。

 自業自得としか言いようがない。


「俺だって釈放を要求するつもりはありませんよ。ただ、過去にいろいろあったんで、話くらいは、なんて思っただけで」

 西那さんは溜め息とともに立ち上がった。

「分かりました。会話を許可します。ただ、話が終わったらすぐに退去してください。生徒たちが不安になりますから」

「ありがとうございます」

 俺は深く頭をさげた。

 じつに寛大な処置だ。

 本当なら突っぱねてもいいくらいなのに。


 *


 西那さんは授業をするというので、俺は一人で外へ出た。

 まさか自由行動まで許可してくれるとは。


 西那さんのことを誤解していたかもしれない。

 なぜかアタリが強かったから、怒りを使って上下関係をコントロールするタイプかと思っていたが。行き過ぎたネコ愛がそうさせただけだったみたいだ。

 もっとも、俺は今後も見かけ次第ネコをなでるし、それをやめるつもりもないが。野良ネコは誰かの独占物ではないからな。


 ともあれ、津邑のもとへ近づいた。


「よう、話の続きをしようぜ。おっとデカい声は出すなよ。騒いだところで、お前にとって不利になるだけだからな」

「ま、待ってくれ……殺さないでくれ……」

 ガリガリに痩せこけて、ほとんど死んでいるようなものなのに、まだ生に執着している。

 まあそうだろう。

 人間、誰しも可能な限り生きたいと思うものだ。

 普通はな。

 普通は……。

 そう考えると、こいつの足から順番に切り落としてやりたい気もするが……。そんなことをしたら、今度は西那さんを裏切ることになる。せっかく俺を信用して一人で行動させてくれているのに。


「殺さないよ。少なくともいまはな。それより、なんか言いたいことがあるんじゃないのか?」

「違うんだ! 悪いのは俺じゃない!」

 なぜこの手の連中は、俺の心証を損ねる発言を優先するのか。

 反省の弁が先じゃないのか?

「お前が悪くないんだとしたら、誰が悪いんだ?」

「誤解だ。まずは俺の話を聞いてくれ。たぶんだけど、波谷志はやしたちを殺したのはあんただよな? でも、あいつらも主犯じゃないんだ」

 波谷志というのは、俺が最初に殺した三人のうちの一人だ。このクソどものリーダー格。主犯だ。少なくとも俺はそう信じている。

「おいおい。そいつは重大な告発だぞ、津邑くん。波谷志が主犯じゃないなら、いったい誰が主犯だって言うんだ? ん? 比企地か? それともお前なのか?」

「違う。多賀峰たがみねだ。あいつがヤれってしつこくて……。まさか死ぬとは思わなかったんだ! 本当だ! 信じてくれ!」


 いやいやいや。

 誰だよ多賀峰って。

 あの光景を忘れるわけがない。俺の目の前で好き放題やらかしたのは五人。そのうち四人はもう死んだ。最後に残ったのは津邑だけ。


 足を切り落としてやらないと、本当のことを喋れないのだろうか。

「へえ、多賀峰? そいつはどこの高校の何年生なんだ?」

「当時、俺たちと同じ高校の……。もしかしてお前、多賀峰のこと知らないで……」

「知らねーよ。誰も教えてくれなかったからな。で、誰なんだ? お前らとどんな関係だ?」

 思わず刀の柄に手をかけていた。

 決して抜いてはいけないのだが。

 どうしても殺意が沸き上がってくる。


「お、お、俺らっていうか、一二三いろはの友達で……」

「待った。ちょっと一回……」

「は、はい……?」

「一二三のことを、馴れ馴れしく下の名前で呼ばないで欲しいな。ちゃんとはなぶささんって苗字で呼んでくれないか? 敬意を払ってくれないと、こっちもキレるのを我慢できなくなる」

「はい……」

 追い詰める趣味はない。

 ただ、こちらは大事な身内を一人殺されているのだ。

 フレンドリーに接するのは難しい。


「その多賀峰ってのは、いまどこでなにしてるんだ?」

「いるよ、このアパートに」

「ほう」

 会いたかった連中が勢ぞろいだな。

 あまりにも都合がよすぎる。

 もしかして、これは誰かの計画なのか?


「ここのどこだ?」

「それは分からない。俺も探してたんだ。でもたぶん気づかれて……」

「なぜ探す? いまでもつながりがあるのか?」

「いや、それは……」

 津邑は目を泳がせた。

 俺に言いたくない理由のようだな。


「なあ、津邑くんよ。素直に喋ったほうがいいと思うぜ。お前だって、俺の心証をよくしておきたいだろ?」

「いや、だから……」

「だから?」

「順を追って話す。俺の知る限り、最初に来たのは多賀峰だ。そのあとが俺で……。偶然とは思えなくて。そしたら比企地まで来て。嫌な予感がしたんだ」

「なにが嫌な予感だよ。心当たりがあるってことだろ?」

「それは……」

 まだ言い訳するつもりか?

 当時の目撃者がここにいるってのに。いや目撃者どころか、被害者でもある。

「多賀峰氏に接触しようとした動機はなんだ?」

「いろ……英さんの霊が、復讐のために俺たちをここに集めたんだと思ったんだ。だから多賀峰に相談して、なんとかしようと……。なのに多賀峰のヤツ、俺のことなんて知らないとか言い出して……。そうこうしてるうちにあんたが来て……」


 確かに一二三にはそうする動機がある。あいつは波谷志たち五人に襲われた。多賀峰ってのが焚きつけたのなら、そいつも復讐の対象になる。

 偶然にしてはできすぎていると思ったが……。やはり偶然などではなく、一二三の意思だったのだ。それなら俺がここに召喚されたのも納得できる。


「話を総合すると、つまり、亡くなった一二三が、俺に復讐のチャンスをくれたってことなのかもな」

「頼む……。殺さないでくれ……」

「しつこいぞ。いまは殺さないって言っただろ」

 いまこの瞬間はな。

 数秒後の行動は俺にも分からないが。


 津邑は浮き出した眼球でギョロリとこちらを見た。

「て、手を組まないか?」

「はぁ?」

「いわば俺も多賀峰の被害者なんだ。黒幕はあいつだ」

 都合のいい言葉を並べやがって。

 そんなに八つ裂きにして欲しいのか?

「黒幕? そうかい。まあ信じてやってもいいけど……。お前たちに少しでも良識があれば、一二三は死なずに済んだと思うんだが?」

「それはムリだ。波谷志に逆らったら俺がボコられる。その波谷志も、多賀峰には逆らえない事情があったし」

「どんな事情が?」

「金だよ。あいつの家、金持ってたから、波谷志のオヤジに金貸してたんだ。もし逆らったら波谷志は高校にいられなくなってたと思う」

「くっだらねー理由だな。だからなんだよ? 高校に通い続けたいから一二三を殺したのか?」

「死ぬとは思わなかったんだ!」

「そう興奮するなよ。みんなに聞かれちまうだろ」

 いくら授業中とはいえ、このアパートの防音性は低い。

 外でワーワーやっていたら、教室の中にまで聞こえてしまう。


「頼む。信じてくれ。俺も多賀峰には言いたいことが山ほどあるんだ」

 言いたいことが山ほど、か。

 こっちは殺すつもりでいるのに。

「あんたがその多賀峰と手を組んで、こちらを殺す可能性もあるよな?」

「そんなことはしない。だいたい、そんなことしたら獣になっちまうだろ」

「なるかな? 俺はならなかったけど」

「やっぱりあんたが比企地を……」

 このアパートの神は復讐を許容しているんだろう。

 少なくとも一二三に関する殺しに関しては。


 俺は肩をすくめた。

「ま、結論はいったん持ち帰るよ。できるだけ冷静に考えたいからな」

「俺が死ぬ前に頼む」

「知るか。気合でなんとかしろ」

 西那さんは命までは奪わないと言っていた。

 きっと大丈夫だろう。


 *


 翌日、俺はドアをドンドンと叩く音で目をさました。無遠慮なノックだ。ここはずっと夜だが、いちおう朝といえる時間帯だ。いったいどこのどいつだか知らないが、よほどの急用なんだろう。そうでなければ切り捨てる理由になる。


「はい……?」

 もちろん愛想よく対応したりなんかしない。

 ドアの前に立っていたのは、西那さんだった。朝から見たい顔ではない。

「なぜ殺したんです?」

「はい?」

「しらばっくれないでください! 津邑さんですよ!」

「はぁ!?」


 ウソだよな?

 いや、殺したい気持ちはある。

 だがヤツは情報を持っているのだ。それを引き出す前に殺すなど、俺だったらしない。


 待て。

 情報を?

 ヤツが俺になにか喋る前に、殺したいヤツがいたってことか?

 それって多賀峰じゃないのか?


「とにかく来てください! 現場検証しますから!」

 西那さんはもう俺を犯人だと決めつけている。

「いや寝起きなんで、ちょっと用意する時間をくださいよ」

「ダメです。証拠隠滅の可能性がありますから」

「もし証拠隠滅するなら、寝る前にやるでしょ。五分で準備しますから」

「……分かりました。急いでくださいね」

 だから急ぐって言ってんだろ、こいつ……。


 *


 自室から出ると、近所の主な連中が顔をそろえていた。例のメガネもいた。

 ここらの有志一同で現場検証するつもりらしい。

 だが女子校はこの近所ではない。俺たちが乗り込んでいくとなると、現地の住人とモメるのでは? まあ西那さんが現地の責任者なのかもしれないが。


 十名近くでエレベーターに乗り込んで、俺たちは移動を開始した。

 みんな態度がよそよそしい。

 俺は普段から、特定の誰かと仲良くしていない。せいぜいクソガキくらいだ。もし意見が二つに分かれた場合、たいてい「俺」と「俺以外」になる。するとこいつらは、自分たちが多数派だからと、露骨に辛辣な態度を見せる。ハナから数の多いほうが正義だと思い込んでいる。


 現場の状況は「悲惨」の一言。

 床にはおびただしい量の血液。のみならず、天所や床までも派手に汚している。血だけでなく、油まで。

 においもひどい。

 人間の体臭を煮詰めたようなにおいだ。

 どんな動物の体臭も、結局は内側のものに由来しているので、内側がさらけだされたらつまりそういうことになる。


 メガネくんもさすがに顔をしかめている。

「遺体は生徒たちが片付けてくれました。ですので、現場検証というより、霧島さんには当時の状況を教えていただきたいなと」

 俺もできるだけ顔をしかめた。においのせいだけじゃない。精神的に許容しがたい。

「当時の状況? 具体的にいつのことを言ってるんです? 殺人が起きた時間のことを言ってるなら、俺はその場にいなかったから知らないよ」

「すみません。最後に彼と会った時の状況を教えていただきたかったんです」

「なら楽しく談笑してたよ。和やかな雰囲気でね」


 するとどういうわけか、近所のオヤジがフォローに入ってくれた。

「けどよ、これはさすがに刀じゃムリだろ。バラバラなんだぜ? 内臓までえぐり出されてたってハナシじゃねぇか」

 おっしゃる通り。

 刀でやるには過酷な重労働だ。なぜ一円にもならないのに、そんなことをする必要がある? 俺がそんなボランティア精神にあふれた人間に見えるのか?


 西那さんはハンカチで口元を抑えながら言った。

「けど、じゃあ誰が犯人なんです? また通り魔ですか?」

 通り魔だろうな。

 もしくはビーストか。

 少なくとも俺じゃない。

 今回ばかりは本当に。


 俺は肩をすくめた。

「いちおう、一人だけ心当たりがありますよ」

「誰?」

 西那さんはウソをつくなと言わんばかりの強い口調だ。

 俺を犯人だと決めつけている。

 これでは正直に話す気も失せるというものだ。

「昨日、津邑さんと話してたときに、彼の知り合いの名前が出たんです。まあ俺は会ったことありませんけどね。その人、このアパートにいるって話ですよ」

「その人がやったという証拠は?」

「ありませんよ、そんなの。そもそも津邑が殺されたのだってさっき知ったばっかですから」


 ふと、誰か近づいてきた。髪をひっつめにしたスーツ姿の女だ。

「西那先生、お疲れさまです。また事件ですか?」

「そうなのよ。人殺し。本当に困っちゃう」

 かなり親しげだ。学校の関係者だろうか?

「またうちで本を出していただけないか、お願いに来たのですが……。とてもそれどころではなさそうですね」

「さすがにねぇ。やっぱり平和じゃないと、文化活動もおいそれとはねぇ」

 例のホモ漫画でも出すつもりか?

 この陰惨な事件現場で、よくそんな話ができるものだな。


 女はニッと彫像のような笑みを浮かべた。

「では、このアパートが平和になったらまたおうかがいします」

「そうね。そのときはお願いするわね。多賀峰さんも気を付けてね」

「はい」


 多賀峰?

 こいつが?

 一二三の友達だったとかいう?

 勝手に男を想像していたが、まさか女だったとはな。


 名前が同じだけの別人という可能性もあるが。

 そんな偶然あるか?


 女は行ってしまった。

 俺のことなど一瞥いちべつもせずに。


 武器を所持している様子はなかった。

 だから、きっと夜か朝方に津邑をバラしてから、いったん家に帰ったのだろう。そしてなに食わぬ顔で現場へ戻ってきた。

 目的は不明。

 俺への牽制か、挑発か、あるいはただのサイコパスなのか。


 ともかく一度、話をする必要がある。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ